4.素直になあれ!

第4話

みなさんは、給食のあとの授業って、眠たくなりませんか? 私立中学校の優等生であるまいは、そんなことはありません。

 というのはウソで、彼女だって、眠たくなるのです。あくびの一つや二つ、してしまうのです。特に、数学や理科といった理系科目は興味がないものですから、ウトウトしかけることだってあります。

 しかし、授業中寝るなんて言語道断。小学生の頃からあくびが止まらなくても、決して眠りこけることは、ありませんでした。

 隣の席で、まなみは開いたノートを枕にして、爆睡中。午後の授業じゃ、当たり前の光景でした。しかし、友達として、ほっておくまいなんかじゃありません。

「こら」

 と、教科書の角で、軽く頭を叩いてやりました。

「ふがっ」

 眠気眼であたりを見渡すまなみ。くだらなくも、ほほ笑ましく思うまいでした。


 下校中、公園のベンチで、まいはゆうきの幼馴染みの、あかねといました。

 まいにとって、あかねは唯一まともに話せる友達でした。しかし、そんな彼女にも、一つだけ直してほしい性格が、ありました。

「ねえあかねちゃん、G線上のアリア、弾いてくれない?」

「え?」

「久しぶりに聴きたくなっちゃってさ」

 と、あかねは涙目でまいを見つめてきました。

「え、なに? 無理ならいいんだよ?」

 当惑するまいに。

「まいちゃんもバイオリンのファンだったんだね! そうならそうと言ってくれればいいのに~!」

 と、まいの背中をバシバシ叩くあかね。

「ゲホゲホ!」

 咳込むまい。

「よーし! なんでも弾いてあげるよ。ヴィヴァルディの四季でもなんでも!」

 まいは困惑しながら、言いました。

「じ、G線上のアリアで……。てかビ、ビバリー? ってなに?」

「じゃあ一曲目、G線上のアリア!」

 と、あかねはバイオリンで、G線上のアリアを演奏しました。

 そこへ、

「うるせえ!」

 近くの家から、男の人が怒鳴ってきました。

「やかましいんじゃボケ!」

 と怒鳴ると、窓をピシャリと閉めました。

「怒られちゃったね」

 まいが言うと。

「あんにゃろーっ!! ぶっ殺してやる!!」

 怒りで燃えているあかね。

 怒りに燃えているあかねは、怒鳴ってきた男の家へ、歩み寄っていきました。

「あかねちゃん! ダメだって、ねえダメ!」

 必死で服の袖を掴み、あかねを止めるまい。

「なによまいちゃん! 悔しくないの? あいつはバイオリンを侮辱したのよ? 許せない、許せない~!」

 イライラをつのらせるあかね。

「お、落ち着いてあかねちゃん! ああいう人もいるのよ世の中」

 なだめるまい。しかし。

「そうだ! 傷害罪で警察に訴えればいいのよ! うん、そうしよう!」

「はあ? そんなことしたら私たちが悪くなっちゃうでしょうが! やめなよ!」

 と言ったのも遅く。

「あ、警察の方ですか? 今さっき傷害罪に遭いました。場所は……。はい、はい、わかりました、はーい!」

 スマホの通話を切りました。

「同じバイオリン好きとして、この罪は晴らさねば」

 バイオリンのこととなるとなにも見えなくなる性格。これがまいにとって、彼女の直してほしい部分でした。


 あかねは物心ついた時からバイオリニストを目指しており、毎年街のコンサートで、金賞を獲得してきました。将来は音楽家の両親のように、世界を股にかけることを夢見ています。

 今までのコンサートは小学生まで出場可能で、ついに今年で最後になりました。この最後で決めなくては、西野あかねのデビューは決まらないと言っても過言ではないと、本人は思っています。

 てなわけで、今年最後のコンサートも、彼を誘うことにしました。そう、彼ですよ。

「ゆーうーき♪」

 後ろで手を組んで、スキップしながらゆうきの目の前に、かわいく登場するあかね。

「あかね。どうしたの?」

「実はゆうきに渡したいものがあるんだ」

「渡したいもの? お金?」

「そんな大層なもんじゃないわよ!」

「じゃあなに?」

「見たーい?」

「別に」

 あかねはゆうきをにらみました。

「見たいですはい……」

「じゃあ目をつむって。あたしがいいって言うまで、目を開けちゃダメよ」

「オッケー」

「じゃあいくよ。せーの!」

 と、あかねは目を閉じているゆうきの目の前に、見せるものを差し出しました。

「いいよ」

 ゆうきは目を開けました。

「ん? これチケット?」

「そう。今年もやってきました、西野あかねのコンサート!」

 あかねは毎年コンサートが近づくと、こうしてゆうきに前売りのチケットを、渡すことにしているのです。

「でも今年で最後なの。ここまで来れたのも、あたしの努力あってこそね。ゆうき、最後のコンサート、よろしくね」

「あー今年はもういいや」

 差し出されたチケットに、手を振るゆうき。

「え?」

「だってコンサートって寝ちゃうしさ。退屈だしわざわざ来てもしょうがないと思うし。誘うなら、他を当たってね」

 立ち去るゆうき。呆然として佇んでいるあかね。チケットを持つ手は、小刻みに震えている。

「今年で最後よ! 絶対絶対ぜーったい来なさいよ!」

 前に立ちふさがれて、ゆうきは当惑しました。

「え、ええ?」

「ほらチケット!」

 グイっと、強引にチケットを差し出すあかね。

「だ、だからいらないってばあ!」

 ゆうきは逃げました。

「あ、こら待てーっ!」

 あかねは追いかけました。


 まいは、前から騒がしい足音が聞こえてくるのを感じました。

「ね、姉ちゃーん!」

「ゆうき?」

 ゆうきはまいのまわりを一周して、遠くへ走り去っていきました。

 まいは首をかしげました。一体なにがしたかったんだろう。

 と、そこへ。

「待てーっ!」

 あかねが来ました。

 ドーン!

 まいとあかねがぶつかりました。お互い目をクルクルと回しました。

「いたた……。あ、あかねちゃん? なにしてるの一体」

「まいちゃん……。う、うう!」

 涙ぐんで、大泣きしました。まいの胸に、顔をうずめました。

「よしよし。お話聞こうか?」

 まいはやさしく頭をなでてあげました。

「ぐずっ。うん……」

 顔を上げるあかね。まいの胸元から、鼻水をうにょーんと伸ばしながら……。


「ごめんね制服汚しちゃって」

「大丈夫、ブレザーだけだし」

 まいは水洗いしたブレザーを、木の枝に干しました。

「で、なんで泣いてたの?」

「ねえ聞いてよ! ゆうきったらね、今年最後のコンサート、来てくれないのよ?」

「コンサート? ああ、あかねちゃんバイオリニストだもんね。そういやゆうき、毎年行ってたっけね」

「やっだあ、まいちゃんったら! バイオリニストだなんてほめすぎ~。まだまだ見習いのたまごさんだよ~」

 ほおを両手で包んで照れるあかね。

「思いっきり喜んでるじゃん……」

「あいつ、そのコンサートのチケット受け取ってくれないの。なんか、つまんないとか、寝ちゃうから来ても意味ないとか言うんだよ? ひどくない?」

 ゆうきがコンサートから帰ってくると、まいはいつもどうだったか聞くのですが、「寝てて覚えてない」と、返ってきていました。

「いや、それゆうきが正しいと思う。ひどいけど……」

 そこで、まいは言いました。

「あの、よかったら私が行こうかコンサート。お初にお目にかかりますが」

「ダメ……」

「即答!」

 まいは、驚きました。

「なな、なんでよ! どうせ寝ちゃうやつなんてコンサート呼んだって意味ないわよ。私はクラシックごときで寝やしないし、ちゃんと聴くよ? 私じゃ不服なの?」

「い、いやそうじゃないの!」

 あわてて手を横に振るあかね。

「ゆうきはさ、約束してくれたんだもん、絶対来てくれるって」

「約束?」

 あかねは、昔のことを話してくれました。


 あかねとゆうきがまだ五つの頃、つまり、幼稚園時代。公園で、ゆうきはあかねのバイオリンを聴いていました。ゆうきは寝ることなく、音楽を奏でているあかねをきちんと見て、聴いていました。

 あかねの演奏が、終わりました。

「すごいすごいあかねちゃん!」

 ゆうきが拍手しました。

「ありがと」

「絶対大人になったら、りっぱな"バイオニスト"になれるよ」

「ふふっ。バイオリニストね。あ、ところでさ、渡したいものがあるんだけど」

「へ?」

 あかねは、ゆうきにチケットを差し出しました。

「これ、チケット。来週、街のホールでコンサートがあるんだ。それで、そのね……」

 モジモジするあかね。

「ゆうきに、来てほしいの! ほんとはパパとママにも来てほしいんだけど……」

 ゆうきはほほ笑んで、

「うん、いいよ!」

 返事ました。

 あかねは嬉しくて、バイオリンを放ると、ゆうきを抱きしめました。ゆうきを初めてコンサートに誘った日でした。

 そして、コンサート当日。

 舞台の上に立つあかねは、暗い顔をしていました。結局、両親は来てくれなかったからです。しかし、前を見た時、ぱあっと顔が明るくなりました。

 目の前の席に、寝ているゆうきがいたからです。


「いや寝てるのかよ!」

 まいがツッコミました。

「おかげで、いつもよりうまい演奏ができた気がする」

「いやゆうき初日から寝てんじゃないのよ!」

「初めて獲った金賞は、まだ押し入れに大切にしまってあるのよ。今までのもだけど」

「ねえあかねちゃん、やっぱ私だけで行くわよコンサート。どうせゆうきは寝るわよ。今までもそうだったんでしょ?」

「ダメ、絶対。ゆうきも来てもらうの」

「どうしてそこまでこだわるのよ? ひょっとして、ゆうきが好きなの?」

「……」

 二人の間に、沈黙が走りました。

「なに言ってんのよまいちゃんのくせに!」

 あかねは赤面しながら怒りました。

「ごめんなさーい!」

「ほんとはパパとママに来てもらいたいの」

「それはできないの?」

「無理よ。だってパパとママは、海外を渡り歩くほどの有名音楽家で、一年も帰って来ないことがあるから」

「え? ちょっと待って。それ、幼稚園からずっと?」

「大丈夫。家政婦雇ってるし、なんだかんだ土日は帰ってくるから」

 しかし、まいは。

「あかねちゃん! ぜーったいゆうきをコンサートに行かせよ。ねっ?」

 あかねはほほ笑んで、

「うん!」

 うなずきました。

 まいは思ったのです。あかねはコンサートを見てくれる親代わりを、ゆうきに任せているのだと。しかし、なにゆえゆうきなのかは謎でした。

 けれど、誰でもよかったのです。自分のバイオリンの腕を、親愛なる人に見てもらいたいのです。

「でもどうしたらチケット受け取ってもらえるかな? まいちゃん、なんかいい案ある?」

「え? あ、わ、私任せ?」

「まいちゃんだったら、なんかいいこと思いつくでしょ」

「その確信はどこから来るのよ……」

 まいは唖然としました。とりあえず、即行で答えました。

「やっぱ、私に話してくれたことを、正直に話すしかないんじゃない? あいつ根はいいから、聞いたら行く気になるかもよ」

「やだ」

「あれ?」

「恥ずかしくて言えない。なんかこう、サラッと受け取らせたい」

「うーん、困ったあ」

 一度決めたことは曲げないあかねのこと。ここで投げ出しても、あとに引かないはず。

 とにかく、思いつくままのことを、伝えるしかありません。

「じゃあこれはどう? コンサートまであと何日?」

「えーっと。一週間だけど」

「じゃあそれまでに、ゆうきにやさしく接しなさい。そうすれば、お返しにチケット受け取ってくれるかもよ?」

 うわ、私超テキトー……。

「わかった! あたしゆうきにやさしく接してみる。ありがとー!」

 あかねは手を振りながら、走り去っていきました。まいはやれやれと、ため息をつきました。

「ところで」

 あかねが戻ってきました。

「戻ってきた!」

 まいはコケました。

「やさしくするって、どうしたらいいの?」

「そこかい!」

 まいは言いました。

「う、うーんまあ、ゆうきが困ってたら、助けてあげればいいんじゃない?」

「うんわかった」

「納得するの早っ!」

「よーし。絶対受け取らせてみせるんだから! あ、まいちゃんにもチケットあげる。また持ってくるね」

「あ、ども」

 果たして、あかねは無事ゆうきにチケットを受け取らせることができるのでしょうか。


 翌朝、登校時。あかねはゆうきを見つけると、近寄って、「おはよう」とあいさつしました。ゆうきも「おはよーさん」と、返しました。

「ゆうき、困ったことがあったら、なんでも言ってね」

「は?」

「なによ? なんか変なこと言った?」

「ああいや、別に……」

 あかねは佇むゆうきをあとにして、学校へ向かいました。

「変だ……」

 ゆうきは思いました。


 ゆうきとあかねの教室は六年一組、二階にありました。自分の席でゆうきは、ランドセルをガサゴソして、なにやら困った様子をしていました。

「やべえ、宿題家に置いてきちゃった。これで十回目だ。先生に怒られる。やだなあ……」

 と、がっかりしていると、ふとあかねが言っていたことを思い出しました。


"困ったことがあったら、なんでも言ってね"


「あかね、宿題写させて」

「やだ」

「ガーン!」

 ゆうきはショックで床に手を付いて、座り込んでしまいました。

「これで俺の寿もあとわずか……」

「いやそれは言いすぎじゃないっ?」

 と、呆れると。

(はっ! そうだ、今はゆうきにチケットを受け取らせてやる作戦を実行中なのよ。もしここでがっかりさせたままだったら、受け取ってもらえないかも……)

 と思い。

「わかったわよ」

「え?」

「あたしがあんたの宿題を代わりにやってあげるわよ!」

「ええっ!?」

 やけくそでドリルとノートを広げて、あかねはゆうきの宿題を始めました。

「くうーっ! めんどうだけど、これもチケットのため、定めよ」

「にひひ!」

 ゆうきはシメシメという顔をしていました。


「算数寝てたわ。代わりに書いて」

 ゆうきは算数のノートをあかねの机にポイと置きました。

「いやよ?」

 あかねがにらむと、

「ガーン!」

 がっかりするゆうき。

「もう、わかったわよ! ほら、よこしなさいっ」

 あかねはいやいやながらも、算数のノートを書いてあげました。

「へっへっへ! 今日のあかねはちょろいぜ」

「お前は感謝の"か"の字もないのか頭に!」

 でも、チケットのためです。背に腹は代えられません。

 なんだかんだで三日経ちました。

 休み時間、トイレに行き急いだあかね。手を洗ってハンカチで手を拭いている時に、突然おしりを触られている感じがしました。なでられていました。

 びっくりして振り向くと、ゆうきがいました。

「ゆうき!」

「いやあ、最近あかねやさしいからさ。ついやっちゃった。もしかして怒ってる? だったらごめんねー」

 反省の色のない雰囲気のゆうき。体を震わせて、あかねはイライラをつのらせました。

 ドカーン!

 校舎の二階の窓が、爆発しました。爆発した部分を見つめる児童たち。そして、しばらくして、昇降口からゆうきが出てきました。

「たたた、助けてくれーっ!!」

 逃げるゆうきを一点に見つめる児童たち。

「ガオーッ!」

 獣のようなうなり声をあげて、追いかけてくるあかね。一点に見つめる児童たち。

「ガオーッ!」

「ひいーっ!」

「ガオーッ!」

「ひいーっ!」

「ガオーッ!」

「ひいーっ!」

 逃げるゆうき。追いかけるあかね。


 下校中、まいはなにやらドタドタとにぎやかな音が聞こえてきて、足を止めました。

「あれは……」

「ね、ね、姉ちゃーん!」

 息を荒くして、走ってくるゆうき。

「ゆうき?」

「ガオーッ!」

 獣のように、追いかけてくるあかね。

「あかねちゃん? ん、なんかこれデジャブ感じる……」

 そこで、思いつきました。

「今だから言える、カミングアウト!」

 まいはゴミ箱を持って、佇みました。

「ゆうき、こないだ食べたがってたプリン……」

 無我夢中で追いかけるあかね、逃げるゆうき。

「せーのっ。私が食べました!」

 二人が近づいてきたのをタイミングに、まいはゴミ箱を転がしました。

「わあ!」

 ゆうきとあかねは、転がるゴミ箱につまずいてしまいました。ゆうきが上であかねを覆うようにして、あかねはゆうきの下敷きになって、コケました。

「いたた……。あっ」

 照れて、二人ともお互いから離れました。

「姉ちゃんめ! プリン返せ!」

 ゆうきが怒りました。

「いや、そこ?」

 まいもあかねも、呆れました。


 まいはあかねから、くわしい話を聞きました。

「なるほどね。あんたね、なに平気で触ってんのよ!」

 ゆうきの頭をげんこつしました。

「だだ、だって~」

「だってもへったくれもあるか!」

 あかねが言いました。

「元はと言えば、あんたがチケット受け取ってくれないから悪いのよ」

「はあ? チケット?」

「コンサートの! まいちゃんから教えられた、やさしく接していれば、必ずチケットを受け取ってくれる作戦を実行していたのよ。だからこれ、受け取ってよ」

 あかねはゆうきに、チケットを差し出しました。

「いや、必ずって保証はなかったんだけど……」

 まいは、唖然としていました。

「でも俺寝ちゃうし。来てもらったって迷惑なだけだと思うよ? 姉ちゃんにやって」

 と言って、

「いや、作戦ならすでに姉ちゃんに渡している可能性大かも……」

「あんたするどい……」

 まいは唖然としました。

「もういいわよ!」

 あかねは涙して、逃げ出してしまいました。

「あ、あかね?」

 と、ゆうきの背中をバシッと叩くまい。

「あかねちゃんはね、あんたにどうしても来てほしい理由があんの。でもね、恥ずかしくて言えないのよ!」

「ど、どうしても?」

「わかったらとっとと追っかけて、ビシッと決めてこい! 男の子でしょ!」

 と、ゆうきの背中を押して、あかねの元へ急かしました。


 夕方になりました。あかねは一人、公園のベンチですすり泣いていました。

「あ、あかね?」

 振り向くと、ゆうきがいました。

「なによ?」

 すねた様子のあかね。

「その、まあ、どうしたんだよ?」

 あかねは涙を拭いて、

「ふん。知らない」

 そっぽを向きました。

「俺たち、友達じゃないか。ぶっちゃけちゃえよ」

「ゆうき……」


 あかねは二回目のコンサート、小学一年生の頃のことを思い出しました。その日も両親は来てくれませんでした。見事金賞を獲得したのに、悔し涙が止まりませんでした。

「今年もっ。今年もパパとママが来てくれなかったよう……」

 泣きながら悔やむあかね。

「あかねちゃん……」

 どうなぐさめたらいいかわからず戸惑うゆうき。

「あたしのコンサートに来てくれないパパとママなんて、大っきらい!」

「そういうこと言っちゃダメ!」

 あかねは大きな声を出したゆうきに、目を向けました。

「僕が毎年来てあげるから。あかねちゃんの父さん母さんの代わりに来てあげる。だから、もう泣かないで」

 ほほ笑んでくれるその顔とやさしい言葉に、幼い彼女の心はどれだけ救われたか……。

「ゆうき……。ありがとう」


 あかねは、まいに話したことを、すべて打ち明けました。

 二人は場所を移動して、ベンチからブランコにしました。

「あたし思ったんだけど、ゆうきに頼みすぎてたんだと思う」

「なんで?」

「パパとママの代わりをさ。ずっとコンサートを見てくれる相手なら、誰でもよかったのかも」

 ブランコから立って。

「だから最後のコンサートなんて、来なくていいよ」

「いや、来るよ」

「ほんと?」

「毎年寝てたのに、お前のためになってるみたいだしな。ま、そういうことだ」

「なによそれ~」

 あかねはほほ笑みました。

「寝てもいいからね」

「いや、今年こそ寝ないでみせるよ」

「寝るくらい、あたしの演奏がすばらしいってことなんだから。どうぞかまわず寝てくださいな」

「それでも起きてるさ」

 ゆうきはあかねから、チケットを受け取りました。

 木陰で覗いていたまいは、「やれやれ」と、肩をすくみました。


 待ちに待ったコンサート当日。まいにとっては、初めての晴れ舞台を見ることになります。どんな演奏を見せてくれるのか、とてもわくわくしていました。

「よーし。最後だけど、今年こそ寝ないでみせる!」

「よし。寝たら顔面ぶつからね」

「あいつの素直な気持ちを聞いたんだ。寝るはずがないさ」

「ふふっ! よく言うわ」

 舞台の幕が、開きました。観客の拍手が起こりました。

 舞台に立つあかねが一礼して、演奏を始めました。きれいな赤いドレスをまとっている彼女の姿は、いつも会っている友達のはずなのに、気品あるお嬢様に見えました。

 曲は大好きなG線上のアリア。奏でるメロディーに引き込まれるくらい、心地よい演奏でした。これが西野あかねの演奏なんだ、まいはすっかり虜になりました。他の観客だって、みんな舞台から目を離していませんでした。

 演奏が終わって、一礼するあかね。あたたかい拍手とともに、幕が閉じました。

「さすがあかねちゃん。もうりっぱなバイオリニストよ」

 心から感心するまいでした。

「ねえゆうきもそう思わ……」

 と、ゆうきを見ると、グーグー寝息を立てて、眠っていました。

「ぐぬぬ~! 結局寝てんじゃないのよ!」

 ゆうきの顔面を、思いっきりなぐりました。

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