6.普通の国のアリス
第6話
学校帰りにより道したり、待ち合わせ場所にしたり。まいには、昔からお世話になっている公園がありました。遊具はブランコとすべり台、グローブジャングルに鉄棒、シーソーがありました。中でも、まいはシーソーが大好きでした。園児の時と、小学生の時は、公園に来ればいつもゆうきと遊んでいました。隣町にある運動公園に行かなくても、それなりに楽しめる場所でした。
メインは大きい広場でしょう。まいはゆうきやあかねといっしょに遊ぶ時は、よく缶蹴り鬼をしました。その隣で、他のグループがサッカーをしていました。そしてもうひとグループ、キャッチボールができるくらい、大きい広場でした。
中学生になると、下校途中に、まなみとおしゃべりのために来ることが多くなりました。桜の木の下にあるベンチに腰掛けて、他愛のない話に、花を咲かせるのです。
「はあ……」
まなみがため息をつきました。まいは、本を読み続けていました。
「はあ……」
キラキラと輝いたまなみがため息をつきました。まいは、本を読み続けていました。
「はあ……」
まるでベルばらに出てくるような美しいいで立ちのまなみが、ため息をつきました。
「なんで!?」
まいが驚きました。
「ったくどうしたのよさっきからため息ばっかついて。幸せが逃げるわよ」
「まいさん……。わたくし、いとこのことで悩んでおりますの……」
ベルばらに出てきそうないで立ちのまなみが言いました。
「いいからその顔やめれ」
まなみは元の顔に戻りました。
「
「いや、唐突の自己紹介……。それがあんたのいとこなの?」
「そだよ」
「まあ、ハーフで私立生だなんて。あんたとこのいとこ、レベル高いわね」
「まいちゃん、"あんたとこのいとこ"ってダジャレ?」
「は?」
沈黙が走りました。
「まいちゃんが言ったギャグでしょ! まなみがバカみたいじゃん!」
まなみは怒りました。
「なんで私が怒られるのよ! 今のギャグなんて思わずに言ったわよ!」
まいも怒りました。
「で、なに? そのいとこに嫉妬してるっていうの? そのいとこをガツンと言わせる方法、私に教えてほしいの?」
まいがニヤニヤしました。
「が、不登校になっちゃって」
「へ?」
「もうここ三ヶ月もお部屋から出てこないんだ」
「えーっ!? もったいない!」
素直にそう思うまい。
「だって私立生でしょ? ハーフでしょ? 将来とっても有望よ~! なあに引きこもらせてんのよ!」
「いや、そんなことまなみに言われても、アリスから引きこもりになったんだし。ていうかまいちゃんまなみのいとこ知らないのによくそこまで騒げるね」
続けてまなみは話しました。
「まさに、アリスはうちら親族にとっての、期待の星なの。パパとママが言うには、将来は世界を股にかけた、なにかすごいものにさせようって、言ってるの!」
「うわあ。相当プレッシャーがかかるなこりゃ」
「で、まいちゃん。どうして急にまなみがこんな話をしたかは、わかるよね」
まなみがほほ笑みました。もちろん、まいにはわかっていました。
「私にいとこの引きこもりを直してほしいんでしょ」
「さすがまいちゃん! 親友だもんねまなみたち。ねっねっ!」
まなみは拍手しました。まいは思いました。一体まなみのいとこはどんな人なのかと。
「じゃあさっそく会いにいこう!」
「え? 今日は無理でしょ」
「え?」
「だって、いとこの家って遠いでしょ? 今日は月曜日だし、土曜日でよくない?」
「心配しなくていいよ。まなみのいとこ、まなみのすぐ隣だし」
「え? それほんと?」
まいは首を傾げました。
「まいちゃん、自分が思う常識をすべてに当てはめちゃ……」
まいの肩に手を置いて、
「ダーメ♡」
ウインクしました。まいはイライラして、歯を食いしばりました。
まなみの住むマンションは、お世話になっている公園のすぐ隣にありました。まいにとって、マンションに来ることは、レアなことでした。部屋は洋風だし、自分が住んでいる和風の雰囲気とは、違うからです。一番目を焼き付けたのがベッド。まいは床の上に布団を敷いて寝ているので、まなみが使っているフカフカのベッドにおしりを付けた時は、感動という気持ちを味わいました。いつかベッドで寝てみたい、秘かに想う夢でした。
「番号は、"4649"っと」
マンションはオートロック式で、下で部屋番号を入力しないと、開かない仕組みになっていました。これもまいにとっては、新鮮なものでした。
「いいなあオートロック」
「そう? まなみは番号入力するよりも、すぐにドアを開けられるほうがいいけどな」
エレベーターで五階に来ました。すぐ横にドアが並んでいました。三〇一号室と、三〇二号室がありました。
「三〇二号室がアリスの部屋だよ」
「うわ、ほんとにお隣さんなんだ……」
確かに"小原"という表札が掲げられてありました。
「滅多にないわよ、いとこ同士がお隣だなんて」
ピンポーン
まなみは、三〇二号室のインターホンを鳴らしました。
「ねえ、まなみ」
「なに?」
「その、いとこと接する時に、ここ気配ったほうがいいとかある?」
まいは思いました。不登校は若干の気配りが大切だと。心に傷を負ってしまった人が多いけれど、まいは今まででそんな人たちと会ったことはありませんでした。なので、まなみに聞いたのでした。
「特にないけど」
ガチャリ。
ドアが開きました。
「んー……。まっちゃん?」
眠気眼をこすりながら、青と白のドレスを着た、金髪の少女が出てきました。
「か、かわいーーーっ!!」
まいは、その金髪の少女に抱きつきました。
「ひい~っ!」
少女は怯えました。
「いい匂い~」
泣き出した少女は、まいから離れると、まなみに飛びつきました。
「まっちゃーん。なんか変な人がいるよ?」
「ねー。もう大丈夫だからね」
まなみは冷たい目でまいを見つめていました。
「ちょっとそこ! 見るからにあやしい目で見てくんな!」
まいがまなみに怒りました。
「で、でもごめんついかわいくて……。私もキモすぎましたはい」
まいが謝ると。
「あたしかわいい?」
少女は照れました。まいは唖然として、コケました。
金髪の少女、小原アリスは、まいとまなみを家の中に招き入れました。
「なーんだ。あんたまっちゃんの友達なの。変な人なら通報しようかと思った」
「それはそれでおもしろいかも」
まいはまなみの頭を小突きました。
アリスは部屋のドアを開けました。中は、壁一面に絵画が飾っており、本棚には、たくさんの本が陳列されてありました。
「すごーい!」
まいが感激しました。
「ふふーん。これ全部あたしのお小遣いで買ったんだ」
アリスは胸を張りました。
「へえー?」
まいが呆然としました。
「一体なんなのこれらは?」
「あたしは今時めずらしい、童話のファンなのだ」
「てことは、これらすべて童話の?」
「そういうこと」
陳列されている本は、グリム童話やアンデルセン童話などがたくさんあり、絵画は、シンデレラや白雪姫など、童話に関連した作品が、たくさん飾ってありました。
「そして、極めつけはこれ」
クローゼットを開けました。まいは中身を見て、目を丸くしました。
中には、ドレスがたくさん並んでいました。
「こんなの、映画でしか見たことない!」
まいは、ドレスに釘付けでした。
「これね、全部アリスが作ったんだよ」
まなみの言葉に、まいは「えっ!」と、振り向きました。
「いやあ、材料集めるの大変だったよ。ちなみに今着ている格好は不思議の国のアリス。一番好きなんだ」
「えー? あんなの、なにがいいのよ。私も本好きだけど、さすがにあれは気持ちが悪かったわ読んでて」
と言うまいを、じっと見つめるアリス。
「え? な、なに?」
されどじっと見つめるアリス。
「あんたシンデレラ似合いそう!」
「へ?」
アリスはクローゼットから、ウェディングドレスを出しました。
「着て着て!」
「え、着るの?」
「うん!」
「私が?」
「YES!」
いきなりネイティブな英語を放つアリス。
「まなみのが似合うんじゃないの?」
「おーっほっほっほ!」
まなみは着物になっていました。まるで、紫式部や清少納言が着ていたような、着物でした。
「焼きそばパン~、買ってこい~。ば〜い紫式部〜」
と、まなみは節を付けて言いました。
「紫式部そんなこと言わないから!」
「ほら、着てよ」
グイっとウェディングドレスを寄せてきました。
「き、着ないってば~!」
まいは逃げました。
「あ、こら待てー!」
アリスは追いかけました。
「ったくしつこいなあ!」
まいは廊下へ逃げました。
「オーライオーライ!」
まなみが立ちはだかっていました。
「ど~け~!」
ドーン!
ぶつかりました。
「あんっ! いやっ、そこはっ……。あーん!」
まいは、アリスとまなみに強引に着替えさせられました。
「おお……」
アリスとまなみは、感激しました。
まいは、白いウェディングドレスを身にまとっていました。白いブーケを持って、りっぱな花嫁です。顔はしぶしぶな表情でした。
「やっぱあたしの勘は当たってた!」
「よかったね。ウェディングドレスなんて、人生で一度も着られなかったかもしれないんだよ?」
「二度と着られないかもでしょ!!」
まいが響くくらいの怒鳴り声を上げました。
「これで婚期が遅れる……」
床に手をついて、ガッカリするまい。
「やっぱ女の子だから気にするんだね」
と、まなみはカメラをかまえて、
「記念に一枚!」
パシャリとしょんぼりしているまいを撮りました。
「ちょーっと! どこの世界にウェディングドレス着て落ち込んでる人がいんのよ!」
「ここにいる」
まなみとアリスは二人いっしょに答えました。
「あのな……。じゃなくて本題は!」
まいはマントのようにウェディングドレスを脱ぎ捨てると、元の制服姿に戻りました。
「アリス、あなた今不登校なんでしょ? なにか悩みがあるの? 私、お話を聞きにやってきたんだから」
しかしアリスは。
「うーん。あんた男装も似合いそうね」
「は? いやだから今日はあんたと……」
間もなく。
「騎士、やってみて」
クローゼットから、騎士の格好を出しました。
まいは、言われた通り騎士の格好をしました。まなみとアリスは感激していました。
「ねえねえ! なんかキザなこと言って」
「は、はあ?」
「いいからいいから」
と、まなみが言うので、まいは言いました。言ったら聞きませんから。
「君の笑顔が見たいんだ!」
なるべくかっこよく、声を太くして言いました。
「ところで、なんであの子来たの?」
「さあ?」
まなみとアリスは、首を傾げていました。
「なんか言えよ!」
まいはカンカンでした。
「はあ……。あんたもあたしが親の言いなりになればいいって思ってるの?」
と言って、アリスはまいをにらみました。
「ええ? な、なにを突然……」
「あたしは勉強は大好きよ! 大好きじゃなきゃ私立生になって、学年で成績一位の座取れないじゃない」
「ほんとすごいわねあんたのいとこ……」
まいは、感心しました。
「でも、あの時!」
アリスは、すべてを打ち明けました。
それはアリスが夜中、トイレに目が覚めた時でした。ふと、居間の明かりが見えて、覗くと両親が話をしているのが見えました。
「アリスは成績優秀だし、ハーフだし、これなら僕たちよりもっといい仕事に就けるよね」
お父さんが言いました。
「そうね。私たち、楽に暮らせるのね!」
悪気のない顔で、お母さんがほほ笑みました。
ガーン!
アリスにとって、この何気なく言われた一言が、深く深く、心に傷を負ったのでした。
「それからあたしは引きこもって、大好きな童話の世界に閉じこもったってわけよ」
「そりゃあ、楽できるなんて当てにするような言い方はないわね」
まいは、まじめに言いました。
「童話が好きなのは、昔イギリスにいた頃に、おばあちゃんが寝る前に読み聞かせしてくれたのがきっかけなんだ」
アリスがイギリスにいたのは、小学校二年生まで。ロンドンに住んでいました。寝る前に、おばあちゃんが毎日絵本を読み聞かせしてくれました。
「おばあちゃんおばあちゃん! 今日はなになに?」
まだ幼いアリスは、ベッドの上で横になりながら、わくわくしていました。
「うふふ。今日は不思議の国のアリスよ。あなたと同じ名前ね」
おばあちゃんはニッコリほほえみました。アリスも、「ほんとだあ!」と、笑いました。それから、アリスは不思議の国のアリスが大好きになりました。
「翌年に、おばあちゃんは死んだの。まだ幼かったあたしは、お葬式は退屈でしかたがなかったし、おばあちゃんがどこに行ったのかも、わからなかった」
幼いアリスは、お母さんの服の裾を引っ張って聞きました。
「ねえねえ。おばあちゃんどこに行ったの?」
涙を拭いて、お母さんは答えました。
「そうね。遠い遠いところよ」
「遠い? もしかして不思議の国っ?」
目を輝かせました。
「うふふ。そうね……」
お母さんは、アリスの頭にポンと手を乗せると、物悲しげな顔で言いました。
「でも、もう二度と、おばあちゃんとは会えないのよ?」
この言葉の意味を知ったのは、数週間後、日本に来てからのことでした。
「日本では、クラスのみんなあたしのこと一目置いてるみたいで、誰一人近寄ってきてくれないし、パパもママもあんなこと言うし。あたしの居場所なんて、部屋しかないんだよ」
強がっていても、どこか悲しい表情をしているのが、まいには伝わりました。
「そうだったんだ……。ごめんね、気づいてあげれなくて」
まなみが謝りました。部屋が静かになりました。気まずい空気でした。
「でも、自分の好きな世界にだけこもってるのは、よくないと思わない?」
「でも……」
「桃」
まなみが言いました。
「モモンガ」
アリスが言いました。
「ガ? ガ、ガ……。ガチョウ!」
少し考えて、まいが答えました。
「うわ……。なにしりとりしてんの?」
まなみとアリスが引きました。
「知らないわよ! 知らぬ間にする展開になってんじゃん!」
と、怒ってから。
「じゃなくてじゃなくて! アリス、このままじゃどうしようもないわよ? あんただっていずれは大人になるの。今そんなことじゃ、絶対あとで後悔するからね?」
「なんで中学生のあんたがそんなこと言えんのよ?」
「え? ま、まあうちの親がそんなことを言っていたし。それに、やっぱ家にばっかいるよりも、学校に行くほうが得だもん」
「じゃあ、あたしはこれから自分が言いなりであるために勉強するの? 親のため? あたし自身はどうなるの? ねえ、答えてよ!」
まいは困り果てました。学校に行くことは、今まで当たり前にしてきたことですから、なんのためにと言われても、「将来のため」だとか、「困らないため」だとか、そういう回答しか出てこないわけです。しかし、今の彼女にそんなものが通用するはずがありません。だって、急なしりとりにノっても、心には深い深い傷を負っているのだから。まいをにらむ視線が、それを訴えていました。
「あの、なにかリフレッシュしない?」
まいとアリスは、まなみに顔を向けました。
「なにか悩んだ時は、楽しいことをして気分をリフレッシュするのが一番だよ。ね?」
「そ、そうね! まなみ、でかした!」
まいがホメると。
「こっちだって伊達に生きてんじゃないんだよおばさん! へ?」
怒ったまいは、まなみの首を絞めました。腕で、レスラーのように。
「さーてと! お菓子作りを始めましょっか」
白いエプロンを身に着けたまいが、手を合わせ意気込みました。
「がんばれー」
まなみとアリスが居間のソファーから手を振りました。
「ちょーっと! 君たちもやるんだよ?」
少しさかのぼって。
「で、そのリフレッシュだけど。なにをするの?」
「へ?」
まいに聞かれて、首を傾げるまなみ。
「もしかして、なにも考えてないの?」
「もちろん。言ってみただけだよ」
唖然とするまい。
「ていうかアリスのしたいことをするのが、一番なんじゃないかな」
まなみが言いました。
「あ、そうか。アリス、なにかしたいことある? なんでもいいよ」
アリスは、
「寝る」
と言って、ベッドの上にごろんしました。
「ダメ!」
「なによ? なんでもいいって言ったでしょ」
「寝る以外ならいいわよ」
まいはそう言いました。
「じゃあまいは寝ちゃダメって法律があったら守るのか!」
アリスが怒りました。
「バッカじゃないのっ?」
まなみがバカにしました。
ゴチン!
まいは、二人をげんこつしました。
「はいはいおふざけはそこまで」
まなみとアリスはたんこぶを押さえました。
「じゃあどこか行きたいとことかないの?」
「不思議の国」
「現実でお願いします」
「まっちゃーん。この子女の子のくせに、夢ないの」
アリスはまいに指さしました。
「ねっ。夢がないね」
「どう考えても不思議の国なんて行けないでしょ!」
まいは怒りました。
「わかったわかった。まあ現実だったら、熱海とか行ってみたいかな」
「熱海? ってどこ?」
まなみが聞きました。まいが答えました。
「静岡にある、温泉や海がいっぱいあるところよ」
「決めた! アリス、そこ行こうよ」
まなみが言いました。
「へ?」
と、まい。
「いいの?」
と、アリス。
「うんうん! だって、アリスのための、リフレッシュだよ。熱海なんて安いもんよ!」
と、まなみ。
「いや、ここ静岡じゃないし、遠いわよ」
と、まい。
まなみは人さし指を天井に突き付けて、
「よーし! アリスリフレッシュ作戦in熱海! さっそく始動!」
言いました。
「まっちゃん……」
アリスは感動して、うれし泣きしました。
「いや、ちょっといい?」
まいが手を挙げました。
「じゃあまいちゃん、あとはよろしく」
「は?」
「まなみとアリスは、まいちゃんが旅行の計画立ててくれるまで、お茶してるね。アリス、お茶しよー」
「わーい!」
と、二人は居間のソファーへお茶をしに行きました。
まいはわなわなと怒りに燃えました。
「熱海はなしだーっ!!」
まなみとアリスに、雷を落としました。
「なな、なんでよ! まいちゃん、アリスのための計画でしょ?」
「そ、それもそうなんだけど。ほら、私乗り物弱いじゃない?」
「乗り物酔いひどいの?」
アリスが聞きました。
「そういうことよ。だからその、旅行もいいけど、できれば交通機関を使わないのでいいかな?」
「まいちゃんが熱海に来なければいい話じゃん。計画は立ててもらうけどね」
まなみは悪びれることなく言いました。
まいはまなみを逆エビにして、
「あんたって子は! 口は災いの元ってことわざを知らないのかしら?」
怒りました。まなみは苦しみました。
「こうなったらじゃんけんで決めるわよ!」
まいが声を上げました。
「アリスのためにリフレッシュさせたいことを、各自考えるのよ。アリスはしたいことを考えればいいわよ」
「まあやっぱ、寝るか不思議の国に行くなんだよね」
「まなみ、私と二人でじゃんけんで決めましょ?」
「まなみ、熱海に行きたくなってきたなあ」
「……」
ダメだこりゃ。意見が合わない。
とにもかくにも、じゃんけんを始めました。
「最初はグー!」
とまいがグーを出すと同時に。
「パー!」
まなみがパーを出しました。
「は?」
「イエーイ! まなみの勝ちー。熱海決定!」
「パーはないだろパーは!」
まいは怒りました。
「アリス、熱海旅行楽しもうね。まいちゃんが乗り物酔いして吐くとことかおもしろいよー」
「うえ、吐くほどなの?」
アリスがしぶい顔をしました。
「なにが楽しいのよそんなもん見てーっ!」
「じゃあまいはなにがしたいの?」
アリスが聞きました。
「え? 私は、もっとみんなが楽しめそうなものよ」
「熱海旅行もだと思うんですけどね」
「どうしよ。まっちゃんが熱海熱海言ってたら、あたしほんとに行きたくなってきたかも」
「まなみはむちゃくちゃ行きたくてたまらないよ!」
「行っちゃう?」
「行っちゃおー!」
「でも家から出るのがめんどくさい」
「だあ~!」
まなみがコケました。
「ほら、アリスの今の状態と私が乗り物酔いがひどいこと考慮すると、ずばり、リフレッシュになるものがあります」
「別にまいちゃんの乗り物酔いは関係ないと思いますが」
「私たちもやることだから、アリスのことだけ考えてもしかたないでしょ」
「ずばり、なにをするのよ?」
アリスが聞きました。まいは、答えました。
「ずばり! お菓子作り!」
「お菓子作り?」
お菓子作りを始める前に、台所にあるものを片っ端から調べました。見つけた材料を、キッチンに並べました。
「小麦粉に卵、バター。クッキーにしましょ」
「ここは盛大にケーキなんてどう?」
「あたしウェディングケーキ作りたい!」
「んなもんできるわけないでしょ!」
「じゃあ、イチゴのタルト」
まいは言いました。
「クッキーは手軽に作れるのよ」
「それチョコレートじゃないの?」
まなみが聞きました。
「それもそうだけど、これだけ材料があるんだし、クッキーが一番よ。それに、私たちの親交も深まると思うしね」
と、ウインクするまい。
まずは小麦粉をふるいにかけながら、ボウルに入れていきます。
しかし、まなみが袋から全部、小麦粉をボウルに入れてしまいました。
「おバカ! ふるいにかけるのよ~」
まいはボウルから大量の小麦粉を戻してもう一度ふるいました。
「どうしてふるうの?」
「ふるいにかけるとね、ふっくら焼き上がるのよ。ダマを残したままだと、うまくできないんだって」
ふるいをかけ終わりました。
「二人とも、トイレ行ってくるから、どっちかで卵とかしといて」
「はーい」
まなみとアリスは返事をしました。
「トイレどこ?」
「居間を出て、右よ」
アリスから聞くと、まいはトイレに向かいました。
まいは、用を済ませました。
ドカーン!
台所から、爆発音がしました。
「なになになに!」
急いでかけつけると、特になにもありませんでした。台所を覗いてみました。まなみとアリスが、電子レンジを覗いていました。
「まいちゃん! 卵を"溶かそう"としたら、爆発したよ?」
「どういうことよ?」
アリスがにらむと、まいが怒りました。
「"とかす"ってのは器で混ぜてとかすことでしょ! ドロドロに溶かすんじゃないわ!」
別の卵を用意しました。
「次に小麦粉とバター、卵を混ぜていくわよ。やる人」
「はい!」
まなみが手を上げました。
「次あたしねまっちゃん」
「よーし混ぜるぞ。おりゃおりゃー!」
まなみは、泡だて器で勢いよく混ぜました。生地があちこちに飛び散りました。
「こらこら! やめやめ!」
まいが止めました。
「次あたしあたし!」
アリスは、ハンドミキサーで生地を混ぜました。
「おらおらーっ!」
ハンドミキサーを勢いよく回すので、生地が飛び散りました。
「やっぱり機械が楽っしょ」
「違うわーっ!」
まいの怒鳴り声がひびきました。
なんだかんだでクッキーができあがりました。
「どうせなら、違うところで食べたいわね」
「違うところ?」
「うん」
まなみとアリスはお互いを見つめて、首を傾げました。
「よし、今から行こ。ついといで」
エプロンを脱ぐと、居間を出ようとしました。
「ちょっと待って。ここで食べないの?」
アリスが止めました。
「もちろん」
「あたし外に出たくないからパス」
「じゃあ私とまなみだけでクッキー食べちゃおっかなー? 食べたいでしょ?」
まいがほほ笑みました。
「別にまなみもここでいいけどな。紅茶もあるし」
まいはムッとして、
「とにかく行くわよ!」
歩いて五分。街に来ました。たった五分、アリスにとっては、長い道のりでした。
「疲れたあ……。ちょっと休もうよ」
「もうあと十分、いや、ニ十分だから」
まいがなぐさめるも。
「長っ! ねえねえ、そこの喫茶店で休もうよ」
近くの喫茶店を指さしました。
「ダーメ。クッキー以外持ってきてないもん」
「むう! 休みたい休みたい休みたーい!」
まるで駄々をこねる幼児のように、アリスは地面でジタバタしました。道行く人たちが、チラチラと見つめてきました。
「ううう、うるさーい! あんた小学六年生でしょ!」
照れながら、注意するまい。
「ぐすっ。アリスは七歳だもん……」
と、ぐずるフリをするアリス。
「それは今あんたがしてる、格好のキャラの設定でしょ! アリスは十一歳なのよ!」
「まあまあまっちゃん。アリスの気持ちをリフレッシュするんだから、やりたいことやらせれば?」
「まなみ……。でも、お金持ってないし」
「まいちゃんけっちいの。こんな時のために、まなみは常にお財布に千円が入っているのだ!」
と言って、自慢の長財布から、千円札を取り出しました。
「あたしだって! 一万円を入れてある電子マネーがあるのよ!」
と言って、ドレスのポケットから、電子マネー(交通系ICカード)を出しました。
「そんなに入れるか普通!」
まいがツッコミました。
「喫茶店喫茶店~♪」
まなみとアリスが喫茶店に入りました。
「あ、こら! 勝手に入るな!」
まいも、喫茶店に入りました。
数十分後、喫茶店から出てきました。
「あーおいしかった!」
「ねっ。久しぶりにパフェ食べたあ」
まなみとアリスは、店内で食べたパフェに、満足していました。
「まいちゃんほんとによかったの? 食べなくて」
「いいのよ。当初の目的はクッキーを食べることだから」
「おいしかったのにねえ。ソフトクリームがとっても甘くて……」
と、アリス。
「一番下のくだけたビスケットがサクサクで……」
と、まなみ。
「とろけるような味で……」
これは二人いっしょに。
「ほんと、食べたくなかったんだから。ほんとに……」
と言っておいて、よだれを垂らしているまいでした。
しばらく歩きました。
「あ、本屋だ。ちょっとよってっていい?」
「ええ? またより道?」
「すぐ戻るから」
アリスは本屋に入っていきました。
「ったく」
まいは、呆れながらも、彼女を待つことにしました。
一時間後……。
「ふう。童話の本全巻立ち読みしてきたよ。全部読んだことあるやつだった」
まいは怒りました。
「いつまで待たせんのよ! 一時間も立ち読みして人を待たせるやつがどこにいんのよ!店員さんも涙目よ!」
「へえ?」
アリスが首を傾げました。
「はあ……。もういいわ。まなみ、行くわよ」
と、まなみに顔を向けると。
「あへ? はひふひは?」(あれ? アリス来た?)
フランクフルトをくわえながら、両手にもう二つフランクフルトを持っていました。いつの間に買い食いしていたまなみに呆れて、まいはコケました。
街から歩いて五分。山に来ました。山といっても最低山くらいの高さです。彼女たちは、頂上を目指して登っていました。まいによれば、頂上までは、ニ十分かかるみたいでした。とても坂道がきついため、アリスはとてもいやがりました。けれど、いやがるならここで置いていくと言うと、しぶしぶついていきました。体力には自信があるまなみも、十分くらい登って、さすがに息を切らしてきました。
「もうやだあ!」
クタクタになったアリスは、座り込んでしまいました。
「がんばれアリス!」
まなみが呼びかけるも。
「あたしはインドア派よ? こんなアウトドア派みたいなことはそりが合わないの。だからここでクッキー食べよ? おしまい! チャンチャン!」
「確かに。まなみも疲れてきた」
「二人ともがんばって。あと少しだから」
「どうしてまいちゃんはそこまでして頂上にこだわるの?」
まなみが聞くと、まいはほほ笑んで答えました。
「来ればわかるから」
「なにがわかるってのよ」
アリスはふてくされながら、立ち上がりました。
またしばらく坂道を歩きました。
「きゃっ!」
アリスがコケました。
「あーっ! ドレスがあーっ!」
砂まみれになりました。
「ちょっとまい! あんたね、これどうしてくれんのよ? 汚れちゃったじゃないのよ!大切なドレスなのよ!」
怒りながら、まいについていきました。
「ねえ、聞いてる? ねえってば!」
「着いたよ」
まいは、前を指さしました。
「はあ?」
アリスは前をにらみました。
頂上からは、見渡す限りの街の景色。普段何気なく歩いている場所が、一段と美しく見えました。アリスは、この絶景に、釘付けになっていました。
「私の弟がさ、昔見つけた場所でね。私も弟も、ここに来ると、いやなことなにもかも忘れちゃうんだ」
アリスは景色に釘付けでした。
「アリス?」
ハッとしてアリスはまいに顔を向けました。
「ドレスどうしてくれんのよ!」
「わかったからそれもう」
クッキーが入っている容器を開けました。クッキーが九つ、丁寧に入っていました。
「いたただきまーす!」
絶景を見ながら、クッキーを食べました。
「うんうん。よくできてる」
アリスが満足しました。
「まいちゃんお菓子作れるんだ。家事手伝いしてるとは聞いてたけど」
「まあ、料理はわりと好きなほうだから。あとプリンも作れるよ。今度作ってみる?」
「まい。あんたいいお嫁さんになれるわよ」
アリスが言いました。
「え? やだそんなたかがクッキーくらいで」
まいが照れると二人は、
「我々は、炊飯器の使い方もわかりませんから!」
自慢しました。
「それくらいやりなさい!」
アリスは、クッキーを食べながら、頂上から見える街の景色を眺めていました。
「アリス、もしいやなことがあったら、またここに来るといいわ」
「うん。でもあたし一人じゃ無理だから、二人にお供してもらおうかな……」
なんて、とぼけていても、哀しい目をしていました。
「親もクラスメイトも気にすんな!」
まいが笑いました。アリスは、まいの顔を見つめました。
「そうだよ。笑ってるアリスが、まなみも大好きだよ」
まなみも笑いました。二人につられて、アリスも笑いました。
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