第18話
「冗談はこれくらいにして、だ」
鍵を開けた手段を問い詰めている間に皮を剥き終えた殿下が、果物ナイフをしまいながら言う。
「無断で部屋に侵入される恐れがあるのに冗談で済ませたくはないのですが……」
「細かいことを気にしていては余計体調を悪くするぞ? 話したいのは賊の話だ」
あくまでも鍵を開けた手段は隠し通すつもりのようで、食い下がる私を無視して強引に話を変えた。
賊の話と言われては私も大人しく聞くしかないが、その前に一つ確認を入れる。
「それは、私に話してもいい情報ですか?」
私の問いに、殿下が目を伏せながら首を横に振った。
「本当は駄目だろうな。だが、既に兄上をこれでもかと巻き込んでしまっているし、力を使わせておいてあとはご遠慮くださいというのはあまりにも不義理だろう。私には、兄上に今回の件について顛末を伝える義務がある」
巻き込んだのだから、情報は全て開示するということらしい。
ありがたいような、迷惑なような。
いや、学校内の安全を確保する意味では、下手に秘密主義を貫かれるよりよっぽどありがたい。
大人しく話を聞く態勢になった私に、殿下が一つ頷いてみせた。
「先程も言ったとおり、兄上に制裁を受けた二人組が話ができる状態になるまで相当の時間を要す見込みだ。しかし、どう考えてもドラン子爵家の件と無関係とは思えない」
「そうでしょうね。もし別口なら、目も当てられない」
そんな私の相槌に軽く苦笑いを浮かべながら、殿下が言葉を続ける。
「今のところ、ドラン子爵家以外で後継者争いを展開している家はなく、その他の要因で学校に賊を差し向ける必要に迫られている家もないらしい。つまり、兄上の手に掛かった二人組は、ドラン子爵家からの刺客である可能性が高いということだ」
ドラン子爵領だけでなく、広く国中の情報を集めていることを示唆する言葉に驚かざるを得ない。
まだ学生の身分でありながら、それをしてのけるだけの力を持っているのは、流石は次期国王候補というところか。
「それを踏まえて、殿下はどうされるおつもりですか?」
その次期国王候補が、集められた情報をもとにどう動くのか。
興味を持って尋ねた私に、殿下が拳を差し出した。
「今すぐドラン子爵領に踏み込み、内輪揉めに賊を雇った痴れ者の顔面にこれを叩き込んでやりたいというのが本音だ」
「ぜひ、建前をもとに行動されてください」
「教師が生徒に向かって建前を大事にしろと教えるのはいかがなものかと思うぞ? 兄上」
真剣に諭した私に、不満げに唇を尖らせながら抗議の声を上げる殿下。
珍しく年相応なそんな表情に頬が緩みそうになるが、今のは教師から生徒に向けてではなく、国民から王族に向けての言葉だ。
「国民としては、本音だけで生きる王族の方を支持いたしかねます」
本音に従ってドラン子爵領に乗り込み、手当たり次第に関係者の顔面に拳を叩き込んでいく次期国王候補筆頭。
だめだ。
そんな蛮行の後、国民の支持を集められるとは到底思えない。
私の言葉を受けた殿下は、どこか面白くなさそうに肩をすくめる。
「兄上がそこまで言うなら自重するとしよう。まあ、真面目な話をすれば静観だな。現状、ドラン子爵家の状況を探りながら、起きたことに都度対処するしかない。まさか、この段階で軍を差し向けるわけにもいくまい」
それは最後の手段だからなと笑う殿下だったが、その目は一切笑っていない。
流石に軍を動かす権限はないはずだが、最終的には国としてそこまでする可能性もあると見ているのだろう。
そんな最悪の事態が起きないよう切に祈りつつ、怪しい笑みを浮かべたままの殿下の目を見ながら言う。
「こちらにできることは、ジラウス殿の体調に気を配りながら相手の出方を窺う、と。そういうことでよろしいのですね?」
「ああ。まさか昨日の今日で賊を放ってくることはないだろう。ゆっくり休んでくれ」
そう言うと、果物が入った籠の中から銀製のフォークを取り出す殿下。
何をするのかと見ていると、皮を剥いた果物にそれを突き刺し、私の目の前に差し出してくる。
「動けないのだろう? 喜べ兄上。私自ら口に運んで差し上げようじゃないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます