02 贄と遭難者

「ごめんなさい」

 そう謝ってきた彼女。名前は『サージ・ミ』と言うらしい。

 この平原から200トルロ離れたところにある民族の出であり、平原の魔物を鎮めるために遥か遠くまでやって来たとか。

「トルロ? えー知らない単位が出てきた……」

「お姉さん、トルロを知らないんですか?」

「ヤマコでいいよ。それが私、遭難しちゃったみたいで。神隠しってやつ? サージちゃんは日本までどれくらいか分かる?」

 子供に見えたから『ちゃん』付けをしたけど、こっそり「子どもじゃないので」と言われてしまった。詳しく聞けば20歳だとか。失礼だけど高校生ぐらいかと思ってました。私? 私は黙秘権を行使します。

 それはさておき、サージは日本のことを知らないようだった。なんならアメリカやイギリスも知らない。限界集落だとしてもおかしい気がする。スマホPSUMを見ても不思議な顔をするし……もしかしなくても、ここ、地球じゃないのでは?


「地球? 知らないです」

「まじかー」


 私は両手で顔を覆った。天を仰ぐと、指と指の隙間から大きな雲が見える。その雲がぶわっと一掃された。まさかジェット機が飛ぶわけもないよね、と苦笑いしていたらサージが恐ろし気に「い、いまドラゴンが……」と呟いた。

 うん、ここは確実に異世界みたい。天国にいるお母さん、お父さん。私は異世界に来ちゃったみたいです。


   ✦


 異世界という事は、帰る目途が全く無いという事だ。これが外国だったら希望が持てたかもしれない。でもここは異世界。世界が違う以上、帰りようがないのだ。何故だか涙があふれてくる。


「や、ヤマコ!?」

「困ったなぁ……」

 サージには家に帰れなくなった事を伝えた。そうしたら、なにも言わず背中をで続けてくれた。


 落ち着いてからはお互いの情報のすり合わせだ。

 私は『自分が異世界から来たこと』『この世界の常識を知らないこと』『三十路手前の元教師だったこと』を話した。一方でサージは、言いづらそうに自分の境遇を教えてくれる。


「あたしはウガ村の中でも身体が弱くて。こんな辺境の地ですから、女の優劣は健康な子供をたくさん産めるかで決まります。そんな中で病気がちなあたしは、みんなのお荷物でした」

 持病だから仕方がないと思うけど、村側からしたらそうも言っていられないのだろう。病人用の特別な食事と、薬も用意しなきゃいけない。生け贄に彼女を選んだ、それは一種の口減らしなんじゃないか? そう考えたら胸糞が悪くなった。

「数年前から、この平原の魔物が溢れ出てくるようになりました。ここは元来、魔物が多く生息する平原だったんですが……新しく王が君臨したようで」


 王というのは、魔物の中でも特に強い個体のことを言うらしい。キング〇ライムのことかしら。その魔物が他の魔物をびびらせているようだ。びびったやつらは村がある森の方へと逃げる。

「山岳、平原を囲うようにして点在する村々の長たちは話し合いをしました。その結果、生け贄を捧げて言うことを聞いてもらおうと」

「……その生け贄がサージなの?」

「はい。でもあたしだけじゃ、体力が持たないんです。だからこのつるぎ


 彼女が持ち上げた剣。実はこれ、持ち主の身体が元気になる剣らしい。だったら村にいる時点でこれを持たせてあげればよかったんじゃない? そう言ったら、村の秘宝だから無理だと思う……なんて言われた。

「いや、生け贄の為になら使うんじゃん!」

「それは……」

 彼女が病弱なままだったのは、村の人達の所為では? とは言えなかった。流石に推測で物を語るのはよくないだろうし。サージが村の人に対してどういう感情を抱いているか分からない今、下手に刺激しない方がいいだろう。


「と、とにかく生け贄としてこの平原まで歩いてきました」

「えっとさっきの単位……」

「トルロですか?」

「そう、それ」

「200トルロの正確な長さは分からないんです」

 ごめんなさいと謝られる。個人的にはキロメートルなんじゃないかなと推測していた。それが合っているかはいつか調べればいいだろう。


 風が大きく吹いて、私は慌てて荷物を抑えた。ここの風は強すぎる。早々にパラグライダーを畳んでおいて良かったと思いつつ、二人で岩陰に移動した。時刻はそろそろ夕暮れ時か、が黒々とした林の向こうへと落ちていく。


「どうしよう。ご飯はあるけど……痛んでないよね」

 こちらに来た時点で食べるべきだったか。気温はそこまで暑くなかったし、大丈夫だと思いたい。バッグを漁ってサンドイッチとおにぎりを出す。匂いを嗅いでもおかしなところはない。


「サージには食べさせれないかも」

「そ、そんな! 貰えるなんて思ってませんので」

 そう言いきられると傷つくな。

「本当はあげたいんだよ、二人で遭難してるのに、一人だけ食べるのはおかしいじゃん」至極まっとうな事を言ったのに、サージは眉を寄せた。

「あたしは村の位置が分かりますが……」

 そういう事か。とはいえ生け贄なんて発想が出てくる村には行きたくもない。もしかしたら魔女だ! って火炙りにされちゃうかも。私の独り言を聞いたサージは顔を真っ青にして「そんなことしません!」と言っていた。


 私は私で、意を決してサンドイッチとおにぎりを食べた。どちらも美味しい。サンドイッチはしゃきしゃきのレタスが入ってるやつ。ちなみに私はフ〇ミマ派。おにぎりは梅味が二つだった。もっと大事にして食べるべきだったんだろうけど……いかんせん消費期限が怖い。冷蔵庫がある訳でもないし。

 おにぎり二個目は大丈夫そうだったから、サージにあげた。彼女は感動していたけど、夜になってなんとなくお腹が痛くなったのは秘密だ。


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