第14話
頑固者同士の睨み合いは、意外な人物の登場で終了する。
「殿下? おお、レイティス先生も。ということは五学年の皆さんは植物学の講義だったのですね」
笑顔で教室を覗き込んできた長身痩躯の少年は第四学年、ジラウス・ドランだ。
「ジラウス殿。……痩せられたとは聞いていましたが、これは」
私の講義を受けていた時のジラウス殿は制服を着ていてもわかるほどの筋肉を誇る、見るからに快活そうな少年だったが、今や見る影もない。
陽の光を浴びて輝いていた金色の髪はくすみ、頬はこけ、身体は一回りも二回りも小さくなっている。
「あっはっは! 皆に言われます。急に痩せすぎだ、悪い病にでも罹っているのではないかとね。ただ、どこも悪くはないのです。ほら、このとおり」
私が掛ける言葉を探していると、皆まで言うなとばかりにしゅっしゅっと軽快に拳打を繰り出してみせるジラウス殿。
そんな後輩の様子を眺めていた殿下が、これでもかと顔を顰めながら口を開いた。
「ジラウス。先日自治会でも伝えたが、今のお前の様子は明らかに普通とは言えない。体の中を病んでいる可能性も否定できないのだから無理をするな」
「ええ。他でもない、キナリス殿下に言われては無碍にもできません。御言いつけのとおり、実家から送られてきた薬には手をつけておりませんとも。代わりに、殿下からいただいたあの甘い薬をいただいております」
王族と貴族という動かし難い縦の関係にモノを言わせて毒物と思われる薬の使用をやめさせ、エダポイトの粉を飲ませているらしいが、まさかここまでの状態とは。
汎用性に優れている分高い効果を望めないエダポイトの粉では、焼け石に水かもしれない。
「それならいい。まったく。せっかく身に付けた筋肉を捨ててまで体を軽くする必要がどこにあったのか」
内心を隠しながら殿下が呆れたように言うと、ジラウス殿は痩せた顔いっぱい笑って見せる。
「恋、というものです」
「なに?」
殿下の言葉がキツくなったのも仕方ない。
私ですら、何を言っているんだと思ったのだから。
「少し前になりますが、さる家の令嬢との縁談が決まったのです。これが、よく話し、よく食べ、よく笑う素晴らしい女性でして」
複雑な私達の胸中を知らないジラウス殿は、縁談相手がいかに素晴らしい女性かをつらつらと語る。
この様子だけ見ると、確かに体を病んでいるとは思えないのだが……さて。
「その女性が痩せ型の男が好きだと言っていたから体を軽くしたかった。つまりそういうことか?」
「恥ずかしながら」
惚気とも取れる話を聞いた殿下が眉間に皺を寄せながら身も蓋もないまとめ方をすると、ジラウス殿が照れたように笑いながら頷いた。
「……正気か?」
同意せざるを得ない。
流石に教師として苦言を呈さなければと思った私だったが、真剣な表情のジラウス殿が先に口を開いた。
「恐れながら申し上げます。殿下も、恋をされればきっとご理解いただけるでしょう。そう。世界が変わる瞬間というものを!」
いっそ引っ叩くか?
ほんの一瞬そんな考えが浮かんだが、立場上そんなわけにもいかず天を仰ぐだけに留める。
「わかったわかった。ただ、痩せ型と痩せ過ぎは違う。今のお前はどう見ても病人のそれだ。そのご令嬢に愛想を尽かされたくなければ私の渡した薬の摂取を怠るんじゃないぞ?」
冷静にそう諭す殿下の拳がキツく握られていたことに気づかないらしいジラウス殿は、表情を緩めて頭を下げた。
「承知しました。では、殿下、レイティス先生。失礼いたします」
部屋を出ていくジラウス殿を見送った殿下が、今日一番の深く重いため息をつく。
「どう思う? 兄上」
「殿下が仰るとおり、あれは行き過ぎです。なぜ周りは医者に診せないのですか」
「もちろん周りは医者にかかるよう伝えた。その結果、ドラン子爵領から来たお抱えの医者が診察していったらしい。診断結果を教えようか?」
皮肉げに唇を歪める殿下。
この流れで答えを聞くほど、鈍いつもりはない。
「必要ありません。ヤブ医者でしょう、それは」
吐き捨てるような私の言葉に浅く頷いた殿下が、苛立たしげに首を振る。
「ジラウスの縁談相手だという令嬢すら怪しく感じるだろう? と、まあそんなわけで兄上には手を引いていただきたいわけだが、これ以上は言わないでおく」
そこで一度言葉を切ると、少し躊躇った後でこう続けた。
「ただ、決して無理はしないでほしい。もしこの件で兄上に何かあれば、私は貴方に不利益を与えた相手を許さないし、なにより自分自身を許せないだろうからな」
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