第3話
将来の国王候補である弟と二人で肉を貪り、臓物と豆を咀嚼するという不思議な時間が過ぎて行く。
私達の関係は兄と弟ではあるものの、教師と生徒なうえに王族と平民ときているため、そこまで話が弾むわけもなく。
こうして二人で話すときは、殿下が話題を提供し、それに私が答えるという形が基本だ。
静かな食事の時間を終え、殿下に付き合ってお茶まで済ませたところで本題に入る。
「さて。毒と解毒について聞きたいことがあるということでしたね。具体的に伺っても?」
「四学年の、ジラウス・ドランをご存知だろうか」
ジラウス・ドラン。
確か、ポルトギスの南方にある子爵家の嫡男だったはずだ。
体格が良く快活な性格で、講義中も積極的に質問してくれたのを覚えている。
「講義外で話したことはありませんが、植物学などという一般教養の講義も真面目に受講してくださっていましたね」
そう伝えると、急に殿下が眉を顰めた。
私の発言に彼が不機嫌になる要素などなかったはずだが、なぜか苛立たしげに机を指でトントンと叩きながら言う。
「植物学は教養のためだけでなく、知識を深めれば人の命すら救える学問だ。まさか、それを理解せず不真面目な態度で受講する生徒が?」
なるほど。
私が一般教養でも真面目に受講してくれたと遜った物言いをしたところを、裏を返せば一般教養だからといって真面目に受講してくれない生徒もいると悪いように取ったらしい。
「落ち着いてください殿下。ジラウス殿が特に真面目に受講してくださっていたという話です。他の皆さんも真面目に講義を受けてくださいましたから、ご安心ください」
宥めるようにそう説明すると机を叩くのはやめてくれたが、完全には納得していない様子で言う。
「それならいいが、兄上の講義を片手間で受講するなど言語道断。もしそのような生徒がいるなら教えてほしい。私自ら頬の一つや二つ張ってみせよう」
「絶対におやめください! 未来の国王からの打擲など、お家断絶の危機です。それで、そのジラウス殿がなにか?」
単位どころか人生すら落第させるつもりだろうか。
この話を続けるのはよろしくないと判断して本題の続きを促すと、二人しかいない部屋で、殿下が声を潜める。
「毒を盛られている可能性がある」
解毒についてと言うからにはその事態も想定していたが、実際に聞かされると心臓が大きく跳ねた。
「詳しく」
つられて声を潜めた私の短い言葉に浅く頷く殿下。
その表情は、心なしか硬い。
「ジラウスとは自治会の席でよく顔を合わせるのだが、元々体格のいい男だったのに、顔を合わせる度に目に見えて痩せていくのだ」
自治会とは、生徒達の自主性を伸ばすために学校設立当初から設置されている組織だ。
三学年から五学年までの生徒の中から選ばれた数名で構成されており、様々な催しの運営や、学校内で発生する種々の問題解決など、生徒側の代表として学校との折衝を行う。
出自だけでなく、能力においても文句のつけようのない殿下は満を持して今期の自治会長を務めているが、そこに名を連ねるジラウスも優秀な生徒として知られていた。
「もし本当に毒を盛られた可能性があるなら、私ではなく殿下の伝手で然るべき方の耳に入れた方がよろしいのでは?」
生徒の体調管理もまた私達教師陣の重要な仕事だが、少なくとも私の耳にそんな話は聞こえてきていないし、流石に生徒に毒が盛られているなどという重大事項になると、学校だけで解決できるものではない。
しかし、私の言葉を受けて殿下はゆっくりと首を横に振った。
「まだ大事にするほどの材料はない。傍目には、ただジラウスが痩せているだけだからな。とりあえず、それとなく本人に聞いてみたのだが、剣を振るのに体が重いから、家から送られた薬を飲んでいると答えた。無駄な肉が落ちて、体調もすこぶるいいらしい」
「家から送られた、体の重さを軽減する薬、ですか」
私の呟きに、殿下が険しい顔で首を振る。
「そんなものが存在するとは聞いたことがないし、第一。あれだけ短時間に痩せる薬が、体にいい訳がないと思うのだが」
仰るとおりだ。
体を軽くするなどという効果がある薬など、私の知る以上存在しない。
また、原料となる植物にも思い当たる節はない。
もちろん殿下の考え過ぎという可能性は否定できないが、万が一を想定して意見を述べる。
「ジラウス殿が毒を盛られているという前提に立つならば、エダポイトの実を乾燥させて粉にしたものを飲ませるのがいいでしょう」
エダポイトは、ポルトギス北方を原産とする植物だ。
控えめな甘さと爽やかな酸味を持つ実は中央でも人気なため、入手するのはそれほど難しくはない。
私の提案に、エダポイト……と呟くと、何かに思い当たったのか、ああ! と大きな声を出す殿下。
「確か、実をよくよく乾燥させて粉にすると、軽い毒ならある程度幅広く解毒作用が期待できるのだったな」
「よくご存知ですね。そのとおりです」
第五学年にはこれから講義で教える内容にも関わらず、エダポイトの正しい効能を口にした殿下に思わず拍手を送ると、なぜかニヤリと笑ってみせた。
「褒められるほどのことでもない。第四学年の初めの方の講義で、兄上が少し触れただろう?」
触れた、か?
正直覚えていない。
しかし、この弟が言うのだからきっと雑談の流れで解毒に使える植物について触れたのだろう。
「私が触れたかどうか覚えていないことまで覚えていらっしゃるとは。殿下は本当に優秀でいらっしゃる」
「優秀? それはそうだろう。なんせ、私は兄上の弟だからな」
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