第20話 ※主人公視点外

 連日爽やかに晴れ渡っていた空に灰色の雲が立ち込め、なんとなく陰鬱な空気が街を覆ったある日。

 部下と共に警邏から戻った私は、騎士団長から客が待っていることを告げられた。

 約束はなかったはずなので急な客、しかも団長自ら声をかけてきたところをみると貴族が訪ねてきたのだろう。

 相変わらず貴族というのはわがままなものだと苛立つ心を鎮めながら応接の戸を開けると、そこには意外な人物が待っていた。

 貴族ではない。

 しかし、ある意味そんなものより遥かに厄介な来客の名は、エルムンド。

 キナリス殿下の傅役を任されるなど陛下の信任も篤い、元王立騎士団所属の老人だ。

 

「エルムンド様が私を訪ねてこられるとは珍しい。明日は雪でも降るのかな?」


 そんな私の軽口に、ぴくりとも表情を変えず、淡々と応えるエルムンド様。


「雪くらいどうということもないでしょう。今の情勢を考えると、一歩間違えば降るのは血の雨なのだから」


「おやおや。これは穏やかではありませんな」


 今の情勢とは、ドラン子爵領のいざこざを指しているのだろう。

 なんでも、派閥に分かれての後継者争いが激化しているとか。

 聞くところによると、学校に通うご長男が毒を盛られたとか盛られてないとか。

 最悪の場合、我々王立騎士団が治安維持のためドラン子爵領に出張ることになるかもしれない。


「とりあえず茶でも召し上がってください。娘の知り合いから分けてもらったのですが、売り物と遜色ない出来で愛飲しているのですよ」


 娘の同僚であるレイティス殿から定期的に分けてもらう茶葉はどれも素晴らしい出来で、味も香りもそこらの店売りの茶葉よりも遥かに質が高い。

 今回のように地位の高い来客の応対時にも十分耐えうるため、娘には内緒で一部この応接に常備している。


「偶然なのかそうでないのか。このお茶を出してくるということは、用件を察していますか?」


 私の淹れた茶を見つめながらそう尋ねてくるエルムンド様。

 さてさて。


「なんせ、剣と槍しか使ってこなかった浅学の身。この茶と用件の関係と言われても、容易には分かりかねますな」


 私が首を振ると、シワだらけの顔を顰め、半眼で睨め付けてくる老人。

 相変わらずの眼力を見せつけながら茶を飲み下すと、軽くため息をついてみせる。

 

「腹の探り合いは趣味ではありません」


 思わずなんの何の冗談だ? と尋ねそうになったが、すんでのところで踏みとどまることに成功した。


「人生の半分以上をそれに費やしてきたお方の言葉とは思えませんぞ?」


「訓練のたびにピーピー泣いていた小僧が言うようになりましたね。頼もしい限りではありますが、時間が惜しい。用件は、王立学校教師、レイティス殿についてです」


「レイティス殿? ああ、娘の同僚ですな。それほど詳しくは存じ上げませんが、陛下の側近たる貴方が気にかけ、私に話を持ってくる何かがあるのでしょうか」


 私がそう答えると、全盛期と比べて一回り、いや、二回りは小さくなった元騎士の体から、威圧するような気配が迸る。


「時間が惜しいと言ったでしょう? 最近、食事を共にしたり薬を渡したりと接触を増やしているようですが、おやめなさい。それは、レイティス殿のためにも、何より貴方のためにもならない」


 助言ではなく忠告だろうか。

 昔の私なら身をすくませてガクガク震えることしかできなかっただろう圧力。

 しかし、今の私は駆け出しの小僧ではなく、王立騎士団の副団長を務める男だ。

 胸を張り、笑みを浮かべて答える。


「食事は美味い果物をもらった礼。薬を渡したのは、娘から伏せっていると聞いたので。まあ、ほんの気まぐれです」


「気まぐれの割には、最も効果の高いものを渡したようですが? しかも、体の痛みを和らげるものを」


 そこまで知られているとは。

 いい機会だ。

 手が空き次第、一度団員の身辺を洗い直してみるか。

 

「御息女からあの方が伏せっていると聞いただけにも関わらず、まるで強い痛みに苛まれているだろうと確信していたような動きですが、二度は言いません。レイティス殿に無闇に近づくのはおやめなさい」


 再び、その強い視線で私を射抜かんとするエルムンド様。

 暫しの睨み合い。

 気の弱い者なら失神しかねない圧力をぶつけ合った結果、キリがないことを察した私が両手を挙げる。


「陛下の影たる貴方がそう仰るなら、一騎士でしかない私は首を縦に振らざるを得ませんな」


「……賢明な判断に感謝を。陛下も、きっとお喜びになることでしょう」


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