第1話

「この偽聖女!お前とは、婚約破棄だ!」


王室が開いた、優雅なパーティー。

今宵は、建国100年を刻む歴史ある日なのだがーーその優雅さを一瞬にして断ち切ったその言葉は、第二王子メイナードから発せられたものだった。


そして、それを向けられたのは、私、クリスティーナ・エステル・ルドルフだ。


「そして私は、この可愛らしいリリアーナと婚約する!」

「…」


メイナードの横にぴったりと寄り添う女はリリアーナ・アン・カナル。本来ならば、男爵令嬢が第二王子の隣に立つことは許されないはずなのだが。ーーしかも、つい先ほどまで婚約者のいた男に。


「…ふん、全く可愛げのない。お前はこのリリアーナという神聖な女性ひとがいながら、聖女だと偽っていたそうだな!」


場がざわめく。


そう、私は聖女クリスティーナ。治癒の力を授かり、それによって「聖女」に任命され、課せられた仕事を幼い頃からこなしてきた。


そんな私を「聖女」だと認めていた貴族たちからは、疑問の声が上がってもおかしくない。

しかし、そんな声は聞こえない。


なぜならば、相手は建国から100年経っても未だ勢力を伸ばし続けている「ソユリア王家」だからである。

彼らの反感を買えば、家の存続が危ぶまれるといっても過言ではないかもしれない。


「今までお前は偽聖女でありながら、「聖女」の立場をリリアーナから奪っていた!お前の罪は重い!」

「そうですわ、クリスティーナ様。今認めれば、リリアーナは許しますぅ」

「ああ…リリアーナ、お前はなんて優しいんだ」

「だって、聖女ですもの。聖女は心が清くないといけないでしょ?」


なるほど、「自称」聖女。

人々から認められたわけでもない、名声もないのに「聖女」だと名乗る。一体、罪はどちらでしょうね。


でも、メイナードに言っても意味がないのはとうにわかっている。

あの人は、「リリアーナ」に惚れているのだ。


「…恐れながら、「聖女」は幼き頃に清き神官様、聖騎士様より認められた存在のことでございます。今更変えることなどできません」

「…ソユリアにはできるのだ!お前は王家を馬鹿にしているのか!?」

「いいえ、とんでもないことでございます」


どこをどう聞けば、「馬鹿にした」と言えるのだろう。

私が述べたことは、古くからの伝統であり決まりで、こればかりは神官や聖騎士たちの権限が強い。

そして、それを定めたのは古くの王家ーーつまりメイナードの祖先であり、彼が私の言葉を「王家を馬鹿にした」と捉えるならば、彼は祖先を「否定した」ことになる。


まあ、屁理屈だなと自分でも思うが。


「いいか。お前はよく反省してリリアーナに謝るんだ!そして潔く譲れ!」

「…善処いたします」


はい、なんて答えるものか。



その後、この事件を受けて、私が「悪役聖女」と呼ばれるようになるのを知るのは、もう少し先の話ーー。



「…ただいま帰りました」

「…」


寂しい家。

侯爵家だけあって、広々とした大きな屋敷なのに、中は寂しい。

使用人たちは、勤めにきたとき、初めは笑顔いっぱいだが、やがてそれも失われていく。


問題は、この家の主人たちにある。


主に侯爵と侯爵夫人ーー私の両親の仲がたいそう悪いこと。


「お父様…」

「…話は聞いている。役立たずだな」

「申し訳ございません…」


父は子供に、「役目」だけを期待する。

私が「聖女」に選ばれたとき、そして第二王子の婚約者となったとき以来、あの喜びの顔は見ていない。


「エドワードとは大違いね」

「…申し訳ございません…」


エドワード、というのは私の兄のこと。

母は跡継ぎとなる兄だけを可愛がり、私が女であったために見向きもしなかった。


父は多分浮気しているし、母は兄だけを溺愛する。使用人たちはいつも同じ動作をする人形のようになってしまい、兄は優しいけれど勉学のため忙しく、私はほとんどを独りで過ごしてきた。


だからこそ、教会に行き、沢山の人が笑顔を見せてくれると、すごく嬉しかった。

第二王子も初めは私に笑顔を向けてくれていたし、その兄である第一王子も可愛がってくれた。


だけど、それももうないんだ……。



私が受ける罪は、なんだろう。

聖女詐称罪。それとも、あのリリアーナが「いじめられた」とか何とか言って、私に罪を追加するかもしれない。


でももう、それでもいいのかもしれない。


沢山の人の喜ぶ笑顔を見られなくなった私に生きがいはない。


「…あの方が、悪役聖女?」

「聖女クリスティーナ、だよね…」


王城に登城すると、様々な人たちが私を見てこそこそと話している。

そう、私は「悪役令嬢」ならぬ「悪役聖女」と呼ばれてしまっているのだ。


最近城下で流行りの小説は、貴族の子息が、愛する女性をいじめる婚約者を断罪し、婚約破棄して、幸せになっていくものが大半だ。

そして、愛する女性=ヒロインと反対に、断罪された婚約者=悪役令嬢と呼ばれている。


それにちなんで、私は「悪役聖女」と呼ばれているのだ。


「来たか」


ふん、と変わらず高圧的な態度をとるのはメイナード。

そしてその向こうには第一王子スティーブンと国王、王妃が控えており、さらに、メイナードの隣には、リリアーナが並んでいる。


私は、一人。


両親は、自分で片付けてこいとついてこなかった。兄は、やはり忙しかった。


「…王国の太陽、国王陛下。王国の月、王妃陛下にご挨拶申し上げます。また、第一王子スティーブン殿下、第二王子メイナード殿下にご挨拶申し上げます」


早速、メイナードが口を開く。


「お前を、聖女詐称罪で国外追放とする!」




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