6・月菜、魔法やめます

第6話

穏やかな天気の午後。まいとゆうきは晩のおかずのおつかいにくり出していた。今はその帰りの道中だった。

「はあ~あ……。なんで俺たち少年少女が買い物をして、重いカバンを担いで歩かにゃならんのだ?」

 ゆうきが不満をこぼした。

「しかたないでしょ。うちは共働きで忙しいんだから」

「いいや! 姉ちゃんのお人好しな性格が災いして、おつかいをやるハメになってるんだ!」

「いや、なんで?」

 唖然とした。

「あと十五分もすれば家だから、がんばろ」

「えーまだ十五分~? 姉ちゃん俺のも持って?」

「いやよ」

「じゃあ、俺をおぶるのと買い物袋持つのどっちか選びな」

「どちらかと言えば後者だけど、そんなわけのわからん選択肢に惑わされないから!」

「ああそうかい! じゃあ俺はタクシーを呼んで、あとで姉ちゃんのツケにしてやるぞ? それでもいいのか!」

 ゆうきはその場にあぐらをかいて、腕を組んだ。

「はあ……」

 ため息をつくまい。

「いい加減にしなさい!」

 怒って、げんこつを当てた。

「こんにちは」

 誰かがあいさつしたので、まいは顔を向けた。

「つ、月菜さん?」

 石丸月菜がいた。

「うわあ姉ちゃん! こいつがいるということは、魔法かけられるぞ!」

「ひい! め、メロンパンなんかにされたくない~!」

 まいとゆうきはあわてて、買い物袋を放ってくるくると走り回った。

「私、危険人物にされてる?」

 首を傾げる月菜。

「落ち着いて君たち。私、もう魔法使いじゃないの」

「あわわ~! ふがっ!」

 くるくる走り去っていたまいとゆうきは、お互いの顔面をぶつけ、動きを止めた。

「い、今なんて?」 

 まいが聞き返す。

「だから、魔法はやめたの」

「やめた~?」

 ゆうきが声を上げた。

「そう」

 月菜はうなずき、

「荷物運びご苦労様。すぐそこに喫茶店があるから、おごるよ」

 誘った。


 月菜が誘った喫茶店は、小坂ゆりが経営する喫茶店だった。

「お待たせしました。冷凍、いや、できたてホカホカふわふわのホットケーキでーす!」

 ゆりは生クリーム、バナナ、いちごなどフルーツを盛った、三段重ねのホットケーキを三人に提供した。

「月ちゃんまた来てくれたんだね。これで一週間だよ?」

「ええ? つ、月菜さん常連なんですか?」

 まいが驚いた。

「まあね。魔法をやめてから、甘いものがやめられないの」

「それに、月ちゃんみたいな常連は特別に半額にしたり、ドリンク無料で飲み放題にしたりしてるからね」

「さすが、元深窓の令嬢はやることが違うね」

 と言って、ゆうきはまいに切ってもらったホットケーキを食べた。

「で、魔法をやめたとは、どういうこと?」

 まいが聞いた。

「そうね。実は、つい先々週のことなのだけど」

 と言って、ホットケーキを口に入れた。

「幼馴染みである陽菜と休日にお出かけしてた時のこと……」

 ホットケーキを一切れ食べたあと、事の顛末を語り始めた。


 先々週、月菜と陽菜が学校から帰路を辿っている途中、街中にあるアクセサリーショップに出向いた。

「いいなあこれ」

 陽菜は、ガラス越しに見えるサファイアのネックレスを見て羨んだ。

「でも、高いなあ」

 値札に目を向けると、三十万もした。

「それ、今あげよっか」

「え?」

 月菜は、魔法の杖を袖から取り出し、ネックレスめがけて魔法をかけた。

「ええ!?」

 ネックレスはガラスをすり抜けて、陽菜の首元に付いてきた。

「ね!」

 ほほ笑む月菜。

「こ、こ……」

 わなわなと震える陽菜。

「こんなのあんまりだよ月ちゃん!!」

「え?」

「魔法を使ってまで、手に入れたいなんて、あたし言ってない。月ちゃんが、こんな泥棒じみたことする子だなんて知らなかった。もう口も聞きたくない!」

 陽菜はネックレスを持って、店内に入っていった。


 月菜はホットケーキを一切れ食べたあと、言った。

「私はその場で呆然と佇むしかできなかったな」

「陽菜ちゃんとはどうなの?」

 ゆりが聞くと、月菜はホットケーキを一切れ口にして答えた。

「もう先週から口聞いてないよ。顔も合わせてくれない」

「は、はあ」

 当惑している様子のまい。

「陽菜ちゃんのために魔法をやめるってこと?」

「うんまあね。それに、こないだテストで魔法使ったこともあって、親に没収されたこともあるから、ちょうどいい機会かなあって」

 と言って、ホットケーキを一切れも二切れも食べた。

「でも、なんで、甘いものが、やめられないんだろう!」

 月菜は、三人で食べる分のホットケーキをすべて平らげてしまった。

「お、俺の分まで食いやがって!」

 ゆうきが涙した。

「こ、これはよほど重症のようね……」

 唖然としているまい。

「そうなの。まいちゃん、ここ最近月ちゃんが常連になってくれるのはいいけれど、おかげで材料がなくなってきちゃって。だから、月ちゃんの中にぽっかり空いてしまったなにかを、埋めてほしいの!」

 両手を組んで、懇願した。

「ええ? そ、それを大人のあなたが頼むか!」

 困惑するまい。

「え? まだ十九だよ? 未成年だから大人じゃないよ?」

「オーナーしてる人が言う口か?」

 そして呆れた。

「月ちゃん!」

 ゆうきがテーブルをバンと音を立てて、立ち上がった。

「甘いものばかり食べてると、糖尿病になるって、父さん言ってたよ? だから、もうこんな生活やめようぜ!」

「ゆうき君……」

 ゆうきを見上げる月菜。

「ゆうき、あんたもたまにはいいこと言うじゃない」

 まいがほほ笑んだ。

「いや、言ってみたかっただけだけど?」

「ああ……」

 まいは額に手を押さえ、呆れた。

「いいんだよ君たち。魔法ばかり使ってた分、お小遣いの千円が貯まってるから、それがなくなれば……」

「それじゃ困ります~!」

 わざとあざとい声を出すゆり。

「魔法をやめたのはいいとしてさ、姉ちゃん。なんとかしないとな」

「そのなんとかってなによ?」

 まいも考えた。

「そうだ! これは依存症だ、依存症といっしょの状態なんだよ姉ちゃん」

「へえ?」

「依存症を治すには、なにか別のことに夢中になればいいって、こないだテレビでやってたぞ」

「ああ、ⅯHKでやってたね」

 呆れてから、

「でも、それはそれでありかもね」

 納得した。


 まい、ゆうき、月菜の三人は、図書館にやってきた。

「夢中になると言えば読書! 数百ページ分に綴られた文章から伝わる物語に引き込まれて、時間があっという間にすぎていく、それが読書の醍醐味ね」

 ゆうきと月菜はあたりを見渡し、本を探した。

「俺これにしようっと」

 動物図鑑を選んだ。

「こら!」

 まいがゆうきの手を叩いた。

「いった! な、なんだよ!」

「動物図鑑なんて、読書のうちに入ると思うの? それが許されるのは小学校低学年まで。あんたは六年生なんだから、これをちゃんと活字の本を読みなさい」

 と言って、動物図鑑を取り上げて、ごんぎつねの小説を渡した。

「チェッ」

 しぶしぶ受け取った。

「図書館なんて、久しく来てないなあ」

 月菜は、児童文庫が置いてある場所を見つめた。小学生時代、陽菜と出向き、図鑑や絵本を見て回った思い出が浮かんだ。

「確か、あの時……」

 当時、二人で見つけた本を探した。

「あった」

 見つけた児童書籍を本棚から取り出し、開いた。

「昔のままだ」

 開いたあるページに、落書きがあった。女の子のイラストだ。陽菜に散々やめるように言われたのに、その反対を押し切って、魔法で描いたイラストだった。

 月菜はそのイラストを見てほほ笑んだ。

「月菜さん!」

 振り向いた。まいが三冊本を持って、立っていた。

「まいちゃん」

 本を戻し、立ち上がった。

「月菜さん、それぞれジャンルに分けて、本を持ってきましたよ」

「はあ」

「これ、東村京太郎ひがしむらきょうたろうのサスペンスシリーズ! 有人駅殺人事件は、デビュー作なんです。そしてこれは、無川浩なしかわひろの京急電車。京急の中で進む純愛ストーリーがキュンと来るんです……。そしてそして、三冊目はピンクの霊柩車! 林村美沙はやしむらみさの作品です」

「……」

 ポケーッとした様子の月菜。

「サスペンス小説好きなの?」

「え、まあ、はい」

「ふーん」

 月菜は、まいから立ち去っていった。

「え、ええ?」

 まいは、その場で佇んだ。


 まいたち三人は、駅に来ていた。

「趣味と言えば鉄道でしょ」

「へえー。ゆうき君、電車が好きなんだね」

「読書なんて、空いた時間でやればいいんだし。鉄道は一日かけてじゃないと楽しめないんだし」

 ゆうきは鼻を高くした。

「ふん。これから鉄道で遠征するのかしら? あんた自分の懐の中身わかってんの? できないでしょそんなこと」

「おう。今日は入場券を買って、一日中鉄道を撮影するんだ」

「は?」

 三人は、駅の入場券百七十円を購入して、ホームに来た。

「撮影する場所は、端っこがいいんだ」

 ゆうきは、電車の先頭部分がやってくる、ホームの端に案内した。

「しまった! 今日は休みだからもう先行がスタンバってる~!」

 案内したホームの端には、すでに複数人の撮り鉄がカメラを構えていた。

「みんなまなみが持ってるようなカメラを持ってるわねえ……」

 まいは唖然とした。

「ゆうき君は、スマホで撮るの?」

「俺もまなみが持ってるようなレフで撮りたいけど、母さんがケチだから許してくれないんだ」

 と言って、ゆうきはスマホを構えた。

「ほら、月ちゃんスマホを構えて。電車が入場してくるよ!」

「へ?」

 ゆうきに促され、月菜はスマホのカメラを起動した。

 ホームにゆっくりと入場してくる電車。スマホ画面にぴったりとハマると、パシャリとシャッターを切った。

「撮れたの、か?」

 首を傾げる月菜。

「わはは! 端っこじゃなくても、きれいに撮れるもんだなあ」

 満足げのゆうき。

「ったく。たまに週末、いつも同じ電車撮ってるくせに、飽きないわねえ」

 まいが呆れた。

「月菜さんはどう?」

 月菜は、スマホで撮影した電車を見せた。

「ほう」

 きれいに撮れていた。二人とも感心した。

「よーし! この調子で、じゃんじゃん撮ってくぞ!」

「え?」

 やる気になったゆうき。唖然とするまい。

「私飽きたから帰るねまいちゃん。バイバーイ」

「ええ!?」

 帰っちゃう月菜を見てさらに当惑した。


 駅を出た月菜は、街中でまなみとバッタリ出会った。

「へえー。魔法をやめたんだねえ」

「そうなの。それで、毎日のようにゆりさんの喫茶店でパンケーキ食べつづけてたら糖尿病になるからって、まいちゃんとゆうき君と他に夢中になることを探していたんだけど……」

「それなら、まなみとカメラ始めてみない?」

「カメラ?」

 二人は路地裏にやってきた。路地裏には、伸びをしているネコが一匹いた。

「あのネコを撮影するの?」

「ううん。まなみが撮影したいのは……」

 伸びをしたあと、ネコがうんちをした。

「今だ!」

 まなみは、ネコがうんちをした瞬間、カメラのシャッターを切った。

「やった! あの子ね、いつもここでうんちするんだよ? ネコのうんちなんて、レアだよね!」

「は、はあ」

 唖然とする月菜。

「じゃあ次、行こ」

 つづいて、公園にやってきた。

「ここ、いつも遊びに来てる公園じゃん」

「そうそう。ここは、穴場なんだよねえ」

 まなみは、その辺に落ちている空き缶やペットボトル、お菓子の包み、虫の死体を撮影して回った。

「あはは! 大漁大漁!」

 大はしゃぎのまなみ。

「ここの公園、ごみが多いんだなあ」

 月菜はカメラよりもそこが気になった。

「ああ! 今日もあるのね」

「今日も?」

 月菜は、まなみが視線を向ける先に目を向けた。

「ぎょっ! ぎょぎょっ!」

 驚がくした。目を向けたのは木の根元で、そこにはとぐろを巻いたうんちが落ちていた。

「誰がこんなところでこんなりっぱなものするんだろうねえ」

 かがんで、撮影しようとして、

「ダメ……」

 にらみながら肩に手を置いてきた月菜に止められた。

「趣味ならバイオリンっしょ!」

 あかねが現れ、バイオリンを奏でた。

「あかねちゃん! 今はまなみがカメラを布教してるの。邪魔しないで!」

 まなみがにらんできた。

「はあ? うんちとかごみしか撮影しないのに? あたしのバイオリンテクニックで月菜さんどころか、全世界の人がバイオリンにハマるのよ!」

 あかねもにらみ返した。

「そういうの自信過剰って言うの!」

「あんたみたいの宝の持ち腐れって言うの!」

 二人は顔を突き合わせて、にらみ合った。

「まなみにあかねちゃん!?」

 まいとゆうきがかけ寄ってきた。

「なんで二人がケンカしてるか知らんが、俺も混ぜてくれ!」

 ゆうきも参戦した。

「趣味と言えば鉄道だろうがあ!」

 ゆうきが怒鳴り声を上げると、

「女同士の闘いに乱入するなーっ!!」

「あれーっ!」

 ゆうきはまなみとあかねのダブルパンチで空高く吹き飛ばされてしまった。

「おほん!」

 まいが咳込みした。

「あの。月菜さんいなくなってるんだけど?」

「え?」 

 まなみとあかねはお互いに顔を合わせ、キョトンとした。


 月菜は、街をかけていた。

「趣味なんていらない。ただ、私は……」

 港にやってきた。陽菜が、スマホで海を撮影していた。

「陽菜!」

 陽菜は、かけてきた月菜に呼ばれ、振り向いた。

「へへっ!」

 袖から魔法の杖を出して、ほほ笑んだ。

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