第10話

 エルムンドから渡された文の内容。

 それは、キナリス殿下の護衛を指示するものだった。

 ドラン子爵家では現在、現当主であるジラウス殿の父親が健康上の理由から一線を退くことを検討しているらしい。

 貴族の中では規模が大きいとは言えない子爵家にあって、ドラン子爵家には他にはない武器がある。

 それは、鉄鉱石や、より希少な鉱石を産出する鉱山を多数有していること。

 この鉱山の開発や諸々の利権に絡み、子爵家内はもちろん、属する派閥や領内外の有力商人まで巻き込んだ後継者争いが起きつつあるそうだ。

 ここまでなら、日常的とは言わないまでも全くない話ではなく、公爵家の跡目争いともなれば国中を巻き込んだ大騒動が発生したりもするが、アニマラとの口に出すのも憚られる闘争の後、文化的な国を標榜する我が国で、跡目争いにおいて直接的な暴力により候補者を表立って害することは禁忌とされてきた。

 もちろん明文化されているわけではないし、貴族という綺麗なだけではない生き物がその暗黙の了解をどれだけ守っているか甚だ怪しいものだが。

 そんな子爵家の跡目争いと国の歴史、そして私への城からの依頼がどう関係があるのかといえば、これはもう殿下が危惧していた事態が起きているからという他ない。

 ジラウス殿の暗殺。

 それを目論む陣営は、直接的な暴力を避けて、歴史の闇を踏襲すべくやんわりと毒物による始末を進めていたが、運悪く殿下がジラウス殿の体調から状況を疑い、手の者を放つなど動き始めた。

 ドラン子爵領の跡目争いの可能性をいち早く把握し、水面下で調査に着手していたらしい城側は、この殿下の動きに舌打ちせんばかりだっただろう。

 もしジラウス殿の敵対陣営が殿下の動きに気付き、そちらにまで刃を向けたとしたら。

 常識的に考えて、王族を害してやろうなどと思い切る貴族はいるはずもないのだが、今回の跡目争いに莫大な金と利権が絡んでいることから可能性がなくはないと、そう判断しているらしい。

 文には、そんな事情に加えて城側が把握した情報が記されており、『殿下方の護衛についてはこれまでどおり城側で万全を期すが、王立学校教師レイティス殿におかれては、殿下方の身辺警護に助力いただくよう要請するものである』と結ばれていた。

 全てを読み終えた後、なぜ一平民でしかない私にこれほどの情報を開示したのかと、朝から強烈な胃の痛みを覚える。

 城側は、私がこの文を持ってジラウス殿の敵対陣営に駆け込み、利益を得ようと考えると思わないのだろうか。

 ……思わないのだろうな。

 城側、というか、あのエルムンドという老人は、私の殿下に対する情を信頼している。

 まさか弟を見捨てたりはしないよな? と。

 父である国王や一部の側近が、殿下から私を遠ざけようとする一方で、あの老人のように兄弟の情に訴えようとしてくる人間がいる。

 だから嫌いなんだ。

 捨てると決めたのなら、揃って放っておいてくれればいいものを。

 なおタチが悪いのは、あのエルムンドをはじめ、心から殿下を心配している人間も少なくないということ。

殿下の身に危険が及ばないよう、国王一派に睨まれる危険を冒してもこの文を公式と認める印を押した男もその一人だ。

 本当に嫌になる。

 殿下に兄と呼ぶなと遠ざけようとしながら、私があの子を守らないといけないと考え始めている自分が。

 

「仕方ない。教師として、生徒の身を守ることに、なんの不都合もない」


 そんな屁理屈で自分を誤魔化しながら、文をビリビリに破き、火をつける。

 

「報酬もいただけるらしいしな」


 幸い、タダ働きではなく、ポルトギスでは手に入らない北方の国に咲く花の苗を用意してくれるそうだ。

 よくもまあ私が欲しがっているものまで調べ上げていると感心しながら、純粋な人種に比べれば少ない魔力を身体中に漲らせた。

 

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