13.まなみの家出
第13話
「さて、なにしよっかな」
と、まい。
「宿題もない。テストも、ないわね」
居間のあたりを見渡してみる。
「ゆうきはーっと。友達と遊びに行ってる」
庭のすずめのさえずりしか聞こえない。
「なにかしなきゃいけないこともない。家には私一人……」
というわけで。
「んーはあっ! さあ読むかあ」
背伸びをして、座卓に積まれた本と、お茶とお菓子を用意しました。
「一日中一人で読書することなんて、めったにないわよー。今日はめいっぱいのんび……」
と、家のチャイムが鳴りました。
「ほうへほうほんはんはいほ」
せんべいをかじって本を読みながら、「どうせ訪問販売よ」と言いました。
しかし、インターホンは連続で押され、けたたましく鳴りひびきました。
「あーもう! アホなことするやつがいるもんねえ」
呆れて、玄関まで来ました。
「まさかゆうきじゃないでしょうね」
思いっきり引き戸を開けました。
「こらーっ!」
開けながら怒鳴りました。
「あれ?」
なんと、玄関には、誰もいません。
「あーわかった。ピンポンダッシュね? 今時やるやついるのかよ」
呆れて、また居間に戻りました。
「ったく。くだんな」
居間では、まなみがせんべいをかじりながら、テレビを観ていました。まいは一旦壁に隠れて、もう一回居間を覗いてみました。
「あははは! おもしろーい!」
テレビに爆笑するまなみ。
「なーんでいるんじゃーっ!!」
怒鳴るまい。
「なによ。せっかく一人だけで家で過ごせると思ったのに」
「まあまあ。侵入者がお友達でよかったじゃん」
まなみ、ニヤニヤして、
「なに、一人じゃないと恥ずかしいことでもあるの?」
言いました。
「あんたがいるとうるさいからよ」
「いはいはいいはいっ!」
まいは、まなみのほおをつねりました。
「それはともかく。まなみ、あんたなんで来たのよ? リュックなんか持ってきって」
と、聞いたが。
「あれ、まなみ?」
いない。キョロキョロとあたりを見渡しました。
「うわお! まいちゃんって、下着黒ばっか」
まいの部屋で、タンスの中の黒い下着を見ていました。
「今日からまいちゃんの下着を着るんだね、まなみ……」
「ちょいちょいちょい」
まいが来ました。
「あんたねっ。自分がなにしてんのかわかってんでしょうね!」
「ところで、まなみの布団ある?」
「はあ?」
「まなみ、今日からここの子になるから。よろしく」
「え?」
「ただいまー」
ゆうきの声がしました。
「友達が熱出してさ、結局帰ることになってーって。あれ? まなみ、なんでいるの?」
「弟君。あのね、今日からまなみ、ここの子になるの」
「はあ? まあそれはともかく、ちょうどよかった。俺とゲームしない? 友達とやる予定だったんだけど、できなくてさ」
「うん、やろうやろう弟君」
「ほんと? いいの? まなみ」
「まなみゲーム大好きだからさ」
「へえ、そうなんだ」
顔を合わすとすぐに、ゆうきとまなみはゲームの話でわいわい盛り上がりました。
「や、えっと……」
まいはたまらず、叫びました。
「どういうことよ!」
ゆうきとまなみは、居間でゲームをしていました。パズルゲームです。まなみは、私立生とあってか、ゲーマーであってか、圧勝していました。ゆうきは、自分のゲームなのに、まなみにまったく、歯が立たずでした。まいは、座卓でお茶を飲んでいました。
「家出ー?」
そろって声を上げるまいとゆうき。ゲームをしながら、まなみがなぜ来たかのいきさつを聞きました。
「そっ。家出したの」
「でもなんで家出なんかしたの?」
と、まい。
すると、まなみの持つコントローラーの手が止まりました。同時にボタンが押されました。
「まなみ?」
「あ? あーっまた負けたあ……」
「お母さんったらひどいのよ! まなみの、まなみの……」
「……」
「まなみのプリン、勝手に食べちゃうんだから!」
「だあーっ!」
コケるまいとゆうき。
「ちゃんとプリンに名前も書いたんだよ。なのに、それを食べるなんて~!」
怒りに燃えるまなみ。
「もう、あんなとこ絶対帰らないんだから!てことで金山まなみになるんでよろしく」
「わけあるか!」
怒るまい。
「たかだかプリン取られたくらいで、うちに来られても迷惑なのよ。帰ってちょうだい」
「やだ」
「なんでよっ? プリンでしょ!」
「まなみ、根に持つタイプだから。プリン取られたことは、一生恨むよ」
「はいー?」
「まあ今はいいんじゃないかなあ。ゲーム相手もできたし。姉ちゃんじゃ相手にならなくてさ。まなみ、なかなかうまいじゃん。お前ほんと崩すの早いなあ」
「でしょでしょー!」
「じゃあ次これやろうぜ。RPG」
ケースを見せました。
「おいおい」
呆れるまい。
一方で、まなみの住んでいるマンションの、三〇一号室、新城家の居間ではまなみのお母さん、
「うーん……。まっちゃん、帰って来ないなあ……」
そこで、決意しました。
「よし、メールで謝るしかない!」
さっそくスマホを取り出して、メールを待ちました。
「まっちゃんへ。さっきは、ごめんなさい。またプリン買ってきてあげるから、今回のことは、水に流してっと」
メール打ちおわりました。
「よーし。これで大丈夫のはず。かわいいかわいい一人娘だもの。出てかれちゃ、困るわ」
まなみのことを思い浮かべて、うっとりしました。
「うふふ……。あっ!」
思い出しました。
「パパにおつかい頼まなくちゃ」
と言いながら、メールに打ちました。
「送信っと」
そして、
「あ、まっちゃんにもごめんなさいのメール送らなきゃ。送信っ!」
送りました。
「これで仲直りできる!」
まなみのスマホから、クラシックの着信音が鳴りました。
「まなみ、携帯鳴ってるよ」
「代わりに出て。今いいとこだから」
ゲームをしながら答えました。
「渋いな、クラシックとは」
ゆうきがゲームをしながら言いました。
「まあね。あ、そこアイテムあるんじゃない?」
「え、マジ? お、やったあ! これでボス戦行ける」
「お母さんからじゃない?」
ムッとするまい。
「よーし、こっからは真剣にいくよ弟君」
「おっす、まなみ殿!」
「コンセント抜くわよ?」
笑顔でハサミをコードに向けてくるまい。
「出まーす!」
「出ろ!」
二人は、RPGの今までのデータを消されないために、電話に出た方がいいと思いました。
「お、お母さん……」
「メールか」
「見てみたら? 謝りに来てるかもよ」
と言うが、スマホから顔をそらすまなみ。
「見るだけ見てみなよ」
「俺もそれがいいと思う」
「弟君まで……」
まなみはしぶしぶと、
「もう、見るだけなんだからね?」
スマホを見ました。内容はこんなものでした。
『豚肉としらたきと豆腐買ってきてー★今夜はすき焼きよーん♡』
「……」
「こ、今夜はすき焼きか、まなみのとこは」
「よ、よかったわね」
「……」
「私今夜はハンバーグよ。すき焼きの方がうらやましいわね。あはは……」
「だーれが買ってくるかあ!!」
ブチ切れまなみ。落雷がとどろきました。
「ひいーっ!」
「こっちはどれだけショックか知らずに、すき焼きの材料買ってこいだあ? ふざけんなよコノヤローッ!!」
「なあ、まなみってあんなに怒るやつだっけ?」
「いや、私も初めて見るわ。あんなまなみ……」
二人とも当惑。
「もう絶対絶対ぜーったい帰らないんだから!」
と、打ったメールを送信。
「ちょっ、まなみ!」
「ふん!」
「ほんとにこのままうちにいるつもり?」
「もちろん」
「無理よそんなの。だってあんたどうしたってよその子でしょ」
「でも! まいちゃんはまなみのお母さんみたいなものだから。ね、大丈夫でしょ?」
「ちょっとなに言ってるかわからないんだけど、まなみちゃん」
「俺はいいけどな。遊び相手増えたし」
ゲームのコントローラーを見せながら言いました。
「あんたはだまってなさい!」
まいは言いました。
「ここはあんたの家じゃないでしょ。それにこっから学校は、歩いて三十分かかるのよ?あんたとこ七分じゃん。帰った方がマシよ」
「あかねもな。同じマンションだし」
「自転車で行くし。まいちゃん、それは自分が自転車乗れないから三十分もかかるって言ってるだけでしょ?」
「へ?」
「中学生にもなって、ねえ?」
ニヤニヤするまなみ。
「なんだとおのれはーっ!」
怒って、つかみかかろうとまい。
「まあまあまあ。ほんとのことなんだから」
怒るまいを羽交い絞めで抑えるゆうき。抑えながらさりげなく胸を触りました。
「……。ふんっ!」
胸を触られていることに気づき、ゆうきをなぐりました。
「なによ! そんなに帰ってほしけりゃ、まいちゃんがまなみの家に行けばいいでしょ?」
「はあ? ど、どうしてそうなるのよ!」
「そうだ。二人とも、一回入れ替わってみなよ」
「へ?」
「まなみがここ。姉ちゃんがまなみの家に入れ替わる。どう、ほとぼりが冷めるまで、しばらくそうしてみようぜ」
「ゆうき?」
「いいねそれ。まなみ、一度平屋に住んでみたかったし、お姉ちゃんにもなってみたかったしさ。ていうかずっとでいいよ」
「そうか。じゃあ姉ちゃんさっそく身支度だ!」
「ええっ?」
「弟君がまさかほんとの弟になるなんて」
「まなみが姉ちゃんかあ。なんか心配だなあ」
「あら、妹がよかったなあ」
「あははは!」
「ちょっと! なに勝手に決めてんのよ? 私は認めてないわよ!」
「姉ちゃん」
まいの耳元に口を寄せました。
「今のまなみじゃ、もう手の付けようがないぜ。ほとぼりを冷ますために、こうするしかないんだよ」
「で、でも……」
「大丈夫。そのうちホームシックになって帰りたがるさ」
「え……」
「じゃあまなみ、ゲームの続きしようぜ」
「おーっ!」
「いや、それなんの解決になんの?」
「ほら姉ちゃんも早くまなみの家行かないと。まなみの母さんが心配しちゃうよ」
「お母さんよろしくー。やさしいよー」
「ぐぬぬーっ!」
怒りをつのらせたまいは。
「あんたらだけだと絶対ゲームばっかするでしょ!」
金山宅から、怒声が響き渡りました。
「あらあ? まっちゃんじゃなくて、お友達のまいちゃんが帰ってきた。もしかして家出?」
玄関の前に佇んでいたのは、まなみではなくて、まいでした。
「違います。強引に来る羽目になりました。実は、かくがくしかじかで……」
「まあ!」
説明を受けると、すぐにスマホを見ました。
「あらやだあ。パパのメールをまっちゃんに送っちゃってる。で、まっちゃんのメールをパパに送ってるーっ! うふふーっ!」
「本人すごい怒ってましたよ? メール見なかったんですか?」
と言って、
「いっそもう一度謝ってみたらどうです?」
アドバイスしました。
「まっちゃんはね、昔から執念深いタイプなの。昔、夕飯に最後の一個になったから揚げをパパが食べちゃって……」
まなみが五歳の時でした。お父さん、お母さん、まなみで食卓を囲んでいた時です。
「いただき! あっ!」
お皿にある、最後の一個のから揚げを、お父さんに取られてしまいました。
「ん?」
「うわーん!! お父さんのバカーッ!!」
大泣きするまなみ。
「パパ!」
「あ、ご、ごめんな……」
謝ったにもかかわらず、まなみは次の日からパパを見るたんびに目の敵にしちゃって……。
家の廊下でばったり会うと。
「ん?」
首をかしげるお父さんを見て、目をうるうるさせるまなみ。
「から揚げ返せーっ!」
お父さんに、飛び蹴りを喰らわしました。
「しばらくの間、泣いてパパに飛びかかってたわ。そんな子よ」
「うわあ……。幼少期ならまだしも、中学生にもなってそれじゃあ……」
リビングのテーブルにひじを付きながら、お茶をすするまい。
「で、どのくらいつづいたんですか?」
「そうねえ。確か、一週、や、一ヶ月、いや、三ヶ月? いやもっとかも」
「ほんとどのくらいなんですか……」
呆れました。
「一年かも!」
「なんでそうあいまいなんですか!」
怒りました。
「まあとにかく! 今の時点では、まなみの気持ちを変えることはできないってことですね?」
「そういうことになるわね」
「はあ……。私いつまでここにいなきゃならないのかしら?」
「私もいつまでまっちゃんに会えないのかしら?」
雨音はうつむきました。
「まさか、家出しちゃうなんて……」
「お母さん……」
「でも。パパに送るメールとまっちゃんに送るメール間違えるなんて……」
スマホを見つめて、言いました。
「雨音ってば、おちゃめ~!」
スマホを掲げて、笑いました。
「心配してんのかよ……」
唖然としました。
夕方になりました。ゆうきとまなみは、二人並んで、コントローラーを持ったまま、寝ていました。ゲームをしたまま、眠ってしまったのです。
ゆうきが目を覚ましました。
「ふわあーあ……。もう夕方か」
ぐう~とおなかを鳴らしました。
「姉ちゃん腹へっ……あ、そうだ。姉ちゃんいないんだ。まなみがいるんだっけな」
横で、まなみが寝ていました。
「まなみ、まなみ」
寝ているまなみを揺すりました。
「あ、明かりをつけたら起きるかな」
と言って、居間の明かりを付けました。まなみは目を覚ましました。
「ふわあーあ……。あ、もう夕方か」
「まなみ、腹減ったから飯作ってよ」
「え? まなみ作れないよご飯」
「えーでも姉ちゃんは手伝いとかで作ってくれるぜ」
「まいちゃんでしょそれ」
「まなみが今俺の姉ちゃんなんだろ」
「……。なに言ってるの君?」
「お姉ちゃんになってみたかったとか言ってたよね! やめろよそういう、いかにも俺が変な勘違いしてるような言い方っ!」
照れました。
「でもまなみほんとに料理できないんだよなあ。お米も炊いたことないし」
「は? 米くらい俺でも炊いたことあるぞ」
そこで。
「じゃあいっしょに作ろうぜ。俺も姉ちゃん手伝ったりするからさ。多少はできるよ」
「ほんと? じゃあ二人でがんばって夕飯作ろう!」
「その方が何倍も楽しい!」
さっそく台所に来て、夕飯の支度に取りかかりました。
「今夜はハンバーグか」
冷蔵庫から、ボウルに入った身を出しました。
「ハンバーグ? まなみハンバーグなら大得意だよ」
「へえー。ハンバーグは作ったことないんだよなあ」
「ハンバーグはこねて、焼くだけなのに、そんなことも知らないなんて。ガキ……」
ほくそ笑みました。
「米炊けねえやつに言われたきゃねえよ」
ムッとして言い返しました。
「じゃあ俺米炊くから。まなみハンバーグやって」
「はーい」
ハンバーグ作りに取りかかりました。
「こーねてこねて♪ハートもできて♪」
歌いながらハート型ハンバーグを完成しました。
「次は星~♪」
ゆうきはまなみのハンバーグ作りを見て、感心しました。
「すげえ……」
「まなみ昔からハンバーグ大好きだからさ。食べ物なのに、好きなように形作れるのが、楽しいんだよね」
「ふーん、純粋なやっちゃなあ。強いて丸いのしかできないな」
「見て。うんち!」
とぐろを巻いたうんちの形のハンバーグを見せました。
「やめろ!」
「この形で焼いたらおもしろくなりそうだな」
「やめろよ汚いなあ。お前女子中学生だろ」
「そして、まいちゃん!」
「ん? なんか予想できる形だな」
座る姿勢をしたまいのハンバーグ。
「これの下にうんちバーグを……」
「あっはっはっは! 姉ちゃんが……あははは!」
「うふふ! ね、おもしろいでしょ?」
「ちょっ、写真撮らせてよこれ」
と、言いながらスマホで撮りました。
「まなみも撮る撮るー」
と言って、愛用のレフカメラで撮りました。
「名付けて!」
「ただいまトイレ中です」
二人同時に言ったハンバーグの名前。座る姿勢をしたまいを上に、下にうんちを合わせたものでした。
「あっはっはっは! いーひっひっひっ!」
転げ落ちて大笑いしました。まいが見たら、ボコされているでしょう。
一方で、新城家の方でも、夕飯の支度をしていました。雨音が包丁で、野菜を切っていました。
「あの。私もなにか手伝いましょうか」
「いいわよ、あなたはゆっくりしてて」
「そんな。私いつも家では手伝いしてるんで、慣れてます」
「ここはあなたの家じゃないでしょ。私いつも一人で準備してるから」
と言った矢先、包丁で指をやられました。
「あーっ!!」
「あーっやっぱ手伝いまーす!」
「どどどど、どうしよう~っ!!」
あわてる雨音。
「水で血を洗い流して! 包帯巻いてくださいっ!」
野菜を切るのが早い。肉をさばくのも早い。それらの具を鍋に入れるのも早い。
「……」
思わず見入ってしまう雨音。
「ふう」
「すごい……」
まいは、雨音に顔を向けました。
「すごい速いじゃない! ものの十分ですき焼きの準備が完了してるわ!」
まいの手を握ってブンブン振るう。
「ええ、ああ、まあ……」
「ねえ、とんかつ作れる?」
「へ? とん、かつ?」
すばやくパン粉をかける。そして、その肉を油に入れる。
「タイマーかけるわね」
「え、いりません」
タイマーもかけずに、とんかつを揚げました。
「よし、こんなもんかなあ」
とんかつ二人前を皿に盛る。
「できました」
「本当に、ものの五分で作った……」
あっけにとられる雨音。
「お主、名はなんと申……」
「金山まいです」
笑顔で答えました。
二人は、リビングですき焼きの鍋と、かつ丼を並べました。
「かつ丼とすき焼きはくどくないですか」
「まあまあ。にしても、あなたいいお嫁さんになれるわよ」
「別に。そこまでは考えてないので」
「あらあら。今は女同士なのよ? 照れなくても。ぶっちゃけ学校にいるでしょ、すてきな人」
「ちょ、やめてくださいよ……」
照れるまい。
「図星ー?」
「そ、そういうお宅の娘さんにはいるんですかっ?」
「まっちゃん?」
と、笑顔から、厳格な顔になる雨音。
「まっちゃんにまだ嫁入りはさせません! あなたの弟君にもねっ!」
「なんで急に怒るんですか! そっちでしょ話題出してきたの!」
怒りました。
「はあ……。まなみ、本当に帰って来ないつもりですかねえ」
「そんなことないわよ。まっちゃんは、パパとママが大好きだから」
「へ?」
「実はあのから揚げの話、続きがあってね。ずーっとパパに飛びかかってたら、パパが頭をケガしちゃったの」
「え?」
「でもそれは、あの子をだますためのウソ。だけど、まっちゃんケガさせちゃったあ、ケガさせちゃったあって、ずーっと泣いてたわ」
まなみが五歳の時、お父さんがわざと頭をケガしたフリをした時、本気にしたまなみは、ワーワー泣きました。
「わーんわーん! おどうじゃあんっ……ぐじゅっ……。ごめんなしゃいっ……ぐすっ……」
パパを見るたんびに、涙も鼻水もいっぱい出して、泣いていました。
「いいんだよ」
まなみの頭をなでながら、言いました。
「まなみが謝ってくれて」
まなみは、お父さんに顔を向ける。
「お父さんはそれただけで嬉しい……」
「まっちゃんはパパとママをきらいになんかならない。家出して、金山家なんかにならない」
すき焼きの肉を食べながら言いました。
「だって。はむっ」
肉を食べる。
「ママもまっちゃんのこと大好きだもーん!」
「あっ」
最後の肉を取られるまい。
「うーん。デリシャス!」
肉をおいしそうに食べる雨音。
「肉、全部取られた……」
泣くまい。
「そう心配しなくても。新城家は強い絆で結ばれているから。それが家族ってものなんだからね」
「家族……」
一方で、金山宅では。ゆうきとまなみが居間で、ゲームをしていました。昼間にしていた、RPGの続きです。
「ゆうき、まなみちゃんも。そろそろゲーム終わってね」
まいとゆうきのお母さんが呼びかけました。
「ん、あっ。もうこんな時間か」
時計を見ると十時でした。
「もうちょっとやらない?」
「そうだな。あとちょっとで次のダンジョンに進みそうだし」
「ゆうき、明日も学校あるんだから」
「いいじゃんかよ、まなみが来てんだし」
「コンセント抜くわよ?」
笑顔でコンセントを持ちました。
「終わろうか、まなみ」
金山家の女性陣は、二人とも恐ろしいことをする時は、笑顔なのでしょうか。
「ったく」
テレビを切るゆうき。
「姉ちゃんがいないから自由だと思ったら、母さんがいたか」
「まなみも家ではこの時間になると、お母さんにゲームはやめなさいって言われる」
「そうなんだ」
「お母さん今頃どうしてるかなあ……」
「……。明日帰るか?」
「へ? なっ!」
ムッとするまなみ。
「冗談じゃないわよ。まなみのプリンを勝手に食べる人のとこになんか、帰んないから」
「やれやれ。頑固なんだから」
まいとゆうきの部屋に来ました。ゆうきが部屋の電気を付けました。
「床に布団敷いて寝るんだよね?」
「うん。まなみとこはベッドなの?」
「うんそうだよ」
「ベッドか。うらやましいなあ」
自分の布団を敷きました。
「さあ。お互いまだ眠たくないわけだし。でもゲームはできないし、なにしよっか」
「うーん。あっ」
思いつきました。
「お姉さんがお勉強を教えて。あ・げ・る!」
色っぽく言いました。
「なにして遊ぼっか」
「こら、聞こえないフリしない」
で、言ってやりました。
「どうせ宿題してないんでしょ?」
「ドキッ。そ、そういうまなみはどうなんだよ。家出してきたのに、勉強道具を忘れてきたなんてことはないだろうな?」
「……。ん?」
ほほ笑み顔で首を傾げるまなみ。
「まさか……」
そのまさか。
「おいおい。学校用具、全部置いてきちゃったの?」
「だだ、だってー。怒って飛び出したから……」
「じゃあもうお泊りは今日までだな」
「えっやだよ。まなみはもう二度と帰らないって決めたんだから」
「だけど、学校行かないといけないだろ? 用具が家にあるんじゃ、帰る以外ないじゃん」
「い、一度取りに行って帰ってくるね」
「ダーメ」
「むむーっ。なによ! 弟君、まなみが来て楽しいんじゃないの?」
「そりゃ遊び相手ができてうれしいけど。でも、家出はよくないだろ?」
ゆうきが正論である。
「明日帰ろうぜ」
「やだっ!」
「ま、まなみ……」
頑固なまなみに当惑。
「どう考えてもずっといるなんて無理だよ。姉ちゃんもな」
「まなみたちお友達だしいいじゃん」
「そういう問題じゃないよ!」
厳格な表情を見せるゆうき。
「とにかくまなみは帰らない! あ、そうだ! 別にまいちゃんの制服と教科書使えばいいじゃん」
「え?」
「パジャマも私服もまいちゃんの使えばいいよね。よかったよかった」
と言って、まいの勉強机に座りました。
「じゃあ弟君。勉強しよっか。まなみは教え方がやさしいよ」
「宿題は姉ちゃんのじゃできないね」
まなみ、ショックになる。
「ぜったいぜったいぜーったい帰らないんだからっ! もう寝るっ!」
布団にくるまるまなみ。
「まなみ……」
「……」
「一体なにがあったってのさ?」
「なにって?」
「家出する前に、なにがあったってことだよ。聞かせてくれる?」
「……」
すねている様子でしたが、まなみは話してくれました。
昼間、まなみは台所へ向かいました。
「プッリン、プッリン~♪」
スキップしていました。
「ふふーん♪あれ?」
冷蔵庫を開けて、ポカンとしました。
「ない、ないない」
冷蔵庫の中をあちこち探しましたが、
「ないよ~!」
探し物が見つかりません。
「どうしたのまっちゃん」
「お母さん。まなみのプリン知らない?」
「プリン?」
「名前も貼ってあったのになあ……」
「うーん……。名前が貼ってあったかどうかわかんないけど。さっき冷蔵庫にプリンがあったのは覚えてるわ」
「え?」
「久しぶりに食べたわねえ。プリンっておいしいわね」
「あの、容器どこに捨てた?」
「え?」
「プリンの容器、どこに捨てたの?」
「うーん。さあ、多分どこかのゴミ箱よね」
それを聞いて、まなみは、各々おのおののゴミ箱を覗いてみました。
「あっ!」
見つけたものを、ゴミ箱から取り出しました。
「あった!」
”まなみ”と名前が書いてある空のプリンの容器でした。
「まっちゃん、どうしてプリンの容器なんてほしいの?」
まなみぼ怒りが、爆発しそうになっている。
「まっちゃん?」
「名前が貼ってあるだろがーっ!!」
怒り爆発で、巨大化するまなみ。
「ひえーっ!」
「ひどいよお母さんっ! 名前が貼ってあるのに食べるなんて~!」
「ごめんねまっちゃん! でも、名前が見えなかったから……」
「はあっ? こんなのでわからないなんて、お母さん目大丈夫なのっ?」
「もしかしたら。その名前の見える方が後ろ向きだったのかもね。もう、まっちゃんはおっちょこちょいなんだから~」
「むむむ~っ!」
おでこを指でつつかれて、怒りマックスのまなみ。
「もういい……」
雨音の手を振り払う。
「こんな家出てってやる! お母さんなんてきらい!」
言い終わったあと走る。
「まっちゃん? まっちゃーん!」
リュックを背負って、家を出るまなみ。
「てことなの。お母さんはまなみのプリンを食べたくせに、ケロっとした態度なんだよ?」
「家出するほどのことじゃねえ!」
これが、ゆうきの感想でした。
「名前くらい気づいてよね。ていうか、まなみ後ろに向けて置いてないし。名前の方見えるように置いたのに。ごめんなさいの一言も言えないの?」
「でもほんとに自分が後ろ向きに置いたのかもしれないぞ?」
「だけど謝るべきだよ!」
声を張り上げられ、驚くゆうき。
(こ、こんなまなみは初めてだな。意外としぶとい。そして気が小さい)
「まなみはさ、母さんきらい?」
「え?」
「俺さ、まなみはそうやって怒ってるくらいなら、きらいじゃないと思うんだ」
「なんで? きらいじゃん、怒って家出したし」
「きらいな食べ物は絶対食べないじゃん」
「無理して食べようとなんてしないだろ? ほっとくじゃん。でも、そうやって母さんにヤケになれるなら、まなみは母さんが大好きなんだよ」
それを聞いてハッとするまなみ。
「弟君……」
「俺、姉ちゃんのことよくからかってるだろ」
まなみは、自分も前に、まいに似たようなことを言ったのを思い出しました。でも、これとそれとは違うと思いました。
「ふんっ、おやすみ。電気消して!」
布団にくるまりました。
「やれやれ」
電気を消しました。
新城宅の居間に、インターホンの音が、鳴り響きました。
「こんな遅くに。まさかまなみ?」
玄関まで来たまい。念のために、ドア穴を覗いてみました。
「えっ、あかねちゃんと、アリス?」
あかねとアリスを中に入れて、居間に案内しました。まいは、アリスがリクエストした紅茶を出してあげました。
「えーっ! まっちゃんが家出?」
「一体なにがあったっての?」
「かくがくしかじかで……」
「うわあ……」
「まっちゃんらしい……」
「ところで、二人はどうして来たの? こんな時間に」
アリスとあかねはハッとして、キョロキョロしました。
「実はね、あたしの家で、ドラマのビデオ見つけちゃって」
「あたしは誘われてさ。ついでにまっちゃんにも見てもらおうと思って、まっちゃん家にしたんだ」
二人はコソコソと耳打ちしました。
「は、はあ」
「だけど、本人家出してて、ほとぼりが冷めるまでまいちゃんがいるなんてね」
「まいちゃんはその……。ビデオとか平気?」
「なんだその聞き方は」
ツッコミました。
「ていうかあかねちゃんとアリス、知り合いなの?」
「へ?」
二人で首を傾げる。
「前にまなみちゃんと遊んだ時に、知り合ったんだ」
「バイオリンの名手だそうで」
「やだもう、アリスったら!」
アリスは背中をばしっと叩かれて、ゴフッと咳込みました。
「ね、ねえねえ。まいって、シンデレラ似合うのよー?」
「シンデレラ?」
「ウェディングよ。前に着てもらったもんね。シンデレラのコスプレで」
「もう着ないわよ」
「えー見たーい」
「大丈夫、結婚できないって迷信だからさ」
と、言いながらグッドサインをしました。
「でも着ないわ!」
ムッとして返しました。
「まあそれはともかく。そのビデオなんなのよ?」
「え、そんなに見たいの?」
「変態……」
ポカンとするアリスとあかね。
「やらしい目で見るな!」
そんな二人をにらんで、
「あやしい……。正直に言いなさいよ?」
強要しました。
「まいちゃんは、エッチなもの平気?」
「へ?」
テレビが付きました。
「俺は、お前が好きだ!」
「あっそこは……あ、あんっ♡」
テレビに映る修羅場にまいたちは、釘付けです。
「ああ……。なんていい体なんだ!」
「はあ~ん♡見ちゃいや~ん♡」
と、テレビが消えました。
「あーっ!」
声を上げるアリスとあかね。
「はいはい。こういうのはもっと大人になってからにしましょうね」
「まい、まじめすぎー。そういう人は浮いて、友達ができなくなるよー?」
「あのなあ!」
ゴチン!
「ほえ~……」
アリスの頭に、たんこぶが一つ。目を回しました。
「ふん」
ビデオはやめて、もう一度お茶タイムにしました。
「まなみは一度根に持つと、切り替えるのに時間がかかるんだって」
「へえー」
「そうだね。まっちゃんははまり込むと、ご飯も忘れるくらい夢中になるタイプだからさ」
「そ、そうなの?」
と、まい。
「うん」
「ていうかさ。アリスって、まなみのことまっちゃんって呼ぶよね」
「別に、まっちゃんの家族も、親せきもみんな言うよ」
「なんで?」
「うーん。まっちゃんは一番幼いからかなあ」
「甘やかされてるって聞いたわね」
「そう、幼くて一番むじゃき。だからまっちゃんって呼ぶの」
「はは……」
苦笑いするあかね。
「で、そんなまなみをここに連れ戻すにはどうしたらいいと思う? ずっとこのままのわけにはいかないし、私も早く帰りたいし」
「大丈夫。まっちゃんは気まぐれなとこあるから、そのうちお家に帰りたがるよ」
「いや、そういうわけにいかないでしょ?」
「あんた弟君いるんでしょ? 弟君に任せなさいよ」
「いるけど、はっきり言ってあまり期待してないからね」
「まさかゆうき……」
あかねは想像しました。
『まなみ~。チューしようぜチュ~!』
『いや~!』
まなみが、ゆうきにキスを迫られている想像をしました。
「酔っ払いかゆうきは!」
「でもでも。あいつのことよ、あり得るじゃない」
「いや、ただのゲーム仲ぽかったし、そこまでは……」
「でもあたしと同い年なんでしょ? 若気の至りってやつでさ」
「……」
「まっちゃんも中学生の女の子だし、体は発達してますし~」
ニヤニヤするアリス。けど、あながちそのとおりかもしれないと、まいは心配になりました。
「電話かけてみようかしら……」
スマホを持つ手が震えていました。
「あいつ〜! ほんとにまなみちゃんにやらしいことしてたら、ぶん殴るからねっ!」
「まいちゃんの弟君、そんなに悪い子なの?」
困惑しているアリス。
「メ、メールにしようかな?」
「電話がいいわよ。メールだと読んだかわかんないじゃない」
「う、うーん……」
「ねえ、そんなに悪い子なのっ?」
あせるアリス。
『ゆうき、そっちはどう?』
まいは、ゆうきにメールを送信しました。
「ねえ、二人はさ。親とケンカする?」
「あたしはあまりしないかな」
「あたしも別に。部屋にこもってることが多いし」
「まあ、私もしないわね。家では勉強と読書ばっかだし。そういえばあかねちゃん、音楽家なのよね」
「そうよ。海外出張で、家にいないときが結構あるわよ」
「へえ。さみしくない?」
アリスが聞きました。
「いや、家政婦来るし。それにどこ行ってても土日は帰ってくるしね」
「海外からわざわざ?」
唖然とするまい。
「うん。すごいでしょ? 一番すごかったのは、イギリスから帰ってきた時だったなあ」
「はいー?」
「日本からイギリスは十一時間のはずじゃ!しかも時差違うし!」
驚きを隠せないアリスとまい。
「あたしのことをそれだけ大事に想ってくれてるってことなんだよ」
あかねはほほ笑みました。
「だから、ケンカしない。あたしもパパとママ大好きだし」
「……。そっか」
と、まいのスマホに、メールが届きました。
「ゆうきからだ!」
あかねもアリスも、そろって、まいのスマホを覗きました。
『まなみ、学校の宿題とか教科書、制服全部自分家にあるみたい。』
「えっ?」
「なになに?」
「どうしたの!?」
三人は、まなみの部屋に来ました。
「ほんとだ! 学校の用具全部部屋に置いてある」
「えーっ?」
あかねとアリスはそろって呆れました。
「あらまあ」
「弟君、それを伝えにきたのか」
着信音が鳴りました。
『まなみはまだプンプンしてる。でもそれは母さんが大好きだからなんだ。ほんとにきらいだったら、根っこからシャットアウトすると思うし。』
「え? あっ」
ゆうきらしくないメールの一文にニヤリとするが、まじめな顔になりました。
”まっちゃんはパパとママが大好きだから”
『姉ちゃん、あとは頼んだぞ。』
「はー?」
『おやすみー。』
「ったく」
「あんたも少しは協力してよっと」
”そう心配しなくても。新城家は強い絆で結ばれているから。それが家族ってものなんだからね”
「なるほど、そっか……」
「ん?」
「シンデレラ?」
「誰がシンデレラじゃ」
金山宅。部屋で布団に入ったまま、ゆうきは送ったメールの返事を見ていました。
『あんた藻少しは、強力してヨット。』
「姉ちゃん、いい加減メールちゃんと打てるようになれよな」
まいは、スマホの文字を打つのが苦手で、よく誤字脱字が目立つのです。なので、まなみもあかねも連絡をする時は、通話にしているのです。
「俺も寝るか。まなみ寝ちゃったし」
まなみは、ゆうきの隣の布団で寝ていました。ふてくされている間に、眠りについていました。
「明かりを付けたまま寝れるタイプか」
ゆうきは、部屋の電気を消しました。
布団に横になるゆうきと、寝ているまなみ。
ゆうきは、心臓をドキドキさせました。
(待って。よその女の子と寝るの、初めてじゃないっ?)
まなみは友達、よその子です。
(まま、待て待て。相手はまなみ、まなみだぞ? 友達じゃないか)
まなみが寝返りを打ちました。ゆうきの方を向いて、スウスウかわいい寝息を立てています。
ドキッとしたゆうき。胸の鼓動が早くトクトクと、鳴り響きました。
まなみを見つめながらドキドキするゆうき。そんなゆうきの方を向いて、
「はっ!」
我に返る。
「うわーっ! な、なに考えてんだ俺ーっ!」
まなみは仰向けになって、かわいくいびきをかきました。
朝になりました。金山宅の部屋に、カーテンのすきまから、朝日が差し込みました。
そこに、ロックの着信音が鳴りひびきました。起きるまなみ。スマホを見ました。ロックの着信音は、まなみのスマホから流れているようでした。朝にはあまりふさわしくないロックが鳴り響く液晶画面には、まいからの着信がありました。
「まいちゃん?」
電話に出ました。
「まなみ、早く来て! あんたのお母さんが危ないのっ!」
スピーカーから、あわてている様子の声がしました。
「え?」
「あんたのお母さんが、お母さんがっ……。今朝、キッチンで倒れてて……」
「!」
「まなみに会いたいって言ってる。今ね、私と病院にいるの」
「えっ、病院っ?」
「うん、だから早く来てあげて。お願いね」
と言って、通話が切れました。
「そんな……。お母さんが……」
「ふわあーあ……」
あくびをしながら、ゆうきが起きました。
「まなみ、おはよう。ん、どうしたの固まって?」
「……」
「ん、あれ? まなみ?」
うつむいているまなみをジロジロ見るゆうき。
「よし!」
うつむいている顔を、意を決した顔にして前を向くまなみ。
「まなみ?」
まなみは布団から出て、パジャマ(まいのを借りてもらった)のまま、家を飛び出しました。
「おいおい、どこへ行くんだあいつは」
まなみは、住宅街の中を、夢中で走っていました。
「あ、もしもしまいちゃん! どこの病院行けばいいの?」
走りながら通話をかけました。
「わかった。うん、うん。わかった!」
通話を切りました。
「お母さんっ……」
走りました。とにかく走りました。道行くサラリーマンやOLにじろじろ見られても、道行く高校生にじろじろ見られても、夢中で走りました。
「あっ!」
つまづいてこけました。
「うう、いたた……」
地面に手を付けたまま、うつむくまなみ。
”こんな家出てってやる!お母さんなんてきらい!”
自分が思わず言ってしまったことを思い出し、やっぱり金山家に戻ろうと立ち上がって後ろを向くと、ゆうきがいました。
「お、弟……君?」
「病院は逆の方だぜ」
「でも! お母さんはまなみのこと許してくれるかな?」
「え?」
「たかだかプリンだけで、家出なんてしてさ。おまけにきらいなんて言ったんだよ? お母さんに、合わせる顔なんて……」
涙で目をうるおわせるまなみ。ウソ泣きじゃない、本物の涙です。
「まなみ」
まなみは、顔を上げました。
「言っただろ。ほんとにきらいなものは、ほっとくじゃんって。だからそうやって泣ける分には、お前も、母さんも……」
涙目でゆうきを見つめるまなみ。
「ほら、行ってこい。お互い仲直りするために!」
病院の方向を指さす。
「……。うん!」
涙を拭いて、返事するまなみ。病院の方向に体を向けて、一目散にかけ出しました。
「はあはあっ!」
病院へ来た。あとはお母さんの元へ、走るのみ。
「お母さん、お母さんっ!」
走って、院内に入る。
「お母さっ!」
誰かとぶつかりました。
「あ、ご、ごめんなさいっ!」
息を切らしながら謝って、顔を上げました。
「まっちゃん……」
ぶつかった相手は、雨音、お母さんでした。
「おかえり!」
まなみは涙を流すと、雨音に抱き着きました。雨音も、まなみをぎゅっと、抱きしめました。
「はあ。まったく、世話の焼ける子なんだから」
と、病院の待合席からゆうきと二人を覗いていたまいがほほ笑みました。
「でもそれだけ仲がいいってことさ。うらやましいもんだぜ」
「そういうことね!」
「にしても、姉ちゃんよくこんな作戦思いついたよな」
「大好きなお母さんとケンカ離れした時って、急な病は効くのよ」
「読書のしすぎだよこいつ」
「読書はいろいろ知識がついて、こういざって時に役に立つのよ。あんたも私を見習って、読書でも始めたら?」
「出た。必殺、自惚れた説教の一撃~。ん?」
「悪かったわねえ!」
怒って、ゆうきの頭をグリグリするまい。「いててて~!」と、とても痛がるゆうきでした。
翌日。
「いってきまーす」
「姉ちゃん待ってーっ!」
「いってらっしゃい」
台所から、お母さんが、学校へ向かうまいとゆうきを見送りました。
「姉ちゃーん!」
住宅街で、ゆうきはまいを追いかける。
「まっ……」
その途中、つまずきました。
「てっ!」
同時に、まいのスカートを掴みました。
「たたあ……。あ? わーっ!」
「ゆ~う~き~っ!」
ゆうきがコケた時に、スカートを掴んだせいで、脱げてパンツいっちょになってしまいました。
「いや、これは……。あ、黒のパンティみっけ」
おどけると。
「あーっ!!」
ゴチンっというげんこつ音と、悲鳴が住宅街に響きました。
「まいちゃーん!」
まいは、声のする方を向きました。
「おーい!」
アリスと手を振ってかけてきました。
「まなみ。アリスも。おはよう」
「おはよう」
と、アリス。私立小の、セーラー服に、帽子という制服を着ていました。
「わー、アリスの制服姿初めて見た。あれからちゃんと学校行ってるんだ」
「ま、引きこもりじゃ将来困るしね」
「最近三キロ太ったんだもんね」
「うぐぐ~……。ぐるじい~っ!」
怒ったアリス。後ろから腕で首を絞められるまなみ。
「アリスも女の子だもんね……」
「でもやっぱ制服よりアリスの格好がいい」
「はあ……」
唖然とするまい。
まい、まなみ、アリスは、三人で並んで学校へ向かいました。
「あれからお母さんとはどうなの?」
「ケンカしてないよ」
「まっちゃんもプリンごときで家出するなんて、なかなかピュアだよね」
「えへへ!」
笑いました。
「あの後、お母さんプリン買ってきてくれたんだけどね。まなみ食べなかったんだ」
「どうして?」
「お母さんと半分ずつで食べたからだよ」
まいとアリスは、ポカンとしました。
ゆうきは河原沿いの道を、歩いていました。
「あ、ゆうきおはようって……。どうしたのそのたんこぶ」
「知らねえよ。あーあ! 姉ちゃんはすぐ俺をぶつんだから……」
「あんたがもっとまじめにしてればぶたないんじゃない?」
「そう?」
そこで。
「こんな感じかな?」
顔だけイケメンになってみました。
「んな顔だけイケメンになってまじめになるか!」
ツッコミました。
「ん? あ、まいちゃんたちじゃない、あれ」
「え? ふごっ!」
「まいちゃーん!」
ゆうきのあごに拳が当たったのも知らずに、まいたちの方へかけていきました。
「た~……」
あごをさするゆうき。
「あかねちゃん!」
「おはよう」
と、まなみ。
「おはよう」
と、あかね。
「いっしょに行こう学校」
「まいちゃんのウェディング姿、いつか見てみたいわね」
「いいよ。いつでも歓迎するわ!」
「あれすごく似合うよねー」
「冗談じゃないわ!」
「あははは!」
まい、まなみ、あかね、アリスは、他愛のない女子トークを繰り広げながら、学校へ向かいました。
「ったく、あいつらだけわいわいしやがって。俺も混ぜろーっ!」
走るゆうき。
彼はまいの後ろから飛びかかりました。驚いているまい、同じくあかねとアリス。まなみはにこやかな顔で、ゆうきを見ているのでした。
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