4・まい、アホになる
第4話
「ただいまー」
夕方、学校のジャージ姿でまいが学校から帰宅してきた。
「はあ……。今夜はお父さんが残業で帰りが遅くて、お母さんは夜勤で帰らないから、家のことをしなくちゃ」
少しクタクタの様子でつぶやいた。
まいは今日、忙しかった。副学級委員であるみさきが風邪で休み、石田君に指名され、学級委員の職務を任された。先月に行ったアンケート用紙の確認、三百枚を一日かけて行った。
同時に、アクシデントが起きた。それはお昼休みの時間。まなみが校庭の池でカエルを見つけたとはしゃいで、カエルがいるバケツを持って一組の教室にかけてきた。まいはアンケート用紙の確認作業の最中で、相手にしなかったが、まなみは教室に来た瞬間、足を踏み外した。バケツの水がひっくり返った。
ひっくり返った水は、まいの頭から流れ落ちた。
呆然とするまなみ、そして他生徒たち。まいも、びしょ濡れになったアンケート用紙を見つめながら、呆然としていた。
一日の努力が無駄になってしまった失望感でまいは、クタクタになりながら、部屋に向かった。
「やっと休める。ああ、でも宿題が……」
ガックリした。
「あ、姉ちゃんおかえり」
ゆうきは、畳の上に寝そべりながら、マンガを読んでいた。
「……」
唖然とするまい。
「姉ちゃんも食えよ。これうまいぞ」
ゆうきは、寝ながらスナック菓子を食べていた。食べカスがまわりにポロポロこぼれていた。
まいは、部屋のあたりを見渡した。食べカス以外にも、さまざまなところが散らかっていた。読みかけのマンガが床に出しっぱなしだったり、ほったらかされたせんべいの包み、脱ぎかけのゆうきの靴下が散乱している。
「げげっ!」
そして、なぜかまいの衣類が入っているタンスが開いていた。
「お腹すいた。姉ちゃん、早く飯。もうすぐ六時だよ?」
「ねえ、なんでタンスが開いてるの?」
わなわなと震えながら問うまい。
「え? ああ、タンスが開いてるのはねえ……」
ゆうきは口を押さえた。
「ねえ?」
「な、なんでかなあ?」
「ああ?」
ゆうきをにらみ、威圧するまい。
「あ、あはは……。石田の女々しさが、俺にも移って、姉ちゃんのに興味がわいたのかな?」
苦笑いするゆうきだが、
「わけあるか!!」
げんこつをくらった。
「こっちは疲れてんのよ! ああもうこんなに散らかって~!」
「そ、そんなことくらいでいちいち怒るなよ」
「怒るわ! だいたいあんたはいつもいつもずぼらなのよ!」
「はあ?」
「部屋は片付けない、他人のもの勝手に使うし触る。デリカシーのかけらもないのかあんたには!」
「ひどいな姉ちゃん! 俺にだって、紳士の心得はあるぜ?」
ゆうきは立ち上がり、言い張った。
「ふーん。たーとーえーばー?」
ジトーっと見つめながら問いただす。
「えっとその……」
あわてて考えた。
「はあ……」
ため息をつくまい。
「男に生まれた時点で、それはりっぱな男としての……」
「はいはいもういいわよ」
まいは、自分の勉強机に、カバンを置いた。
「私は今日疲れてるの。あんまり騒がないで」
「なんだよ、突然仕事帰りの会社員みたいなこと言って」
呆れるゆうき。
「今から宿題するから。だらだらするなら居間に行って」
「それより腹減ったよー。飯飯~!」
催促するゆうき。
「しまった。今夜はお父さんもお母さんもいないんだった……」
宿題を始めようと握ったシャーペンをさらに強く握りしめ、がく然とした。
「今夜はなーに姉ちゃん? 俺、から揚げがいいなあ」
「今夜はお母さんが、アジのひらきにしなさいって言ってたわ」
「ええ? アジなんてまずいからいやだ!」
「文句言わないの!」
ムッとするまい。
「姉ちゃんならから揚げなんて三分で作るだろ?」
「三分なんかで作れません!」
宿題をしながら言い返した。
「ゆうき。悪いけど、ご飯だけでも炊いてくれる? おかずは用意するからさ」
「やだ!」
「は?」
「誰に物頼んでんだよ?」
「あんたにだよ!」
ムッとして答えるまい。
「ご飯くらい炊けるでしょ!」
「今夜は、姉ちゃんの作ったご飯が食べたいなあって」
「むむむ~!」
イライラを募らせるまい。
「あーもうっ!!」
立ち上がり、机をバンと勢いよく叩いた。
「!」
ゆうきは驚いた。
「もう怒った! こっちの気も知らないで、あんたはいいわよね? 小学生だし、部活も委員会もないんだから、授業がおわればお菓子食べ放題、マンガ読み放題だもの! こっちはね、将来のためを思って、委員会も部活も真剣にやって、勉強も真剣にやらないといけないのよ!」
「ね、姉ちゃん部活やってなかったことない?」
「なのに今日はそんなことも考えない能天気のくせに頭だけかしこいやつにすべてを台なしにされた! 苦労をすべて水の泡にされたのよ? 私の性格わかってんのっ?」
さらに怒るまい。
「できることなら、私もなにも考えずにのほほんと生きてみたいものね!」
ふと、足元に視線を落とした。
「きゃーっ! ゴキブリーっ!」
悲鳴を上げ、
「うわ、おっとっと!」
バランスを崩し、後ろにひっくり返りそうになった。
「あわわ!」
あわてるゆうき。
「びょえっ!」
ひっくり返り、まいは開けっぱなしだった下着の入っているタンスに後頭部をぶつけた。
「いたた……」
「大丈夫?」
気にかけるゆうき。
「あれ? 私なんでさっきまで怒ってたんだろう?」
「へ?」
「あ、パンツだ」
まいは、自分の黒いパンツをタンスから出して、頭にかぶった。
「ええ!?」
ゆうきは驚いた。
「ねえ、ゆうき。これおもしろくない?」
パンツを履いたまま、今度は黒のブラジャーをサングラスみたいに顔に装着した。
「変態マンだぞー!」
「ひょえー! 姉ちゃーん!」
ゆうきの悲鳴は、家の外にまでこだました。
翌朝。
「トゥトゥルー♪」
適当なリズムを口ずさみながら登校するまい。
「どうして姉ちゃんがこんなことに……」
まだがく然としているゆうき。
「ねえゆうき」
「な、なに?」
「上から出てきて下から出てくるもの、なーんだ?」
「上から出てきて、下から出てくるもの?」
ゆうきは考えた。
「くっくっく!」
まいは笑った。
「答えは……」
と言って、まいはゲップとおならのダブルコンボをゆうきにお見舞いした。
「じゃあね〜!」
まいは走り去っていった。
「……」
全身真っ白になるゆうきだった。
「あ、まなみだ!」
まなみを見つけたまい。
「まーなみ!」
まいに声をかけられ、驚いた。
「ま、まいちゃん。昨日はごめんね? でも、まなみもカエルを見せたかっただけなの。許して?」
首を傾げ、あざとく謝った。
「そんなこと気にしてたら~。人生楽しくなくなるぞ~」
両手を上に合わせて、体をくねらせながら、まなみのまわりを回った。
「あ、ダジャレ思いついた」
まいはダジャレを披露することを思いついた。
「月賦(ゲップ)払い」
現金を見せて、ゲップをした。
「はあ?」
顔をしかめるまなみ。
「じゃあねえ」
両手を上に合わせてくねくねしながら、学校に向かった。
「あれ、まいちゃんなのかな?」
首を傾げるまなみ。
「見た……」
振り向くと、あかねが嫌悪感のある顔をしながら、立っていた。
「あれはまいちゃんになりすました女の子よ。きっと、まいちゃんが憎いんだわ」
「そうなのあかねちゃん?」
「そうだよ。だって、まいちゃんはあんな汚いことしないもん!」
断言すると、
「いいや! あれは間違いなく姉ちゃんだ」
「ゆうき!」
「弟君!」
「助けてくれえ!」
ゆうきは土下座して、二人に助けを求めた。
「姉ちゃんとケンカして、昨夜姉ちゃんがゴキブリを見つけて怯えた時に、ひっくり返ってタンスで頭をぶつけたんだ。それで、あんなことに……」
「ウソおっしゃい! どうせゆうきのことよ。日頃怒られてばかりでうんざりしたから、りかさんにでも頼んで、アホになる発明品でも要請したんでしょ?」
あかねが怒った。
「そ、そんなことしないよ! いくらなんでも俺だって、あんなやつの発明品あてにせんわい!」
「じゃあ、るかちゃん?」
と、まなみ。
「確かに俺はあの人の薬を飲んで、大人になったよ? でも、もう二度と変なのは飲まないって誓ってるんだい!」
「じゃあ、月菜さんの魔法だ!」
と、あかね。
「ええい! だったら、事の顛末をこの映写機で映し出してやるぜ!」
ゆうきは、事の顛末を映し出した。五十年代のコメディアニメのように、サクサクと進んだ。
「まいちゃん、そんな……」
がく然としているまなみ。
「ふんっ。ゆうき、あんた作ったでしょこれ」
まだ信じようとしないあかね。
「あかね。だったら、ここまで読み直してみな? 真実はそこにある!」
あかねを指さし、断言した。
「ええ?」
唖然とするあかね。
「もうわかったわよ!」
あかねはしぶしぶ信じることにした。
私立中学校。
「はーいみなさーん!」
一組の教卓の前で手を上げ、注目を浴びるまい。
「今から、ドジョウすくいをやりたいと思います!」
騒然とする教室。まいは、両方の鼻に細い棒を入れて、体育倉庫から持ち出してきた草刈りで用いられるオレンジ色の大きなちりとりを持って、ドジョウすくいを始めた。
「あ、それそれ! あ、それそれ!」
「あははは!」
一組の生徒たちは大笑いをした。
「あははは!」
まなみも笑った。
「ま、まなみさん!」
石田君が驚がくした表情で、まなみを見つめていた。
「ま、まいさんどうかされたんですか?」
「あはは! さあ? 頭のねじが一本取れたんじゃない?」
「ええ?」
唖然とした。
「ウソよ……。こんなのありえませんわあ!!」
まいのドジョウすくいを見て、一番ショックを受けたのは、みさきだった。
「あ、みさきさんおはよう。風邪治ったんだね」
まなみのあいさつも聞かず、教室を飛び出してしまった。
「石田君。ちょっと来て?」
まなみは、石田君を指で誘った。
「え?」
石田君は少しビクッとした。
まなみと石田君は、ろうかに来た。
「弟君によると、昨日まいちゃんとケンカして、タンスに頭ぶつけてあんなになったんだって」
「ゆ、ゆうきさんとですか! ていうか、タンスに頭ぶつけるって、一体どんな理由でそんな派手なケンカをするんですか……」
「ん? まいちゃんはひっくり返ってタンスに頭をぶつけたんだよ?」
「あ、そっか! なーんだ、ゆうきさんがてっきりぶつけてきたのかと」
安堵した。
「じゃあ、ゆうきさんも心配されて、まいさんをもとのまじめに戻してほしい、とですね?」
「んー、そんな感じだったかな?」
「なら! 僕にいい考えがありますよ!」
石田君は、胸高らかに言った。
次の休み時間。
「まいさん」
石田君が席に座っているまいに話しかけた。
「勉強を教えてほしいんですけど、よろしいですか?」
「……」
「いつもは教えてあげる側ですけど、ここがわからなくてですね」
数学の教科書を開いて、問題を見せた。
「石田君。答えは私に聞くものじゃないよ」
「へ?」
まいは立ち上がり、答えた。
「答えはいつだって、自分の中にあるのだから!」
胸に拳を当て、言い放った。
「……」
呆然とする石田君。
「ずだだんだーん!」
腰を振りながら去っていくまい。
「そんな……。いつものまいさんなら、勉強のことなら必ず親身になるはずなのに、おどけてスルーした。なんで? 僕だから!?」
がく然とした様子も石田君。
「石田君どんまい」
まなみが彼の肩に手をポンと置き、なぐさめた。
そして、音楽の時間。
「ではこの問題を……」
担当の先生が指名しようとして、
「はい!」
まいがピンと手を上げた。
「あらめずらしい。では、まいさん」
「はい。わかりません!」
立ち上がって言い放った答えに、一同静まり返った。
「わかりません」
「え……」
呆然とする担当の先生。
「まいさん……」
涙する石田君。
「やれやれ。どうしたもんじゃろか」
まなみは肩をすくめた。
一日中まいは、アホの子だった。給食のおかわりの争奪戦を男子と一緒に参加したり、体育の時間にお笑い芸人の真似をしたり、授業中指名された生徒が間違えると、おならで不正解の音をしたり、散々だった。
そして、夕方。まいとまなみは帰路を歩いていた。
「はあ! 今日は楽しかったなあ。ね、まなみ!」
「そうだね」
まなみはコクリとうなずいた。
「石田君はショックで六時間目の授業がおわると、ダッシュで帰ってったけどね」
「あ、見てみて。公園よ?」
まいはブランコにかけ寄り、漕いだ。
「ひゃっほーい!」
楽し気に漕いだ。
「ああ、まいちゃんの頭から抜けたねじはどこに行ってしまったのか……」
まなみは途方に暮れた。
「姉ちゃん!」
ゆうきとあかねがやってきた。
「その様子じゃ、まだバカになってるみたいだな」
「まいちゃん……」
あかねが深刻そうな表情をしていた。
「あら、ゆうき。元はと言えばあんたが悪いんでしょ? あんたが私を怒らせて、そしたらコケて、頭をぶつけて、なんか知らないけどこうなってしまったのよ!」
「確かに。これはゆうきに責任があるわ」
あかねがゆうきをにらんだ。
「ええ? お、俺のせいなの?」
「弟君、まいちゃんを怒らせるようなことでもしたの?」
まなみもゆうきをにらんだ。
「まなみまで!」
「私のバカさ加減を止めたきゃ、ゆうき? あんたがなんとかしなさーい」
まいは、靴を脱ぎ捨て、ゆうきの顔に当てた。
「わーい! 靴が表に向いてゆうきの顔に落ちた。てことは、明日は晴れね?」
まいは喜んだ。
「ぐぬぬ~! 元はと言えば……」
怒りで震えるゆうき。
「まなみがカエルなんて見せようとしたせいだろがーっ!!」
怒りが頂点に達したゆうきは、まいの靴を彼女めがけて投げつけた。
「いたっ!」
見事、頭に命中した。
「まいちゃん!」
目を丸くするまなみとあかね。
「いたた……」
ブランコから降りて、頭をさするまい。
「はははっ! 姉ちゃん、バカになったなら、俺と相撲で勝負だ!」
「誰がバカよ?」
目の前に、ギランとさせた目でにらんでくるまいが見えた。
「おっと。やっぱり勝負はなしで」
逃げた。
「待ちなさーい!!」
追いかけた。
「待てーっ!」
「待てませーん!」
「待てーっ!」
「待てませーん!」
「あはは!」
まなみが笑った。
「ま、まなみちゃん?」
当惑しているあかね。
「元に戻ったんだよ。元のしっかり者のまいちゃんにね」
まなみはほほ笑み、教えてあげた。まいとゆうきは、しばらく追いかけっこをつづけていたという。
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