9.まいとゆうきのいとこ

第9話

「プッリン~♪プッリン~♪」

 まいは、おやつの中でもプリンが大好きでした。図書館で借りた本は読破したし、宿題もテストもない。てなわけで、この日のために取っておいたプリンを食べようと、冷蔵庫までスキップしていました。

 冷蔵庫を開けました。

「あれ?」

 プリンが見当たらない。昨夜の残り物をどけても、いつのやつかわからないものが入っているタッパーをどけても、プリンは見当たりません。

「あいつか!」

 まいは怒りました。

 部屋では、ゆうきが床でゴロゴロしながら、鉄道雑誌を読んでいました。

「あ、姉ちゃん」

「ゆうきー? 私のプリン知らなーい? 怒らないから言ってごらーん」

「いや、ところどころ伸ばして言ってるところあるし、顔が笑っててもオーラで怒ってるってわかるよ」

「容器に私の名前が貼ってあったプリンがなかった?」

 まいはにらみました。プリンの容器に、ちゃんと"まい"と、書いて、フセンを貼っていました。

「知らないよ」

 まいは辺りを見渡しました。

「あーっ!」

 ゆうきの勉強机に、プリンの容器がありました。中身は空でした。

「やっぱり! 食べたわねえ~」

 イライラをつのらせるまい。

「まま、待ってよ! よく見ろよ、名前なんてないぜ?」

「ウソ! フセンが貼ってあるじゃない!」

 まいは、空のプリンの容器を奪い取りました。

「あ、あれー?」

 よく見ると、フセンには、ゆうきの名前が書かれてありました。まいの名前じゃありませんでした。

「姉ちゃんきっとプリンが食べたすぎて幻を見たんだよ」

「幻?」

「だから、コンビニ行ってこいよ!」

 ゆうきはキラキラと輝きました。

「ゆうき……」

 まいもキラキラと輝きました。

「なわけあるかーっ!!」

 まいは、ゆうきを逆エビ攻めをかけました。

 ピンポーン。

 ドアチャイムが鳴りました。

「誰だろう?」

 まいは、ゆうきの逆エビ攻めをやめて、玄関に向かいました。

「はーい」

 玄関の引き戸を開けました。そこには、背の小さな、二つおさげの髪をした、女の子がいました。

「あら、りんちゃん! 久しぶり~」

 いとこのりんが来ました。

「ゆうきは?」

 と、りんが聞くも、まいは彼女にデレデレのようでした。

「もういくつ? 確か二年ぶりかしら? てことはもう八つね! 小学三年生かあ!」

 と、感心していると。

「ゆうきはっつってんだろーっ!」

 むちゃくちゃ怒られました。

「なーに? って、りんちゃん久しぶり!」

「ゆうきーっ!」

 りんは、ゆうきに飛びつきました。

「おいおい。恥ずかしいな。そんなくっつくなよ」

 と言って、りんを体から離し、彼女の頭に手をポンと置くゆうき。

「ゆうき、なんかして遊ぼうよ」

「おう。じゃあゲームでもするか」

「わーい! ゲームゲーム!」

「なにこの差……」

 まいは、キョトンとしていました。

「おい姉ちゃん。お菓子とジュースな」

 ゆうきが言いました。

「おい姉ちゃん。お菓子とジュースな」

 りんが真似しました。まいは、唖然としました。


 お菓子とジュースを持っていくと、ゆうきとりんは、居間のテレビで格闘ゲームをしていました。

「ちょっとゆうき。なにやらせてんのよ? まだ八つの女の子よ。普通RPGとか、パズルゲームさせないかしら?」

 と、呆れると。

「いや、なんかりんちゃんがどうしてもやりたいって言うからさ」

「男らしいからいいの」

 りんが言いました。

「りんは、男らしくなりたいから、こういう格闘ゲームもやるんだあ」

「はあ?」

 まいが首を傾げました。

「あ、姉ちゃんにこれ。ママから」

 と、手紙を渡しました。

「ママ……じゃなくて母ちゃんが渡せってさ」

「口調をゆうきに似せてるのかしら……」

 唖然としました。

 まいは、便せんから手紙を出しました。こう書かれてありました。


"まいちゃんへ


最近娘のりんが、男らしくなりたいと言い、言動が男らしくなってきました。このままでは将来が心配……。

女の子らしいまいちゃん、どうか娘に女の子らしさを取り戻してあげてください


母より"


「ゆうき、ちょっと」

 ゆうきの肩を突いて、廊下へ連れ出しました。

 廊下で、ゆうきは手紙を読みました。

「ということなのよ」

「ふーん。姉ちゃん責任重大だね。がんばってね」

「ちょいちょいなに責任放棄してんの。ここに呼ばれたってことは、あんたもなんとかするのよ」

「でも俺男だよ?」

「普段女の子とばっかいんだし、同性愛の子に好かれてるんだから、多少女心がわかるでしょ」

「いや、それとこれとは話がちげえよ」

「とにかく。作戦にはノリなさいよ。わかった?」

「ズダダンダーン♪」

 ノリノリで踊りました。

「ノレよ?」

 怒りに震えるまいでした。


 正午になりました。昼時です。

「りんちゃーん。お昼ごはん作ろっか」

 制服の上に、お気に入りの白いエプロンを身に着けました。

「やだ」

「即答!」

 コケました。

「でも、お料理できないと、りっぱな女の子になれないよ?」

「いい。男らしくなるから。男子厨房に入らずだもん」

 プイっと、まいから顔を背けました。

「どこで覚えたのよそんな言葉……」

「チッチッ。りんちゃん、男でも料理できないとダメだぜ? てことで、ゆうき様が男の料理を教えてやろう!」

「男の料理?」

 りんは、目を輝かせました。

「まずうどんを湯がく」

 ゆうきはうどんを湯がきました。

「そして、どんぶりに移したうどんに、生卵、しょうゆを付けて、完成! 簡単だろ?」

 と、満足げに笑うゆうきに、まいのライダーキックがヒットしました。

「いてて。なんだよもう!」

「男の料理なんてしたら、女の子らしくならないでしょ!」

「え? 料理すればいいんでしょ」

「男らしくないものをだわ!」

 けれど、うどんを見て。

「でもそれおいしそうね。余ったごはんでチャーハンにしようと思ったけど、それにしようかな?」

「おう? 姉ちゃんもノってきましたね」

「よーし! 料理がダメなら、あれしかないわ!」

「あれって?」

 そこへ。

「お腹空いたあ!」

 りんが居間の座卓をトントン叩きました。

「まずはうどんようどん! その卵としょうゆのやつ、りんちゃんのために用意するわよ!」

「おっす! 一時休戦といきましょうか」


 お昼を食べ終わりました。

「りんちゃーん。お裁縫やりましょ」

「やだ」

「またしても即答。でもあきらめないから」

 と、りんの隣に来ました。

「お裁縫できると便利よ。破れた服を自分で直せるし。ほら、ちょっとでいいからいっしょにやろ?」

「むう」

 しぶしぶやってくれました。

 まいでも、針に直で糸を通すのはむずかしいので、糸通しの使い方を教えました。りんは、糸通しを使ったことがあるみたいなので、問題なく使えました。糸が針に通ったあとは、たま結びをします。しかし、りんには至難の業でした。なかなか結ぶことができません。

「もう~! やんない!」

 ポイっと、糸が通った針を捨てました。

「あ、こら! 針は投げないの」

 まいは注意しました。

「うーん……。あーもうできなーい!」

 ゆうきが、針を投げ捨てました。

「あんたは糸通しも使えんのか!」

「だいたい今時古着屋に売るとかすりゃいいでしょ。裁縫なんて、古い古い」

「あ、そっか。そうだよねゆうき」

「イエーイ!」

 ゆうきとりんは、ハイタッチしました。

「もういい。私一人でりんちゃんをどうにかするから」

 まいはアゴに手を付けて考えました。今の状態からして、男の子でも女の子でも楽しめるものが良好かと。

「あ、そうだ!」

 ひらめきました。


「てことで、お菓子作りをしたいと思いまーす!」

「がんばれー」

 ゆうきとりんは、居間から手を振りました。

「ちょーい。君らもやるんだよ?」

 呆れました。

「りんちゃんクッキー作りはしたいでしょ?私といっしょに作ろうか」

「えー?」

 めんどくさそうにしましたが、かまわず、自分が昔着用していたピンクのエプロンをしてあげました。

「まずは、小麦粉とバター、卵、砂糖を混ぜる」

 これらをりんにやらせました。始めはいやいややっていましたが、生地ができあがっていくのがおもしろいようで、目を輝かせていました。

 一番楽しそうにしていたのは、型抜きの作業でした。いろいろな形にできるのが、楽しいようでした。

 型抜きした生地を、オーブンに入れました。

「まだかなまだかなあ」

 焼き上がるのを、オーブンの前で楽しみに待っています。そんなりんを見て、まいは最初会った時よりも一段とかわいく見えるなと思いました。やっぱり、年下はこうでなくちゃなと、うっとりしました。

「おいおい。りんちゃんじーっと見つめて。手出すなよ?」

 ニヤニヤするゆうき。

「しないわよ。てかあんたなにもしてないじゃん!」

 ゆうきをげんこつしました。

「いてて! だ、男子厨房に入らずだぜ?」

「ああ!」

 りんが声を上げました。

「りん、男らしくなりたいのに厨房に来ちゃったあ……」

 落ち込みました。

「大丈夫。ここからサボればいいんだから」

「あ、そっか!」

 ゆうきとりんは、笑い合いました。

「もし男らしさが治らなかったら、あんたのせいだから!」

 と言って、まいはため息をつきました。


 廊下に来て、ゆうきは言いました。

「もう無理じゃない? りんちゃんはあのままでもいいんじゃないの?」

「けど、お母さんが手紙よこしてきたのよ? なんとかして、女の子らしくしなくちゃ」

「できんのー?」

 ゆうきはニヤニヤしました。

「おう、やったろやないけ!」

 まいはムッとしました。

「でもどうすれば……」

 ふと、居間を見ると、座卓にハサミが置いてあるのが見えました。

「あっ」

 まいは、ピンときました。


 りんは、居間で先ほど焼いたクッキーを食べていました。

「りんちゃーん。男らしくなりたいのよね」

 まいが聞きました。

「うんそうだよ」

「じゃあーあ。簡単になれる方法、教えてあげる!」

「ほんと?」

 目を輝かせました。

「そ・れ・は」

 ギュイーン!

 バリカンが起動しました。

「え?」

 目を丸くするりん。

「りんちゃん。これなんだかわかる?」

 まいが聞きました。

「え? いいの答えて」

「もちろん。それがつまり簡単な方法なんだからね」

「え、えーっとえーっと……」

 オロオロするりん。

「男の子なら、ズバッと答えるけどなあ」

 りんは息を飲みました。

「じ、じゃあ答えるよ?」

「どうぞ」

「バ、ババ……。バリカン!」

 ギュイーン!

「ひい!」

 バリカンが、りんに向けられました。

「バリカンで髪の毛全部抜こうね」

「ついでに俺のトランクスもやろう」

 ゆうきが言いました。

「ついでに俺の運動靴もやろう」

 さらに言いました。

「口調も俺といっしょな。一生」

「さありんちゃん。髪の毛ギュイーンしようねえ」

 ギュイーン!

 バリカンが、近づいてくる。

「い、いやああああ!!」

 りんは叫んで、とうとう泣き崩れてしまいました。

「姉ちゃん。さすがにやりすぎだよ」

「そ、そのようね」

 バリカンを止めて、りんに謝りました。

「りんちゃんごめんね? あなたのお母さんからりんちゃんを女の子らしくしたいって手紙で頼まれて、これは一つの作戦だったの」

 されど泣き続けるりん。しばらく泣き声だけが、響き渡りました。まいとゆうきは、お手上げでした。


 一時間後。ようやくりんは泣き止みました。けれどまいとゆうきを背にして、ずっとすねていました。まいとゆうきは、こういう時どう声をかけたらいいか、わかりませんでした。

「姉ちゃんなんか行ってやれよ」

 ゆうきがコソっと言いました。

「はあ? なんで私に押し付けるのよ!」

 まいもコソっと言いました。

「もういい帰る」

 りんが立ちました。そして、居間を出ていこうとしました。

「あの、りんちゃん!」

 まいが呼び止めました。りんは、足を止めました。

「あのね、その。男の子だって、女の子だって、変わらないんだと思う。だってほら、男の子も女の子もご飯を食べるし、お風呂に入るし、トイレにも行くでしょ? まあつまりさ、みんないっしょなんだよ」

「みんないっしょ?」

 りんが、少しだけ後ろを向きました。

「りんちゃんはりんちゃんでいいんだよ!」

 まいはほほ笑みました。すると、りんはこの言葉が響いたのか、ほほ笑みました。

「あたしはあたしなんだ!」

 まいは、気持ちが伝わったのに、安心しました。やっぱり、いとこだからなのかな。ゆうきも、ほほ笑んでいました。


 その日の夜、まいは脱衣所で制服を脱ぎながら考えました。りんくらいの年頃も、なかなか扱いがむずかしいなと。けれど、りんが女の子らしさを取り戻してくれたので、今回はよしとしました。

「さーて。入るぞ!」

 浴室のドアを開けました。そして、湯舟のフタを、開けました。

 ザバーン!

「うわーっ!」

 ゆうきが中から出てきました。

「はあはあ……。ね、姉ちゃん昼間男も女もいっしょ的なこと言ってたよね。じゃあ、いっしょに風呂に入ろうよ。実にいつぶりかな」

「は、はあ?」

「それにしても、また一段と大きなくなりました。お・つ・ぱ・い♡」

 と、まいの胸を揉みました。キレたまいは、ゆうきを宇宙の果てまで、吹き飛ばしました。

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