第二幕
大王の部屋
「……大王様」
「なんだ」
「なんすかこれ」
黒壁に赤い柱。
仄かな明かり。
ごちゃごちゃと散らかった部屋。
大王の自室に、幸人は通されていた。————首輪をつけた状態で。
「仕方ないだろう」
大王が感慨もなく言った。
「死者を現世に連れて行くなんて前代未聞だ。脱走防止のために、何らかの拘束を施す必要があるんだよ。首輪で済んだだけマシと思え」
「ええ……」
マシと思えと言われても。これではまるで犬になったようだ。
「……俺別に、逃げませんよ」
「前科がありながらよく言う」
そう言われると返す言葉がない。グッと言葉に詰まり、視線を宙に漂わせた。
「それにしても、小僧貴様」
そんな幸人に、大王がズイと顔を寄せた。思わずのけぞる。
「な、なんすか」
「この状況を前にして、よくここまで冷静でいられるものだな。これまで見てきた罪人たちは皆、俺を見ただけで醜く喚いていたものだが」
興味津々と言った表情で幸人を観察する大王。
一方、淡々と感想を述べられた幸人は、体を仰け反らせたまま口を開いた。
「いろいろありすぎて、なんかもう感覚が麻痺してんすよ。別に冷静なわけじゃないっす」
雰囲気に流されている自覚はある。冷静だったならば、首輪をはめられる前に抵抗するものだ。
「そういうものか」
「そういうものっす」
苦く笑うと、大王はつまらなさそうに頬杖をついた。
「そんなに俺は恐ろしいか?」
心底疑問だと言うように問いかけてくる大王。幸人は何と答えるべきか迷う。
「大王っつったら、こうなんか、すげえ怖いイメージあるっすから」
「しかし、現世の絵巻ほど、おどろおどろしくはないだろう」
「まあ、はい。そっすね……」
閻魔大王と言えば、赤い顔に憤怒の表情を浮かべた大男と言うイメージが、一般的に定着している。
しかし、目の前にいるこの閻魔大王。超美形である。
年の程は幸人と同じかそれより少し上。加えて背は、幸人より僅かに低い。
これが泣く子も黙る閻魔大王だと、誰が想像できようか。
(そういや、日本ではイケメンな閻魔大王のキャラが流行ってたっけか)
奇しくも、そのキャラの制作者は的を射ていたというわけだ。
「けど、だとしたら、なんで日本にある大王様の絵って、全部怖い顔してんだろ?」
イケメン好きは現代に限らずいただろうに。
首を傾げる幸人に、大王は呆れたため息をついた。
「人の子とは弱いものだ。己とは異なる生き物を過剰に恐れる。例え俺が、超のつく美形だとしても、受け入れられなければそれまでのこと。外国のペリーとか言う軍人がいい例だろう」
「あ、超分かりやすい」
日本史で必ず習う、黒船来航。そしてペリー。実際の写真と似顔絵の差ったら酷いものだった。
というかこの大王、自分がイケメンだと自覚してやがる。
「大王様は、そこんところ大丈夫なんですか?」
「何がだ」
「いや、本物より醜く描かれるのって、嫌じゃねえのかなって」
その言葉に、閻魔大王はフッと目を伏せた。
鬼火の灯りが大王の頬に翳を落とし、浮世離れしたその存在感に拍車をかける。
「絵巻の姿も、嘘ではない」
やがて、閻魔大王がポツリと呟いた。
「ただ、俺ではないと言うだけの話だ」
「……え?」
気になる単語が聞こえたのだが、気のせいだろうか。
追求しようと思ったが、できなかった。大王が、じっと幸人の方を睨んでいたからだ。
〈これ以上踏み入るべからず〉
そう命じられているかのように、躰に畏怖が刻み込まれる。
回廊との苛立ちとはまた違う、静かな牽制。
静寂であるが故に、恐ろしい。
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