7.恋する男の子

第7話

ゆうきは一度も恋をしたことも、恋をされたことがありませんでした。しかし、ついに恋をされました。相手は、男の子でした。

 それはある日、住宅街の中で、まいとケンカをしていた日のことでした。

「ゆうきのバカ! よくも私の録画しておいたサスペンスドラマ消したわね!」

「姉ちゃんこそ! 俺が録画しておいたローカル線の旅番組消しやがって!」

「バカにバカって言われたくないわよ!」

「なんだと~!」

 お互いにらみ合いました。

 電柱の影で、男の子が二人を覗いていました。

「ついに会えた。僕の理想の恋人……」

 男の子はそうつぶやきました。

「あ、あの!」

 男の子は電柱から出てきました。

「んだよう?」

 まいとゆうきが男の子をにらみました。

「ひい! お、お取り込み中でしたらあとで~!」

 逃げようとしました。

「ああいや! 気にしなくていいよ……」

 ゆうきがあわてて止めました。

「ほんと?」

 男の子が涙目で、うるうるしていました。

「か、かわえー」

 まいとゆうきは、胸をキュンとさせました。

「あら?あなた石田いしだ君じゃない」

「"くん"?」

「そういうあなたはまいさん! 奇遇ですね、こんなところで会うなんて」

「あ、あのー姉ちゃん。この子男の子なの?」

「あーそっか」

 まいは説明しました。

「この子は私の幼馴染みの石田君。パッと見女の子に見えるけど、男の子なんだ」

「初めて会う人には、よく言われます」

 石田君は、後頭部をさすりました。

「石田君は私より成績優秀で、学年で一位なのよ」

 ゆうきは感激しました。

「へえー! この子が姉ちゃんの成績を越す人か」

「小学生の頃は、テスト前とか泣きついてたもんね」

「ふっふ。僕に解けない問題はありません。将来は科学者か! 研究員か! わーはっはっは!」

 石田君は大笑いしました。笑い方が男らしくて、まいとゆうきは唖然としました。

「はっ、そうだ! ゆうきさん、好きです!」

「え?」

「僕と、付き合ってください!」

 と言って、ゆうきの手を握りました。

「あの、僕ずっと前からあなたのことが……。だから、今ここで……」

 顔を赤くして、

「きゃーっ! 恥ずかしい~っ!」

 ゆうきの背中をバシバシ叩きました。

「ね、姉ちゃん。なにか言い出したよ?」

「実は、同性愛者なのよ」

 同性愛者とは、男の子が男の子を好きになる、女の子が女の子を好きになるということです。両方を好きになる両性愛者、異性を好きになるのは、異性愛者といいます。

 ゆうきはキョトンとしていました。その横で、石田君がほおにキスをしようと近づいてきて……。

「ああっ! お、俺はそっちじゃないんで! ご、ごめんね~」

「そんなことわかっています」

「は?」

「けれど僕は雨の日も、風の日も、雪の日だって、あなたを見つづけていましたから」

 ほほ笑んで、

「だから、付き合えますよ?」

「いや、まるっきり言ってること理解できないんだけど。なんか怖いんだけど!」

「じゃ、よろしく」

 まいが立ち去ろうとしました。

「おい待てよ! なに一人だけ抜け駆けしようとしてんだよ!」

「なによ?」

「助けてくれ。友達だろこいつの」

「失礼よ。そういう人もいるんだから」

「だからっていきなり付き合えって言われてどうにかできるか!」

 と、まいはゆうきの肩に手を置いて言いました。

「だったらほおにチューするか、手握ってこれが一度きりとか言ってやんなさい」

「ほおにキスってふざけてんのかおい!」

 ゆうきは石田君の手を握りました。

「俺の手のこの感触を、思い出にしてくれ。じゃあな!」

 と、立ち去ろうとして。

「同棲しましょう」

「へ?」

「ゆうきさんと僕で、同棲するんです。そうすれば、自然と親交が深まって、やがて愛も深まるかと思うんです」

 石田君はうっとりしました。ゆうきは唖然としました。

「いいじゃない。やりましょ」

 まいが賛成しました。

「やるかんなもん!」

「決定権はまいさんにあります。どうですか?」

「なーんで俺と同棲なのに姉ちゃんに決定権渡すんだよ!」

 まいはアゴに手を付けて少し考えたあと、

「いいわよ」

 と、言いました。

「やった!」

 石田君はピースしました。

「いや考える間もなくね?」

「一週間、いや一年。いやもう一生やるわよ」

「ちょーい! 一生って、俺はなにをした!」

 ゆうきは涙ながらに訴えました。

「せめて、せめて一週間にしてくれ……」

「わかりました。じゃあその都度伸ばしましょう」

「は? どういう意味ですかそれは」

 ゆうきの疑問など聞こえておらず。

「さあ行きましょ。僕たちの、愛の巣へ!」

 ゆうきの腕にしがみついて、石田君は、自宅へ向かいました。

「大丈夫かしら?」

 そう思いながら、まいは手を振っていました。


 石田君の家は、モデルハウスのような、豪華な白い一軒家でした。

「お前の家でっかいなあ」

 ゆうきは思わず見とれてしまいました。

「昔、今は別れていないんですけど、お父さんが建てたそうなんです」

「ええっ!? 石田の父さんが……」

 さらに見とれるゆうきでした。

「おじゃましまーす」

 玄関に上がりました。

「やだあゆうきさんったら。同棲するんですよ? ただいまーでもいいのに」

 ウインクしました。

「いや、初めてだろ?」

「うふふ。中誰もいませんよ」

 リビングも居間もとても広くて、きれいでした。ちらかっているものもありません。ゆうきは、自分の家はこじんまりとしていて、お菓子の包みやマンガ、ゲームがちらかっている(まいやお母さんに怒られて片付けるけど)のに、えらいなと思いました。

「ここが僕のお部屋です」

 部屋のドアを開けました。

「おお!」

 ゆうきは感激しました。

 中には、鉄道模型や鉄道雑誌、レフカメラがありました。ゆうきは鉄道模型と雑誌に目を釘付けにしました。ローカル線の旅番組のDVDもありました。

「実はマニアでして、夏休みは一人旅するのが恒例になっているんです」

 ゆうきはDVDや雑誌、鉄道模型に目を輝かせていました。

「マジかよ! 俺も鉄道好きなんだ。毎週やってるさ、ローカル線の旅番組欠かさず観てるよ」

「へえー!」

「いいなあこんなにグッズがあって。母さんけっちいくてさ、旅行さえさせてくれないんだよね」

 と、一冊のDVDを見つけて、興奮しました。

「すげえ! これ先々週のやつが収録されてるやつじゃん。ねえねえ、今度からお前ん家よってっていい?」

 石田君は目を輝かせました。

「新婚旅行は、鉄道旅で決まりですね!」

「は? いやなんでそこでそんな勘違い発言するんだよ!」

「これで恋人になるために、一歩前進しました!」

「してねえよ!」


 夜になりました。ゆうきは居間でテレビを見てくつろいでいました。石田君は、キッチンで夕飯の支度をしていました。

「なにするの?」

 ゆうきが聞きました。

「ふふーん♪栄養のあるものを作るからねえ。待っててねえ、あ・な・た♡」

 包丁で野菜を切る手を止めて、ウインクしました。ゆうきは唖然としました。

「ていうか石田、料理できるんだな」

「はい。お母さんと二人暮らしなので、自炊はできるようにされたんです」

「うちも共働きだから、姉ちゃんが家事手伝いしてくれてさ。料理うまいよ」

「え?」

 石田君は、包丁を持つ手を止めました。

「こないだプリンも作ってくれたし」

「おお。まいさんにそんな才能が」

 石田君は感心しました。けれど次の瞬間、脳裏で自分の家事のできなさに負けて、ゆうきがまいのほうへとかけていく姿が浮かびました。

『石田より姉ちゃんのほうが、三分で飯作ってくれるしな。手作りで!』

 脳裏の中のゆうきがまいの腕にしがみついて、つぶやきました。

「いやああああ!!」

 石田君は、絶叫しました。このままでは、愛しのゆうきが離れていってしまう。

「な、なに?」

 ゆうきがびっくりした様子で見つめていました。

「うおおおお!!」

 石田君は、メラメラと燃えながら、いつもより三倍のスピードで、料理をしました。鍋に切った野菜を入れて煮込み、次にご飯が炊けたか確認しました。なぜいきなりメラメラ燃えたのか、ゆうきにはわかりませんでした。

 鍋のスープを小皿に注いで、味見しました。

「うん。できた!」

 リビングのテーブルに置かれたのは、焼いたさんまに、生のサラダボウルでした。サラダはセロリににんじん、パセリがたくさん入っていました。

「こんなん食えるかーっ!」

 ゆうきが怒鳴りました。

「えーっ!?」

 石田ががく然としました。

「俺は魚は寿司じゃなきゃ食えないし、野菜はゆでるか炒めないと食べれないの」

 わがまま言うと、石田君が。

「ゆうきさん!」

 怒りました。

「僕たち人間は、食べ物に命をいただいているんですよ。それをなんですか、食わずぎらいで粗末にするんですか?」

 真っ当な意見だ。ゆうきは思いました。そして、一つたくらみが浮かびました。

(ここで俺が反省していないフリをすれば、きらって帰してくれるかもしれない!)

 ゆうきの頭の中で、「ゆうきさん大っきらい!」と泣き叫びながら立ち去る石田が浮かびました。

「こうなったら意地でも食べさせます!」

 と言って、石田君はゆうきの口に、無理やりセロリを押し込みました。

「ううーっ!」

 ゆうきがうなりました。

「ほらほらーっ! 食え食えーっ!」

 さんまと生サラダがどんどん口に詰め込まれる。さんまの塩気と、サラダのみずみずしさが、アンバランスな味をしていました。


 夕飯が終わり、ゆうきはゴロゴロしながら、石田君の部屋から持ち出した雑誌を読んでいました。

「お風呂が沸きましたよ」

「いいよ先入って」

「なに言ってるんですか。いっしょに入るんですよ」

「え?」

「お背中、流してあげますからね……」

 石田君はうっとりしました。そして、ゆうきの股の部分に目を見やりました。

「やさしくしてくださいね!」

 目を輝かせました。

「変な期待をするなーっ!」

 ゆうきが怒りました。

「ていうか温泉ならともかく、家の風呂で男二人はきついだろ」

「いいえ。うちのお風呂は広いんですよ」

 浴室に来ました。まるでホテルみたく、広いバスルームでした。一体建てるのにいくらかけたんだろう。ゆうきはそればかりが疑問でした。

「ねっ、いっしょに入れるでしょ? ゆうきさんと初入浴~♪」

「ふん!」

 ゆうきは石田君を廊下に放り出して、脱衣所の戸を閉め出しました。

「ったく。でもこんなお風呂に毎日入れたら、いつでもホテル気分だろうなあ」

 裸になって、ゆうきは浴室に入りました。

「おっ、電気風呂もできるのか」

 さっそく、電気風呂のスイッチを付けて、湯舟に浸かりました。

「あいたっ。電気風呂ってチクッとくるなあ」

 と、そこへ。

「あ・な・た~♡」

 すっぽんぽんの石田君が、湯舟に入ってきました。

「えへへ。あいたっ! 電気風呂きらいなんで止めていいですか?」

「なに入ってきてんだよ!」

「夫婦だからです!」

 石田君がほほ笑みました。

「夫婦じゃないわ!」

「せまいんでもうちょっとそっち寄ってくれませんか?」

「こ、これ以上寄れるか!」

「じゃあ僕が寄ります……」

 石田君が寄ってきました。

「あんっ♡ゆうきさんと密着して、りっぱになったアレが当たってまーす♡」

「やめろーっ! なにがホテル気分だあ!」

 早くも、大人な気分を味わう(?)石田君とゆうきでした。


 就寝時、ゆうきと石田君は布団を分けて寝ることにしました。本当は、石田君が一枚の布団でいっしょに寝たがっていましたが、布団をくっつけてあげているだけ感謝しろというゆうきの意向の元、分かれました。

「なあ。どうして俺がいいの? 俺は女の子が好きだし、まあ心は男の子なんだよ? 別の同じタイプの人誘えばいいじゃん」

 石田君は言いました。

「でも、一番はあなただし」

「でも、俺は男なんか好きじゃないぜ」

「僕は、あきらめたくないんです。だって、あきらめたら、そこで試合終了とも言うじゃないですか」

 石田君は言いました。

「なに事も、そうだと思うんです。電車だって、駅までの途中で止まっちゃダメでしょ?それと同じで、僕は自分の恋を、中途半端に終わらせたくないんです」

 ゆうきは納得させられました。確かに、あきらめないその気持ちは、大切かもしれません。

「例えゆうきさんが女の子が好きでも、僕は恋をあきらめませんよ」

「じゃあ俺も明日帰る。石田が自分の気持ちに素直になるなら、俺だって素直になるよ」

 石田君は少し考える表情をして、すぐにほほ笑みました。

「わかりました。おやすみなさい」

「え?」

 ゆうきはキョトンとしました。石田君はぐっすりと眠ってしまいました。


 翌朝、ゆうきはまっすぐ帰してもらえることになりました。玄関まで、石田君がゆうきを見送りました。

「まだいてくれてもいいのに。また一緒に、ホテル気分って言ってたお風呂に入りましょうね」

「もうごめんだね。てかなんで俺がホテル気分だって言ってたこと知ってる? あと、二度と俺を追いかけるなよ、いいな!」

 と言って、立ち去ろうとしました。

「あ、待って。最後に一つだけ、お願い聞いてもらっていいですか?」

「へ? なに……」

 と、振り向いたゆうきのくちびるに、石田君はキスをしました。思った以上にやわらかいくちびるだな、ゆうきはそう思いました。

「う、うわあああ!!」

 石田君が離れると、ゆうきは叫びました。

「いやん。いただいちゃった♡」

 ほおを両手で包んで、石田君は顔を赤らめていました。ゆうきは初めてのキスが、好きでもない男の子に取られたので、ショックで頭の中が真っ白でした。

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