モノクロ・ディストピア

雪村灯里

窒息ホームルーム

 死にゆくディストピアで、極彩色の蛇は問う。

 

 ◆


「綾香おはよう……って、また書いてるの? 」


 私は慌ててノートを閉じ、鞄の中に押し込んだ。黒く長い前髪をかき分けて、友人の玲奈れなを見上げる。


「お、おはよう」


 私は有坂ありさか 綾香あやか、16歳の高校生だ。髪は少し伸びたものの、未だに中学生に間違えられる。玲奈は呆れ顔で私に言い放った。


「小説なんて簡単に書けるじゃん。時間の無駄だよ」


 その言葉は私を静かに刺し、思わず目を伏せた。


 今や小説はWEB上で誰でも簡単に生成できる。望む展開、いくつかのワードと好きな作品を設定すれば自分好みの作品……いや、文字の羅列が生成される。


 私はそれを好きになれなかった。


 だから、私の父がそうだったように、自分の考えた物語をノートに書き溜めて密かに楽しんでいた。


「……ごめん。生成系の話は読むと疲れちゃって。それに私の端末調子が悪くて使えないんだ」


 数年前、法律が緩和されたとかで、AI生成技術が爆発的に普及した。小説も漫画もアニメも音楽も、娯楽は自分好みに生成できる。


 『金を払って制作するなんて馬鹿らしい。AI生成し続ければいい』世間はそんな風潮になった。父をはじめ個性を喰われた創作者は、職を失い心も折られる。創作作品も数を減らし、綺麗な違和感だけが増えた。


「また壊れたの? 綾香はホントついてないね」


 話題が変わり安堵した。私は幼い頃から電化製品や精密機械と相性が悪い。手荒く扱うわけでもなく操作もマニュアル通りだ。この高校に来てからも配布端末を2度も壊してしまった。

 転校早々『破壊神』と揶揄され、周りから浮いてしまう。だが玲奈は、そんな私にも気さくに話してくれる唯一の友人だ。


 ◆


 昼休み。私達は渡り廊下で、校庭を眺めながら話していると、木陰でスケッチしている男子生徒が見えた。


「あの人、何か描いてる」

「あぁ、神木かみき先輩ね。理事長の孫で変人だから絡まない方がいいよ。旧棟の美術室にいつも居るみたい。あ、旧棟も行っちゃダメだからね?」


「うん、覚えとく……」


 返事とは裏腹に彼に興味が湧く。


 こんな時代に絵を描いてる人が居るんだ。どんな絵を描いているのだろう?

 物思いにふけっていたら、後ろから話しかけられた。


「有坂さん。次の選択授業、教室変更で第二理科室だって」


 振り向くと同じクラスの木下きのした君が居た。


 クラスでも人気が高い男子だ。玲奈の幼馴染でもある。クラスの女王も彼を好いているという。噂では一学期、彼に近づいた女生徒が夏休み以降姿を消したらしい。


「教えてくれてありがとう」

「おや? 優しいねェ?」

「うるさい。普通だよ。じゃ」


 彼は気恥ずかしそうに去って行った。


「あいつ、最近は綾香の事ばっか聞くの! 分かり易っ!」


 それは、うれしいような怖いような。


 その時だった。視界の端で鋭い視線を感じ思わず肩が跳ねる。『クラスの女王』こと城崎しろさきさんが、こちらを睨みながら歩いて来た。

 それに気づいた玲奈も小さく声を漏らす。私達は嵐に合わないように祈りながら身を小さくして構えた。


 すると、私達と城崎さんをさえぎるように突風が吹いた。


 思わず前髪を押さえて目を細める。砂埃と一緒に白いものがふわりと舞い込んで足元に落ちた。


 白い紙に鉛筆で粗く描かれたもの。植物のクロッキーだった。


 くだんの神木先輩が持っていたものが、風の悪戯で舞ったのだろう。彼は拾いながら、こちらに向かい走ってきた。そんな彼の姿を見て女王が顔を歪める。


「絵描き? 時代錯誤の底辺が!」


 彼女の綺麗な顔からは想像も出来ない言葉がこぼれると、クロッキーを踏みつけ、渡り廊下から去った。

 嵐が去り胸を撫でおろした私は、彼女に踏まれて汚れたクロッキーを拾い上げ、埃を払った。踏みにじられた跡が消えず痛々しい。


「風強かったね? 大丈夫だった?」


 亜麻色の髪を後で結った例の先輩が話しかけてきた。私は拾ったものを彼に差し出す。


「あの、これ……」

「わかってるよ、踏んだのは君じゃない。むしろ丁寧に扱ってくれて嬉しい。ありがとう」


 彼は優しく微笑むと、それを受け取り去って行った。


 ……何だろう、空がいつもより青い。

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