1限目 冤

 夕方、授業から戻り教室に入ると、クラスが静まりかえった。

 ただ一人、城崎さんのすすり泣く声が響く。彼女をなぐさめていた取り巻きの一人が乱暴に言い放つ。

 

「最低! あんた、城崎さんの合ポルをクラスのグルチャに流したでしょ?」


 合ポル……合成ポルノは文字通り、特定の人物の顔写真とポルノ映像をAIで合成・生成されたモノだ。勿論もちろんそれは禁じられていて、私も身に覚えが無い。

 隣りに居た玲奈が端末でクラスのグループチャットを開き確認すると、静かに私に画面を見せた。嬌声が静かな教室に響く。


「私、やってない」

「嘘! あんたのアカウントからアップされてんだよ!!」


 もう一度玲奈に見せてもらうと、確かに私のアカウントからその動画は上がっていた。でも、私の端末は壊れているから何も出来ない。他の端末も使ってない。……誰かに私のアカウントを乗っ取られた?


「本当なの! 私の端末壊れて……」


 反論しようとしたら教科書が私の頬をかすめた。

 それを皮切りに文房具など、投げられるものは私に飛んでくる。


 取り巻きのひとりが私のカバンを開け中身を漁った。好奇心を満たすものが有ったのだろう。彼女は嬉々ききとして言い放つ。


「小説なんて書いてる! きしょっ!!」


 そのノートも私に向かって飛んできた。落ちたノートにクラスメイト達の手が伸びる。私は慌ててノートを奪い取り胸に抱えた。チラリと城崎さんを見ると、彼女の口元がニヤリと歪む。


「私じゃない! アカウントが乗っ取られて……」

「黙れよ!」


 突き飛ばされ、悲鳴が漏れる。木下君と目が合ったが、彼はすぐにらした。すがるように玲奈に向けて手をのばすも、彼女は私の手から逃げるように後ずさった。そして蒼い顔をしてそむける。

 

 嘘……誰も助けてくれない。


「同じコトされても、文句言えないよね?」


 おぞましい言葉が聞こえた。取り巻きの1人がくすくす笑いながら端末を操作していた。次の瞬間、通知音が一斉に鳴り響く。


 取り巻きの1人が私に近寄り端末の画面を見せつけた。そこに映し出された動画の中で、私は見知らぬ男と……。


 ショックの余り嘔吐した。


「うわっ! 汚ぇ」

「何? 停電!?」

「ネットに繋がらないんだけど!?」


 クラスは再びパニックになる。私は弾かれたように立ち上がりノートを持って教室を出た。廊下を走り階段を駆け下りる。

 ひたすら人がいない方へと走り続けたら、入ってはいけないと言われた旧棟の前に来てしまった。だが、狩りを楽しむかのように足音と罵声が迫ってくる。


 私は暗い旧棟の中へ飛び込んだ。どこかに隠れよう、そう思った時だった。

 前方の扉が急に開いて、目の前に鮮やかな色彩が飛び込んできた。ぶつかった私は尻餅をつく。


 私とぶつかったのは、絵の具で彩られたエプロンを身に付けた神木かみき先輩だった。彼は一瞬驚き、私の姿と廊下に響く罵声を聞いて眉をしかめた。


 助けてくれるはず無い。もうだめだ……


 絶望した私の腕を神木先輩が掴み引き上げた。そして彼が出てきた部屋の中に私を押し入れた。彼は入室せず廊下に佇む。直後バタバタとした足音に追いつかれてしまった。


「こっちに女子、来ませんでしたか?」


「残念だけど見てないよ。この棟、生徒は立ち入り禁止だけど? 幻覚でも見た? 大丈夫?」

「んな訳ねえだろ! 隠してんか? この絵描き野郎!」


 罵声の後、ドンと扉に衝撃が走る。


「1年2組の中村君と斉藤君。……口は災いの元だよ?」

「おい、この人理事長の孫だ! まずい!!」


 彼らは逃げるように去って行った。足音が聞こえなくなり扉が開く。

 先輩は神妙しんみょうな顔をして中に入り、後ろ手に扉を閉め鍵を掛けた。


「大変な目にったみたいだね」

「た、助けてくださって、ありがとうございます。勝手に旧棟に入ってすみません。私、帰ります」


 彼は私の手に触れた。温かい手と、憂いを帯びた眼差しに心臓が跳ねる。


「手が冷たい……お茶を淹れるよ。少し休んでから帰るといい」


「え……でも」

「大丈夫。さぁ、こっちの部屋においで」


 正常な思考だったらこの状況も危険と判断するのに……心身共に弱ってしまった私は、彼にいざなわれるまま扉をくぐった。

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2024年11月30日 21:30
2024年12月1日 21:30
2024年12月2日 21:30

モノクロ・ディストピア 雪村灯里 @t_yukimura

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