11.ゆうきと花子さん

第11話

キーンコーンカーンコーン

 授業を終えるチャイムが鳴ると、ゆうきは一目散に教室を出ていきました。

「もも、漏れる~っ!」

 おしりを押さえながら、走っていました。

「はあ、すっきりしたあ……」

 無事に、用を足すことがました。

「……」

 目の前に、おかっぱ頭の赤と白のワンピースを着た、女の子が呆然として佇んでいました。

「うわーっ!」

 ゆうきと女の子は、驚いて叫びました。

「ななな、なんだお前はーっ!」

「あああ、あんたこそっ! ここ女子便よ女子便!」

「はあっ?」

「はあ? じゃないわよ。ここは女子便よ、じょ・し・べ・ん!」

 女の子はにらみました。

「なに言ってんのお前。ここは男子便だぞ。なんでそんなとこにいるんだよ!」

「なによこの変態! 犯罪者!」

「なんだとっ? そっちのが変態で犯罪者だろうが!」

 ゆうきはニヤニヤして、

「もしかして俺とエッチしたいとか?」

 バシーン!

「早くズボン上げれば? この変質者!」

 ゆうきはほおをビンタされて、ヒリヒリ赤くはれ上がりました。ムッときたゆうきは、ズボンを上げると女の子に掴みかかって、二人で取っ組み合いのケンカをしました。

 廊下を歩いている若い女の先生が、女子便の騒がしい音に気づきました。

「こらー、誰ですか? トイレで騒いでいるのは」

 中に入って、騒がしい個室を開けました。

「まあ! どうして男子が女子トイレにいるんですかっ!」

 ゆうきだけ怒鳴られました。

 トイレから出ると、確かにゆうきが出たところは、女子便でした。ゆうきは呆然としました。

「で、でも漏れそうで急いでたんで、しかたないですよね。ていうかケンカした女の子、カギも閉めずに個室にいるわけですよ? そっちのがあやしくありません?」

 先生は、ゆうきをにらんでいるだけでした。

「い、いや俺急いでたし、女の子はカギも閉めずに用を足してたし……」

 先生は、ゆうきをにらんでいるだけでした。

「先生美人~。おっぱい小さいけど~」

 ゴチン!

 ゆうきはげんこつを喰らいました。

「あとで職員室に来なさい」

「はい……」


 先生の説教は一時間も受けました。立ちっぱなしで、あることないことさんざん注意をされました。ゆうきは初めて、悪気のないことで、一時間も説教を受けました。彼は今、公園のベンチに座っていました。

「くそ~。あいつがトイレのカギ閉めないのが悪いんだろ?」

 ふてくされていました。

「だーれだ?」

 ゆうきは目を両手で覆われました。

「えっ? なになにっ」

 ゆうきは驚きました。けれど、答えました。

「女の子っぽい声だな。なら胸も当ててえ~!」

 と言うと、思いっきり覆った目を両手で押さえつけられました。とても痛がりました。

「ふんっ。やっぱり変態じゃん」

 と、ゆうきの目を痛める両手が、スウーッと消えました。

「なんだなんだいきなり!」

 辺りを見渡してもなにもいません。呆れて、ベンチの背もたれにもたれかかりました。

 その時。

「よっ!」

 ベンチの下から、おかっぱ頭の女の子が出てきました。

「うわーっ!」

 ゆうきは飛び上がりました。

「あははは! その驚きっぷり最高。また見れてよかった」

「あーっ! お前は昼間のトイレにカギ閉めない変態!」

 ゆうきが指をさしてきました。

「変態はあんたでしょ! 女の子の前で堂々とうんちなんかして!」

「うるせえ! あれは急いでたからしかたないんだよ!」

「急いでたら、あんたは女の子の前で平気でうんちができるのねえ」

 笑いました。ゆうきはイライラがつのりました。

「えーいっ! おかげで一時間も説教を喰らったんだぞ? この借りは返してやる!」

 と、女の子がスウーッと消えました。

「え? う、うわああああっ!!」

 ゆうきは逃げました。恐怖で逃げ出しました。

「あははは! おもしろーい!」

 目の前に、女の子が立ちはだかっていました。

「ひい~っ!」

 ゆうきはしりもちをつきました。

「ゆゆゆ、幽霊だあ~」

 すっかり怯えきってしまいました。

「そう、あたしは花子。かつて日本の一躍大スターと呼ばれた、天下一の妖怪!」

 と、花子さんはハミングをし出しました。どうやら自分のテーマソングのようです。ちょっと聴いてみましょうか。


♪三階女子トイレの、三番目を三回ノックする するとあたし花子がやってくる


 だけど、それだけじゃおもしろくないから 少しばかりいたずらを仕掛けちゃいます


時には笑って時にはウソ泣き 時には壁を叩きます


電気もたまに消してます


どんな強い子でも、あたしには絶対敵わない いつか人間とお友達になりたいな♪


「一つ思ったこと言っていい?」

「いいわよ。感想は随時募集中!」

 と、花子さんは胸を張りました。

「人間と友達になりたいって歌ってたじゃん? じゃあなんでいたずらすんの?」

「当たり前でしょ? 友達を作るために決まってるわ」

「いや、だからそのいたずらは友達を作ることに関係あるの?」

「あるわよ! だってね、お化けはいたずらをすることが仲良しの一歩だからね」

「いや、いたずらじゃ人間には通用しねえよ?」

「え?」

「だって、花子だっていじわるしてくるやつと仲良くなりたいと思わないだろ?」

「ええ?」

「人間は、いじわるしてくるやつとは、仲良くしないの」

 ガーン!

 花子さんは、ガッカリしました。

「まさか、そんな……。お化けのみんなは通用してくれるのに……」

「え……」

 ゆうきは唖然としました。

「ねえどうしたら友達ができるかな! あたしわかんないよ〜!」

 花子さんは、うるんだ瞳をゆうきに見せつけました。

「そりゃあ簡単だよ。えーっとえーっと……」

 ゆうきも考えました。考えてこなかった質問でした。花子さんはぐすんと言って、涙を拭いていました。

「俺がなろうか? その、友達に」

「へ?」

「教えてやる。妖怪に、人間界の友達の在り方を!」


「友達になったはいいけどさ、なにするのよ?」

「え? そりゃあ遊ぶんだよ」

「じゃああたし、なわとびかおままごとしたい!」

「はあ? なんでそんな女の遊びを俺が……」

 ゆうきは思い出しました。確か、花子さんで言うなわとびは、縄で首を絞めて、おままごとは、包丁で体を切りつけるものだった気がする。

「ねえ、どっちにする?」

 ゆうきはあわてて答えました。

「そ、それよりブランコで遊ぼうぜ! 俺ブランコ大好きなんだ!」

「ブランコ? なにそれ?」

「もしかして、知らないの?」

 ゆうきと花子さんは、ブランコの元へ向かいました。

「こうやって漕ぐんだよ」

 ゆうきはブランコに乗って、漕いでみせました。花子さんも真似して、漕ぎました。とても気に入ったようで、楽しそうにしていました。ゆうきも満足しました。

 しかし突然、花子さんはブランコを止めました。

「これだけ?」

「え? これだけって言われても、ブランコはこういうものだし……。いや待てよ、こんな遊び方もあったな」

 ゆうきと花子さんは、二人漕ぎをしました。花子さんが座って、ゆうきが立ちました。

「すごーい! 二人漕ぎなんてのもあるんだね!」

「楽しいだろ。ん?」

 ゆうきは今さら、花子さんの前に立ってしまったなと思いました。

「んで、"たった"ーっ!」

 股の間にあるものが、不意に大きくなるのを感じました。これはバレたら、どうなるか。とてもあせりました。しかし、いきなりブランコを止められるはずがありません。

「ねえゆうき。あんたも漕いでよ。ちっとも揺れないじゃない」

「え? あ、ああそうだな」

 ゆうきは漕ぎました。

「ふぐっ」

 花子さんの顔に、ゆうきの大きくなったのが当たりました。

「あっ♡」

 思わず、ゆうきは声を出しました。

「ぷはあ!」

 花子さんは、怒りをつのらせました。

「この変態があっ!」

 ゆうきのを拳でパンチして、ブランコから突き倒しました。

「ふんっ。ブランコきらい」


「これはすべり台。はしご登って、てっぺんからすべるだけ。簡単だろ?」

「へえー、おもしろそう」

「お前すべり台も知らないのか」

「当たり前よ。あたしは戦争が始まる前に死んだのよ? この町の雰囲気も、変わったものねえ」

 ゆうきはなぜか拍手しました。

 ゆうきからすべりました。

「ほら、すべってこいよ!」

 すべり台の下側に寝そべりながら、声をかけるゆうき。

「いっきまーす!」

花子さんがすべりました。

 ドーン!

 寝そべっているゆうきと、ぶつかりました。

「いたた……。きゃあーっ!」

 ゆうきが、花子さんのスカートの中に、顔を埋めているじゃありませんか。

「いてて……。花子、気を付けろよ」

 と言って、

「てか、パンツ白なんだね」

 ほほ笑みました。

「ん?」

 花子さんは、包丁と縄を持って、目と歯をギラギラさせていました。

「なわとびとおままごと、どっちがいーい?」

 ゆうきは逃げました。

「待~て~!」

 花子さんが追いかけてきます。

「わわ~っ!」

 ゆうきはベンチの下に隠れました。

「きえいっ!」

 花子さんは包丁でベンチを真っ二つにしました。ゆうきは逃げました。花子さんは追いかけました。

「うお~っ!」

 ゆうきはモミの木のてっぺんまで登りました。

「ふう。ここなら追ってこないだろう」

「甘い!」

 と、花子さんは縄を幹にくくりつけて、おもいっきり引っ張りました。すると、徐々にモミの木が倒れていきました。

「はあはあ……」

 モミの木を倒した花子さんは、息を切らしました。

「お、お見事……」

 ゆうきは感心しました。で、すぐに逃げました。花子さんは追いかけました。

「こうなったら! えいっ!」

 花子さんは包丁を投げつけました。

「やばい! このままじゃ俺の脳天に命中してしまう……」

 辺りを見渡しました。と、そこへ。

 グローブジャングルが目の前にありました。ゆうきはそれをおもいっきり回して、包丁をはね返しました。

「きゃっ!」

 花子さんははね返ってきた包丁を避けました。

「はっはっは! 公園の遊具を知りつくした俺に、追いつけるはずはない!」

「えーいなにくそっ!」

 次は、縄をくくりつけてやりました。

「きゃあ!」

 ゆうきが勢いよくグローブジャングルを回すおかげで、引っ張られてしまいました。

「どうだまいったか!」

「くっそ~! でもこれ楽しい!」

「だろ?」

 二人は笑いながら、グローブジャングルを回り続けました。

「おええっ!」

 回りすぎて、吐きました。

「ま、回りすぎたあ……」

「ま、回りすぎると気持ち悪くなるくらい知ってるわよ……」


「生前はなんだったの?」

「オードリー・ヘップバーンよ」

「うんなんだったの?」

「言いたくないわ、過去の話なんて」

「なんだそれ。あ、トイレの妖怪だから、飛び散ったおしっこから……」

 ゴチン!

 ゆうきは花子がどこからか出したハンマーで、空の彼方へと飛ばされてしまいました。

「人よ、バカ!」

「で、でも妖怪は古くなった道具とか物に魂が宿ってなるって聞いたぜ?」

 たんこぶができた頭をさすりながら言いました。

「人もなるわよ。まあでも、あたしこれでも老衰したんだけどね」

「え? 老衰?」

「そっ。今百歳」

「えーっ!?」

 ゆうきは動揺しながら聞きました。

「ででで、でもなんで小学生にっ?」

「そうね。ちょうどあんたと同じ年の頃合いに、未練があるからよ」

 と言って、花子さんは妖怪になる前の話をしてくれました。

「それは、戦争が始まる前の時代。あたし、仲のいい女友達がいてさ。悪友よ悪友。あきちゃんっていうんだけど。その子と万引きしたり、男子泣かしたり、派出所にバケツいっぱいの水ぶちまけたりしてさ。思えばあの子のおかげで、いたずらに目覚めたのかもしれない」

「派出所って?」

「今でいう交番のことよ」

「おい。いくら俺でも交番に水はぶちまけねえぞ?」

「ある日ね、その子と車壊したの。そしたら警察に見つかっちゃって。とうとう逃げきれないって泣き言をつぶやいたあたしに、その子言ったの」


 あきちゃんは言いました。

「あんたは先に逃げな」

「で、でもそれじゃあきちゃんが……」

「いいから逃げなって! こんな時に甘ったれてんじゃないよ!」

 花子さんは逃げました。


「それからあきちゃんの姿は見れないまま、大人になっていったの」

「あきちゃんへの感謝はしきれないだろうな」

「時が経つにつれて、あきちゃんのことは忘れていって……」

「忘れたのかよ!」

「気づいたら百歳になっていて。死に際に思い出したの。あきちゃん、どうしたんだろうって」

「いやなんでそのタイミングで思い出すの……」

 ゆうきは唖然としました。

「でもさ、なんでうちの学校のトイレに出ていたずらなんかしたの?」

「友達を作るためよ」

「いやでも未練はあきちゃんなんでしょ? うちの学校のトイレは関係なくない?」

 花子さんは照れながら言いました。

「だって、今までいたずらばかりして、うまく人とかかわるのが苦手でさ。だから、少しレベルアップしたあたしをあきちゃんに見せたくて……」

「コミュ障……ってこと? 現代的な悩みだな。てか生前行ってたのはいたずらってより非行だと思いますが?」

 そのツッコミはさておき。

「でも、いたずらするんじゃ友達ができないなんてこと知ってたでしょ? それをどうしてしたの?」

「始めにも言ったと思うけど、妖怪はいたずらしてなんぼの生き物よ。元々いたずらは得意だし、友達できるし、一石二鳥! と、思ってました」

 ゆうきは呆れて言葉も出ませんでした。

「じ、じゃあ友達はどうやって作るのよ? あんた呆れてるくらいなら、知ってるんでしょ!」

「ええ?」

 ゆうきは当惑しました。

「そ、そんなこと言われてもな」

「ええ?」

 花子さんはいじわるく、耳をすませました。

「普通にすればいいんじゃない?」

「普通? 各駅停車のこと?」

「いやちげえよ」

 ゆうきは言いました。

「友達ってのはな、他愛のないことからできるんだよ。今日の天気いいねとか、授業だるかったねとか。だから花子もあきちゃんとなんの他愛のない話すればいいんじゃない?」

「他愛のない話?」

「そこから話が広げられるさ。だって、友達だろ?」

 花子さんは目を見開きました。ゆうきはなにかしゃくに障ったことを言ってしまっただろうかと、ハラハラしました。このまま成仏されなかったら、自分の責任になるからです。最も、こんなことで恨まれても厄介ですが。

 しかし、花子さんはおだやかな顔をしていて、キラキラと光輝いていました。

「あれ? なんか気持ちいいな……。これが、成仏する感じなんだ……」

「成仏?」

「ありがとう、ゆうき。あたし、あきちゃんと他愛のない話をしてくるね」

「おう。向こうに着いたら、手紙くれよ」

「バカ。無理よそんなの」

 と、もうすぐ消えてしまいそうな花子さんは、ゆうきのほおにキスをしました。すると、たちまち光とともに、消えていきました。

 ゆうきはキスを受けたほおに、触れました。まだぬくもりが感じられました。空に手を振りました。


 向こうでも、元気でやれよ!


 翌日、花子さんと初めて会ったトイレの個室に来ました。ゆうきはそこに、花束を置きました。入った時は考えもしませんでしたが、あわてて入った個室は、三番目でした。

「こんなところにこんなのもなんだから、早く持って帰れよ」

 ゆうきはトイレから出ました。

「あーっまたこないだの! 女子トイレに入りましたね?」

 ゆうきを一時間も説教した若い女の先生が、ゆうきをにらみました。しかし、彼は動揺することもなく、落ち着いた様子で言いました。


 急いでたので。


 個室に置いた花束が、スウーッと消えました。

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