必要なのは信用


 幸人は頭の中で辞書を引っ張り出す。


 働く:仕事をする。労働をする。特に、職業としてあるいは生計を維持するために一定の職に就く。


「……はあ?」


 何を言ってるんだろう、この人。


「なんだその間抜け面は」


 怪訝そうに睨んでくるが、いやいやいや。


「何言ってんすか?」


「なんだ。お前アルバイトの経験は無しか?」


「いやあるけど」


 大王から横文字が出てくるとなんか違和感があるな。いやそれよりも。


「アルバイトの経験云々の前に、俺死者ですよ?死者が地獄で働くとか、ありなんすか?」


「ありです」


 ここで片眼鏡の男が横から入ってきた。


「地獄は常に人手不足です。手駒……失敬、人手が増えるのなら有難い限り」


 この人今、はっきりと手駒って言ったぞ。大丈夫か地獄で働いてる奴ら。


 幸人が恐々としていると、これまでダルそうに椅子の背にもたれていた大王が躰を起こし、手に持つ扇子をビシッと幸人に突き付けた。


「小僧、今お前に無いものが何か分かるか?」


 その状態で、意味不明なことを問いかけてくる。

 銃口でも向けられている心地で、幸人は頭を回した。そして、素直に答える。


「分かりません」


 大王が呆れたように睨んでくるが、急に謎々を出してくるそちらに問題はないのか。


「考えれば馬鹿でも分かるぞ。少しは頭を捻れ、小僧」


 そんなことを言われても、分からないものは分からない。


「……まあいい。ならば教えてやる」


 大王は幸人の額に突き付けていた扇子を、ゆっくりと下へとずらした。

 扇子の指す先は、首輪だ。



「お前に無いのは、信用だ」



「……信用?」


「ああ」


 大王は続けた。


「お前は、裁判を受ける前に逃亡した。そして、あろうことか上から俺に降ってきた」


「う……」


 蘇ってくる記憶。あの時大人しくできなかった己を背後から殴りたい。


「今の時点で、地獄全体から見たお前の信用は零だ。これでは渡航の許可など降りない。そこを司っている者たちは、超がつくほど頭が堅いからな」


 そこで、と大王は資料を手に取った。


「お前にはこの地獄で働き、ある程度の信用を得てもらいたい。地獄がお前を信用すれば、現世への渡航も可能になるだろう。そこで記憶を探せる」


「な、なるほど」


 全ては幸人の記憶のため。厳密に言えば、幸人の裁判を終わらせるため。

 そのためには、地獄からの信用が不可欠だと。

 要約すればそういうことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る