第4話
翌日。
私の住んでいる職員寮の部屋の戸を強く叩く音で目が覚める。
目を擦りながら外を見ると薄暗く、まだ夜明け前のようだ。
こんな時間に誰だと不思議に思いながら戸を開けると、既にそこには誰もおらず、代わりに、一抱えはある木箱が置いてあった。
普通なら、この送り主不明の怪しすぎる箱の存在を学校側に報告して処理するのが正しい対応だろう。
しかし、今日に限っては箱の送り主がはっきりしているので、予想より遥かに重い箱を引き摺りながら部屋に運び込む。
蓋を開けると、予想どおりエダポイトの実がぎっしりと詰められていた。
送り主は当然キナリス殿下だ。
昨日の今日というにはあまりにも早過ぎる行動にため息が漏れる。
きっと、昨晩私が帰ったあとに強権を発動したのだろう。
『足りなければ言ってほしい。
貴方の弟より』
それだけ書かれた紙片を見ながら、話の流れでエダポイトの実の乾燥と粉末状への加工を請け負うと伝えた私に、材料の手配は任せろと胸を張った殿下の顔を思い出す。
弟よ。
加減という言葉は知っているか?
お世辞にも広いとはいえない職員寮の部屋。
乾燥させる場所が限られるというのに、こんなに大量に用意されても困ってしまう。
やむを得ず、必要な分だけよけておき、残りは同僚達に配ることに決めた。
「レイティス先生、おはようございます。あの、昨日は大丈夫でしたか?」
配布用のエダポイトの実が入った木箱を運ぶべく、始業よりだいぶ早く控え室に入った私に声をかけてきたのは、ベルタ先生。
教師の中で最も若い彼女は、毎日誰よりも早く学校にやってきて講義の準備をしている。
「おはようございます、ベルタ先生。大丈夫というのはキナリス殿下のことですか? ええ。しっかり食事をご馳走になりました」
私がそう言うとはぐらかされたと思ったのか、ベルタ先生が腰に手を当てて不満そうに頬を膨らませる。
「みんな心配していたんですよ? 殿下はその、……難しい方なので」
あの穏やかなベルタ先生が最大限言葉を選びに選んで着地したのが『難しい方』なのだから、キナリス殿下の普段の振る舞いは推して知るべしというものだ。
「真面目な方ですからね。それに、次期国王候補として、自らを厳しく律していらっしゃることで、周りから難しい方にみえるのかもしれません」
兄と名乗れない存在とはいえ、弟に対するこの程度の甘めの評価くらいは神も許してくれるだろう。
「陛下によく似ていらっしゃるあの美しいお顔で、一欠片でも笑顔を見せてくださったら印象はだいぶ変わると思うのですけど」
凍土殿下の笑顔は貴重なんです! と主張するベルタ先生に対して、私の前ではずっと笑ってますよ? などということはもちろん口にしない。
仮に口に出しても信じてはくれないだろうが。
「ニコニコしているキナリス殿下ですか。あまり想像がつきませんね。ああ、そうだ。はい、これ。お裾分けです」
雑談とはいえあまり王族を話題にするのも憚れるので、話を変えるために箱の蓋を開けた。
「エダポイトの実! 私、これ大好きなんです! こんなにどうされたんですか?」
赤く輝くエダポイトの実に負けず劣らず目を輝かせながら箱の中を覗き込む同僚教師に癒されつつ、入手経路を明かせないことに思い至る。
まさか殿下からいただいたとは言えないし、その経緯はさらに明かすことができない。
「ちょっとした伝手があって大量に手に入ったので。お好きならよかった。遠慮なくどうぞ。お父上にもぜひ」
結局曖昧に誤魔化すような感じになってしまったが、ベルタ先生は追及することもなく笑顔で赤い実を取り出してみせた。
「きっと喜びます。父はあんな顔をしていますが、甘いものが大好きなので」
灰色の顎髭をたくわえた、ぱっと見ではそれこそ厳しさしかないように見える顔をしているからな、副団長様は。
骨付き肉しか食べないと言われた方がしっくりくるが、甘いものがお好きというなら好都合だ。
「そうなんですか。ちょうどエダポイトの実を乾燥させるつもりなので、そちらも出来上がったらお渡ししましょう。瑞々しさは生のものに劣りますが、水分が抜けて甘みが濃くなるんです」
そこからさらに乾かして粉末状にしたものが殿下からの依頼の品になるので、手間は変わらない。
私の言葉に、ベルタ先生が嬉しそうに微笑みながら胸の前で手を合わせる。
「ぜひ! 父も喜ぶと思います。そうだ。乾燥させたエダポイトの実をいただけたら、それを練り込んだパンを焼いてきますね?」
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