異世界の山奥に遭難して

01 着地失敗!

 風に煽られた私はどこまでも飛んでいく。恐怖に目をつむっていたら、瞼の裏側がぶわりと晴れた。恐る恐る目を開ける。そこには連なる山岳と、その麓にある平原が見渡す限り広がっていた。


 思わず声が漏れる。

「す、こい……」

 喉が掠れていた。空気も薄い。私は緩やかに降りていくパラグライダーを手探りで動かし、なんとか平原に着地した。


 着地したら、私は当たりを見回した。地元でもある朝霧高原でフライトしていたのだけど、いつの間にか山奥に来てしまったようだ……でも、こんな場所近くにあったかしら? そう首を傾げつつ、パラグライダーを畳む。

 辺りは背の低い草に覆われていて、緩やかな丘が続く。時折岩も覗いていて、降りるのが難しかった。

「えーっと、どうしましょう……」

 遭難したと分かっているのに、どこか他人事だった。だって近くに熊がいる訳でもないし、怪我もしていない。よくこういう時こそ落ち着いてって言うじゃない。いや、流石に落ち着き過ぎか。


「とりあえずはスマホでも確認しておこうかな」


 もちろん圏外だろうけど。そう思ってスマホを取り出す。最新型の機種であるスマホ、名前はPSUMという。

 PSUMを起動すると、聞き覚えのない言語が流れ出した。

「えっなに、バグ!?」

 慌ててPSUMを取り落としそうになり、しっかり握る。画面を見ると縦に白い線が入っていて……いや、これは横持ちなのか。両手で持った瞬間、電子音と共にPSUMが起動した。


『データ初期化。完了。名前を入力してください』

「ん? 待って、データ初期化!?」


 PSUMの言葉に、思わず私は叫び声を上げた。野原に響き渡ってちょっと恥ずかしかった。いやいや、それより初期化ってどういうことよ!? まさか私のアルバム写真や、ダウンロードした音楽、その他重要ファイルなんかも飛んだ!?

 終わった……なんて顔を真っ青にした私だったけど、名前を入力と聞いて脱力気味に佐々倉ささくら 山子やまこと入力した。このありきたりな名前は、誰が聞いても笑う。山田太郎みたいなもんだ。


「はーもう訳わかんない。バッグの中で変な操作されちゃったのかしら」

 そう言いながら、バッグを漁った。中にはPSUMの他に昼に食べる予定だったコンビニサンドイッチ、おにぎり、あとペットボトルが二本。パラグライダー仲間に貰った木のお守りが入っていた。大きいと邪魔になるし、重いものは持てない。だからこれしか持っていない。


「はーどうしよう」


 困り果てて空を仰いだ瞬間、「ごめんなさい!」という声が聞こえてきた。そちらを見ると、柿のような色の髪を後ろに流した女の子がいる。人だ、人がいる! そう小躍りしたい気持ちを抑え込み、怪しまれない程度に彼女を観察する。

 中は刺繍された橙色の服を着ていて、そうだな、モンゴル辺りの民族衣装に似ていると思った。その上には白いローブ、頭にもヴェールのような布を被っていた。

 どう見たって日本人じゃない顔付き。それから肩から降ろした紐にくくられた一振りの剣。

 もしかしなくてもここは全く知らない国なのでは? 私はそう考えた。


「すみません! ちょっとお話が聞きたいのですが──」

 とりあえず、目の前の彼女に話しかけてみる。

「ひっはっいっ」

 彼女は私の一挙手一投足に驚いているようだった。引っ込み思案なのかなと思いつつ、友好的な事が分かるように笑顔を浮かべる。彼女は困惑しながらも、すり足で近づき、私から一メートルぐらい離れたところで立ち止った。

 私より視線が少し低い。目が合わなくて、こちらも居心地悪くしていたら彼女は意を決したように言った。


「あ、あたしはウガ村で一番舞が上手い女、サージでしゅ」

 噛んだなって思ったけど、微笑ましい顔で見ておく。

「天災を起こし魔物の贄として、我、舞を捧げんとし、す、る」

「よく分からないけど、頑張って!」


 あまり理解のできないことを言われたけど、つまり彼女は勇者として魔物とやらを倒しに行くんだろう。正直、なんで言葉が通じるのかな? とか贄って現代にもあるのかな? とか疑問は尽きないけど。

 彼女はぎこちなく踊り出した。動きが硬いなって思っていたけど、それは段々と鮮麗さを増してく。シャランと彼女の首元にある飾りが揺れ、終った時には拍手喝采をしていた。

 こういった文化に触れる機会は少ないから、すごく楽しかったなぁ。余韻に浸る私と違って、彼女は顔を真っ青にしている。


「贄の仕事は……これから食べられる事だけで……」

 彼女は困ったような声を絞り出す。

 それを聞いて思った。彼女、もしかしなくても私を魔物と勘違いしているんじゃないだろうか? と。いやいや、私はそんな化け物みたいな顔はしてないんだけど。普通に黒髪黒目の日本人(痩せ型)なんですけど。


「あ、もしかしてヘルメット? ヘルメットが悪いの?」

 びくりと震えた彼女の前で、首元の留め具をパチンと外す。それからヘルメットを脱ぐと、彼女は「ひいいっ」と怯えた声を上げた。まるで見てはいけないものを見てしまったかのような顔に、こちらの顔も引きる。とりあえず、ヘルメットは畳んだパラグライダーの隣においておいた。


 そしてその場に正座する。

「改めまして、こんにちは」


 彼女はやや怯えた様子を見せながらも、対面に女の子座りをしてくれた。彼女には聞きたいことが色々あるけど……とりあえず、

「私、魔物じゃないんですけど?」

 これだけは伝えたかった。そういうような顔で言えば、彼女は顔色を悪くして平謝りしてきた。


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