第16話
逃走を諦めた様子の二人組は改めて武器を構え、覚悟を決めたようにじりじりと間合いを詰めてきた。
定期的に使節団が送られていることからもわかるように、ポルトギスとアニマラの関係改善は進んでいる。
そのため、国内で獣人の姿を見ることも決して珍しいことではないが、今は状況が状況だ。
金色に瞳を輝かせながら鋭い爪を構える私と暗闇で対峙するのは、それはそれは恐ろしいことだろう。
その証拠に、侵入者の心臓の音は速く大きくなっているし、汗が吹き出した匂いも感じられる。
「少しは落ち着いたらどうだ? 人種。そんなに緊張していると、上手く仕事をこなせないだろう」
そう声をかけてやると、二人組のうち私が蹴り飛ばした背の高い方が腕を振るう。
握り込んでいた刃物の投擲。
不意を突くように放たれた刃物が、まっすぐに私の頭を目掛けて飛んでくる。
普通の人種なら、避けることも叶わず大怪我を負うか、最悪命を落とすことになるかもしれない。
しかし、今の私は人種ではなく獣人であり、身体能力が大きく向上した中で、特に動くものに対する反応は人種のそれを大きく上回る。
つまり、高速で飛来する刃物を人差し指と中指で挟んで受け止めるなどということは、朝飯前なわけだ。
「よくできた隠し芸だな。ほんの少しだけ驚いたが、大事なものだろう? とりあえず、返しておくぞ」
指で挟んだ刃物を、侵入者に向けて無造作に投げ返す。
男がして見せたものとは違う、技術など欠片もない力任せの投擲だったが、獣人がそれをしてみせれば人種の想像を超える結果が表れる。
「ぐっ!?」
暗闇のなかで獣人と遭遇した緊張と、奥の手らしい投擲の失敗による動揺によって判断を鈍らせた侵入者の肩に、投げ返した刃物が深々と突き刺さった。
仲間が上げたくぐもった悲鳴に、思わずといった様子で視線を向ける片割れ。
それはつまり、私から目を離すということに他ならない。
「おいおい、人種よ。それはダメだろう?」
私のような理性的な獣が、そんな隙を見逃すわけがないじゃないか。
彼が視線を戻した時、既に私は彼の目の前に立っているわけだ。
誇示するように、鋭い爪を掲げながら。
「とりあえず、今回は殺しはしないが、鬼ごっこで捕まったんだ。痛い目くらいは見ておけ」
これから起きることを理解したらしく、素早く身構える侵入者。
立派なものだが、そんなもので耐えられるほどこの姿になった私は安くない。
ふっ、と息を吐きながら、侵入者の腹に拳を抉りこむ。
汚い悲鳴とともに膝を突いた男から何かを撒き散らす音が聞こえたが、きっと不快になるだけなので見ないでおこう。
「お待たせ。次はお前の番だが……ここまで追い込まれたのに魔法は使わないのか? 人種」
人種と比べものにならない身体能力を持つ獣人が、過去の戦乱で勝利を収められなかった理由の一つ。
それが、魔法の存在だ。
獣人の魔力では使いこなせない様々な効果を持つ魔法によりお互いの戦力は拮抗し、その結果として徒に戦乱が長引いたとされている。
こんな仕事を生業としているのだから、侵入者が魔法の一つや二つ使えても不思議ではない。
もちろん魔法を使って目立つのを避けたい考えもあるのだろうが、この段になって出し惜しみをする理由はないだろう。
「仲間の仇は取らせてもらうぞ、獣人」
静まり返った空間に響く低い声。
そして、そんな男から放たれる熱を帯びた空気。
これが、魔法が発動する前触れだ。
熱ということは、火魔法か。
魔法が発動する際、水なら冷気が撒き散らされ、風ならつむじ風が巻き起こる。
この時は、予想どおり燃え盛る炎が槍の形をとり、男の目の前に浮かんだ。
「火魔法。紅蓮槍!」
そして放たれる、一撃必殺の炎の槍。
それは、先程の刃物などとは比べ物にならない速度で、私を貫くべく空中を滑るように飛んでくる。
さて、ここで繰り返しになるが、獣人の動くものに対する反応は人種のそれを大きく上回っている。
そして、猫科の獣人の血を引く私は、同族の中でも特にその能力が高いわけだ。
つまり。
「そんな速さでは、蝿が止まるぞ? 人種」
そんなものに当たってやる義理など、私にはない。
必殺の魔法を軽々と回避された挙句、正体不明の獣人に間合いへの侵入を許した男の心臓が大きく跳ねる音がした。
「化け物め……」
負け惜しみにしかならないそんな呟きに、思わず笑みが溢れる。
「否定はできないな。では、眠れ。二度と会わないことを、心から願っているよ」
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