7・夢の世界へ

第7話

午前二時、夜更け。とあるアパートで一人暮らしをしている社会人三年目のサラリーマンがいびきをかいて眠っていた。彼は夢を見ていた。

 彼が見ている夢は、スーパーマンになって、空を飛んでいる夢だった。

「はっはっは!」

 高笑いをしながら、空を飛んでいた。空を飛ぶ夢は、順調に物事が進む暗示で、なにかいいことがあったのだろう。

「は?」

 しかし、そんな彼の目の前に、大怪獣が登場した。

「燃え上がるぜ!」

 ヒーローに憧れを抱いていた彼は、大怪獣が登場したことで、さらに熱くなった。大怪獣に向かって飛んだ。

「くらえ! スーパーパーンチ!」

 即興で思いついた技をくり出そうとした。

 しかし、大怪獣に手のひらで地面へと叩き付けられてしまった。

「うわあ!!」

 そこで彼は目が覚めた。


 翌日。下校時、帰路を辿る前に科学の娘りかにやってきた、まいたち。それぞれのスマホにメールが来ていたからだ。

「で、今回はなにができたの?」

 呆れた様子で聞くまい。

「エンジンをかけた瞬間に爆発する車か?」

 呆れた様子で聞くゆうき。

「結婚報告?」

 と、まなみ。

「まなみちゃん? なぜ一言目にそれ?」

 唖然とするあかね。

「ふっふっふ。結婚報告ができないのは惜しいが、今回の発明は、今世紀最大と言っていいほどの代物だよ諸君!」

 りかは、いつも以上に声が高らかで、意気揚々としていた。

「今日はもう実験室じゃなくていいや。かなりコンパクトな出来だからね」

「コンパクト?」

 首を傾げるゆうき。

「お姉ちゃんも飽きないね」

「るかさん!」

 思わず声を上げるまい。

「久しぶりだね君たち」

 りかの妹、化学の娘るかが、お茶菓子を用意してやってきた。

「今日はなになに?」

 やってきたお茶菓子にわくわくするまいたち。

「はいはい。じゃあ、お茶菓子をむさぼりながら、前代未聞のあたしの発明品をご覧いただきましょうか」

 りかは、居間のソファに座るまいたちの前に、佇んだ。

「るか、音楽流して?」

「はいはい」

 るかは、スピーカーとスマホを用意して、音楽を流した。

「あ、これベートーヴェン交響曲全集?」

「あかねちゃん、わかるの?」

 まいが唖然とする。

「うん!」

 あかねは、ほほ笑んでうなずいた。

「ではでは。あたしが今回発明した品。昨日できたばかりで、まだ昨夜しか試していないが……」

「じゃあ、不完全と言えるんじゃね?」

 ツッコミを入れるゆうき。

「だがこれが完璧だった! あたしの設計通りに仕上がったのだ!」

 交響曲全集の中にある運命が流れた。

「で、その発明品はなに?」

 まなみが聞き、りかは白衣の懐に手を入れ、発明品を掲げた。

「これぞ、夢の世界へ!」

 りかが懐から掲げたのは、スマホのような機体だった。まいたちはキョトンとした。

「スマホを作ったの?」

 あかねがつぶやく。

「これは他人の夢の中に侵入することができる発明品よ。昨日はどこかのサラリーマンがスーパーマンになって空を飛んでいる夢におじゃまして、あたしが大怪獣になって手のひらで地面に叩き付けたところで途絶えてるわ」

「なんだそりゃ?」

「どう見てもただのスマホに見えるけどねえ」

 まいとゆうきが発明品、夢の世界へをまじまじと見つめた。

「じゃあ、これを見てみな?」

 りかは、発明品で昨夜侵入したサラリーマンの夢の中の出来事を見せた。

「ふーん」

「なんだ諸君、その反応は?」

「だって、作り物かもしれないだろ?」

「ゆうきの言う通りよ。私も、そう思う」

「このおじさん、サクラじゃないの?」

 と、まなみ。

「サクラ?」

 あかねが首を傾げた。

「やれやれ。ほらお姉ちゃん、この子たちは信じないでしょ? お姉ちゃんの発明品でさんざんやられてるのもあるかもだけど……」

 るかが呆れていた。

「ま、だったら実際に試してみないとね」

 まいたちは首を横に振った。

「あはは! 今回はね、これを使うだけだから」

 りかは、ワイヤレスイヤホンのようなものを見せた。

「これは夢に侵入する際に必要なイヤホンで、これが、他人の夢をキャッチして、入れるようになってるの。つまり、ワイファイスポットみたいなものかしら」

「へ?」

 首を傾げるゆうき。

「ワイファイスポットは、例えばコンビニに入るとスマホがキャッチしてくれるでしょ? これはその役目があるのよ」

「パスワードは?」

 と、まなみ。

「いらないよ。とりあえずキャッチすれば入れるよ」

「たまにあるよねそういうとこ」

「じゃあ、そのスマホみたいな機体はなんなの?」

「まいちゃん。これは、記録係だよ。夢の世界の模様をちゃんと記録して、偉い人たちに見せなきゃね」

 りかはウインクした。

「ふーん」

 まいは腕を組み、顔をしかめた。

「でも、他人の夢ってちょっと気になるかも」

「ね、あかねちゃん」

「俺も」

「ちょっと三人とも!」

「なんだよ姉ちゃん」

「い、いやだってさ。りかさんの発明品よ? またなにか変なことに巻き込まれるんじゃないの?」

「でも、今回に限っては、スマホみたいなのと、イヤホンみたいなだぜ?」

「うんうん。しかも、それで夢の世界に入れるなら、楽しそうじゃない?」

「まなみちゃんの言う通り。あたしも、今回のりかさんの発明品はまだ安心かなと思うよ?」

「ええ?」

「そうだよまいちゃん! あたし、今までの発明品を思い返して考えたんだ」

「は、はあ」

「今までのは、使い方が複雑だったり、クオリティが高すぎたり、危険も付き物だったりしてたんだよねえ。でも今回は、ワイファイスポットに来た感覚で使えるし、他人の夢に入るだけだから、実際の人と会うわけでもないし、目が覚めれば自動で切れる仕組みだから、極めてリスクは低いほうだと自負してます」

「自負……」

「いや、ほんとに大丈夫だよ!」

 あわてた。

「ちゃんと人数分あるか?」

 ゆうき、まなみ、あかねの三人は、夢の世界へのイヤホンを催促した。

「あるよ。一応十個作ったから」

 と言って、渡した。

「今夜、君たちの夢が本体に記録されるから、よろしくね」

「じゃあ俺、あかねの夢に来よっかなあ?」

「ふんっ。じゃあ、あたし夢で石田君が大量発生する夢見てあげるわよ」

「ええ?」

 ゆうきは顔をしかめた。

「まなみ、誰の夢をジャックしよう?」

「まなみちゃん、ジャックとか怖いことに使わないでよ?」

 あかねがヒヤッとした。

「はい、まいちゃんにも」

 りかは、まいにイヤホンを渡した。

「わ、私は……」

「とか言って、顔に使いたいって書いてるぞ?」

 耳元でささやいた。

「むむう……」

 ムッとした。でもまいはりかになにも言い返さなかった。


 夜になった。

「ふふーん」

 ゆうきは、夢の世界へのイヤホンを左耳に付けて、ほほ笑んでいた。

「姉ちゃん、俺かっこいい?」

「はいはい」

 まいは、お風呂上がりでまだ濡れている髪をタオルで拭いていた。

「姉ちゃんの夢をジャックしようかなあ?」

 ニヤリとするゆうき。

「そしたら、あんたをげんこつするまでよ」

「ははは! 夢の世界は自分が寝てる時に見るものだぜ? てことは姉ちゃん、げんこつできたとしても、コツン程度じゃないの?」

「じゃあ、あんただって夢に入れたとしても、寝てるんだから、意識がないじゃないのよ」

「いやそれがさ、イヤホンは起きてても夢の世界に来れるから、俺は姉ちゃんの夢の中に起きたまま来れるんだぜ?」

「えー?」

「寝ぼけてフラフラしてる姉ちゃんを好き放題してやるよ。大丈夫、痛くもかゆくもしないからね」

「むむむ~!」

 まいは、ゆうきをげんこつして、気絶させた。

「夢を見ない場合もあるでしょ」

 言い放って、まいは部屋を出た。

「姉ちゃんめ! 俺は姉ちゃんの夢の中で今さっき受けたげんこつより痛い目見せてやるからなあ!」

 夜の二十二時。ゆうきはいびきをかいて寝ていた。イヤホンを付けたまま。

「やれやれ。ゆうきは早寝だからな」

 まいは勉強机に向かいながら、呆れた。

「夢の世界へ、か」

 受け取った自分のイヤホンを見つめた。

 まいは、イヤホンのスイッチを付け、右耳に取り付けた。

「わっ!」

 すると、青い光に包まれた。

「な、なに?」

 青い光はしばらくすると、村のような場所に変わった。

「な、なにここ?」

 あたりを見渡して、

「って、なにこの格好!?」

 自分の格好がチャイナドレスになっていることに驚いた。

「えへへ!」

 うす気味悪い笑い声が聞こえた。見ると、目の前に、まなみとあかねに似た少女二人が、ナイフを向けてまいの前に佇んでいるではないか。

「お嬢さん、お菓子を出しな!」

 と、まなみ似の少女。

「まなみ! そこはお金でしょ!」

 と、ツッコミを入れるあかね似の少女。

「おほん! あたしらはこの町じゃ有名な悪党、まなみとあかね」

 あかねが紹介した。

「人呼んで……。まなあか!」

 まなみが称した。

「いや略さなくていいから!」

 あかねがハリセンで叩いた。

「……」

 呆然とするまい。

「やいやい小娘! もしかして、あたしらが怖くて声も出ないか!」

 あかねが威嚇してきた。

「やいお嬢さん! もしかしてまなみたちがしょーもなすぎて声も出ないってか!」

「いやまなみ! それじゃあたしらが突然現れてネタを披露するコメディアンみたいじゃないの!」

「えーでもなんか見た感じそんなじゃない?」

「それじゃいけないの! あたしたちはこの町で名をはせる有名悪党にならなきゃいけないんだから!」

「えーでもそれあなたの感想ですよね?」

「どこぞのインフルエンサーの名言を勝手に使うな! 恐れ多いだろう!」

「あのー」

「ああ!?」

 まなみとあかねは、まいをにらんだ。

「え、えっと。ここ、どこ?」

「ここは中国だよ?」

 まなみが答えた。

「あなたは中国人じゃないの?」

「え、い、いや私は……。ていうか、あんたたち、まなみとあかねちゃんじゃないの?」

「いかにも! まなみは両親が絵師で一日の売り上げが五十元とそこそこすぎる家庭の愛娘であーる!」

「声高らかに自己紹介しないの!」

 あかねはハリセンでまなみを叩いた。

「あんた、あたしたちと初めて会うのに、知ってるのね」

「え? い、いや初めてなんかじゃ……」

「もしかして、あたしたち悪党として名をはせてきてるのかもね!」

「ほんとあかねちゃん?」

「ほんとよ! だって、今初対面の子に、知ってるなんて言われたんだから!」

 二人は笑いながら、まいから立ち去っていった。

「なんだありゃ? ていうか、明らかにまなみとあかねちゃんなのに、私と初対面かのように接したということは、別の誰かの夢に入り込んだということかしら?」

 と言って、

「そうよ。私、イヤホンを付けて誰かの夢に侵入したんだわ。うん、目が覚めてる時と同じ感覚がある。てことは、このカンフー映画に出てきそうな夢の世界を自由に行き来して、夢の主を探すことができるわ!」

 まいは、映画舞台のような夢を見ている人を探しに向かった。

 しばらく歩いて、まいは、ある中華料理店に向かった。お腹がすいたからではない。なにやら騒がしかったからだ。

 中に入ると、大勢の人でにぎわっていた。

「さあさあよってらっしゃい見てらっしゃい! この人が見ている夢の世界に簡単に、自由に出入りできる発明品を、今なら百円で売るよ? どうするの? 買うの買わないの?」

 聞き覚えのある声で売り子をしている相手を見て、まいは目を丸くした。

「あれは……」

 まいは、人ごみをかき分けて、売り子のもとへ歩み寄った。

「ゆうき!」

「へ? うわ、姉ちゃん!」

 ゆうきは当惑した。

「あんた、夢の中でなにしてんのよ?」

「て、ていうか姉ちゃんこそ、なんで俺の夢の中勝手に入ってんだい!」

「へ? こ、ここはあんたの夢の中なの?」

「お、おう。どうやら、自分の夢の中でも眠気なしで自由になれるみたいだぜ、りかの発明は」

「へえ」

 うなずいて、まいは聞いた。

「で、あんたはなにしてんのよこんなところで」

「見ての通り、売り子さ。中国で俺は金持ちになるんだ。ていうか、そういう設定になってる」

「設定? なんでまた売り子になるのよ」

 ゆうきは照れて答えた。

「だって俺、一度カンフー映画のスターになりたいって夢あったからさ……」

「あっ」

 まいは思い出した。ゆうきはカンフー映画も大好きだった。そんな彼の野望が、夢となって表れたのではないだろうか。

「じゃあ、まなみとあかねちゃんが悪党なのも、カンフー映画ではありがちなパターンだったからね」

「そう! そして、姉ちゃんは俺の敵だ!」

 ゆうきは、突然まいの前で構えた。

「え、ええ?」

「いざ、勝負だ! アチョー!」

 叫び、襲いかかってきた。

「は、はあ? なんでそういう展開になんのよ~!」

 呆れた。しかし、大勢の野次馬が、歓声をあげている。

「ったくしょうがないわねえ」

「アチョー!」

 迫ってくるゆうき。

「ふう……」

 まいは拳を掲げた。

「こらっ!」

 ゆうきが迫ってきたタイミングをねらって、げんこつをお見舞いした。

「い、いって~」

 ゆうきは倒れた。

「夢が叶うといいわね」

 倒れたゆうきに向かって、ほほ笑んだ。


 翌朝。

「ったく。姉ちゃん、マジで叩かなくてもいいだろ?」

 ゆうきは頭にたんこぶを付けながら、登校していた。

「寝ぼけて迫ってくるから、本気で叩くしかなかったのよ」

 呆れ、まいは答えた。

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