第9話

ザッ……ザッ……と、すり足で歩く男。

それを、音を立てないように気を張って、かつ見失わないように追いかける俺。

何をしているのか。

――言ってしまえば、ストーカーだ。

ストーカーが悪いことなんて俺だってさすがに分かっている。しかししょうがないんだ。

なぜ、こんなことになっているのか。

俺は堪え性の無い性格だということを再確認した。あと1ヶ月を待てないなんて。

シドに会いたくて会いたくてたまらない俺は、彼のピアスの数を思い出していた。

右耳に5個、左耳に3個、そして、口元に1つ。

この数のピアスを付けている男、つまりそれはシドを意味する。仮面で顔が分からなくても、他に要素は沢山ある。

俺は家の外に出るのが嫌いだ。照りつける太陽が鬱陶しいから。風が俺を邪魔だと言わんばかりに吹き荒れるから。

そんな俺が、外に出た。

つまり、何が言いたいかと言うと……ピアスの数がシドと同じである男を追いかけて、シドの素顔を知ろうとしている。

ああ、舞踏会で沢山シドのことを観察しておいてよかった。踊っている間もピアスの数を数えたり、手を執拗に見たりと踊りと関係ないところに意識が行っていたが、バレてはいなかっただろう。

今、追いかけている男のピアスの数は、右耳に5個、左耳に3個。そして正面から顔は確認できていないから分からないが、口元のピアスがあれば、シドで間違いないだろう。

さあ、早くこっちを向いてくれ。その顔を俺に見せてくれ。きっと仮面を外した素顔も素敵なんだろう。鼻はどんな形だろう。高いのか、低いのか、はたまた鷲鼻か段鼻かあぐら鼻か。どんな形でも愛せる自信がある。あの口元にマッチする鼻はどんな鼻だろう。ああそうだ、目もしっかり見たい。仮面の上からでは範囲が狭すぎてよく見えないのだ。二重か、一重か、涙袋はあるのか、蒙古襞は張っているのか、こちらもどんな形でも愛せる自信がある。さあ、早くその顔を、素敵な顔を、見せてくれ。


ザッ……ザッ……

「やあ。カヴァデイルさん。先程はお電話ありがとうございました。」

「……!?!」


今、声が聞こえた。シドの声はとらえどころのない様なゆったりした声で、低めで、柔らかい、しなやかな声。まるで彼の舞をそのまま表したような声だ。

しかし目の前の男の声はどうだろう。

声質は太く、1音1音ハッキリと発音する。そして、ら行の滑舌が少し甘い。

シドは滑舌が良かった覚えがある。

つまり、この目の前の男の声は全くシドに似ていないのだ。目の前の男はシドではなかった。

シドじゃないなら興味は無い。俺は今、シドにしか興味が無いんだ。確かに、再度確認してみれば、シドは薄紫色の短髪であるが、追いかけていた男は薄紫色の髪色ではあるがキノコみたいな髪型をしていた。

細かい部分だけ見て、全体を見られていない。本当に俺はダメだ。観察眼の無さのせいで余計な体力を使ってしまった。早く家に帰ろう。早く寝よう。もう次の舞踏会の日まで、ずっと寝ていたい。早くシドに会いたい。本物のシドに会いたい。あの声を、落ち着くあの声を聞きたい。シドのことを考えながら俺は家路についた。

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