通らない渡航許可

「失礼いたします」


 張り詰める空気を裂くように、一人の男が部屋へと入ってきた。

 先程、大王の傍で書類を運んでいた片眼鏡だ。恐ろしすぎる微笑みを浮かべる男だ。


「許可は取れたか?」


「それが……」


 男は大王を呼び寄せ、難しそうな顔をして話し合い始めた。何の話をしているのかは、全く分からない。

 一人置いてけぼりを食らった幸人は、改めて大王の部屋を見回した。


 壁一面を埋め尽くす本棚と、そこに乱雑に仕舞われた多量の本。

 床に目を向けでも、本、本、本。

 天蓋付きのベッドの上にも、乗せられるだけの本、本、本。

 これがいわゆる本の海。踏んづけて転ばないか心配だ。


「つか、こいつって……」


 幸人は、先程からふよふよと自分の周りを漂っている物体を捕獲した。

 小さな炎のように見えるが、触っても熱くはない。

 これはあれだろう。鬼火とかいうやつだ。ゲームのキャラだと、スライム級に弱い超低級妖怪。


「おい、何をやっている」


 マジマジと鬼火を観察していると、横から手が伸びてきて、幸人の手から鬼火を取り上げた。

 見上げると、閻魔大王の大層不機嫌そうな表情。


「やっぱ地獄って、鬼火がいるんだなあと思って」


「ほう。小僧、鬼火を知っているのか」


 大王は鬼火を逃がしながら説明してくれた。


「鬼火は鬼の種族の中でも超低級だ。知能も低い。進化して不知火となる個体もあるが、まあ、稀だな」


「へえ」


 思わず聞き入っていた幸人、真剣に頷く。

 現世にいた時にこんなことを語ったら、間違いなく痛い奴扱いされるだろうが、ここは地獄だ。

 しかも、妖怪本人から説明されると、奇妙な説得力と凄みを感じる。

 恐るべし地獄パワー。


「いや、そんなことはいい」


 大王が思い出したように首を振り、幸人の対面の椅子に腰を下ろした。

 苛立ちを隠さずに頬杖をつく。


「現世への渡航許可が通らなかった」


 そして憮然とそう告げた。

 数秒の沈黙。


「なんで?」


 当然、幸人は首を傾げた。


「大王様って、大王なんだろ?」


「何を当然のことを言っている」


 眉を顰める大王。しかし、そうしたいのはこちらの方だ。

 地獄を支配する閻魔大王が、なぜ許可など必要とする?


「大王なら、自由にいろんなところ行けんじゃねえの?低級じゃあるまいし」


俺だから・・・・、自由に行けないんだ」


 さらに首を傾げる幸人。訳が分からない。

 大王はそんな幸人を見て、深くため息をついた。


「俺が勝手にどこかに行ってしまったら、裁判が滞るだろう」


「あ、そっか」


 ポンと掌を打つ幸人。

 大王の、今世紀最大の阿呆を見るような視線が痛い。


「じゃあ、どうするんすか?俺の記憶がないと、裁判できないんすよね?」


「ああ、その通りだ。というわけで」


 大王がちょいちょいと片眼鏡の男を呼び寄せた。

 無言のうちにこちらによってきた片眼鏡の手には、大量の分厚いファイル。片眼鏡はそれを、ドンと机上に置いた。

 あまりの量にビビる幸人。

 大王はそんな幸人を無視して、資料の山を幸人の方に押し出した。



「お前には働いてもらう」



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