第11話

「あら? レイティス先生、今日は眼鏡をかけていらっしゃるんですね」


 一番乗りで控え室に入っていたベルタ先生が、出勤した私を見て目を丸くする。 


「ええ。少し気分を変えてみようと思って。どうです? 似合ってますか?」


 指摘されたとおり、この日私が身につけているのは、レンズに淡く色の入った縁なしの眼鏡。

 もちろん気分を変えるためではないのだが、誤魔化すために似合っているか尋ねてみると、ベルタ先生がこくこくと頷く。


「ええ、とてもお似合いです。一層落ち着いた雰囲気で、素敵ですね」


「よかった。あまり身に付けるものに気を使うタチではないので不安だったんですが、お洒落なベルタ先生に褒めてもらえるなら自信を持って良さそうですね」


 ベルタ先生は王立騎士団幹部の娘さんなので、世間一般で言ういいとこのお嬢様だ。

 本人の趣味もあるのだろうが、身だしなみや服装に普段から人一倍気を遣っているように見える。

 この日着ている爽やかな薄緑のワンピースも、恐らく上等なものなんだろう。


「褒めていただいても、お茶くらいしか出ませんよ?」


「ベルタ先生のお茶をいただけるなら褒めた甲斐があったというものです。教師一同の活力剤ですからね、ベルタ先生の淹れてくれるお茶は」


 これは決してお世辞ではなく、講義終わりや昼休憩に淹れてくれるベルタ先生のお茶は私を含む教師陣に大人気だ。

 もちろん新人だからと彼女だけにお茶を淹れさせているわけではなく、私や他の先生方も自分が飲むついでに振る舞いはするが、ベルタ先生の淹れるそれが圧倒的に美味い。

 本人曰く、幼い頃からマナーの一環としてお茶の淹れ方を厳しく教え込まれたのだとか。


「まあ! お上手なんですから! では、褒めてくださったレイティス先生のために、真心を込めてお茶を淹れてきますね?」


 その後、ぽつぽつと同僚の先生方が出勤してくる中、やや酸味のあるお茶をいただきつつ講義の資料を確認していると、ベルタ先生が遠慮がちに声を掛けてきた。


「そうだ、レイティス先生。その、お願いがあるんですが」


「ベルタ先生にお願いされたらなんでも聞きますよ、と言いたいところですが。副団長様と殴り合えなどと言われると困ってしまいますので、念のためにお願いの内容を聞かせてもらいましょうか」


 私の言葉を聞き、近くに座る先生方がどっと笑い声を上げる。


「そんなことお願いするわけないじゃないですか! それに、正確には私からではなく、父からレイティス先生へのお願いなんです」


 王立騎士団の副団長様から、歯牙ない一教師である私にお願い事?

 副団長様とは顔を合わせたことはあるが、それも片手で事足りるくらいの回数だし、そのいずれも挨拶程度しか言葉を交わしていない。

 となると。


「思い当たる節があるとすれば翡翠茶の茶葉の催促か、先日の乾燥させたエダポイトの実のおかわりですか?」


 私がそう言うと、ベルタ先生には珍しく、若干顔を顰めながら頷いた。


「そのどちらも、です。厚かましくてごめんなさい。父は、本当にレイティス先生の作るものが気に入っているみたいで」


 親子でエダポイトの実を乾燥させたものを奪い合ったとは聞いていたが、おかわりを寄越せと言われるほどとは思わなかった。

 しかし、自分が手掛けたものを喜んでもらえたうえに、もっと寄越せと求められるのは悪い気分ではない。

 

「それは嬉しいですね。ただ、翡翠茶は収穫までまだかかりますから、そちらは少し時間をいただけますか? エダポイトは部屋にありますから、すぐにお渡ししましょう」


 エルムンドにも言われたとおり、現在私の部屋には甘い果実の匂いが充満している。

 なんとなく落ち着かないので、エダポイトを引き取ってもらえるのはありがたい。


「大丈夫です。エダポイトだけでも大喜びだと思いますから。今度は父に取られないよう、自分の分はしっかり確保しておきます」


 ほっとしたように胸の前で手を合わせて微笑むベルタ先生。

 

「では、昼休憩に寮に戻って取ってきましょう。先日お渡ししたものより乾燥が進んでいるので瑞々しさは劣りますが、甘みは強くなっているはずです」


「父はあれで無類の甘党なので。きっと喜びます!」

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