12.科学の娘りか参上
第12話
ゆうきは本屋へ向かっていました。それも、毎週買っている鉄道雑誌を買うためです。彼は鉄道マニアです。毎週欠かさずローカル線の旅番組を観ています。幼稚園の頃よく遊んでいたおもちゃが電車だったのが、きっかけだそうです。しかし、両親がケチなせいで、鉄道で旅行をしたことがありません。なので、写真を撮ったこともないし、鉄道で県をまたいだこともありません。夢はなにかと問われたら、いつか日本全国を鉄道で制覇することだそうです。
本屋に着きました。ゆうきは、目当ての雑誌を探しました。
「お、あった。入口のすぐ近くにあるのか。探す必要なかったな」
その鉄道雑誌に手を伸ばしました。
「あっ」
誰かの手と重なりました。
「石田!」
「ゆうきさん!」
石田君でした。
「これは奇遇ですね。もしかして、この雑誌を買いにきたんですか?」
「ああ、そうだよ。もしかして石田も?」
「はい」
と、石田君は突然うっとりして、
「ゆうきさ~ん」
彼を抱きしめました。
「え、な、なになに!」
ゆうきは動揺しました。
「同じ雑誌を買いにくるなんて、僕たち、運命の赤い糸で結ばれているんですね!」
「いや、たまたまの偶然だから」
ゆうきは唖然としました。
「キスしましょ!」
「はっ?」
「ねえねえキス~」
「ちょっ、バカ! みんな見てるって……」
恥ずかしいので、結局石田君にゆずりました。
二人は、住宅街を歩いていました。
「いいんですか? ほしかったんでしょ?」
「いいよ。あのまま騒がれても困るし」
「あとで公園で、二人で見ましょうね」
ゆうきの肩に、ピタッとくっついてきました。ゆうきは離れました。
「ん?」
遠くから、叫び声が聞こえました。二人ともそれに気づきました。その叫び声は、どんどん近づいているようです。
ドカーン!
叫び声の主と、ゆうきがぶつかりました。塀を突き抜けていました。
「大丈夫ですかっ?」
石田君がかけつけてきました。
「いたた……」
桃色のショートヘアをして、白衣を着た女の人が、がれきから出てきました。
「やっぱりモーターシューズはダメかな。あら?」
下を見ると、ゆうきが目を回して気絶していました。
真っ暗な視界。滲んだ視界。だんだんはっきりしてくる視界。石田と、桃色のショートヘアの女の人が、覗き込んでくるのが見えました。
「う、うわあああ!!」
驚いて、ゆうきはソファーから飛び上がって、顔だけ、天井を突き抜けました。
「落ち着いてゆうきさん! この人は悪い人じゃありません。ここはこの人の家です!」
「そう、私はこの世でたった一人と言われた天才。なんでも作れてなんでもできちゃう!科学の娘こと、りかである!」
長い自己紹介。ゆうきと石田君はそう思いました。
「わあーっ!」
ゆうきは天井から顔が抜けて、ソファーに落ちてきました。
「驚くのも無理ないわね。私、エアコンや冷蔵庫などの生活家電はもちろん、自分で考えたオリジナル発明品もできちゃうから」
「自分で? オリジナル?」
石田君が首を傾げました。
「例えば、これ。君とぶつかったのは、このモーターシューズの試験走行をしていたからなの」
と、モーターシューズとやらを掲げました。
「モーターシューズ?」
ゆうきと石田君は同時に首をかしげました。
「説明するわ。実験室に来て!」
「え? なんでさ」
ゆうきが聞きました。
「私科学者だから、そのほうが雰囲気出るでしょ?」
ゆうきと石田君は呆れました。
実験室は、地下にありました。パソコンと、見たことのない機械がたくさんありました。
「よくこんな実験室作りましたね。家の佇まいは、案外普通の一軒家に見えましたが」
石田君は実験室をキョロキョロ見ながら言いました。
「まあ、私これでも稼いでるからね。もう銀行の口座、四つもあるのに収まりきらないくらいよ」
と、指でマネーサインをしました。
「すごい……」
石田君は感心しました。
「ほんとか?」
ゆうきはあやしんでいる目をしました。
「で、これがモーターシューズ。ただのスポーツシューズに、車のエンジンを搭載したからモーターシューズ」
「だからさっき、勢いよく壁に激突したのか」
ゆうきが言いました。
「あれは百キロで走ってたからねえ。速度調節間違えちゃって」
と言ってから。
「あ、そうだ。試しに使ってみてよ、君たちのどちらかで」
「えっ?」
ゆうきと石田君は思いました。さっき事故に遭ったばかりなのに、使いたいわけがない。ゆうきはもろに思ったでしょう。二人とも首を横に振りました。
「大丈夫! ローラーシューズと同じ要領で使えばいいからさ」
「それでも事故ったんだろが!」
ゆうきが怒りました。
「お願い! これが成功したら、ついに私のオリジナル発明品が、認められるかもしれないからさ」
ゆうきと石田君は、首を傾げました。りかは言いました。
「私はこれまでいろいろなものを作ってきたわ。でも、どれもクオリティがほめられるだけで、製品としては認めれなかったの。仕事が来たと思ったら、家電や電化製品の作成、その他のエンジニアたちの手伝いばかり。だから、このモーターシューズだけでも、成功させたいの……」
と、目をうるわせました。ゆうきと石田君には、なぜオリジナルで成功しないかわかっていました。モーターシューズは危険だからです。
「そこの男の子! 君なら絶対モーターシューズの魅力を世に知らしめることができるわ!」
ゆうきの手を握りました。
「で、でもねりかさん」
「私たち女の子は、あなたを待ってる。応援してる!」
「女の子? 私たち?」
石田君が目を輝かせていました。
「お前ほんとのこと言えよ! なに喜んでんだよ!」
「ゆうきさん! 男に二言はありません。りかさんの夢を叶えてあげましょう!」
「石田ーっ!」
「はいモーターシューズの使い方を教えるわよ。まず履く!」
ゆうきはモーターシューズを履きました。
「スイッチをつける!」
ゆうきは靴の左横にあるスイッチをつけました。エンジンが作動しました。
「速度調整!」
キリリと、速度調整ができるスイッチを回しました。速度は、百八十キロまで回してしまいました。
「うわああああっ!」
ゆうきは遠くへ走っていきました。
「ゆうきさーん!」
ゆうきは一瞬で見えなくなりました。
「あの子も私と同じ間違いをしたか」
「感心してる場合じゃありませんよ! ゆうきさんどうするんですか! あのままじゃ、どこへ行くか知れたもんじゃありません!」
石田君はあわてていました。
「まあ、速度調整スイッチは、ゆっくり回さないと、ちょうどよくならないというか、あれだけ早くしちゃうと、止めるのも無理よ?」
「だーかーらどうしたらいいんですか!」
「うーん」
りかは、肩をすくめました。速度制御装置を付けねばと思いました。
あれから数ヵ月。金山家の長男坊が行方不明になっていました。まなみはトボトボ歩くまいと、歩いていました。
「まいちゃん、弟君の消息掴めてないみたいだね」
「ええ……」
と、顔を上げて。
「あいつどこに行ったのよ! 家出だったら許さないんだからっ!」
「まいちゃん……」
まなみは、まいはよっぽど心配しているんだなと思いました。
「まいちゃん心配しないで。必ず弟君は見つかるから。ほら、もしかしたら、またおなじみの山の頂上で、景色眺めてるのかもよ?」
「それだったらすぐかけつけるわよ! いなかったわよ!」
と怒ってから、ため息をつきました。
「ま、あいつのことよ。ケロっとした顔で帰ってくるわ。あっはっは!」
まいは笑いました。
「まいちゃん!」
まなみが怒りました。
「じ、冗談よ冗談。確かに心配してないって言うと、ウソになるわ」
と、そこへ、スキップをしながら「ふふーん♪」と鼻歌をしているりかが、やってきました。彼女はまいとまなみの横を、通りすぎていきました。
「うらやましいわね、陽気で」
「うらやましいね、のんきで」
「ねえ君たち! ゆうき君知らない?」
りかが戻ってきました。まいとまなみは、驚いてコケました。
まいとまなみはりかの家におじゃまして、お茶を用意してもらうと、居間でゆうきが消息不明になった原因を、話しました。
「なるほど、わからん」
まいがつぶやきました。
「でね、そのもう一人の女の子、石田ちゃんがゆうきさんを探しにいってきますって言って、リュック背負って行っちゃったのよ」
「まいちゃん、石田ちゃんって……」
まなみが耳元でささやきました。
「なにやってんのもう……」
まいは額に手を付けて、呆れました。
「てことで」
りかはお茶を入れた湯飲みをテーブルに置きました。
「君たちに見せたいものがあって、ちょっと実験室まで来てくれないかしら?」
実験室に来ました。地下室にあって、パソコンや見たことのない機械がたくさんありました。まいとまなみは、中を見渡しました。
「これよ」
指示したところには、まるで特撮に出てくるような戦闘機がありました。
「なにこれ?」
「すごーい!」
「これは、スメールバスターズ! まいちゃん、ゆうき君の服でもなんでも持ってきてくれるかしら?」
「はあ? なんでそんなもの持ってこないといけないのよ?」
「これは同じ匂いを探す発明品なの。要するに、ゆうき君の服をこの銃に入れて、それを戦闘機にセットすれば、自動で匂いを覚えて、ゆうき君の匂いを見つけてくれるわけよ」
まなみは感心して、
「AIでもできないことを!」
と、目を輝かせました。
「ほんとにできるの?」
まいが聞きました。りかはガッツポーズをして、
「もちのろんろん! だって私は天才宇宙一美人でかわいいスーパーエリート科学の娘こと、りか様どすえ?」
「その長ったらしい自己紹介なんとかならないの?」
まいは呆れました。
ゆうきはあれから街を抜け、山を抜け、海を抜け、高速道路を走っていました。高速道路を逆走して、車がクラクションを鳴らしているのも知らずに、突っ切っていきました。気づけば、横浜に来ていました。まっすぐ行けば、東京へ着きます。百八十キロで走行していましたが、バッテリーが底をつき始め、六十キロしかスピードが出せなくなりました。彼がこれまでのことを知るはずがありません。だって、彼は魂が抜けたように、枯れているのですから。そりゃもう、数ヵ月間、飲まず食わずで、ずーっと走り続けているわけですよ?
石田は熱海に来ていました。今朝ホテルをチェックアウトし、平和通りへ向かいました。辺りを見渡して、ゆうきを探しました。他にも熱海城や熱海サンビーチ、熱海駅を探し回りました。が、ゆうきはどこにも見当たりませんでした。
「おかしい! 熱海をローラースケートで走りすぎていった少年がいたってニュースを見て、二週間も滞在したのに、いないなんて!」
熱海駅のホームで電車を待っていた石田は、スマホを投げ捨てようとして、あるニュースを見つけました。
「ローラースケートの少年、横浜に現れる!?」
石田は家に帰るのをやめて、これから横浜に行くことにしました。
「待っててくださいゆうきさん! 必ず見つけて、いっしょに横浜中華街でデートしましょ♡」
期待を胸にふくらませて、「ぐふふ」と笑いました。
りかはまいからもらったゆうきのパンツ(洗濯機に入れっぱなしのやつ)をスメールバスターズに装着し、すぐに飛び立ちました。初めて空を飛んだまなみは、ずーっと車窓を眺めていました。
「まいちゃんも見てみなよ! すんごいよ!」
まいはほうきで空を飛んだのがトラウマなのか、見ませんでした。
「で、これからどうするのよ?」
まいが聞きました。
「スメールバスターズが反応するまで、これ見ない?」
と、りかは恋愛ドラマのDVDのケースを見せました。
「あ、それ有名なやつじゃん! 見たかったんだあ」
「まなみも!」
「よーし。じゃあ観よ観よ~!」
付属していたテレビで、DVDを付けました。
内容は、お互いの結婚を認めてくれない父と、愛し合っているカップルの話。娘想いの父は娘の結婚を反対していたけれど、最後はちゃんと認めてあげる、そんなような話でした。
「なにこれ? 淡々と話が進みすぎ。おもしろくないわね」
まいは、この一時間半、退屈だったという顔をしていました。
「グーグー……」
まなみは寝ていました。
「うう……」
りかは感動して泣いていました。
「ところで、スメールバスターズはどうなの?」
りかは鼻をかんで、答えました。
「まだキャッチしてないようね。ゆうき君を見つけたら、ものすごくうるさい警告音が鳴るはずだもの」
「助けて! 誰か助けて!」
「うるせえ! おとなしくしないと撃つぞ?」
車の後部座席で、あかねはサングラスをかけた男に銃を突きつけられていました。
あかねは今、首都高で黒いポルシェに乗せられて、サングラスをかけた男二人に誘拐されていました。
「東京駅に着いたらお前の両親に会える。そしたら俺たちの取引きも成功だ。それまで静かにしていやがれ」
運転手が言う。
「パパとママはなにもしないわ! あんたたちを警察に通報しているはずよ」
と、運転手はバックミラーを見て、ギョッとしました。あかねはなんだろうと思い、後ろを見ました。見ようとする間もなく、モーターシューズで走っている、ゆうきがポルシェの横に来ました。
「ゆうき!」
どういうわけかさっぱりわかりませんでしたが、とにもかくにも、助けを求めました。
「ゆうき! 助けて!」
あかねはポルシェのドアを開けました。
「いい? 今からあんたのとこへ飛び乗るから! しっかり受け止めてよ!」
ゆうきは枯れているので、返事はありませんでした。
「バカ野郎! おとなしくしねえと死ぬぞ!」
あかねの隣にいた男が、銃を向けました。あかねはかまわずゆうきに飛び乗ろうとしました。
「おとなしく!」
と、あかねの肩を掴みました。
「やかましい!」
あかねは、男の腹なぐりました。男はもん絶しました。
「いい? 絶対、絶対受け止めてよ!」
あかねはドキドキしながら、
「いち、にの、さーん!」
「お?」
ゆうきが目を覚ましました。あかねが飛び乗ってきました。彼女を、お姫様抱っこしました。
「バカ野郎! とっととつかまえろ!」
運転手が、お腹をさする男に指示しました。男は銃をかまえました。
「あれ? 俺なんでこんなところにいるんだ? てかここどこ?」
「それはこっちのセリフよ。ん? きゃーっ!」
「え?」
あかねが驚く先を見ると、黒いポルシェが近づいてきました。ゆうきはあわてて避けました。ポルシェは男たちの悲鳴とともに、塀にぶつかって、大破しました。
「ふう。あぶなかったあ……」
と、そこへ。
「いたあーっ!」
スメールバスターズに乗ったりか、まい、まなみがやってきました。
りかのアジトに戻ってきました。
「これでスメールバスターズは世に広められ、私はオリジナリティあふれる発明品で食べていける! ありがとう、君たちに感謝するよ」
りかは満足しました。
「なわけあるかーっ!」
まい、まなみ、あかね、ゆうきは怒りました。
「はい、モーターシューズの履き方は!」
まいが手をパンと叩いて、言いました。
「履く!」
と、ゆうき。
「履く!」
りかは履きました。
「スイッチをつける!」
と、まなみ。
「スイッチをつける!」
りかはスイッチをつけて、エンジンを作動しました。
「そして、速度調整」
あかねが言いましたが、りかは速度を上げようとする手を止めました。
「ごめーんねっ♡」
りかはかわいく謝りました。しかし。
「速度、忘れてるよ」
ゆうきが百八十キロ出してあげました。
「許してええええっ!!」
「いってらっしゃーい!」
遠く遠くへ向かうりかを見送るまいたちなのでした。
石田は教会に来ていました。
「愛しの彼が見つからないので、洗礼を受けたいのです。神よ、どうか私をお導きくださ……」
しかし、
「無理」
牧師に断れてしまいました。
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