星が落とす

 どす、どすといった土と重たい獣の足がぶつかる音がする。それは体を揺らす一定のリズムと共に、僕の下から聞こえている。最も、それを鳴らしているのは騎乗している大熊……もとい、ホクトだった。

 森を出て暫く。遮蔽物の一つもない平原の道なき道を、僕たちは歩んでいる。……いや、別に僕は歩いてないけど。

 薄暗い平原にはほんのりと光が宿っていて、満月の日のように薄明るい。けれど、この星空に宿るのは小さな星の集合体。さながらプラネタリウムのような、星明かりの明るさ。

 しかし、照らされているだけではなく、まばらにまるで電飾を落としたような光が見える。ホクトに聞いた所、あれば『星花』という発光する植物の一つらしい。

「ねぇ、ホクト。ここには人間はいないのかい?」

 不意に、ふとした疑問を足元に投げかける。

「ここいらはいないが、少なくともこの目のうんと先にはいるだろうね。なにせ、今向かってるのは人の国だから」

 ゴワゴワした黒い塊はそれなりのスピードを出しながら、器用に息も切らさず答えた。

 こんな熊がしゃべるのだから、もしかして、この世界には人間なんて居ないのかもしれないと思うばかりにここには何もなかった。

「アルリエールってんだけどね。見えもしない太陽を旗印にしてる滑稽な国さ」

「まって、見えもしないって?」

 今の言葉は聞き間違いか何かだろう。うん。そうでなければ、僕はきっとこの世界から抜け出そうと旅をする前に狂い死んでしまう。人は陽の光を浴びねば狂うらしい。そう、昔の本に書いてあったのだ。

「言葉の通りだよ。この世界には太陽も月もありはしない。空を彩るのは細々とした星だけなのさ」

 大熊は不安で仕方ない僕を知ってか知らずか、最低な真実を告げた。僕にとっては、それは死刑宣告に近いのかもしれない。

「なにしょげてんだい? お天道様が見えなくても案外なんとでもなるもんさ」

「君は知らないのかもしれないね。異世界のくまさん」

「だから、私はホクトだっての」

 名前もなんだって良いよ。野垂れ死ぬのはまだいいが、狂って死ぬなんて願い下げだ。そんな事を口に出す元気ももうない。なんたって、今日はいろんなことが起きすぎてしまったから。今すぐにでもテントの寝袋にくるまりたい。

「っ……と、おい、坊や。落ち込んでる場合じゃなさそうだ」

 下らない、けれど希望を打ち砕かれた気分の時。ちょうど新しい森に差し掛かった頃。そこそこのスピードを出していた熊は急ブレーキをかけてそういった。危うく落ちそうになるものの、なんとか毛皮を掴んでとどまる。

「ねぇ、いったい」

「しっ……死にたくなければ黙って乗っておきな」

 満足に疑問を言えぬまま、大熊は長い草の森の中に身を潜めた。クマに怯えるウサギのように。

 僕の疑問点にはすぐに視覚が答えをくれた。

 僕たちが丁度いた辺り、そこに現れたのは、木をなぎ倒しながら横断する、まるで象のように大きな黒いウサギ。

 その怪物は木々の匂いを嗅いで回って、来いったのか気に入っていないのか、気まぐれなのか。兎にも角にもランダムにその頭の一本の角で木をドミノのようにいとも容易く薙ぎ倒す。

 暫くその戯れが続き、飽きたのかだろうか。ウサギはそのまま来た方向から逆に進んでいった。残されたのは、サイクロンの後のような、根本からボッキリと折れた木々だけだ。

 ウサギが立ち去るのを見届けて、数分確認してから、ようやっと熊は立ち上がり、歩みを早めた。

「びっくりしたね。まさか魔物に、しかもアルミヴィットに出会うとは」

 気になることは山ほどある。しかし、もう今日は情報量の洪水に飲まれてしまいそうだ。けれど、これを無視できるほど僕の常識は落ちぶれてくれはしない。

「……ねぇ、さっきのはなんなの?」

「ああ、あっちには悪魔がいないんだっけな」

 ……呼び名が変わってないかな。まぁ、説明に口を挟むのは犬にすることだ。

「あれば悪魔。人を喰らうこわーい存在さ。まぁ、食べるのは魂だけらしいが。悪魔は大雑把に2つに別れてて、ああいう獣みたいなのが魔物、理性の欠片もないまさしくケモノさね。で、反対に人型のは悪魔。理性があって話もできるが、所詮は人食いのバケモンだから気をつけな」

 なるほど……? 犬に例えれば、悪魔は犬自体を指す言葉で、魔物と魔族は犬種を指す言葉、みたいな認識で良いのだろうか。

「んで、さっきのはアルミヴィット。巨体と鋭い聴覚、高い俊敏性が特徴の魔物さ。芸人が徒党を組んで倒すレベルの強いやつだな」

「……OK。なんとなく分かったよ」

 本当に、今日だけで僕の身に降りかかったことが多すぎる。

 ただ星を見ていれば異世界? に飛ばされて、喋るクマと取引をして、化け物から隠れて……

 ……それでも。太陽が見れないと言われても。胸に残る冷めやらぬこの希望は、一体どこから湧くのだろう。

「ねぇ」

「なんだい、坊や?」

 きっと。

「今日は星が綺麗だね」

「……嗚呼、そうだな」

 きっとこの星が、偽物だと言われようと、反射を起こす恒星が消えてもなお輝きを喪わぬ、この星たちのせいなのだろう。


どこかで、雷鳴が鳴り響いた気がした。

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星乞いのテレス 鏡餅 門松 @tatanakaka

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