第19話

 殿下が皮を剥いた果物を、無理やり口に突っ込まれるという斬新な体験をした日から二日後。

 ようやく体の痛みが引き、自由に動けるまでに回復した。

 初めて獣に姿を変えた時と比べればだいぶ短い時間で回復しているのだが、それでも三日間痛みに悶え苦しまなければならないのだから先が思いやられる。

 もし三日おきに賊が侵入してきたら、その度に痛みに耐えなければならないわけだ。

 教師としてそんなに仕事を休むわけにはいかない。

 なによりジラウス殿のためにも殿下のためにも、騒動が速やかに終結することを心から願いつつ控え室に入ると、この日も一番乗りだったらしいベルタ先生が私に気づいて駆け寄ってきた。


「レイティス先生。もうお身体は大丈夫なんですか?」


 頭ひとつ以上下から私を見上げて心配そうに言う同僚教師が子犬のように感じられ、思わず頭を撫でそうになる手をすんでのところで引っ込める。

 危ない。

 まだ他の先生方の姿は見えないが、ベルタ先生の頭を撫でているところなんかを目撃された日には、お祭り騒ぎになるのは火を見るより明らかだ。

 普段は王立学校の教師として落ち着いた雰囲気を纏った皆さんだが、どうも私とベルタ先生を恋仲にしようと画策している節がある。

 そんな同僚達を無駄に喜ばせる餌を与えることは避けたい。

 もちろんお互いにそんな気はないのだが、いい大人が他人の色恋で盛り上がるのはいかがなものかと天を仰ぎたい気分だ。

 

「ええ。ご迷惑をおかけしましたが、ようやく動けるようになりました。ああ、これ。先生方にお詫びの印です」


 そう言いながら手渡したのは、果物が積まれた籠。

 そう。

 殿下から見舞いでいただいたものだ。

 多少数は減っているものの、到底一人で食べ切れるものでなく大半が残っていたため、腐らせる前に同僚達にお裾分けすることにした。

 

「まあ! 立派な果物がこんなにたくさん!」


 目を輝かせながら籠を覗き込むベルタ先生。 

 立派なのは、殿下が権力と財力に物を言わせて最高級のものを用意してくれたからだろう。

 俗に言う、王族御用達の店の商品らしい。


「副団長様は甘いものがお好きらしいので、多めに持って帰ってくださって結構ですよ」


 籠の中から適当に取り出して手渡すと、小柄な同僚が満面の笑みを浮かべる。

 

「ありがとうございます! あ、そうだ。レイティス先生が体調を崩されてると伝えたら、父が渡すようにって」


 そう言いながら一度自分の机に戻り、ベルタ先生が袋から取り出したのは琥珀色の小さな入れ物。

 小さいながらも、一目見ただけで高価なことがわかる美しい入れ物だったが、その中から、鼻をつくような刺激臭が漏れ出ている。


「これは、塗り薬、ですか? ……なかなか刺激的な匂いですね」


 言葉を選びに選んだ結果がこの表現なことで、どれほどの匂いかは察してほしい。

 思わず顔を顰める私を見て、ベルタ先生が困ったように首を振る。


「匂いがきついでしょう? なんでも、騎士団で伝統的に使われる塗り薬らしいんです。レイティス先生は風邪だって言っているのに、風邪でも節々が痛んだりすることもあるだろうから渡せとうるさくって」


 ベルタ先生の親指程度の大きさの量でこれなのだから、まとまった量を保管しているであろう騎士団の詰め所はどんな状態になっているんだろうか。

 そんな意味のないことを考えながらも、せっかくの好意を突き返すわけにもいかない。

 少しでも匂いを抑えるためだろう袋にしまわれたそれを、両手で受け取る。


「ありがとうございます。飲み薬が苦いように、塗り薬も効果を求めれば匂いがキツくなるものですからね。これだけのものなら、相当の効果が見込めそうです」


 とりあえず、朝のうちは机の奥にしまい込んで、昼になったら部屋に持って帰るか。

 ただでさえエダポイトの甘い匂いに包まれているのに、この塗り薬の匂いが混ざったら、私の部屋はどうなってしまうのだろう。

 

「よかった。レイティス先生に受け取っていただけなかったら、どこかで適当に捨てて帰らないといけないところでした」


 それはいけない。

 そんなことをされたら、学校内で異臭騒ぎが起きてしまう。

 

「副団長様には、貴重なものをいただき感謝いたしますと伝えてください。ありがたく使わせていただきます」


 これ、獣人に姿を変えた後の体の痛みに効いたりしないだろうか。

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