優しい人

「あら、あなたが同室?」


「………」


 部屋の扉を開けて、速攻締めたくなったこの気持ち、分かってほしい。

 本日二度目のご尊顔。相変わらず見た目麗しくいらっしゃるが、できれば関わりたくなかった。

 私は気づかれないようにため息をつき、荷物を置いて頭を下げる。


「ごきげんよう、オリヴェーティオ公爵令嬢様。再びお会いできて光栄です」


 相手より爵位が下の場合、許しが出るまではファーストネームで呼ばなければならない。

 全く面倒臭いしきたりであるが、致し方ない。男爵なんぞに落ち着いたご先祖様を恨むわけにもいかないし。


「ルシナでいいわ。……お入りなさい」


 驚いた。

 無礼と分かっていて勢いよく顔を上げると、ルシナはこちらまで来ていて、あろうことか私の荷物に手を伸ばしていた。

 そのままひょいと掴み上げ、部屋の中まで持っていく。私は慌てて彼女を追った。


「手を煩わせるつもりはありません。自分で運びますから」


「廊下を塞いでおかれる方が、他の生徒に迷惑よ」


 それを言われれば、そうである。言い返す言葉もない。


「あなたの机はここでいいかしら。遅かったので、私の分は先に決めてしまったのだけど」


 案内された机の配置と、荷ほどき途中であろうルシナの机を見比べて、眉を顰めた。


 文句があるわけではない。むしろ配置的には大変嬉しい。

 窓際だから日当たりはいいし、照明の当たり方も完璧。本棚も近く、扉からは見えにくい。

 完璧すぎる位置。まるで、誰か特定の人物のために作られたような席だ。

 机の素材も、よく見れば高級品。


 対して、ルシナの机は質素極まりない。

 素材は普通。日当たりは悪いし、照明の当たり方もいまいち。

 扉から見えにくいのはそうだが、そこで勉強したいかと言われれば首肯しかねる。


「ルシナ様」


 私は自分の机に戻ろうとしていたルシナを引き留めた。


「失礼ですが、場所をお間違えでは?ルシナ様がこの席に座るべきかと」


 言葉を選びながらそう申し出ると、ルシナは振り返って席を見比べた後、一瞬考えこむような素振りを見せた。

 そして、ゆっくりと自分の机を指さす。


「あなたは、あの席の方が好みかしら」


「はい?いや、そう言うわけでもないですけど……」


「それなら席替えは必要ないわ。私はあの席で十分よ」


 そう言うと、さっそうと自分の机へと戻って行ってしまった。

 いや、あなたが良くても私はよろしくないのだが。


「……」


 だがしかし、男爵家の私は公爵家の彼女に従うよりほかにない。仕方ない。有難く使わせていただこう。

 机の上に荷物を置いて、荷解きをする。暖かな陽の光に、目を細めた。


「………」


 ちらりとルシナの方を見ると、彼女は荷物の中から照明を取り出していた。それを頭上に掲げ、調整している。

 私が見ているのに気が付くと、キョトンと首を傾げて「何かしら」と尋ねた。


「………いえ」


 目を伏せて、自分の手元を見つめた。

 ……上流貴族なんて、みんな同じだと思っていたけど、やっぱり偏見は良くないな。


 案外、優しい人だ。

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