第2話
「…国外追放…」
「ああ、そうだ。本来リリアーナがいるべきの聖女の座に、なんのことわりもなくついていただろう。十分、重い罪ではないか」
「…」
「…しかもお前はリリアーナを…」
すらすらと述べるのかと思いきや、彼は口を噤む。
それはーーメイナードの肩に、第一王子スティーブンの手が置かれたからだ。ーーまるで、「言ってはいけない」という暗黙の了解があるような。
「…私は、幼き頃に皆様の指示に従っていただけでございます。決して、奪っていたというわけでは…」
「なら、お前はどれくらいの人を治癒した?」
ーーは?
そんなもの、数えきれないほど沢山治癒してきたし、実際メイナードやスティーブンの怪我を治すことだってあった。彼も、覚えているはずだ。
「…っ」
答えられずにいると、やっぱり聖女じゃないのですか?とリリアーナは口を挟む。
「私は聖女です。だってーーほら」
彼女は、「治癒の力」を表す光を出して手に浮かべた。
しかし、それは、澄んでいるような、だけど濁っているようなーー。
「見ろ。お前のより綺麗だろう」
「それはそうですが、人それぞれでございます。私だって十分治癒できる力を持っていてーー」
「うるさい。とにかく、お前は国外追放だ!!」
彼が言い放ったあと、スティーブンはメイナードを一瞥し、それから国王と王妃の方を見た。
「…父上、母上。リリアーナ嬢を聖女だと認めたのですか?」
「…いいや。王国内に聖女が二人現れるなど、これは由々しき事態だと思ってな」
歴史上、聖女は一人。
だから、どちらかは偽物ということになる。
国王と王妃は、これを深刻な事態として捉え、慎重に検討していこうと決めていたそうだ。そんなときの、婚約者の入れ替わり。
しかもそれは、「自称聖女」と「悪役聖女」の。
「…国外追放は、お許しになるのでしょうか?」
「…それは、お前たちに任せる。しかし、それが実行されるのは、リリアーナが聖女だと認められてからのことだろうな」
そんな、とリリアーナは悲しむ素振りを見せる。
「スティーブン。お前はどうしたい?」
王妃が尋ねる。メイナードは、「賛成しろ」とでも言わんばかりにスティーブンを見つめた。
彼は、一度私を見た後、もう一度国王と王妃に向きなおった。
「…彼女が偽聖女である証拠はありませんし、何より彼女は幼い頃に何もわからぬまま「聖女」と位置付けられた存在。リリアーナ嬢の座を奪った、というならば、クリスティーナ嬢も被害者と言えるでしょう。国外追放は、罪が重すぎるかと…」
「ふむ、そうか」
その瞬間、メイナードはスティーブンの肩をぐいっとひっぱり、顔を自分の方に向けた。
「何してるんだ、せっかくーー」
「メイナード、周りをよく見ろ」
メイナードの言葉は、惜しくも声にならず、彼は悔しそうに唇を噛んだ。
リリアーナが駆け寄ると、「優しいな」と顔が綻ぶ。
ーーああ、やはりメイナードはリリアーナを愛しているのね。
別に好きだったわけじゃない。どちらかというとーーというか、初恋であり大好きだったのは、メイナードの方ではなくーー。
しかし、共に婚約を結んだ仲として、私は彼を信頼していたし、彼もまた信頼してくれていたはずだった。
これを悲しくないといえば、嘘になる。
「…父上」
スティーブンは国王に提案した。
「…クリスティーナ嬢を保護したいのですが」
と。
◇
私は一旦家に帰り、鞄に必要なドレスや小物、本などを詰め込んで、急いで出てきた。
母は気に留めていなかった。
父は、浮気相手のところであろうかーー不在。
兄は勉学に励んでいる。
使用人の数名がぺこっとお辞儀をしただけだった。
「…やっぱり、寂しいところね…」
去り際、そう言ったのは、多分誰にも聞かれていないだろう。ほっと胸を撫で下ろす。
もう一度、自分が生まれ育ち、独りでも耐えてきたこの大きな屋敷を見上げて馬車に乗った。
お父様は、なんて言うかな。お母様は、少しは喜んでくれる?お兄様に、挨拶できなかったな。
淡い期待を抱いて、私は馬車の窓のカーテンを閉めた。
◇
「ようこそ、クリスティーナ」
「…ありがとうございます、スティーブン殿下」
保護する、という彼の提案を、国王と王妃は快く受け入れた。
だから、私は家に帰り、荷物を詰めて、この代々第一王子が住まうラリエット宮にやってきた。
私は「悪役聖女」として名が知れ渡ってしまったというのに、ラリエット宮の人々はにこやかに出迎えてくれた。
スティーブンにお目にかかり、その後私は部屋を与えられた。
「わぁ…」
家では見たこともないーーいいえ、一度だけある。
小さい頃、構ってほしくてお母様の部屋に入ったときも、こんなふうに広々として手入れの行き届いた綺麗な部屋だった。
もっとも、私がそのような部屋を与えられたことはないけれど。
なんてことはない、ごく普通の部屋。
お母様とお父様、お兄様とは違って小さかったが、あれでも使用人たちは丁寧に掃除してくれていた。
父は子供のことに興味などないから、母が屋敷の、子供に関わる全てを采配していた。
だからこそ、私の部屋は、みんなとは違った。
「お気に召しましたか?」
スティーブンの側仕えだとかいう、リューク・アット・シンシア様。まだお若いが、有能だと評判だ。
「ええ、もちろんです」
「保護」なのに、こんなに素敵な部屋を与えられるなんて、私は幸せ者ねーー。
「…そうだ。スティーブン殿下がお呼びでしたよ」
リューク様は、そう言ってにっこり微笑んだ。
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