邂逅(弐)


 そう言い終える前に、大王の口を少年の手が塞いだ。もがっと呻く大王を壁に押し付け、少年は焦った様子で唇の前に人差し指を立てた。


「頼む!ちょっと静かにしてくれ!!」


「……」


 思わず半眼で睨みつけた。

 この馬鹿は、誰に向かってそんなことを言っているのか。


「貴様、俺が誰だか分かって……」


 手首を掴み、口を開くが、それもすぐにもう片方の手で塞がれた。


「静かにしてくれっつってんだろ!」


 ピキッと青筋が立ったのが分かった。

 ゆらりと視界が歪む。どこからともなく現れた黒い炎が輪を描くように二人を囲んだ。

 すさまじい熱気と共に突風が吹き荒れる。

 超自然現象の大盤振る舞い、フルコースだ。


「黙るのは貴様の方だ、小僧」


 見た目年齢が同じの大王は、少年の襟首をつかんで持ち上げた。

 幽霊のくせにその躰はずしりと重く、少年が苦しげに呻く。

 大王はそれを冷ややかな目で眺めた。


「死んだからと言って、好き勝手にできると思うなよ。ここでは、俺の機嫌次第で全てが終わり、始まる」


 故にこの餓鬼はここで終わる。


「判決。貴様は地獄行きだ」


 まあ、多少強引な所もあるので、刑期と罰の重さは軽めにしておいてやろう。情状酌量だ。

 適当なことを考えながら少年の反応を確かめていると、不意に少年の顔がぐっと近づいた。

 なんだ、と思う間に少年の手ががしりと大王の肩を掴んでいた。


「あんた……」


 少年の驚いたような顔と声が、同時に迫る。


「閻魔大王なのか!?」


 いつの間にか超自然現象は鳴りを潜めていた。

 あれほど騒がしかった回廊は静まり返り、刺すような沈黙が、しばし二人の間に舞い降りた。


「……何故今気づく」


 遅すぎやしないか、と言う呆れの言葉は喉の奥に消えて行った。少年がふと意識を失い、こちらへ倒れこんできたからだ。

 大王は反射的に手を伸ばし、少年を抱き留めた。

 結果、抱擁するような体勢となってしまった。

 すやすやと寝息を立てる少年。

 大王は、本日何度目か分からないため息をついた。


 ここまで図太い神経を持つ死者を見るのは初めてかもしれない。


「大王様!そちらに逃亡中の死者が……」


 ばちりと目が合ったのは、裁きの間から駆け出してきた秘書の識である。

 識は大王と目が合うと、その視線をそのまま大王に抱き着いている少年へと流した。視線がまたこちらへと流れ、少年へと移った。

 冷え冷えとした沈黙。

 大王は、睡魔と疲労と混乱でおかしくなった頭でこの状況を説明する言葉を探す。


 その結果、実に愚かしい一言が口から飛び出た。


「誘拐したんでは、ないぞ」


「……」


 そんなことは分かっとるわ、と言わんばかりの識の瞳に、天井を仰いで息をつく。

 識の納得する説明ができるまで、休眠はお預けとなりそうだ。

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