5・アリス・イン・ワンダーランド

第5話

こんにちは。あたし、まっちゃん(新城まなみ)のいとこの小原アリス。パパが日本人で、ママがイギリス人のハーフだよ。今日は、タイトルにもあるけど、あたしが主役のお話になるから、見たくない人は飛ばしてどうぞ? 見たい人は、最後までたっぷり楽しんでね!

 さてと、まずはっと……。


 朝。あたしはパパママと三人暮らしで家賃十二万のマンションに住んでいて、南向きだから、お天気の日は、日差しを浴びて起きることができるわ。ちなみに、まっちゃんも両親と三人で、あたしと同じマンションに住んでるよ。すぐお隣のお部屋で、同じ南向きね。

 起きたらすぐにやることは、まず、顔を洗って、髪をくしでといて、制服に着替えるの。あたしは私立小学校といって、頭にいい子しか来ない小学校に通う六年生なのよ。

 着替えたら、ママが用意してくれた朝ご飯を、パパと向かい合わせでリビングで食べるの。今日はスーパーで半額で売っていたという分厚いトーストと、目玉焼き、トマト、レタス、ウインナーのようね。

「げっ! ママ、あたしトマトきらいだから入れるなって言ったよね?」

 ママはいつも言う。

「食べ盛りなんだから、好ききらいしないでなんでも食べなさい」

「ふんっ。あたしはお金持ちのお嬢さんで、私立の学校に通う優等生よ? 食べ物くらい好きなものにさせてよ」

 と、パパが。

「アリス。大人は頭がいいだけではりっぱとは言えないんだ。きちんと栄養を摂って、心も体も健康になってこそ、真の大人と言えるんだ」

「パパ……」

 呆れるあたし。

「早く朝食を済ませなさい。遅刻するわよ」

「むむう!」

 ほんと、あたしの気持ちなんてわけないんだから、パパとママは! あたしは朝ご飯を一気食いして、トマトだけ残して、歯を磨いたら、家を飛び出した。


 通学路を歩いていると、普通の学校に通う子たちからの視線が痛い。あたしはイギリスと日本のハーフだから、金髪で、青い目をしていて、肌も白くて、特に男の子からの注目が多くて、罪なのはわかるけど。

「でも、ちょーっと見すぎよ」

 あたしはずっと見てくる他校の男の子をにらんだ。やつらはビビッてそそくさと逃げていった。

「ふんっ。男って、どうしてこうビビりなのかしらね」

「アリスー」

 と、あたしを呼ぶのは。

「まっちゃん! それとあかね!」

 まっちゃんとあかねが来た。そういえば、あかねも同じマンションに住んでたっけ。部屋は北向きらしいけど。音楽家の両親を持っていて、平日はいろいろな国に飛んで回ってるらしい。でも、土日は帰ってくるなんて、タフよねえ。

「いっしょしよ」

 まっちゃんが誘う。

「いいよ。さっきから、この帰国子女を羨む視線が痛くてさあ」

「サラッと髪をなびかせて……。なんだかんだでうれしいのね」

 あかねが呆れた。

「そんなことないわよ」

「ねえアリス。まなみ、昨日ギャグ考えたんだけどさ、聞いてくれる?」

「うん、いいよ」

「布団の咳やります。ふとんっ、ふとん!」

「……」

「ふとんっ、ふとん!」

「……」

「ふとんっ、ふとん!」

「もうええわ!」

 あたしとあかねは二人でツッコんだ。


 私立小学校。あたしは六年二組にいるの。

「ではこの問題を、小原さん」

「はい」

 あたしは担任に指名されて、黒板に問題の答えを解いた。こんなの朝飯前。

「はい、正解です。小原さん、すばらしいですね」

「いえいえ」

 あたしは、謙遜した。

「ではみなさん。突然ですが、先週の算数のテストを返したいと思います。名前を呼びますので、取りに来てくださいね」

 一人ずつ呼ばれた生徒は、担任からテストを受け取り、点数を共有してわいわいしている。

「小原さん」

「はい」

 あたしはテストを受け取りに向かった。

「今回も百点です。すばらしいですね」

 あたしはいつもテストで百点を取ってる。算数だけじゃなくて、どの教科もね。みんなあたしを物めずらし気に見つめてくるけど、勉強ができるのは当たり前のこと。今まで触れてこなかったかもしれないけど、あたしは天才なのだ。自分で言うけど。

「小原さん、すごいね」

「小原さん、この問題わかんないんだけど、教えてくれない?」

「私も~」

 まただ。クラスの女子たちがこぞってあたしにわからなかった部分を聞きにやってくる。でも、あたしはこう答えるんだよ。

「無理です!」

 笑顔で答えた。


 あたしはよそに対して、常にしとやかであるよう心がけている。パパママ、まっちゃん、そしてまいとあかねに対しては心がけてないけど、よそに対しては、見た目通りの素振りをするようにしているのだ。

「おはようございます」

 まず、朝学校では目が合った人には笑顔であいさつを返す。

「おはようございます」

 先生には自分からあいさつをしに行く。

(いひひ! 勉強もできて、あいさつもできれば、好感度爆上がり、怖いものなし!)

 多分、あたしが小学生やってて、唯一学んだことだと思う。

「うふふーん」

 今から体育の時間。ウキウキ気分(体育がうれしいわけじゃなくて、好感度爆上がり中でうれしいのよ)で昇降口に向かい、下駄箱から靴を出そうとすると。

「まただ」

 またかあ。最近、あたし宛にラブレターがやってくる。毎朝、五枚くらい入ってる。

「みんな、しとやかなお嬢さんのあたしとデートしたいのね」

 五枚分のラブレターを集めた。

「ん?」

 一枚だけ風変わりな封筒を見つけた。ピンク色した花柄の封筒だ。

「これ、相手女子!?」

 驚いた。封筒には、あきこという名前が。まさか、女の子からのラブレターが入ってるなんて……。

「いやいや! ラブレターじゃなくて、単にあたしのファンかもしれないわよね。どれどれ、ファンレター来るくらいなら、ファンサイトでも起ち上げようかしら?」

 あきこからの手紙を読むため、封筒の中身を開示した。

「なになに?」

 内容はこんなだった。


”ねえ小原。あんたの本当の姿を知っているのよ? あんたはしとやかなお嬢さんなんかじゃない。適当に笑顔を振りまいて調子に乗ってるだけでしょ。私の目はごまかせないから。きっと、あんたはこの手紙を読んで、腹を立てているはずよ。そうでしょ?校内であんたにこんな口叩くやついないからね。悔しかったら、放課後、街にある喫茶店に来なさい。勝負をしましょう。”


「な、なんなのこいつ~!」

 認めたくないが、あたしはイライラしていた。

「いい度胸ね。あたしにケンカを売るとどうなるか、思い知らせてやるわよ!」

 一人で宣言した時。

「小原さん?」

 一年生の先生が声をかけてきた。

「ごきげんよう!」

 すぐによそ行きの笑顔であいさつした。


 下校時間。あたしはあきこの手紙にあった街の喫茶店に向かっていた。

「でも、あきこって誰かしら? 顔を知らないのに、ケンカ腰なのも変な話ね」

 それもそうだし、

「見ず知らずの人からの挑発に乗るのは、今時危険な気もする。だったら、おとなしく帰るのが安心ね」

 あたしは帰ろうとした。

「そうよ。今日はあたしが主役の物語よ。変な手紙になんかかまってられないわ。下校時のルーティンを実行しなくては!」

 てことで、あたしの下校時のルーティンを教えるわね。家に向かって歩く。歩く、歩く、歩く!

 家、マンションに到着する。

「こんにちは!」

 いっしょにエレベーター待ちしているご近所さんにあいさつする。この時も、よそ行きの顔だ。

 そして、エレベーターを使って四階に降りる。

「ただいま!」

 帰って速攻で部屋にこもり、クローゼットに閉まっている不思議の国のアリスをイメージして自作したドレスに着替える。

「はーはっはっは! これから、あたしの時間だあ!」

 あたしは童話が好きだ。クローゼットには、シンデレラや白雪姫、かぐや姫など、お姫様の衣装がなんでも揃っている。しかも、みーんな自作よ?

「今日はなにを観ようかな?」

 童話のビデオを選ぶ。いつも気分でなにを観るか決める。今日は、シンデレラに決めた。

「じゃあ、不思議の国のアリスじゃなくて、シンデレラになるか。あ、でも待って。ウェディングドレスは、結婚前に着ると婚期が遅れるって言うから、やっぱこの格好でいいや」

 前に、まいに着せたことがあるけど、まいも婚期が遅れる迷信を気にしていたわ。

 一時間、シンデレラに夢中になる。ビデオ鑑賞のあとは、童話の本を読書。これを夕飯まで行う。毎日欠かさずしているルーティン。

「十九時か。夕飯ね」

 リビングに来た。

「わーい! 今夜はお寿司ね!」

「そうだぞアリス。パパ、給料日だったから、奮発したんだ」

「いただきまーす!」

 あたしはお寿司が好きだ。

「特に大トロが大好き!」

 大トロにほっぺを落としていると、インターホンが鳴り響いた。

「来たわね」

 と、ママ。

「おじゃましまーす」

 まっちゃんと叔母さん(新城雨音)が来た。

「やれやれ。また来たの?」

「えへへ」

 照れ笑いする叔母さん。

「お寿司だお寿司だ!」

「まっちゃん。イクラとマグロとたまごはあたしのだかんね?」

「えー? まなみもマグロ食べたい。あとイクラも」

「ごっつあんです!」

「雨音さん、旦那さんが出張だからって、二日も夕飯作るのサボらないでください……」

 パパが呆れている。でも、これはこれでにぎやかになるから、あたしは楽しいな。

 夕飯のあとは、部屋でまっちゃんとゲームをして、宿題をして、八時半になるとまっちゃんは帰っていった。

「お風呂入ろっと」

 お風呂はママが沸かしてくれる。

 今日は特別に、お風呂に入っている時のルーティンも教えちゃおっかな。

「イエイイエイイエーイ!!」

 とにかく熱唱する。日々、学校でしとやかな女を演じていると、疲れる。だから、お風呂で素っ裸で熱唱して、ストレス解消している。

「お風呂ならバレないぜイエイ!!」

 しかし、まなみの部屋では。

「アリス、今日も熱唱してんなあ。でも、知ってるなんて言うと、はけ口が見つからなくなるから、やめとく。ああ、なんてやさしいんだろう、ま・な・み・は♡」

 色っぽくウインクをした。

 二十三時。

「ふわあ~」

 眠たい。あたしは二十三時に寝る。

「寝ようっと」

 寝る前にも、欠かさずやっていることがある。

「おやすみ、王子様……」

 イケメンが映っている写真につぶやいた。彼は最近知った舞台俳優。眠れる森の美女のミュージカルで王子様役をした人で、あたしが不登校だった時、まっちゃんの叔母さんが連れて行ってくれた都内のミュージカル劇でホレた。以来、写真に話しかけないと、一日がおわらない、始まらない。おやすみだけじゃなくて、おはようもいってきますも、ただいまも、みーんな彼に伝えてる。あたしにとってのボーイフレンドかな。

「浮気はダメよ、王子様!」

 写真の王子様にウインクして、あたしは眠りについた。これが、一日のルーティン。


 翌朝。

「ふわあ~」

 起きた。顔を洗って髪をくしでといて、制服に着替えて、朝ご飯を食べて、歯を磨いて、学校に向かった。

「おはようございます!」

 いつも通り、あたしはしとやかな笑顔を振りまく。男子も女子もみーんなあたしに虜。

「おいこらワレイ!!」

 誰かがあたしに怒鳴り声を上げた。

「だ、誰?」

 驚いた。

「おんどりゃあ! 手紙見んかったんかコラア!」

 女子生徒があたしに怒鳴り散らしていた。

「え? な、なに?」

「なにって……。私、昨日ラブレターに混じって、喫茶店に来い的な手紙送ったわよね」

「ああ!」

 思い出した。

「そうだ。いつものように下駄箱に入ってる数枚のラブレターの中に、あきこって女の子からの手紙が混じってるから見てみたら、なんか腹立つ文章で、喫茶店に行こうと思ってたんだ」

「そう」

 多分、前髪を片手で払った彼女があきこだろう。

「でも、今日はあたしが主役のお話で、地の文もあたしバージョンの一人称だから、喫茶店に行くのは無駄だと思って、帰ったんだ」

「だあ!」

 あきこはひっくり返った。

「ははは……。さすがお嬢様気取りさん。まあ、脅迫めいた文字が綴られた紙切れ一枚に屈する者ではないとは、予想していたわよ」

 あきこはあたしに指さし、言った。

「でも、私は知ってるんだから! あなたが普段しとやかにしているのは、すべてキャラだってことをね!」

「なんで? どの辺が? 具体的に言ってみて?」

「え?」

「なんで? ねえ、なんで?」

 あたしは質問攻めした。

「ええっと……」

「ねえねえ。なーんで?」

 顔を覗き込むように、質問攻め。あざとい仕草は、あたしの得意技だ。

「ぐぬぬ~!」

 歯を食いしばるあきこ。

「小原! いつかその答えを一秒でもはっきり言えるようにしてやるから! それまで首を洗って待ってなさーい!」

 言い放って、あきこは去って行ってしまった。

「へえ?」

 首を傾げた。

 というわけで、あたしの一日でした。なんか、新たなライバルができた予感だけど、これ、次回も続くの?

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