第12話
その日の昼。
エダポイトの実と、昨年の秋に加工した香りのいい茶葉を詰めた袋をベルタ先生に手渡す。
お茶が大好きなベルタ先生はこのおまけを大層喜んでくれ、目を輝かせながら今度お礼をすると申し出てくれた。
またエダポイトの実を練り込んだパンをもらえたら嬉しいなあなどと軽く考えていた私だったが、予想もしない形で茶葉の礼が返ってくる。
それは数日後の仕事終わり。
私は学校の外につけられた馬車に乗せられ、城の近くにある料理店に連れてこられた。
待っていたのは、王立騎士団副団長を務めるベルタ先生のお父上、アマダス様。
私が緊張しながら部屋に入ると、穏やかな笑みを浮かべながら副団長様が言う。
「やあ。時間をとってもらってすまないな、レイティス君。いつも娘が世話になっているようだし、色々お裾分けももらっているからね。一度ちゃんと礼を言いたかったんだ」
「とんでもない。むしろ、最近はベルタ先生に助けられることも多い。それを考えれば私の方がお礼を言う立場かもしれません」
そう言いながら、私が対面の席に着くと、その瞬間を見計らったように酒と食事が運ばれてきた。
どちらかというと塩を振って焼いただけの肉など、単純で粗野な食事を好む私だが、並べられた彩り鮮やかな料理に、思わずため息が溢れる。
「娘は上手くやっているかな? 一人娘だから、どうしても甘やかしてしまってね。王立学校の教師になると言い出した時なんか、家中大騒ぎさ」
乾杯し、見た目だけでなく味も素晴らしい料理に舌鼓を打っていると、フォークを置きながら副団長様が言った。
「ベルタ先生が、副団長様や家の皆さんに愛されているのは、彼女の立ち振る舞いを見ればわかります」
天真爛漫。
そんな言葉がよく似合うベルタ先生はきっと、目の前のお父上の惜しみない愛を一身に受けて育ったのだろう。
彼女の明るさは、私達教師の日々の癒しだと言っても過言ではない。
「娘の同僚にそう言ってもらえると一安心だ。さ、今日は好きにやってくれたまえ。もちろんお代は私持ちだからね」
上機嫌な様子で、さあさあと葡萄酒の瓶を差し出してくる副団長様。
ご馳走していただく理由はないのだが、かといってこんな高級店で半分払いますと言えるほど高級取りでもない。
ここは有り難く奢っていただこう。
遠慮しながら酒をいただく私に対して、副団長様は色の付いた水かな? と疑いたくなる速度で葡萄酒を飲み干していく。
屈強な見た目からきっとお強いのだろうと勝手に決めつけて静観していたのだが、そんなこともないらしい。
ある程度飲んだ時点で顔は真っ赤に染まり、呂律も怪しくなってきた。
「あの甘えん坊で一人では何もできなかった娘が、いまや立派な教師だ。これが喜ばずにいられるだろうか。なあ、レイティス君」
そんな酔いの回った副団長様が口にする話題は、もっぱら愛娘であるベルタ先生についてだ。
「ええ、ええ。しかし、娘さんが独り立ちされて、お父上としては寂しい部分もあるのでは?」
私の問い掛けに、副団長様がグラスの中身を一気に干し、手酌でおかわりを注ぎながら応える。
「それは寂しいさ! 私が一生面倒を見てやるからベルタは働かなくてもいいと本人に伝えていたくらいだからね。娘の成長に寂しさを覚えるとは、親とは不思議なものだよ。仕事が順調となれば、次は結婚ということになるのだろうが……」
真っ赤な顔に苦笑いを浮かべていた副団長様が突然両手で顔を覆い、声を震わせる。
「駄目だ、この話はやめよう。飲んでいる時に娘の花嫁姿など想像したら涙が」
「ベルタ先生の花嫁姿ですか。それは、さぞお綺麗でしょうね」
王国最強の一角が見せたしっかりとした親バカ加減に不思議な安心感を覚えた私がそう軽口を叩くと、今の今まで涙を堪えていたはずの同僚の父親が、目を細めてこちらを睨みつけてきた。
「レイティス君」
「はい?」
「念のために聞くが、君がベルタと恋仲などということは、ないだろうな?」
部屋の空気が震えるほどの低音で名前を呼ぶから何を言われるのかと思えば、なんだそんなことか。
「欠片もございませんのご安心ください」
私とベルタ先生は同僚であり、それ以上でもそれ以下でもない。
仮に、私とベルタ先生のどちらかが恋愛感情を持ったとしても、私の出自の複雑さが進展を阻害するだろう。
「そこまでばっさり切り捨てられるのも釈然としない気持ちではあるな。いや、娘の口から聞く男の名前など君のものくらいだ。もしかすると、と思ったのだが」
「歳の近い教師が私しかいないからでしょうね。幸い、仲良くさせていただいてはいますが、ご心配いただくようなことはありません」
私が重ねて何もないことを主張すると、副団長様はようやく納得したように頷いた。
「そうか、ならいい。……いや、今日はだいぶ飲んだな。レイティス君が聞き上手だからついつい進んでしまった」
「遅い時間まで申し訳ありません。明日のお仕事に影響がなければいいのですが」
王立学校の一教師が、王立騎士団の副団長を遅くまで酒の席に付き合わせたなんて外聞が悪過ぎる。
しかし、私のそんな懸念を副団長様が笑い飛ばした。
「なあに。心配ないさ。どうせ二日酔いになるからと、明日は休みをとっているんだ」
どうやら、準備万端整えてこの席に臨んでいたらしい。
しかし、二日酔い前提とは恐れ入る。
「では、明日目を覚まされたら、先日ベルタ先生に渡した茶葉で淹れたお茶を召し上がってみてください。いくらか気分が良くなるはずです」
「それはいいことを聞いた。では、また会おう。色々と大変なこともあると思うが、何かあれば頼ってくれて構わない。娘の同僚に力を貸すこと、やぶさかではないからね」
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