第7話

 国王陛下に毒を盛るなどという危険な発言を真顔で繰り出すキナリス殿下。

 二人きりの部屋で誰も聞いてはいないし、私がこの弟を売ることなどあり得ないのだが、それでもこの類の話題を迂闊に口に出すのは遠慮していただきたい。


「この場限りの冗談としておきましょう。陛下への毒殺疑惑などかけられては、歯牙ない平民である私の首など弁明する間もなく落とされてしまいます」


 私が自分の首をポンポンと叩いて見せると、殿下が唇の端を釣り上げながら言う。

 

「もちろん冗談だ。敬愛する父王に毒を盛るなど、な」


 その表情には、決して冗談ではないとはっきり書いてあるが、かと言って指摘するわけにもいかず、私にできることは曖昧に笑うことだけ。

 

「……せっかくの兄弟の時間を面白くもない話で消費するのは不毛だな。話を変えよう。これだけの薬を作るのは相当な労力だっただろう? 今思えば、報酬の話をしていなかったな。このキナリスとしたことが、手落ちだった。しかし生徒から教師に金銭を渡すのはまずい。そうだ、いっそ家か?」


 話を変えていただいたことは本当に有り難いが、話題の質としては全く好転していない。 

 家だ土地だとぶつぶつ呟き始める殿下の思考を遮るべく、慌てて声をかける。

 

「殿下、報酬など無用です。敬愛する殿下のお役に立てたならば、ポルトギス王国民として本望というもの」


 最大限微笑みながらそう告げる私とは対照的に、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた殿下が身を乗り出してきた。

 

「……本音は?」


 嘘は許されないぞとばかりに放たれる王族の圧力にあっという間に屈した私は、言葉を選びつつ答える。


「身の丈にあっていない報酬を押し付けられるくらいならば、タダ働きで構いません」


 私の言葉を聞いた瞬間、カッ! とばかりに目を見開く殿下。

 これはまずい。


「落ち着いてください! ええ、ほんの冗談です。冗談」


 私が慌ててそう伝えると、目をすがめながら無言でこちらを見つめていた殿下が深々とため息をつく。


「……前々から思っていたのだが、兄上は冗談が下手だな」


 どうやら落ち着いてくれたらしい。

 危ない危ない。


「真面目な話。下手をしたら学校の生徒の命に関わることです。教師として、生徒を守るのは当然のこと。報酬をいただく理由がありません」


 対象の生徒と懇意にしているわけではなく、講義の最中に数回言葉を交わしただけだが、そんなことは関係ない。

 伝統あるベンフィーク王立学校の教師として、分け隔てなく生徒を守る義務が、私にはある。

 

「なるほど。教師としての矜持というやつだな」


 私の言葉を聞いてようやく表情を緩めた殿下が、満足げに頷いた。


「ご理解いただけたなら幸いです」


「ああ、理解はした。が、納得はしていない。兄上は何かにつけて無欲なところが見受けられるからな。よし。報酬はこちらで適当に見繕って後日届けることにしよう。それでいいな?」


 この弟は、納得だけでなく理解もしてくれていないのではないか。

 心からそう思ったが、頑固なことにかけては他の追随を許さない殿下だ。

 この段になって私にできることは、受け入れることのみ。


「おやめくださいと言っても、聞いてはもらえないのでしょうね。わかりました。ありがたく頂戴いたしますが、くれぐれも。くれぐれも嵩張るものはご遠慮ください」


 せめてもの抵抗としてそう伝えると、わかっているとばかりに頷いた殿下が年相応の笑顔を見せる。


「あまり経験がないのだが、人に贈り物をするというのはこう、ワクワクするものだな」


「ご友人に誕生日の贈り物などはされないのですか?」


 私の問いに、真顔で首を傾げる殿下。


「友人……?」


 あ……。

 これは虎の尾を踏んだか?

 そう思って焦る私を見た殿下が、次の瞬間腹を抱えて笑い出す。


「あっはっは! 冗談。冗談だ兄上。いや、王の子供などやっていると考えなしに物など贈ることはできないのだ。下手をすれば、それが将来を約束する証だと喧伝する者が出てくるからな」


 冗談の下手さは血だろうか。

 いや、命が掛かっているだけ殿下の方がタチが悪いのは間違いないだろう。


「失礼を承知で申し上げますが、王の子というのは、なんとも因果なものですね。心中お察しいたします」


「その因果を抱えた兄上がそれを言うのは、なんとも皮肉が効いているな」

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