ザ・ボディ:2

 結局、真取は「修行」と称して一週間大澤に付き纏われた。

 とはいえ大澤には「生活習慣は変えるな」と言われていたため、街中で直接会うようなことはせず詐欺の会議はもっぱらリモートで行われた。

 詐欺にあたり、真取は幾つか妙なアプリをインストールさせられた。

 大澤曰く、「知り合いに作って貰った足の付かない連絡手段」らしい。

 見慣れない英語の文面でデザインされているインターフェースを、真取はなぜか直視できなかった。それでも計画は進み、ある日真取は大澤にリモートで呼び出しを受けた。


「計画の確認ね。今回の目的は、真取くんの親から金を騙し取った陰謀論動画投稿者の『ストライクファクト』を騙し返して、金を取り戻すこと」


 画面に映る大澤は同じアプリを使っていてもやけに画質が良いように見えた。対して、真取の使っているラップトップは大学生以来ほとんど起動していなかった型落ち品だ。薄暗い自室もあいまって、大澤には自分が亡霊のように見えているかも知れない。真取は陰鬱な気分で大澤の話を聞く。


「とりあえず俺の方でも『ストライクファクト』の動画を大体50本くらい見てみたけどさ、典型的な陰謀論者だね。元々は歴史系の動画を投稿してたんだけど、二年前くらいから少しずつ陰謀論についての投稿が増え始めた。同じ時期から配信の頻度も急増してるから、仕事も辞めちゃったっぽいな」


 大澤が送ってくれた動画のリンクをクリックすると、ハッカー集団が被るような髭面の覆面を被った男が、画面に向かい熱弁する様子が映し出される。

 声はボイスチェンジャーにより加工がかけられ、曇ってぎざついていた。


『――皆さんが私の動画を陰謀論と断定するのは自然なことです。でも、考えてみて下さい。生活が苦しいのは誰のせいですか。一生懸命働いても、誰にも感謝されないのは誰のせいですか。全てあなたのせいだと、決めつけてしまってはいませんか。もう一度あなた自身の頭で、よく考えてみてください。そこに“6”の影が見え、DSの陰謀が露わになったら、あなたはもう覚醒しているのです。あなた自身の人生を取り戻して下さい!』


 動画を見終え、大澤は目を細めた。爬虫類のような笑みだった。


「やっぱこいつ完全なアホだわ」


 真取は何も返すことができなかった。大澤の言葉に同意しかねたからだ。『ストライクファクト』のことは多少調べていたが、動画の内容はどれも支離滅裂な組織や事件の話ばかりで、早々に視聴を止めてしまっていた。だが、大澤に見せて貰った『ストライクファクト』の主張は切実で、自らの変わらない生活に憤りや焦りを覚えているようにも見えた。本当は真取や真取の父と何も変わらないのかも知れない。


 そこまで考えて、真取は思考を停止させた。

 今は相手の事情を慮っている余裕などない。『ストライクファクト』が真取の家から奪ったものは、単なる金などではない。未来だ。傷ついた父が穏やかな余生を送るための未来を奪われたのだ。その返済に追われ真取自身の人生まで食いつぶされる前に、戦って取り戻す義務がある。


「大澤。計画を教えてくれ」


 真取がそう頼むと、大澤は大きく頷いた。


「本質的に、詐欺の段階ってのは二つしかない。『騙す』『払わせる』の二つね。で、真取くんには前半の『騙す』部分をやって欲しいわけ。便利な超能力ノンフィクションを使ってさ」

「だけど、相手も詐欺師なんだろう? 僕の能力は、事実と矛盾することを言うとすぐに効果がなくなる。警察に通報でもされたらまずいぞ」

「そこは大丈夫。真取くんはこの原稿だけ覚えてくれればいいから」


 画面下のメールアイコンに通知ランプが灯る。大澤からのメールを開封すると、真取が読み上げるべき「原稿」が有名フリーイラストサイトの立ち絵付きで記述されていた。やたらと丁寧な解説も付属している。


「おい。何でこんなイラストを使った」

「なんでよ。可愛いじゃん」

「本気でショックを受けるのはやめろ。とにかく原稿を覚えればいいんだな」

「頼んだよ。最悪、真取くんがミスっても俺が全部何とかするからさ」


 大澤はそう言って鷹揚に笑うが、その異常なまでの寛容さが真取にはかえって不気味だった。大澤は昔の友人にしか過ぎない真取に、なぜここまでしてくれるのだろう。考えつつも、真取は原稿に目を通す。


「『ストライクファクト』と連絡は取れてるのか? あいつは動画のコメント欄を閉鎖してるぞ。『DSディープステートによる情報攪乱かくらんを防ぐため』とか言ってる」

「大丈夫大丈夫。ストライクファクト運営者の宜野琉斗ぎのりゅうとクンは本名、連絡先、ご住所諸々バレてるから、真取くんの準備ができたら行けるよ」


 真取は思わず咳き込んだ。真取がいくら調べてもわからなかった『ストライクファクト』の本名がいきなり出て来たからだ。見つかったものと言えば、訳の分からない投稿を繰り返しているSNSのアカウントくらいだった。個人情報とはそれほど簡単に突き止められるものなのだろうか。


「お前、どうやってそんなことを知ったんだ」

「雑なソーシャルエンジニアリングだよ。時々配信で聞こえて来る電車の音とかパトカーの音とかの時間帯をチェックして、鉄道好きのコミュニティに車両を知りたいって質問したり、SNSで同じ時間に『パトカーのサイレン聞いた!』って投稿した奴の住んでるところチェックしたりすんのね。基本、ネットにそういうの書き込むのってリスク管理できないバカばっかだし」


 大澤はゲームの裏技でも共有するかのように目を輝かせた。


「大体の住所が絞り込めたら、不動産情報サイトで部屋の様子まで調べればほぼ確実に建物まで特定できる。そしたら後はフードデリバリーに金握らせて、『ストライクファクト』に助けを求める特製の怪文書を送るだけ。数時間おきに、階を分けてね。当然『ストライクファクト』はすぐSNSアカウントで反応するよね? どうせ仕事やめてるから、郵便物が来たらすぐ気付くだろうし。で、反応までの時間差で大体の住んでる階がわかるってわけ」


 特製の怪文書というここ数か月で最も嫌な言葉を聞いて、真取は気が遠くなりかけた。犯罪の手際が良すぎる上に、賄賂まで平然と握らせている。どう考えても一朝一夕で身に着けられる手管ではなかった。


「でも、階が解っただけで部屋の番号や連絡先までわかるわけじゃないだろ。そこはどうするんだ?」

「手紙に“助けて欲しいです。連絡先を交換しましょう”って書いとくんだよ。陰謀論を信じてる奴なら、単にSNSのダイレクトメールでそう送られるよりも直に手紙で送られた方が効くだろ? アナログなコミュニケーションは心理的な距離を詰める。真取くんも営業なら聞いたことない?」


 確かに真取も、新人時代に先輩から「商談デモの時はなるべく対面が良い。リモート全盛の今の時代に直接会ってくれるってことは、それだけで勝算が高い」と習ったことはあった。しかし、大澤のような悪辣な使い方をする人間は初めてだった。それとも真取が鈍感なだけで、人々は他人をどのように陥れるかということを日々考えているのだろうか。


「人間の社会ってのは本気で騙そうとする奴を想定してないからね。基本的に性善説で回ってんの。日本っていい国だよね!」


 真取の考えを読んだように、大澤は軽い口調で恐ろしいことを言ってきた。


「宜野は動画投稿者だ。動画のネタをいつも探してるし、身近に起きた非日常的な出来事ほど強く発信したがる。だから俺の書いたダミーの連絡先にも気軽に連絡してきた。電話番号くらいってナメて考えてる奴も多いけど、今は携帯番号から住所も本名もわかるしね。多少時間と手間はかかるけど、そこは知り合いに何とかして貰った」


『ストライクファクト』の運営者、宜野の個人情報は既に丸裸に近い。大澤のような本物の詐欺師が本気で罠を張れば、市井に生きる普通の人間は誰も逃れられない。まして、ここまで関わった真取が無事に足抜けすることはできるのだろうか。金を取り戻すのに必死で、その後どうするかを考えていなかったことに真取は今更気付いた。すると大澤はにやりと笑って手を振る。


「大丈夫だって。真取くんは目の前の計画に集中してくれればいいから。一緒に悪い奴をやっつけようぜ」


 大澤の言う通りだ。どの道、ここで『ストライクファクト』から金を取り戻すことができなければ真取の未来はない。弱者にはリスクヘッジすら許されていない。真取は祈るような気持ちで、大澤の用意した「原稿」に目を通し始めた。

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