第一幕

閻魔大王

「———判決。地獄行き」


 コンと扇子で机を叩き、判決を言い渡す。

 目の前の罪人の顔に絶望の色が広がり、それはすぐに怒りへと塗り替えられた。


「なんで俺が地獄行きなんだ!」


 と喚きたてるのだから迷惑極まりない。鬱陶しい。

 今まさにその男に地獄行きを宣言した青年は、荘厳な造りの椅子に片足を乗せ、たいそう悪い顔でにんまりと笑っていた。


「何故お前が地獄行きなのかって?」


 そんなのてめえの魂に訊いてみろ。


 嘲るように吐き捨てて、青年は傍に控えていた秘書に目配せをした。

 優秀な秘書は、それだけで青年の意図を読み取り、壇上の下で喚く罪人の男を取り押さえている極卒へ


「連れて行け」


 と一言命じる。

 かくして、最後の審判を受けた男は、極卒二人に引きずられながら裁きの間を後にしたのだった。


「………」


 バタンと重たい扉が閉まる。

 数秒の沈黙の後、青年はふうと長いため息をついた。頭に雑に載せていた道士帽を取り、机の上へと投げる。

 秘書が咎めるように眉を顰めた。


「子供っぽいことはおやめください、大王様」


「うるさいぞ、識。俺は疲れているんだ」


「であるならば、ちゃんと自室でお休みください。他の者に示しがつきません」


「他の者って誰だ?」


「他の者は他の者です」


 素っ気なく言い放つ秘書を、食えない鬼だと思いつつ、頭が上がらないのも事実。青年は素直に自室で休むことにした。

 立ち上がり、椅子から降りる。耳飾りがシャランと音を立てた。


「大王!」


 部屋の扉が勢いよく開き、長身オレンジ髪の男が入室してきた。ノックがない所から察するに、相当切羽詰まっていると分かる。

 男は、自分より背の低い青年に合わせて腰を屈めた。


「えらいこっちゃ!罪人の一人が逃げ出しよった!」


「ああ、そうか」


 焦り顔の男とは対照的に、青年は実に素っ気なく返事をした。

 長身の男は「そうか、やないねん!」とやかましく騒ぎ立てる。


「ただでさえ人手不足っちゅーのに、罪人捕獲のためにまた何人も駆り出されてんねんぞ!みんな対応しきれんで大わらわや!」


「そうか。なら識を向かわせる」


 名指しされた秘書は「私ですか?」と目を丸くしているが知ったことではない。

 青年は長身の男を通り過ぎて部屋の奥へと向かう。そこに設置されている扉をくぐり、自室へ続く廊下へと出た。

 部屋に取り残された二人の男は顔を見合わせ、やれやれとため息をつく。


「なんや、えらいご機嫌斜めやなあ」


「仕方がありません。仕事続きで疲れているのでしょう」


「大変やなあ。閻魔大王の仕事っちゅーのも」


「ええ。長いこと傍でお仕えしていますが、体力的にも精神的にも辛いのではないかと」


 秘書が物愁え気に青年が去って行った扉を見つめる。長身の男もまた、気遣わしげに開け放たれた扉の奥を見やった。


 彼らが仕える青年。彼こそが、地獄の支配者、最後の審判者、閻魔大王その人であった。

 齢二十にも満たぬ青年の見た目をしているが、これでも何千年と死者を捌いてきた超古株の神である———

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