第3話 蝶になった夢を見ている時は、恐らく蛾になっています。確かめる方法はありませんが。
ラブントゥール ルール3
蝶になった夢を見ている時は、恐らく蛾になっています。確かめる方法はありませんが。
○
僕は翌日の朝も、乙女屋と、洋子さんのカフェで向かい合って朝食をとっていた。
「何かしら?」
ズズッと、ホットミルクをすすりながら、僕のことを見つめる彼女。
「……いや、なんでもないけど」
もう、見慣れた光景だった。
なにせ、ここに来てから、ずっと彼女と一緒にいるのだから。ずっと、彼女となぞなぞやゲームをやって過ごしているのだから。
決まった時間に起きて、牛乳を飲み続ける彼女。彼女が一日どれくらいの牛乳を飲むのかもわかった。他に彼女の日課としては、朝の簡単なストレッチ、ここの校内新聞を読み、聞いても聞かなくても良いようなラジオ(学生の校内FMラジオみたいなの)を聞きながら、一日一冊本を読むというのがあるようだ。そんな規則正しい生活で——規則正しく、何もしていない彼女と、僕は一緒にいる。
そんな監視カメラもびっくりなくらいの見つめ見つめられの関係で、なにかゲシュタルト崩壊するくらい乙女屋を見ているが、彼女の異様に端正な顔はそれでも崩れようとしない。無表情で、その瞳には圧倒的な知性を漂わせ、しかし、口からは、なぞなぞしか出てこない、天才を自称する彼女。
乙女屋は、そんな何かを訝る僕に気づいたのか、口を開く。
「貴方、もしかして昨日のUNOで勝ったからって、調子に乗っているんじゃないでしょうね? あれはドローフォーの総数を最初から知っていた貴方に分がありすぎるわ。私がドローフォーを出した時点で勝ち目がなかったとはね。あのラリーの勝敗が最初からわかっていたなんて、あまりにも性格が悪い、フェアじゃないといってもよかったわ」
と昨日夜まで続いた二人UNOの結果に文句を言う彼女。
僕らは今日も朝食を食べ終えたところ。僕は自分で食器を洋子さんのキッチンへ持っていく。食器を洗うのもせっかくなのでやろうとしたが、「ああ、わたしやっとくよー」と洋子さんに言われてキッチンから押し出された。そして僕の今日のするべきことは、いや、そもそもそれがやることだったのかはわからないが、終わった。
「さて、今日は何をするのかしら?」
彼女は僕に訊く。
それは今、僕が今自分に問いかけている質問でもあった。
「今日も学校へ行くのかしら? そしてあの教師からものを教わるのかしら? 洗脳されたい願望でもあるのかしら。しかし、一方で、勉強という特技を奪われた、勉強しか取り柄のない貴方は、今日は何をするのかしら? いえ、何ができるのかしら? 何をすれば今日は有意義な一日を過ごせた、と言えるのかしら?」
手には昔なつかしベーゴマを持って僕を挑発してくる乙女屋。今日はこれをやるつもりらしい。
しかし、確かに、今日は他に何をするのか、訊かれてそれに対する答えを僕は持ちあわせてはいない。転校してきて、毎日学校へ通うものだと、そしてそれ以外にすることなど考えていなかった僕は、やるべきことが完全になくなっていた。
また一人で学校へ行き、あの教師の所で授業を受ける気には到底ならない。乙女屋の言う通り、自分で勉強をしたほうがマシな気がする。だからと言って、十七歳がベーゴマを一日中やり続けるわけにもいかないだろう。まだ杳と知れないここの三年生地区と一年生地区を見に行くというのも選択肢としてはあるかもしれない。それは今後何かの役に立つかもしれない。何かここの情報がほしいところだ。しかし、今後、とは何なのだろう。二年ここにいるというだけでいいというのであれば、別に焦って何かをする必要はないのではないのだろうか。今日どころか、あと二年近くやることを失っている気もする。
「さて、お手隙のようだから、これをやるしかないわね。良かったわね。私がベーゴマを持っていて、本当に良かったわね」
そして、僕がベーゴマの紐の巻き方を習いながら、
「あのさ」
僕は言う。
「何かしら」
「乙女屋の職業って、『天才』なんだよね?」
「そうね、天才ね」
「前も訊いたんだけどさ、天才って、職業なの?」
「当たり前じゃない、天才は立派な職業よ」
「なんか、乙女屋ってずっと——遊んでるように見えるけど」
挑発に聞こえなくもなかっただろうが、彼女は鼻で笑う。
「貴方、先日なぞなぞでアレだけこてんぱんにしてあげたのに、まだわからないのね」
「あれは、もう乙女屋があの本を呼んで答えを知っていたからだし、というか、なぞなぞで知性を見せつけてる時点でどうかと思うけど」
しかし彼女はまるで意に介さないように僕を薄ら笑って、ベーゴマを一つ渡す。
「それから、あのさ」
「何? 私は教師じゃないのだから、質問攻めはよしてちょうだい」
「うん。クラスにみんなが来ないっていうのはわかったけど、僕から挨拶とか行ったらダメなのかな?」
「挨拶? なんか貴方テディベアにも挨拶してたけど、まさか挨拶が趣味なのかしら?」
「いや、そうなんじゃないけど。僕は、まだここに来てから乙女屋と洋子さんとしかクラスメートに会ってないし、このままだと、その文化祭まで会う予定もなさそうだからさ」
「へえ、それは是非、やめといたほうがいいわね」
乙女屋は言った。
「是非」
「ええ、その行動力も気に食わないというのも含めて、是非にやめといたほうがいいわ」
乙女屋は繰り返す。
「ひどい目に遭うわ。まあ、貴方が提案した文化祭でお化け屋敷が開催されるというのを伝えるのはいいアイデアかもしれないけれど、十中八九、貴方がオバケ一号になって当日までスタンバイすることになるわね」
「……ああ、そう。そういえば、お化け屋敷といえば——ウサギの面を被った子にもあったな。目が真っ赤の。僕をここに案内してくれた」
と僕は彼女のことを思い出す。
「ああ、イチコのことね」
「イチコって言うんだ、あの子」
「ええ、流石に一人じゃ私のところへこれないでしょ。だから私が案内を頼んだのよ。まあ、私の家に着く前に貴方がイチコに殺される可能性もあったけど、それはそれでいいと思って」
「……」
「冗談よ」
無表情に言う。全く冗談には聞こえない。
「でも、ということはあの子はクラスメート? なんか、小学生くらいだったけど」
「まあ、そういうこともあるわよ」
「いや、ないでしょ。あれは明らかに十歳くらいの」
「身長二メートルを超えた、こん棒を振り回す奴もいるわよ」
とベーゴマを放ちながら乙女屋に冷静に返され、僕は何かまた自分の想像力の無さを痛感する。
「それで、趣味の挨拶をしに行きたいということだけど、はっきり言って、私達のクラスの人間は、貴方を快くは思っていないからよしたほうがいいと、もう一度はっきり言っておくわ」
「……それは昨日も乙女屋は言っていたけど、僕が突然の転校生で、怪しいからってこと?」
「まあそうね。警戒がすごいわ。結構過激な対処法が考案されていたわ」
「過激」
「そりゃあ春の珍事に生き残って、ここにいる人間だもの」
「……」
「どうする? それでも挨拶をしに行く? それとも、ベーゴマをやる?」
そして、しばらく乙女屋とベーゴマをやっていると、洋子さんがなにやら、せわしなく動いているのが視界の端に入る。店のシャッターを下ろしている。まだ朝9時を回ったところだった。大体モーニングの時間が終わると僕らしかいなくなるが、シャッターを下ろしているのは初めて見た。
「洋子さん、どうしたんですか?」
僕は訊く。
「うん。今日はラブントゥール全地域で外出禁止令が出たみたいー。店閉めるよー」
「外出禁止令?」
乙女屋が眉を寄せて言った。
その情報は、やはり僕とずっと一緒にいる乙女屋も聞いていなかったようだ。
「ほら」
と洋子さんは外を指す。
外を見ると、学校近くの中心部近くから緑色の狼煙が上がっているが見える。
「ふむ、確かに外出禁止および一時休校のお知らせね」
「あの煙が?」
「ええ」
狼煙。こういう古風な報せ方らしい。
「なんか、殺人事件のせいじゃないかなー、表向きはわからないけど。だから私も店閉めるよー」
どうやら、休校イコール仕事も休み、と言うことになっているらしい。
「あら、そうなの。では貴方の自殺——挨拶回りはできなさそうね」
「今、自殺って言った?」
「それに、今日は他に貴方とやることもあったんだけど、それも今日はできなさそうね。まあいいわ。ということであれば、洋子、貴方もベーゴマを、いえ、三人ならダイヤモンドゲームができるわね。おいでなさい」
「わーい」
輪に加わる洋子さん。
「いいわね、休校になると、こうして洋子とも遊べるなんて」
「そうだねー、休みないからね。たまにはいいねー」
「……でも、こんなことをしていていいの?」
「何か、また不満そうね」
「だって、僕らの一応学校内の人間が死んでるんでしょ? それのせいで今日休みになってるんだとしたら、こんなことしていていいのかなって」
「まあそうだわね。不謹慎と言っておけば、貴方は悪くは見えないものね」
とダイヤモンドゲームの駒をセットしながら彼女は言う。
「貴方、例えば人を殺されましたってニュースをテレビかなにかで聞いて、例えばそれが近所だったら、貴方は家から出て近所の捜索を始めるの?」
「……いや、それはしないと思うけど」
「そうでしょう。土台、殺人事件は警察の管轄よ。私達がどうこうすることじゃないわ。だから、私たちにできることはないわ」
「……それはそうだけど、まずその警察っていうのが生徒だし、それに、仮にも同じ学校の人間が殺されてるのに、昨日から無関心すぎるっていうか、乙女屋もなんにも思ってないっていうか……」
「何か貴方、全能感の取れない子供みたいね」
乙女屋は再び、呆れたように言った。
「無関心すぎるって、感心を持つことで、何か生まれるのかしら?殺人事件を知ったところで、私達にできることは警察が事件解決をするのを待つことだけでしょう? 私と貴方の態度の差によって生まれるものは何もないのに、私にだけ非難を浴びせるのはやめてちょうだい」
「……」
「無関心でいることが悪いことのように思う、何もできていない貴方が、人に、そして自分にも苦言を呈すことによって罪悪感を和らげようとする、私を戒めることで貴方の罪悪感を私たちに押し付けようとする、全てが非生産的で意味がない行為ね。どんな悲惨なことがあっても、私たちは今日という日を幸福に過ごす権利がある。だから、ダイヤモンドゲームをしましょう、と私は言っているのよ」
僕はそれを聞き、僕も自分のところに駒を並べ始める。
「あら、案外冷静なのね。昨日のように失禁せんばかりの勢いで問い詰められたりしたら、貴方の膀胱を蹴りあげて、わずかばかりのお手伝いしてあげようと思っていたのよ?」
「……別に昨日も失禁せんばかりではなかったけど。まあ、今、乙女屋が言ったことも一理あるな、と思って」
「あら、素直ね」
「ここのおかしさを認めたわけじゃないけどね。そういうところだ、って認識で動かないと、僕もやっていけないと思って」
ふふん、と鼻を鳴らす乙女屋。
「初めて貴方の好感度が少しだけ上がったわ。道端に落ちている豚の生の臓物くらいに」
凄い嫌われようだった。
「貴方ってあれよね。普通ぶってるけれど、だいたいの事は利害で考える、それでいて自分が被害者になるなんてちっぽけも思っていない、自分はうまく逃げきれると思っている、自分の目的達成のために、手段は問わない、他人が犠牲になっても問題ない、そうやって生きてきたでしょう? 正に近代合理主義の権化、貴方のアダ名を『アメリカ』とするわ」
「……なんか付けられた経緯は嫌だけど、大きいあだ名だね」
「まあ、そうね」
乙女屋はたまに笑う。その顔は、とても美しく、たまに見れると、なにか嬉しくなってしまう。暴言が無ければさらにいいけど。
「でも、おかしいよねー。私たちの学年じゃなくて、人殺しが起こるなんてさー、不思議だよねー」
洋子さんは怖いことを言う。
「人は死ぬのよ。人が死ぬのに善意も悪意もないわ。あるのはあいまいな理由と、正確なタイミングだけよ」
と、同窓生を多数失くしたことのある彼女は言う。
そして、ダイヤモンドゲームが始まる。
「でも殺人事件って、そんなに起こるものなの?」
僕の質問に、
「いえ、もちろんめったに起こらないわよ。ここができてから二十数件だったかしら? 確か、私も図書館で見た記憶があるわ。たまに男女の諍いでそんなことが起こるときもあるけど。思春期だものね」
○
転校二日目。
ダイヤモンドゲームが洋子さんの八連勝で午後を回ったところだった。彼女は信じられないくらい強く、というか初手から全て読まれているかのような負け方で、僕と乙女屋は手も足も出なかった。文字通り、手の打ちようがなかった。
「相変わらずね、洋子。戦術的なことに関しては貴方の右に出るものはいないわ。貴方がいなかったら、被害者も三分の一くらいで済んだという試算もあったものね。人食い羊のメリーとは比喩ではないわね」
そんな冗談なのか本気なのかわからない話はさておいて、昨日とほとんど同時間、外出禁止令が出ている店に来客があった。
昨日もここへ来た彼女だった。
「す、すみません。お店が閉まっているのは承知なのですが、洋子先輩、なにか、食べるものをいただけませんか?」
彼女は昨日より更に憔悴しきったような出で立ちで現れた。
「どうしたの、ガヤちゃん?」
刑事、煤ヶ谷焔だった。
「昨日に引き続き、捜査が難航して、それが極まってまして」
事件解決の進捗がおもわしくないようだった。彼女の疲労も自分で言うよう相当極まっているようで、やはり殺人事件ともなるとここでも大事件で、呑気にゲームをやっている僕らより、彼女のリアクションが正しいような気がして、僕は何故か少しだけ安心をする。
そうして、彼女はやはりアンバランスに女子高生のようにカニクリームドリアとサラダを食べながら、
「それで、小窓さんを見かけてはいないでしょうか?」
昨日と同じことを訊いた。
僕以外の二人共が首を振る。
「見ていないわね。そういえば珍しいわね、三日も見ないなんて。どこへ言ったのかしらね。私もあの子をこれだけ見ないというのは結構久しぶりのことよ」
「そうだねー、小窓がなんの連絡もなく来ないのってそんなないよねー」
「えっと、その人って、友達なの?」
コーヒーをついでに淹れてもらった僕は、割り込んで訊いた。小窓、三人が親しげに呼ぶ名前。ええ、と乙女屋が頷く。
「そうよ、普段なら、貴方の座っている場所に小窓がいるのよ」
「ということは、そんな小窓さんが連絡もなく来ないななんて。もしかして、事件に巻き込まれてるとか、そういうのじゃないの?」
「無いわ」
「無いよー」
「それは無いですね」
僕の推測を三人はばっさりと切り捨て、口をそろえてそう言った。
「小窓だもん」
「小窓よ」
「小窓先輩ですから」
だから、知らない。
「彼女は『探偵』だもの。事件を解決することはあっても、巻き込まれることはないわ」
「……起こりえないって、確かに、探偵が事件に被害者側で巻き込まれるのは聞かないけど、でも、それは、職業がってことで、本当に事件に巻き込まれるかは別の話じゃ」
乙女屋は首を振る。
「いいえ、ここでは大体そういうことなのよ、職業って。事件の被害者になる、それは貴方も言った通り『探偵』として失格だもの。見たことがある? 推理もしてないのに殺人事件の被害者になるような探偵が。ラブントゥールに『探偵』は彼女しかいないんだから、そんなことは起こってはいけないし、起こらないの。事件を解くのが探偵なのだからね」
「その理屈は何となくわからないでもないけど、でも、そうは言っても」
と言いかけた僕に、
「まあ、単に、そんなヘマをする子じゃないの。何か他に用があるんでしょうね」
乙女屋はそうシンプルに言って、煤ヶ谷刑事を見る。
「それで、私は探偵じゃないけれど、状況から察するに、煤ヶ谷は犯人探しのために、小窓を探しているといったことよね?」
彼女は運ばれてきた食事を美味しそうに頬張りながら、頷く。
「そうなんです。でも小窓さん、どこにもいないんです」
「へー、そう。とりあえず、小窓には考えがあってそうしているんだろうから、小窓のことは考えるだけ無駄ね。そして煤ヶ谷、ということは、貴方は捜査をしているといったことよね。所謂例の殺人事件の」
「……ええ、そうなります」
「一応、その事件の概要を私に教えてちょうだい」
「え?」
と煤ヶ谷刑事は表情を硬くして、明らかにそれを話すことに難色を示す。
「いえ、別に探偵業をしようってわけじゃないわ。それは私の仕事じゃないもの。ただの暇つぶしよ」
「……えっと、ですから事件のことはまだ公表していませんし、あの」
しどろもどろに答える。
「これまでも色々と助けてきたじゃない。それに、天才の私に聞かせることで、なにか事件が進展することもあるかもしれないわよ?」
「……」
その言葉に、沈黙で答える煤ヶ谷刑事。
「というか、解決するわよ」
「……」
「煤ヶ谷、アレを言うわよ?」
「……あの」
「アレを、ばら撒くわよ?」
何か、鋭い目で刑事を威嚇する乙女屋。
あ、あ、と明らかな動揺を見せる煤ヶ谷刑事。
刑事に圧力をかけているのか、それともそれは後輩にかけているのか、僕には区別はつかない。
「まあ、起こったことを話すくらいいいじゃない。私達だって人ごとではないんだから」
「はい……」
こんなやりとりは、これまでも何度もあったのだろう、と容易に分かるようなやり取り。何の弱みを握られているのだろう。
そんな、半ば強制的な経緯で、彼女は事件の概要を話し始める。
「まだわからないことだらけで、本当にお話しできることは少ないのですが。まず、被害者なのですが、三年の翳合春樹という『裁判官』でした。彼が一昨日の晩、殺害されました」
「裁判官? そんなのも、生徒がやっているの?」
僕の早速の疑問に、三人はまたか、といった冷めた視線を僕に向けた。
「続けて」
僕は言う。質問は、最後まで聞いてからにしよう。
「まず、殺害と言ったけど」
乙女屋が言う。
「それは、もう確定なのかしら? 自殺とかではなく?」
乙女屋の問いに、煤ヶ谷刑事は頷く。
「ええ、自殺ではありません。遺体の発見場所は、処刑台の上です。お察しの通り、殺害方法はギロチンを使って、となります」
「また、ベタな殺され方ね」
「そうだねー」
二人は言う。
「事件に目撃者はおらず、遺体はランニング中の一年の『物理学者』、サリクマハールが発見しました。彼にも聞きましたが、本当に通りかかっただけで、面識も動機ないということでした。本人はショックを受け、昨日のうちにここを出て行きました」
「まあ、新入生なら仕方ないわね」
「もう、ちょっと気合を見せて欲しかったけどー」
二人は言う。
煤ヶ谷刑事は構わず続ける。
「彼が去ってくれたおかげで、というのあれですが、今のところ、ひとまず情報の漏洩は限定的です。現時点では、影響力を考えて、マスコミにも報道規制を敷き、一般生徒には熊が出没しているという理由で休校措置をとっているという経緯です。もちろん、本当は違う理由があったのではと噂する生徒もいたり、『新聞記者』などは動き出していたりもしますが」
「確かに、まだ、休校の原因は新聞にも載っていないわね。でも、露見するのは時間の問題ね。そして、やっぱり、事件があったのは、貴方の来た前日ね」
乙女屋は僕に向かって言う。
「前日に実は着いていて、貴方が人を殺しているのは薄々気付いていたけど、」
「続けて、煤ヶ谷刑事」
僕は彼女に向いて言う。
彼女は頷く。いつものことのようだ。
「次に、被害者についてですが、こちらについては加害者とは違った意味で、情報が錯綜しています」
「錯綜? どういう風にかしら?」
「最近の彼を知っている人が、ほとんどいないんです。まあここでは状況の特殊性から、友人を作らないという選択をする人間は珍しいことではないですが、彼については——最近は、働いている姿も見かけなかったとのことです」
「働いてない?」
僕が訊く。
「ええ、裁判自体が最近はなかったというのも理由としてあるのですが、それにしても、彼はほとんど親しい知人もおらず、三年生地区の奥の森の中に家を構えて暮らしていたそうです。なので最近の彼と接点のあった人間も今のところ見つかっておらず、縁故や恨みからの容疑者の目星もたっていません。現在は彼の住んでいた家の捜索も同時に行われています」
ふむ、と乙女屋はその説明を聞き、
「そして、よくわからないけど処刑台で死んでいるのが見つかったと」
と言った。
「ええ、そういうことです」
「まあ、確かに立派な殺人事件ね。『裁判官』が処刑台で裁かれるなんて皮肉な話ね」
そう得意げに言ってから続けた。
「まず煤ヶ谷、これは私が探偵を気取るわけでもなく、ただ天才だから気づいてしまったことがあるのだけど」
「気づいたこと、ですか。なんでしょう」
「その子に恨みを持つ人間は見つかっていないと言ったわね。でも、いるわ」
「……え? 被害者のことを何かご存知何でしょうか?」
煤ヶ谷刑事は目を丸くする。
「ええ、知っているも何も、ねえ、洋子」
「そいつには、こっぴどくやられたもんねー」
洋子さんは肩をすくめて言った。
「洋子先輩も。どういうことですか?」
煤ヶ谷刑事は手がかりを得たと考えたのか、少し興奮気味に訊く。
「……もしかして、それは、例の『春の珍事』の関係で、ということでしょうか?」
その煤ヶ谷刑事の問いに、乙女屋は「ええ」と短く答えた。
「そいつには、手ひどくやられたわ。つまりは、まあアレに関しては私達も一応言ってはいけない事になっているけれど、裁判でそいつに言われ放題言われて、危うく私達も実刑にされるところだったの。だから二年生は、全員と言っていいほど、そいつに恨みがあるわ。まあ、『春の珍事』の詳細は全て抹消されているから、裁判記録なども残っていないし、図書館にも資料はないことだから、貴方達警察も知らないことでしょうけどね。ともかく恨みがないなんていうことはないわ。あの×××に」
とんでもない差別用語だったので僕は自主規制をかけた。
そして乙女屋も自分を一度抑えるように、あるいは何かを思い出してしまったかのように、一瞬の沈黙の後に続けた。
「ともかく、殺されたのがそいつであれば、話は面倒くさいわね。いえ、むしろ簡単なのかしら。まあ、どちらにせよ、どうせ、犯人は二年生だって、結論めいたものは出ているんでしょう? 煤ヶ谷」
「……えっと、あの」
乙女屋の言葉に、彼女は言葉を詰まらせる。
「いえ、別に遠慮することはないわ。どうせそんなことがあったら私達が疑われるのは知ったことよ。どうせ二年が犯人だから、捕まえてから世の中に公表しようとしているのでしょう? それが一番平穏だものね」
乙女屋のその推理は核心をついていたよう。彼女は口ごもる。
「いえ、別に攻めているわけじゃないわ。むしろ今のところ、警察の対応には感謝するわ。殺人事件があったなんて公表されたら、他学年のやつらが大挙してここに押し寄せるようなことにもなりかねないもの。魔女狩りってみんな好きだから」
「……ですが、私は先輩たちが犯人ではないと考えているわけではなくて」
煤ヶ谷刑事は言い訳をするように言う。
「いえ、だからいいのよ、煤ヶ谷。私達も、もしかしたらそうじゃないかと思っているもの、ねえ、洋子」
洋子さんは、うーん、と首を傾げる。
「まあ、あいつを生かしておいたのは失敗だったって、たまに学級会議でも話題になるからね」
おい。
「でもね、ガヤちゃん、その殺人事件の犯人は、たぶん私達じゃないと思うよ」
「え? 洋子先輩、どういうことでしょうか?」
煤ヶ谷刑事は強く反応する。
「ええ、私達じゃないわ。怪しいは怪しいでしょうけど、絶対に私たちではない」
乙女屋も断定するように言った。
「犯人は、二年生の方じゃないということでしょうか?」
疑っているわけではないと言いつつ、その言葉に意外そうな煤ヶ谷刑事。
「ええ、別にクラスメートをかばうわけでもなく、それは私達ではないわ。あいつを殺すのはありえてもね。今回ばかりは私たち二年の誰かじゃないわ。なぜなら、私たちは誰一人、アレを使っては殺さないから」
そうだね、と洋子さんも軽く反応する。
「そうじゃなければ、絶対に私達二年生の誰かと言ってもいいけど。私が何人かの推薦状を描いてあげられるくらい確かなことだけど。でも、処刑台を使うというのであれば話は別よ。私たちは、絶対に、あれは使わない」
これに洋子さんも続く。
「ガヤちゃん、基本的には、私たちはアレに近づくこともしないよ。私たちは、アレを見たくもないからねー。それに、私なら、もっと苦しむ方法を選ぶしー」
「さすがね、洋子。拷問機械メリー・ヘル・トーチャーと言われただけあるわね」
「……」
そして、何に対してかは定かではないが、沈黙が生まれた。
しかし、アレ。
処刑台。
ギロチン。
僕は、どうしても気にかかることがある。
「……あのさ」
ここで、僕は久しぶりに口を開く。
三人が僕を見る。
「えっと、まずさ、バカみたいな質問になるかもしれないんだけど、まず、どうして処刑台なんてものが、ここにあるのかな?」
どうして、処刑台があるのか。
一昨日、そして昨日も見た処刑台。僕が案内をされた時は使用直後だったということだが、それが使われた後、例えば昨日学校に行った時にも、今にも使えるようにしてあった。どうしてあんなものが放置されているのか、仮にも学校であるここにあるのか、僕には、考えても全く見当がつかない。
この質問は、また無知を馬鹿にされるのを承知でしてみたのだけど、しかし、乙女屋は特に意外そうでもなくその質問に、まともに答えた。
「まあ、それは、最初からあったからよ——大人が置いていったの」
「大人?」
「ええ」
と頷く。
「大人っていうのは、まあこのラブントゥールを作った人間のことよ。そいつらが、アレを置いていったの」
「処刑台を?」
「ええ。アレは、単に大人が置いていったからあるの。だから、貴方の質問は、珍しくあながち馬鹿とも言い切れないわ。ご存知ここは生徒しかいない学校で、本当に他の誰も干渉はしてこないの。ネグレクトと言ってもいいくらいに。それは、春の珍事の最中や事後でも、誰一人、ここに関係者が入ってこなかったようにね。でも、始まりというものはあるのよ。最初にここに初代の生徒がたどり着いた時、ここの周りを囲む『塀』、『図書館』、そして『処刑台』、その三つだけは最初からあったの。いえ、やっぱり思い直したわ。貴方は馬鹿よね」
「……」
期待したリアクションが僕から返ってこないことを察してか、乙女屋はそのまま説明を続ける。
「まあ、それがラブントゥールの始まりなの。他のもの、例えばこの家とか道とか水路だとかそういうのは、みんな私達の先輩たちが造っていったものなの。別に誰に用意されたものじゃないわ。だから、別に理由は、いくらでも付けられるだろうけど、つまるところは最初からあったから、今もそこに残っているということなの。詳しくは図書館で自分で調べてちょうだい」
壁、図書館、処刑台。
それは全く別のもののように思えるし、学校を構成する三大要素とは到底思えないが。しかし、そういうことらしい。
乙女屋の言うように、理由は後からいくらでも付けられるのだろう。しかし、それでも、他の二つに比べ、処刑台、それだけは何か、異質に思える。
「それから、殺人事件に違いないって言ってたけど、でも、例えば、それは処刑台を使った自殺って可能性はないの? さっきから、殺人で決まりみたいに話してるけど」
これには、煤ヶ谷刑事が答える。
「はい、それは間違いないです。アレは、一人では絶対に使えないようになっていますから。誰かが使う必要があるんです」
「……誰かが使わないと、だめ」
「主には『処刑人』がね」
乙女屋が付け足すように言った。
「処刑人、そんなのもいるんんだ」
「まあ、いるわよ」
乙女屋は無表情に答えた。
「だから、殺人事件ね。それともセルフギロチンをする方法でも見つかったのかしら?」
煤ヶ谷刑事はそれを聞き、何かを話す前に首を振る。
「いいえ、やはり構造上、あれは自分では使えません。受刑者は両腕を固定される仕組みですし、土台、首を入れた状態では、あのギロチンのロープを引けないという結論も変わっていません。他に道具などもありませんでしたし。なので、誰かに使われたことは確かです。指紋などはロープなので発見も難しいですし、他の場所も、生徒がたまに遊び半分で触ったりもするので、犯人の指紋を一つ見つけるというのは難しそうです。また、被害者には、抵抗した形跡も見当たらず、他に外傷等もありません。薬物反応等も胃からは見つかっておらず、死亡した時には、ちゃんと意識はあったものと思われます」
「なるほどね。正しいやり方ね。裁判官らしく、潔く裁きを受けるよう——」
とそこまで言って、乙女屋は止まった。
そして、何かを考えるように、表情を変える。一瞬のことっだったが、あまり、見たことのない表情だった。
「——いいえ、なんでも無いわ。それで今、貴方は二年を聞き込みにここいらに来ているということね?」
そして、何もなかったように乙女屋は言う。
「……はい。そういった事情で、一応、処刑人の夏日先輩も含め、二年生の皆さんに聞きこみをしようとしているのですが」
「へえ、そうなんだー。だから外出禁止、というわけでもあるんだねー」
洋子さんが言う。
「そういうことになります。今日は外出禁止なので、二年生の皆さんも家にいるはずだと考えて、家を回ってみているんですが……」
「誰にも、会えない」
乙女屋が言う。
「……ええ、そうです」
そして、乙女屋はダイヤモンドゲームの駒をまたセットし始める。なにか、興味をなくしたように。
「つまり、二年生に犯人がいるはずだから、二年生地区で手がかりを集めるついでに、小窓を探しているということね? そして、犯人を探すより、小窓を探すほうが効率がいい、と言うのは一理ある話だわ。まあ、でも見つからないのじゃ仕方ないわね。なるほど。暇があったら私も手伝いたいのだけどね、じゃあ——」
そこまで言って、乙女屋は、何故か僕を見た。
「貴方、犯人探しの捜査を手伝ったら?」
「……え? 僕? どうして?」
「だって貴方、暇じゃない。無職だから」
「……」
はっきり言われた。
何か、うすうす気づいていたが、そう思っていたらしい。
「やること無いんだし、ついでに今日ならクラスメイトに会えるわよ? 貴方、さっき会いたがっていたじゃない。趣味の挨拶をしようとしてたじゃない」
「趣味じゃないけど……」
「それに煤ヶ谷も二年を捜査するなら、彼を連れて行ったら捗るわよ。どうせ貴方一人でいったところで家にいようが居留守を使われるでしょうし、私たちは、みんなこの子に興味津々だから。最悪これを餌にして、これを殺す殺人犯は捕まえられるわよ?」
その言葉に、煤ヶ谷後輩も僕を見た。
平日の昼間、ダイヤモンドゲームのボードの前に座る僕を。
彼女の中で、何か葛藤はあったのだろう。しかし疲労困憊の彼女は、藁にもすがるような目で、
「よろしければ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
言う。僕を餌として使うことを決めたようだった。
「……でも」
「貴方、可愛い後輩をこのまま過労死させる気かしら?」
「まず、小窓さん探しはわかるとしても、僕が聞き込みをするっていうのはもう意味がわからないし、というより、殺人事件の捜査で殺されるかもしれないっていうのは置いておいても、僕がいた所でなんともならないと思うんだけど」
「大丈夫です。私もこういった捜査はそれほど経験がありませんから」
「……そりゃそうだろうけど、というかそんなことを胸を張って言うことじゃないんだろうけど」
「大丈夫よ。殺されるというのは冗談よ。言ったように、挨拶回りがてらに行ってきたらいいわ。挨拶ついでに殺人事件の捜査の聞き込みで、できることなら犯人を見つけてくるがいいわ。結局訪ねても誰もでないかもしれないけど」
私は自分の仕事をやっているから、そう言ってベーゴマの紐をならし始める乙女屋。
「というか、煤ヶ谷後輩も、もし本当に殺人犯に遭ったら、危ないよね? 大丈夫なの?」
僕は彼女に訊く。
「護身術はひと通り学びました」
「でも、相手は殺人犯だよね?」
「あと、一応銃は持ってます」
彼女はスーツの内に構えたホルスターを見せてくれた。
「……うん、だったら大丈夫だね」
僕は納得する。
刑事なのだから銃くらい持っているだろう。
そうだろう。むしろ僕も欲しいくらいだ。
もう驚いてなんかやらない。
そうして、殺人犯を探すための聞き込み調査、ということになった。転校二日目だった。
もう、何がなんだか、だった。
昨日のUNOが少し懐かしかった。
「そうそう、貴方」
と、乙女屋は、出かけようとする僕に話しかける。
「何?」
「早く帰ってくるのよ?」
と、彼女は言った。その言葉は間違いなく単にダイヤモンドゲームをできなくなったことに対する不満だったが、僕は一応乙女屋に言った。
「わかった。できるだけ早く帰るよ」
○マリア・ページズ 職業:娼婦
「で、実際、本当なの? 二年生ってそんなに会えないものなの?」
「はい。乙女屋先輩や洋子先輩を除けば、いまのところ一名だけ、二年生の先輩とはコンタクトは取れました……」
「一名」
「はい、林林さんです。彼女の仕事はコンビニ経営で、24時間営業なので、彼女のコンビニに行けば、すぐ会えました」
「……24時間、もしかして、彼女が一人で回してるの?」
「ええ、なので会うのも簡単で、ついでに監視カメラの映像も見せてもらって、彼女のアリバイも確認できました」
「なにか、現代の皮肉というか、色々と彼女の体調面や社会問題を感じる話だけど——まあ、ということは、ほとんど会えてないってことだよね」
「そうですね、今のところ……」
彼女は不甲斐なさを恥じいるように言う。
「それから、ずっとこの地区を回り続けていますが、居留守を使っているのか本当にいないのか、どなたにも会えていません。普段から二年生の先輩方はどこにいて何をしているのか、ほとんど情報はありません。なので、外出禁止令を出したという経緯でもありますが、先輩方が素直に従ってくれるというわけでもなさそうですし……」
僕は肩口くらいの身長の後輩と二年生地区を並んで歩く。
「それで、さっきは濁してたけど、容疑者らしき人の目星とかはついていないってことだけど、二年から探してこいというふうに、どこかから言われているってことだよね?」
「ええ、本当のことを言えばそうです。先ほど先輩方がされていた裁判官が二年性と関わりがあるのでは、というのは私達警察の方でも言われています。まず彼らの頭では、二年生が犯人である、という前提があり、そこから理論を組み立てているという理由も大きいと思いますが」
「そうなんだろうね」
「加えて、裁判官や司法周りの人は、『ヴォルデモートより名前を言ってはいけない大戦』でしか活躍していませんから。恨みを買っているのであればその時しかありませんし、そうなるのにも不自然はありません。なので、二年生の誰かがやったんだろうから、見つけてこいと言う話になっています」
確かに、洋子さんがやっていました、と言われても全く驚かない。そして春の珍事にはいろいろな呼び方があるようだった。
「それにしても二年生地区には煤ヶ谷後輩しか来ていないように見えるけど、その警察組織みたいなところの、他の人達は何してるの?」
「ええ、私が二年生地区の担当となっているというのが主な理由なのですが、実際、他の三年生の警察の先輩は、ここに入りたがらないというのもあると思います」
理由を聞く必要もないほどに明確だ。一年前に人が数百人死んだという土地なんて入りたくないだろうし、そして殺した人間もまだここにいる。よくよく考えれば、二年生は全員が殺人犯で、殺人犯の中から今回の事件の殺人犯を見つけ出す、といったよくわからないことになっている気もする。まるで現実感がないので、僕が今更何を思うでもないけど。
「そういえば、三年生は修学旅行かなんかに行ってて、その春の珍事に巻き込まれなかったんだよね」
「ええ、当時の二年生は『ヴォルデモートよりも名前を言ってはいけない大戦』の最中、ちょうど修学旅行に行っていたとかですね」
「修学旅行。本当に、ここのノリが未だにわからない」
「ええ、まあ高校生ですから。でも、当時の二年生が被害にあわなかったのは、保険屋と団体契約を結んでいたからと言われてます」
「保険屋?」
「ええ、このラブントゥールで、今の三年生の有名人といえば、『保険屋』です。彼女は有名な守銭奴なので、例えば彼女が提供する傷害保険に入れば、怪我をしないと言われてますし」
「……いや、それは、流石にないでしょ」
「事実、当時の二年生は旅行保険に加入していた人間は、誰も亡くなっていません。彼女の周りでは、誰も死なない。これは有名な話です」
「……誰も死なない。なんかそういう逸話がたくさんあるのはわかってきたけど、でもそれはもう職業っていうレベルを超えてる気がするけど」
「私も、言っても来て数ヶ月ですから、未だに頭が混乱します」
しかし、言いながら、彼女もスーツを着て立派に仕事をしている。そういえばあの教師も一年と言っていた。僕もこうなるまで すぐなのだろうか。
「それで、裁判官のことなんだけど、今更言うのもあれなんだけど、そういう『職業』も生徒がやってるんだね」
乙女屋に訊いたらまた馬鹿にされそうな質問を後輩にしてみる。
彼女は素直に頷く。
「はい。ここで起こる全ては、生徒が対処をするというシステムです。実際頼る相手もいませんし、外を頼ることで、ここが見つかって公になることなんて、それは全員が許さないでしょう」
「でも、生徒だけでこの街を回しているって、実際にそんなにうまく回っていくものなの? みんな、最初は僕みたいに何も知らずにきたってことだよね?」
「そうですね、それはここの歴代の優秀な先輩たちが敷いてくれたレールがあると言うのが大きな理由としてあります。ラブントゥールの維持に必要な役割は全て把握されていますし、必要な仕事はちゃんとマニュアル化されていて、図書館等で全て閲覧可能です。後は基本的な経済の流れとコミュニティーの存続の原則が働き、平たく言えば需要と供給が満たされるようバランスを取って自律的に動いていくのがこの街です。需要あるところに仕事が生まれ、供給をしてそれを満たします。助け合い、という良い言い方もできますが。ともかく、人が集まれば、ある程度当たり前に起こることが起こっているという感じです」
「なんとなく、イメージだけはできるんだけど……でも、仕事によっては、やりたくない仕事とかもあるんじゃないの? ドブさらいとか」
ハハハ、と後輩は笑う。
「それでも、誰かがやります。職業に貴賎なしというやつです。私達の誰かがやらないと、ラブントゥールの存続に影響します。やはり立場に差があると貴賤が無いなんていうのは綺麗事になりがちですが、基本的には私たちは同年代で、基本的にそこに差異はありません。そしてここに三年間居さえすれば、将来はフガーケスに行けることが確定しているというのもあります。そうなると、コミュニティを維持し、生活するということが私たちの最優先事項になり、目的を共有できます。そして、大人数で無人島に漂流した時みたいな、ある程度の団結感と行動力も生まれ、それぞれが必要な役割を担い、コミュニティの存続が図られるというのは利にかなっています。まあ、全員で街を回すためには、贅沢はいってられませんし、全員で協力しあって一つの街を成立させているといったところです」
今は二年生のせいで人も少ないですし、と付け加える。
「でも、例えばさ」
しかし、僕はそれを訊いても、頭に次々と疑問が浮かんでくる。
「ええ、何でしょう」
「今回、裁判官が殺されたんだよね? 例えば他に、裁判官はいるの?」
「いえ、裁判官は彼だけですね」
彼女は答える。
「うん、やっぱり人数的な制約がある。となると、今この街で、例えば犯罪が起こったら、被疑者はどうなるの? 裁判官はいないんでしょ?」
「そうですね、今は裁かれないでしょうね」
彼女はあっさり言った。
「裁判官がいないのであれば、裁かれる人間はいません。まあ刑事事件であれば私達が捕まえることまではしますが、しかし罪量を決める人間はいないので、裁かれはしません。それは先輩の例をとれば、溝さらいをする人間がいなくなればドブは汚いまま、ということです」
「……ドブさらいは、誰かが仕事でなくてもやるかもしれないけど」
「いいえ、それもここではダメです。ここでは、そういう役割を担うものは『仕事』としてやらないといけません」
「仕事として、やらないといけない?」
「ええ、職業の定義は難しいですが、ここでは、仕事は『コミュニティに貢献する働きを個人が排他的に遂行するもの』と定義されています。コミュニティに貢献するものであれば、厳格に『仕事』として行うよう、ルールとして定められています。だから、勝手にゴミを収集して処理するとかは、仕事以外ではやってはいけないんです。他の職域に入らない、そういうのって外でも大事でしょう? ですから、ゴミを収集する仕事を行う職業の人間がくるまでゴミは放置しなければいけません。しかし、そうしたら、ゴミが溜まり、誰かがやらざる負えない状況になります。よって、誰かが仕事でやる、という循環が起きます」
「なるほど。だから、さっき乙女屋も、事件があったら探偵によって解かれないといけない、とか言ってたのか」
「小窓先輩ですね。そういうことです。一方ではその職業の人間は自分の役割を絶対にやりきる、という制約も生まれます。話を戻しますが、そう言った具合に、今は裁判官はいませんが、すぐに次の『裁判官』が出ると思います。要は需要と供給、必要な所には必要な人材が埋まります。それは誰かの役に立つ、社会というものです。ただし、これも先輩の言うよう、今は二年生が機能していないので、特に二年性地区は若干放置され気味ですが」
ここが、若干くたびれて見えるのは、そのせいもあるのだろうか。そして、
「……社会、か」
おそらく、ここの先人たちが上手くルールを作り上げていて、それは今の話を聞く限りでも、良く出来ているんだろうな、とは想像できる。世界中から集められた、とびきり優秀な子供。本来であれば、三学年合わせて千五百人近い人間が暮らしているのだから、ちょっとした自治体くらいはある。そこで集落を作ってそれぞれが役割をこなしながら暮らすと言うのは、マニュアルなどもあるということで、できないことはないのだろう——と思うと同時に、言葉にはならない違和感も湧き上がってくる。
「そういえば、ラブントゥールの生徒になるための資質として、そういう環境への適応力も選考要素に加わっているともいわれています」
煤ヶ谷後輩は言う。
「選考?」
「ええ、ここに入るのには試験もないですが、もちろん選考過程は大人がしているはずで、そういうふうに、ここで上手くやっていけそうな人間が選ばれているとかいうことです。ここでの生活を考えるのであれば、そう捉えるのが自然だろうと言われています」
それを聞き、現在無職の僕は、何かを少し思わざるを得ない。
「それで、煤ヶ谷後輩も、ここに入って数ヶ月だよね? すごい詳しいけど、みんなどこでそんなのを学んでいるの?」
彼女はフフっと笑いながら、謙遜するように首を横に振る。
「たいしたことじゃありません。今言ったようなことは、全部図書館で調べられますから」
彼女は言った。ここに来て何度か出てきたその単語を、僕はここでもう一度聞く。
「ラブントゥールに関しての全ては図書館にあります。先輩も見に行ったらいいです。いろいろ変わっていて面白いですよ」
大人が残していったもの、壁、図書館、処刑台。
僕を最初に案内した七葉さんも、図書館に言われ、仕事としてきた、と言っていた。確かに、行ってみる必要がありそうだ。
「でも、早いですね、先輩」
「ん? 早い?」
「先輩は、ここに着いたばかりと言うことですが、あまり驚かれないんですね」
と、笑いながら言う彼女。
「こんな話、つい先日、外から来られた先輩には少々現実離れした話かなと思ったのですけど。私ですら、つい最近やっとそういうものだと思い始められたところなので。割にあっさり納得されるので、私のほうが驚いてしましました」
「……ああ、そうだね。まあ、おかしなことも続くと慣れてくるものだよ」
「それにしても早いです。不思議なほどに」
じっと、僕の目を覗き込むように見る彼女。
「もしかして、怪しんでる?」
ふふ、っと後輩は再び笑う。
「ええ、刑事としてはもちろん疑ってます。ですが、今のところは、それほど先輩が犯人とは思っていません」
「それは、どうして?」
「乙女屋先輩が、なついていましたから」
彼女はほくそ笑む、という表現がぴったりな笑みを浮かべる。
「乙女屋先輩が先輩のそばに居て、親しげに話していましたから。乙女屋先輩がこんな短期間で他人に心を開くことなんて普通ありません」
「全く開いてないよ。乙女屋はただ、一人でいるのが嫌なだけだと思うけど」
「いいえ、乙女屋先輩は寂しがり屋の人嫌いですから、嫌な人であれば側にはいるかもしれませんが、口も聞きませんよ」
「寂しがり屋の人嫌い、本当に厄介な」
「先輩は、天才ですからね」
と、これも笑いながら言った。
「乙女屋先輩が私と話してくれるようになったのも、つい最近です。それまでは、挨拶もしてくれませんでした」
「人見知りが過ぎる」
「でも、小窓先輩が言っていました。乙女屋先輩は、人とおもちゃを見る目だけは確かだって。だから、今のところは私も信じます」
「おもちゃとして見られてるのかもしれないけど」
そちらの方が可能性が高い気がする。
「それに、乙女屋先輩は危険だと思っていたら、私と先輩を二人きりになんてしないはずです」
「どこで、そんな信頼を得たのか」
「乙女屋先輩は、実は優しいですから。さっきも、先輩を連れて行けば会ってくれそうな人もいますが、NGを出された人もいますし」
「へえ、そんなのもいるんだ」
「ええ、色々な意味で」
◯モール・サマー・ダウン 職業:魔女
そして、僕も誰とも出会わない。彼女の持っている二年生名簿を頼りに、いくら家を回っても中からは人の気配もせず、僕は趣味の挨拶をすることすらできない。勘の悪い新人の営業が二人、ぐるぐると生産性の無い営業周りをしていいるようだった。聞けば、煤ヶ谷後輩は毎日これをやっているということであった。
「ごめん、役に立ててないようだけど」
「いえ、いいんです。毎度のことですから」
ふう、と僕らは十字路で立ち止まる。
「仕方ありません」
と彼女は意を決したように言う。
「ちょっと手分けをしましょうか。私は、真黒群青先輩のところへ行くことにします」
「真黒群青?」
「ええ、真黒群青先輩は、行けばいるのですが、今まではちょっと——行かなかったという経緯です」
「居るのに行かなかった。あまり良い意味じゃなさそうだけど」
「ええ、先輩、これを」
と僕に手紙を数通渡す。
「もし、私が戻らなかったら、家族にこの手紙を出していただけると幸いです。まあ、届かないと思いますが」
そう言って、裏に「父、母、妹へ」と書いてある封筒を受け取る。遺書とは書かれていないものの、その筆圧は覚悟を感じさせるものがある。
「えっと、だから、その真黒群青というのは?」
「医者です」
「ここには、医者までいるんだ」
「ええ、腕はいいですが、高額な額を要求したり、変な実験をしたり。やっていることは闇医者に近いところもあります」
「近いっていうか、間違いなく闇医者だよ」
高校生だ。流石に医師免許は持っていないだろう。
「そして、真黒群青先輩はたまにすごく機嫌が悪い時があるので、その時に会ったら、なんの病気でなくとも死ぬ可能性があると言われています」
「全く医者向きじゃない」
「ええ、なので先輩についていただくわけにはいきません。こちらにもいくつか二年生の先輩たちの家もあるので、ここは別れて行きましょう」
「わかった。でも、聞き込みなのに、そんな覚悟がいるって言うのは考えたほうがいいよ」
「私の仕事ですから、当然です」
やはり、真面目な彼女はまっすぐに言った。
「じゃあ、そちらの方面は比較的危険度の低い先輩たちばかりですが、もし危険な目に遭いそうだったら、すぐ逃げてください。みなさん、先輩には、興味津々と聞いていますので、先輩一人で行ったほうがもしかしたら良いかもしれません」
彼女と今生の別れになるかもしれない、そんな言葉を軽く交わして別れたあと、殺人犯を探す前に、その医者を逮捕したほうがいいんじゃ、というのを言い忘れたことを少し後悔する。
そして、僕は一人、彼女からもらった同級生の住所と名前を頼りに、歩き出す。
二年性地区。ここは学年ごとに、その地区を三年間使うと言うことらしく、人手が足りないから放置されているという話もさっきあった通り、一年間はほとんど使われていない建物が並び、その誰もいない気配の物悲しさがその空気を作っているのかは判断ができないが、朝でも、廃墟になった街、と呼んで全く違和感のない雰囲気になっている。
それでも、街のデザインは、色々な所でよくできていて、例えば、住所は、わかりやすく道の名前はアルファベット順に頭文字が振ってあり、道の名前を覚えなくとも、そこに着けるようになっている。例えばC-7とあれば、Bernadette通りの隣のCarmelita通りに入って、あとは数字まで歩けばいいといった具合に。
そのように、最初の家はすぐに見つかった。こういう人気のないところに、ぴったりすぎる店構えだった。
『占い、薬、呪い相談等』と看板にはさらっと書いてあった。
モール・サマー・ダウン、それが彼女の名前。煤ヶ谷後輩のリストには職業までは書いていないが、いくつかに絞れる明らかさだった。本物っぽいドクロもいくつも目につく。うん、本物だ。
再度、これだけで逮捕しても問題がなさそうだが、やはり重要なのは今回の裁判官を誰が殺したか、ということなので、これから尋ねる彼女がこれまでどれだけ人を殺したのかなどは関係がない。目標をフォーカスしないといけない。
僕が、そのいかにもなドアの前で躊躇してると、急に扉が開いた。
「何やってんの?」
と、中から出てきたのは、くしゃくしゃの髪をした外国の女の子。僕を待ち構えていたように、右手で持っている銃を、僕の胸に当たる寸前のところに突きつける。
「……」
僕は自然とホールドアップの姿勢を取る。
「あんたが、羽井戸君でしょ?」
狼狽する僕に、流暢な日本語で言って、彼女は薄く笑う。
そして半開きのドアを、完全に開けて、しかし僕を中に入れるつもりは無いようで、彼女はドアに身を預け、少しだらしなく銃を構える。僕から標準は一時も外さない。
細身のジーンズにティーシャツ、かろうじて若干現代っぽくアレンジされた鍔の広い三角帽子帽子、そして、その彼女の吸い込まれそうな水晶球のような深い鳶色の瞳が、彼女の職業を告げる。
「はじめまして、モール・サマー・ダウンっていうよ。みんなからはモルって呼ばれてる。お察しの通り、偉大なる『魔女』、それが私の職業」
彼女は自分で言う。
魔女。
まず、魔女というのはもっとこういう物理的な力には頼らないものと思っていたけど。
「……」
とりあえず、まだ僕からは得意の挨拶は出ない。代わりに、汗が止まらない。
「でも、よく普通に出歩いてるね。偶然でも『洗濯屋』とかに見つかったら、君、殺されちゃうよ?」
「……」
「ふうん、そんなのも知らないんだ。まあ、いいや。さて、君が来た理由はわかってるよ。例の殺人事件のことでしょ?」
と彼女は、先程から挨拶も含め、なんとなく、僕の言おうとすることを先回りし、察しているように言葉を続ける。もしかして、これは、彼女が魔女だからなのだろうか。
「いや、これ魔女だからとかじゃないし。外出禁止令出てるし、それなのに君来てるし、さっきそこで煤ヶ谷と別れるのも見たし」
そういうことらしい。探偵でもないのに、素晴らしい推理だ。でも、やっぱり心が読まれてる気もする。結局魔女だから分かったのでは。
「今は私が魔女かどうかは、どうでもいいんだけど」
と不機嫌に言う。本当にどうでもいいかもしれない。
「それで、挨拶がてらに聞き込みに来たってところでしょ? だから言うよ。私じゃない。魔女がギロチン使って人を殺すと思う? アレで殺されることはあっても、殺すことはないよ」
「……」
銃を人に向けながら彼女は言う。
「だから、そんな、人が死んだくらいでいちいち私のところへ来ないでって警察にも言っといて」
はあ、っと嘆息し彼女は言う。
「そして、君」
言って、僕をその水晶のような瞳で覗く。
「なんでそんなに喧々しているというか、喧嘩腰なのって訊きたい顔だね。でも、それは仕方ないんだ。私達は、君を信じることはできないから。もっと言えば、二年生の誰も、君を歓迎はしていない。乙女屋はともかくとしてもね。というか、よくまだ生きてるね? 今も『注文の多いレストラン』辰巳洋子といるんでしょ? 私もあんな危ないのには近寄らないよ? まあ、いいや。とにかく、誰かに殺される前に出て行ったほうがいい。私は、君にここを出て行くことをお勧めする。というか、出て行ってほしいと思ってる。もちろん、ここで尊重されるのは自主性だから、残るのも自由だし、追い出す権利は私にもない。でも、私たちはみんな、君が怖いし、出ていって欲しいと思ってるというのは認識しておいたほうがいい。乙女屋はあれは優しいから君を受け入れてるけど、本当は誰より怖がってるんだからね。ともかく、私たちは、まだ君を受け入れていない」
彼女は僕から銃を一時もそらすことなく構える。
「でも——それでも、ここにいるというのであれば、君は君であることを証明する必要がある。君が、私たちの敵ではないと証明するだけではなくて、存在している意味があると、私たちにとっても必要であると、示す必要がある。難しいと思うけど。でも、そうじゃないと、君もいる意味が無いでしょ? だから、仮にそうなったら、もう一度ここへ来て。そうしたら、謝ってあげる。その時、君も私に挨拶でもして。あと、敬語をやめてね」
バイバイ、と言って彼女は一方的にドアを閉めた。
結局ドアが開いてから閉まるまで、僕は一言も発さなかった。
敬語をやめて。
敬語なんてもちろん使っていないが、彼女はどうしてかそこまでわかっていた。
魔女。
「ねえ」
僕がその場から去ろうとすると、もう一度ドアが空き、後ろから声をかけられる。彼女はドアから顔を斜めに出していた。
「そういえば、君に一つ言い忘れてた」
「……」
「私は暗黒魔女をやるから、他の人間はやらないようにって言っておいて」
「……」
「お化け屋敷のこと」
もう一度、バタンとドアが閉まる。
○
結局その後はリストの住所に行っても、一人も他のクラスメートと会うことはできなかった。というより、会いませんように、とちょっと願っていた自分もいた。そういうわけで、挨拶回りは徒労に終わった。
家に帰る前、煤ヶ谷刑事と合流した。
彼女は前髪をバッサリと切っていた。髪でも切りに行ったのか、と訊くと「機嫌の悪い日でした。前髪くらいで済んでラッキーでした」と言った。クラスメートに殺人事件の聞き込みをするなんて、自殺行為だ、という乙女屋の言葉がもう一度思い出され、その日は解散ということになった。
帰り際、
「それから、真黒群青先輩から先輩に伝言があります」
と煤ヶ谷後輩は言った。
「……なに?」
「ええ、そうです。生きているうちに会いに来い。早く会いに来い。というか来い。恋」
「怖い」
最後のも気になる。
「あとそれから、文化祭では自分が殺人ナースをやるから、他の人はやらないようにといって欲しいと」
「ナースなんだ……って来るんだ、文化祭には」
全員、文化祭だけは出る気満々のようだ。
本当のお化け屋敷よりも遥かに迫力がありそうだった。僕にとっては彼らが集結する、明らかにそっちの方がお化け屋敷だし、その前に、やはりこのままでは僕がお化けとしてリアル参戦するというのも十分ある話だ。
家に帰ると、乙女屋は一人、窓際で本を呼んでいた。
「おかえりなさい、どうだったかしら?」
「どうもこうもないよ。挨拶、聞き込み共に完全に失敗だよ」
「そう」
と完全に予測された答えを聞いた彼女は満足げに笑う。
そう言った乙女屋の膝には、テディが乗っていた。
「別に貴方がいなくて寂しかったわけじゃないわ」
僕がテディを見ているのに気づいてか、彼女は言った。
「どうせ、クラスメートに酷いことを言われたのでしょう?」
乙女屋はホットミルクを作るために立ち上がる。
「貴方もいる? 温めた牛乳よ?」
「お願い」
僕は言った。
「まあ、生きて帰れてよかったわね。今度は、私が一緒に行ってあげるわ」
あの魔女も言っていたように、乙女屋は最初から——最初から、好意的とはいえないものの、僕を受け入れてくれた。それは、本当に礼を言うべきような事なのだと本当に実感する。そうして、僕はいつものように、乙女屋の前に座る。
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