第5話


「…クリスティーナ様。お手紙がたくさんきています!」


侍女がそう言うので、私はとりあえず重要なものから絞ることにした。

まずは、アンジェリカ様。


感謝を述べたい、とのこと。

私は特に何もしていないのだけれど、アンジェリカ様には悪い印象は抱かなかったし、今味方をつけておくべきかーーなどと考えて茶会の誘いをお受けすることにした。


その他いくつか、他の令嬢からも誘いが来ていた。

思わず嬉しくなってしまう。「悪役聖女」でも呼ばれるのだと思うと。


「次はーーどなたかしら」


舞い上がって手紙をめくった先にはーー。



「スティーブン様っ」

「…クリスティーナ?どうしたの、慌てて…」

「こ、このラリエット宮ーースティーブン様の許可を得ないと、私でも人を通すことはできませんでしょう?」


第一王子の住まいとして、いくら丁寧にもてなされた聖女でも、所詮「客」。

招き入れる権利がないことを、改めて確認した。


「…そうだね。誰か、招きたい人でもいるの?自由にして良いけど…」

「その、逆、です……」


私はその方の要望ーー「ラリエット宮にて聖女クリスティーナにお目にかかりたい」といかにも丁寧な言葉遣いで表されたそれは。


私が無断で出てきた実家。

ーー父、アーサー・リズ・ルドルフ侯爵と、母のアリア・レイシャ・ルドルフ公爵夫人からだった。


彼らは、なんて言うだろう。

父は、取り入ったことに喜ぶだろうか。母は、相変わらず軽蔑を?

それとも、その反対かもしれないーー。


「逆?」

「はい…」


スティーブンはよくわからない、という表情をしている。

それもそうだーー父が子供に興味がなく、母が私を嫌っていることなんて、屋敷以外の他人は、誰一人知らない。

常に「完璧なルドルフ家」として社交界に名を馳せてきた名家だ。

そんな彼らの家に憧れて働いている使用人も多いがーーどれほど落胆しただろうか。


彼らの心中を思うと、申し訳なさと罪悪感でいっぱいになる。


「…今はまだーー家族に会いたくないのです」


そう、まだーー。

いつかは覚悟を決める時が来る。そしてそれは、私にはまだ…。


「…そう」


スティーブンが何を思ったかわからないが、彼は承諾してくれた。



「あら、聖女クリスティーナではなくて?」

「まあ!本当ですわ」

「お目にかかれるなんて」


本日は、アンジェリカの茶会に招かれている。もちろん「悪役聖女」である以上、覚悟はしてきたはずなのだが…。


「大丈夫ですわ、皆私の、そして貴女の味方ですもの」


アンジェリカはこそっと耳打ちしてくれた。


良く言えば「ご学友」、悪く言えば「取り巻き」の彼女らは、私のことを悪く言わない。「悪役聖女」として見てもいない。

それは、私にとっては嬉しい誤算だった。


「改めて、お招きいただきありがとうございます。クリスティーナ・エステル・ルドルフです」

「こんにちは。この前はありがとうございました」


私を訪ね帰ったあと、彼女はすぐに父に報告した。

迷惑な「聖女」を名乗る彼らの居場所を突き止め、すぐに交渉に入ったらしい。流石ドルップ家である。メイナードも逆らえず、結局「ドルップ領には二度と立ち入らないこと」という契約を交わし、追い出せたそうだ。


「全く、聖女と名乗るものですからてっきりクリスティーナ様かとーーですが、違いましたわね」


アンジェリカはこちらを見てにこっと笑った。


「今思えばわかりますわ。あの時微笑みながら懸命に皆を癒していたのですものーーそんな彼女が、迷惑など、有り得ませんわね」

「…!恐れ多いことで…」

「まあ、何をおっしゃいますの。貴女様は聖女として人々を助けて来られたのでしょう?」

「…ですが、実際癒せていたかはわかりません。聖女というものは、身体からだの傷だけでなく心も癒すべきですから」


その心構えが素晴らしいのよ、とアンジェリカは微笑んだ。

他のご令嬢方も、「そうよ」と賛同してくれている。


ーー嬉しい。


本音を言ってしまえば、そういう感情になるのだと思う。

私はいつも、それが「当たり前」だと思ってやってきたことなのだから。


「…さあ、好きなだけお食べになって?」


わっと令嬢方が喜ぶ。

なにせ、アンジェリカが開く茶会は評判なのだーー普段は見かけない食べ物があり、けれどすごく美味しい、と。

なんでも東方やら西方やら、様々なところから取り寄せているそうだ。

それは多分、名あるドルップ家だからこそ、だろう。


こうして、私たちは楽しい茶会を終えた。



「…クリスティーナ」

「スティーブン様。どうなさいましたの?」


リュークを伴って部屋を訪れてきた彼は、一封の手紙を手にしていた。


「どうしてこうも、君の実家からたくさん手紙が届くんだ?」

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不幸な君に幸福を 〜聖女だと名乗る女のせいで「悪役聖女」と呼ばれていますが、新しい婚約者は溺愛してくださいます!〜 月橋りら @rsummer

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