第3話

「…スティーブン殿下、お呼びでしょうか」


スティーブンとは幼い頃からの仲だ。

「聖女」として教会に入ったのが7歳。そして、それからスティーブンやメイナードと出会ったのが9歳の頃。

彼らは私に平等に接してくれていたし、「王家」だからと偉そうにするわけでもなかった。そして、それは今のスティーブンもだ。ーーメイナードは残念ながら、昔の面影は消えてしまったが。


「…うん。話があって」


話、とは何だろう、と考えるが、おそらくリリアーナのことだろうという結論に至る。そしてそれは、間違っていなかった。


「…リリアーナが聖女として認められるーー聖女式が行われる。早めに行った方がいいんだけど、費用とか色々かかるから、結局半年後くらいになったんだ」

「そう、なのですね…私はどうなるのでしょう?」

「君はそれまでは今まで通り聖女クリスティーナとして働いてもらうことになる。流石に不在は困るし、だからといってまだ正式でないリリアーナを動かすわけにもいかないしね」


やった、と喜ぶ。

また、みんなの笑顔が見られるのだと思うと、それを生きがいとしてきた私には最高の幸せだ。




「聖女」と名乗るリリアーナが第二王子ーーつまり、王家に保護されてしまうことになった現状で、代わりに私は蹴落とされやすい存在となる。しかし、もしもの場合ーー私もリリアーナも「聖女」として認められた場合、蹴落としてしまったあとではもう遅い。


「聖女」は幸をもたらす存在だという言い伝えがあるからだ。


だから、第一王子は私の保護を申し出たし、その意図を理解した国王も許したわけだ。


スティーブンが私を保護したことには、納得する貴族が多かった。

反発を見越して許可した国王も、これには驚きだと言っていたらしい。


「…クリスティーナが頑張ったんだ。今まで貴族も平民も治癒してきただろ?ーークリスティーナの治癒には心も癒されると誰かが言っていたし、私も同意する。クリスティーナはすでに自力でみんなに認められてきたんだよ」


スティーブンがそう言った言葉に、私は嬉しくなる。

メイナードに婚約破棄され、リリアーナのせいで「悪役聖女」と呼ばれるようになって、傷つかなかったわけじゃないけれどーースティーブンのお陰で私はまた、勇気をもらった。


聖女クリスティーナが婚約破棄された、という噂を聞いているにも関わらず、聖女の癒しを求める人は数多かった。


私も嬉しくて、はりきってしまったのだろう。


「クリスティーナ様!?」


ふいに意識が遠ざかる気がした。



ここは…と周りを見渡す。

立っているどころか、存在している感覚もない。ーー私は、ある一つの場面を見せられていた。



「初めまして、スティーブンだよ」

「僕はメイナード!」

「初めまして、だ、第一王子でんか、第二王子でんか…私は、く、クリスティーナ・エステル・ルドルフと申します」


あの片言かたことの少女は、幼い私。思えば、あの時から恋をしていたのかもしれない。


スティーブンは花冠を作ってくれたり、いかにも難しそうな本を読んでいる横で私を見守ってくれていた。

メイナードは私を連れ出してこっそりスティーブンからかくれんぼしたり、木に登って遊んでくれたりした。


美形の王子たちと聖女。私たちは、使用人たちにとって、さぞかし愛おしく思えたに違いない( 自意識過剰だが )。


そして、この回想を見て、改めて理解するーーこの少女は、ある人ーースティーブンに恋しているのだと。

なぜ過去形にならないかと言うと、それは今もだからだ。


スティーブンに恋していると自覚してから、やっと好きだと言おうと決断した矢先ーー。


「クリスティーナ、これからはメイナード殿下がお前の婚約者だ」


お父様が、聖女に任命されたとき以来の笑顔を見せた。

その時はまだ尊敬する人として、父親の笑顔が見られたということでーーこれでいいんだ、と幼いながらに心に刻み込んだ。


スティーブンを想ったらお父様は悲しむのかな。

メイナードと婚約できたから、お父様は笑っているのかな。


ーーきっとそうだ。


今思えば、多分歳が近いからメイナードが選ばれたのであって、別にスティーブンでも良かったはずだ。

だけどあの頃の私はそれがわからなかった。スティーブンではいけない。メイナードでなければならないーーと、そう思った。


スティーブンの、楽しそうな笑顔も、木陰で難しい本を読み疲れて寝てしまった時の寝顔も、少し悲しそうな顔もーー全てに胸がときめいた。


だけど、この気持ちは心の奥にしまい込んでいたのにーー。



「っ!」


目をぱち、と開けて飛び起きる。


どうして、あんな夢を見たの?ーー思い出したくない過去でしょう。

それに、最後ーー私は何て言おうとしたのかしら。これで、飛び起きていなかったらーー。


と頭を少し混乱させて、私はふと、そこが私に与えられたあの素敵な部屋であることを理解した。


ああ、そうか。私は倒れてしまったのねーー。


「…クリスティーナ?」


部屋に入ってきたのは、夢に見た通り、私の大好きな、そして初恋のあなただった。


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