2.いたずらは大好きの裏返し?後編

第2話

八時半がすぎた頃、体操服姿のまいは通学バックを片手に、白い校舎へと、足を急かしていました。そこが、まいの通う私立中学校でした。自宅から三十分も歩いて、毎日通っています。なら自転車の方がいいんじゃない? まいは、自転車に乗れないのです。まだ五つの頃、自転車の練習中に、車にひかれたことがありました。最悪、前輪がぶつかっただけで、大事には至らなかったのですが、それがひどくトラウマとなり、以降、一度も自転車に乗っていないのです。


 まいの教室は、一年一組、昇降口のすぐ隣にありました。

「おはようまいちゃんってあれ? なんで体操服なの?」

 隣の席にいる黒色の伸ばしかけロングヘアの女の子が話しかけてきました。

「どうもこうも……。あいつのせいよ」

 まいは席に着くと、ほおづえをついてため息をつきました。

「あいつ? 弟君のこと?」

 隣の席の女の子は新城しんじょうまなみ。学校では一番まいとよく話す友人で、のんびり屋さん。思ったことはなんでも口にしたりできるような性格。カメラが趣味で、休みの日はいつも公園でなにかしら撮映しています。成績は、第三位。弟君とは、ゆうきのことで、彼女だけの呼び方です。

「聞いてよまなみ。ゆうきったらね、今朝、朝ご飯作る時にさ、開けた元栓に着火マンの火を付けるの。それで台所は大爆発のこっぱみじん! 制服も全身もろともすすだらけになってさ。今日は定期テストの日だってのに、体育祭に来たみたいじゃない」

 まなみはシラケた目で、まいを見つめました。

「ほんとなんだからね! 業者呼んで片付けてもらうハメになったんだから!」

「でも弟君、そんなことするような子じゃないと思うけどな」

「私も思う。まさかあそこまでいたずらがすぎるとはねえ……」

 まいがため息をつくと、まなみは言いました。

「弟君、昔からいたずらっ子なの?」

「ううん。昔はおとなしくて、いい子だったよ」

「ウソだあ!だってまなみ初めて会った時、チャラそうだと思ったもん」

「いや、うちの家系はみんな、清楚ですから……」

 続けてまい。

「六年生から人が変わったのよ。五年生まででは、慎ましやかというか、そんな言葉が似合うような子だったわ」

 まいはまた一つため息をつきました。どうしてこうなったのかと。

「ねえまいちゃん」

 まいは、まなみに顔を向けました。

「どうして弟君がいたずらしてくるか、考えたことある?」

「はあ? それ考えることなの?」

「もちろん。まなみね、いたずらは大好きの裏返しだと思うんだ」

「大好きの裏返し?」

「うん、そう。つまり弟君はまいちゃんが大好きだって気持ちを、いたずらで示してるんじゃないかなあ」

 まいは驚きました。まさか、彼女の口からそんな言葉が出てくるなんて。ゆうきがいたずらする理由など、一途たりとも考えたことないし、第一、弟のくせに、姉の自分が好きなんてことが……。

「まいちゃん」

 まなみが呼ぶ。

「なによ?」

「反省用紙十枚、がんばってね」

 そうだ……。まいは思い出しました。定期テストの日に、体操服で来たバツとして、反省用紙十枚を科せられたことを。

「こんなのマンガだけだと思ってたのに~! ゆうきめ、家に帰ったら覚えてなさいよ!」

「まいちゃん国語一番いいから、そんなの一分で書けるでしょ」

「書けるか!」


「ただいまー」

 ガラガラと家の戸を開けて閉めると、まいはすぐに警戒心を表しました。ゆうきがなにかしてこないか、確認するためです。

「ゆうきめ、またなにかしてくるんじゃないでしょうね」

 キョロキョロキョロと、相手の出方を確認すると、靴を脱いで家に上がり、きれいになった台所と居間を覗き、最後に、自分たちの部屋を覗きました。ここまで、ゆうきが現れることは、ありませんでした。まいは、ホッと胸をなで下ろしました。

「さーてと、宿題でもするか。あーあ、制服になりたいよ」

 制服はすすだらけになったので、ただいまクリーニング中です。お母さんが持って帰ってくるのを待つしかありません。

 宿題を始めるため、勉強机にノートを広げました。そして、机の棚にかけてある参考書を出すために、手を伸ばしたら、

「あ、アルバムだ」

 アルバムに目が入りました。手に取って、開きました。

「うわあ! 懐かしい!」

 一ページ目には、まいとゆうきの幼稚園時代の写真がありました。

「かわいい! 園児の頃って、こんな小さいのね」

 園児の頃のかわいい自分とゆうきに和みながら、懐かしさにふけりました。


 …………


 幼稚園の正門の、桜が満開の時期。四つのゆうきが、入園しました。五つのまいに、手を引かれながら、正門をくぐり抜けていきました。

 しかし、どうしたことか、ゆうきが手を引きました。

「どうしたの?」

 まいが聞きました。

「お姉ちゃん行かないで!」

 初入園で不安がいっぱいなゆうきは、まいを抱きしめて、離れようとしません。

「大丈夫だよ。お姉ちゃんいつでも幼稚園にいるし、いつでも会えるよ。お二階にいるよ」

 しかしゆうきは。

「いやだいやだ! うわーん!」

 泣き出してしまいました。まいはオロオロしながら、ゆうきをなだめようとしますが、うまくいきません。どうしたらいいか、皆目見当がつきません。

「ゆうき、泣かないでよ……」

 と言うまいも。

「お姉ちゃんも……。泣いちゃうよ~!」

 泣いてしまいました。保母さんが二人がかりで泣きわめく姉弟を、なだめたそうな。


 …………


 パッと机に伏せていた体を起こしました。まいは、アルバムを枕にして、いつの間にか眠っていたのです。

「やだ、園にいた頃の夢なんて見ちゃった……」

 ふと、目の前の目覚まし時計に目を向ける。時刻は夜の七時を迎えていました。

 居間を覗くと、台所でお母さんが夕飯の準備をしているのが見えました。

「お母さん、今夜はなに?」

「あ、まい。ゆうき知らない? あの子、まだ帰ってきてないのかしら?」

「ええ? 知らないわよ」

「まったく小学生なんだから、より道なんかしちゃダメでしょほんとに」

 お母さんは呆れているようでした。と、まいは頭の中でピンと来ることがありました。ひらめいたわけではない、なにかこうよぎったというか、思い出したというか、まなみが言っていたことを思い出しました。


"まなみね、いたずらは大好きの裏返しだと思うんだ"


「いたずらは大好きの裏返し……。まさか!」

 まいは、急いで居間を出ました。

「ちょっと! まいまでどこに行くの!」

「ゆうきを探しに行くの!」

 靴を履いて玄関の戸を開けると、外は大雨が降っていました。ためらったものの、家出した弟を探すため、かさを持って、大雨の中をかけ出しました。

 星一つない真っ暗な夜空から、針のように降ってくる大雨。その中で、水たまりをバシャンと踏んでしぶきを上げながら、まいは走っていました。ゆうきを探しつづけました。

 公園、工場、商店街。どこを回ってみても、ゆうきの姿は見当たりません。商店街は屋根が付いているし、人もまだにぎわいを見せているので、いると思ったのに。

「きゃっ!」

 ウロウロ探していると、知らない婦人とぶつかりました。軽く会釈すると、またゆうきを探し始めました。

 商店街を出て、しばらく町の中を探し回りました。けれど、ゆうきは見つかりませんでした。普段運動をしないのにさんざん走ったおかげで、身も心もクタクタになりました。毎日三十分も歩いているはずなのに、走るのだけは、得意になれません。疲れたまいは、ぬれた電柱に手を付いて、ゼーハーゼーハー息を切らしていました。

「今朝、爆発を起こした時に、私がもっとゆうきの話を聞いてあげればよかったんだ……。勝手に悪者扱いしたから、家出したんだ!」

 後悔しました。けれど、今後悔したって、しかたがありません。今は、ゆうきを見つけることが優先事項ですから。

 電柱から手を離し、走ろうとするまい。ふと、またピンと思い出すことがありました。

「確かあの子、あんなこと言ってったっけ」


 それはまだゆうきが九つの頃。まいは十つの頃。二人で山へ散策に行った時でした。山と言っても最低山くらいのサイズで、町の離れにありました。

 まいはゼーハーゼーハー言いながら、山の坂道を、登っていました。ゆうきは先頭を歩いていました。

「お姉ちゃん頑張れ!あと少しだよ」

 まいは額の汗を拭いました。

「着いた!」

 と、ゆうき。のちにまいも、頂上へたどり着きました。ニ十分もかけてやってきた景色を見て、まいは体の疲れが一気に吹き飛びました。

 頂上から見る景色、それは街の景色でした。立ち並ぶビル、マンション、家々とお店。いつもとは違う景観に、まいは目を釘付けにしていました。

「前に友達とカブトムシを捕りに行った時に見つけたんだ。見晴らしがいいし、お姉ちゃんにも見せてあげたかったんだ」

 釘付けのまい。

「あ、えっと。ごめんねお姉ちゃん! 疲れちゃったよね」

「あ、ううん! 普段見慣れた景色を、きれいに見られる場所があるなんて、感動しちゃった。ありがとう、ゆうき!」

 ほほ笑むと、ゆうきも照れたように、ほほ笑みました。

 二人は心地よい風を浴びながら、大の字になって、落ち葉の上に、横になっていました。

 ゆうきが言いました。

「もしいやなことがあった時はさ、ここでこうまったりするの、いいよね」


 そうか。まいはいつかゆうきがそんなことを言っていたことを思い出し、その山へ向かいました。今いるところからは、十分で着くはず。

 大雨が和らいで、小雨になってきました。山は勾配がきつく、ぬかるんでいるので、コケないように慎重に進みました。

 ニ十分かかる坂道を登り切り、頂上に到着しました。かさなんて、いつの間にか閉じていました。ゆうきはいるのかな。まいは、両手をメガホンにして、思いっきり叫びました。

「ゆうきーっ!!」

「姉ちゃん?」

 目の前に、木陰で雨宿りをしている、ゆうきがいました。

 絶景から顔をこちらに向けました。

「ちょうどよかったあ! 夕方までいたんだけど、なんか急に降り出してさ、どうにもできないところに姉ちゃんが来てくれたわけよ。ありがとう!」

 と言うゆうきにまいはかさを捨てて。

 バシーン!

 手のひらでビンタをしました。

「バカッ! 心配したのよ? こんな時間まで、もう!」

「ごめんなさい……。いつか止むかと思って」

 ゆうきは指を突きながら、すねた様子でした。まいはそんな彼の肩に、両手を置きました。ゆうきはなにかされるのかとビクッとしました。しかし、まいはゆうきを自分の体に寄せて、うつむきながらすすり泣いていました。ゆうきは、キョトンとしていました。

 まいは泣きながら安堵の笑みを浮かべていました。だって、ちゃんと戻ってきたから。前に話してくれた場所にいてくれたから。


 おかえりなさい、ゆうき


 いつもより気持ちを込めて、伝えました。


 そういえば、ゆうきと遊ばなくなったのは、いつだろう。

「お姉ちゃん、遊ぼう? 公園でブランコしようよ」

 五年生のゆうきは、まだブランコやすべり台など、公園で遊ぶのが大好きでした。今もだけど。

「ごめんね。今お姉ちゃん勉強してるから」

「勉強?」

「そっ。来年私立中学に入るために、猛勉強してるから、一人で遊んどいで、ね?」

「はーい」

 ゆうきは部屋を出て、遊びに行きました。

 試験対策はすぐに終わりません。刻一刻と迫る中学受験。まいは、ピリピリしていました。毎日休みなく、机に向かって、ドリルや参考書と対面しているわけですから、ストレスもたまるでしょう。

「お姉ちゃんトカゲ捕まえたよ! 見てみて!」

 トカゲを手に、ゆうきが部屋に来ました。しかし、ピリピリしながら勉強しているまいに、ゆうきの声も姿も、眼中に入りません。トカゲのこと以外にも、このようなことが多々あったので、ついにゆうきは怒ってしまいました。

「もう、お姉ちゃんのバカ! トカゲだってんでしょ!」

 無理やりトカゲをまいの目の前にやりました。まいは驚いて、ムカッときました。

「ゆうき!!」

 怒鳴ると、ゆうきはトカゲをパッとまいから離しました。

「こっちは受験で忙しいの! わかったらとっとと出ていきなさいほら早く! ほら!」

「わかったよ。お姉ちゃんのバカ!」

 と、トカゲを放り出し、部屋を飛び出してしまいました。

「ゆうき!」

 あわててゆうきを引き止めようとしましたが、居間に逃げ込んでしまいました。

「ちょっと、言いすぎたかな……」

 まいは、しょんぼりしました。それ以降、口を聞いていない気がしました。


「弁当と朝ご飯を作ろうとしたんだ」

 布団の上で横になりながら、ゆうきは今朝のことを話してくれました。

「作れなかったし、爆発させちゃったね。ごめんな」

 ゆうきの横で同じく布団の上で横になっているまいが、

「いいのよもう。私も言いすぎた。ごめんね」

「なんだよ、いやにやさしいじゃんか」

「なによ。らしくないっての?」

 まいは心の中で、思いました。

(かまってほしかったのかな)

 怒鳴られても、まいのことが大好きだから、ゆうきなりに付き合っていたのかもしれません。そう考えると、うれしいような、やっかいなような。なんて考えているうちに、ゆうきはスヤスヤと眠っていました。

「男の子だろあんたも。お姉ちゃんっ子なんだから」

 少しはだけている布団を、かけ直してあげました。

「んー……。お姉ちゃ……」

「へ?」

 ゆうきの寝言にほおを染めるまい。

「んあ……。おっぱいでかい……」

 まいは、思いっきり手の甲でゆうきの鼻を、ぶつけてやりました。もん絶するゆうき、となりで寝たフリをするまい。一体、どんな夢を見ていたのでしょう。


 翌朝居間に来ると、食事の匂いがしました。座卓の上を見ると、こげたウインナー二つと目玉焼きの乗ったお皿が二枚、さらに、もう一皿、丸いおにぎりが三つ、ありました。

「おはよう姉ちゃん」

「ゆうき。これあんたが作ったの?」

 ゆうきは胸を張って、

「オフコース。ウインナーも目玉焼きもおにぎりも全部俺が作ったんだ」

「ふーん」

「なんだよ。もっと喜んでもいいだろ。旦那が作った朝食だぜ?」

「あんたは私の旦那じゃないでしょ!」

 まいは、ゆうきの作った朝食を見て、感想を述べました。

「目玉焼きとウインナーこげてるじゃないのよ。あと、目玉焼きは形が崩れてるし」

「しょうがないじゃないか。卵焼きだって作れないんだぞ」

「自慢すんな」

 おにぎりを一つ持って、

「おにぎりはマシね」

「だろ? 塩おにぎりね」

「三角にぎりにできたらパーフェクトかなあ」

 ゆうきはほおをぷくうとふくらませて、怒りました。

「あははは! 冗談よ。ありがとね、これだけ作ってくれるなんて、うれしいよ。えらいえらい!」

 ゆうきは照れました。

「べ、別に姉ちゃんばっか作ってるから、たまには俺も厨房に立ってみたかっただけだ! 勘違いすんなよな!」

「はいはい。いただきまーす」

 と、まいはおにぎりを口にしました。

「かっら~!!」

 まいは、口から火を噴きました。

「え? もう当たるの?」

 ゆうきはほくそ笑みました。

「はーはっはっ! そのおにぎりはロシアンルーレットになっていて、三つのうちどれか一つに、からしがふんだんに練り込まれているのだ! 一発目で当たった姉ちゃんは、運がいい!」

 まいはピリピリする舌をいやすため、冷蔵庫のお茶を、ラッパ飲みしました。

「姉ちゃん行儀悪い」

 まいはムッとして、

「誰のせいでこうなったと思ってるんだあっ!!」

 ゆうきを追いかけました。ゆうきは逃げました。

「待てーっ!」

「待てませーん!」

「待てーっ!」

「待てませーん!」

 いたずらがゆうきなりの仲良しする方法だとしても、まいには許せるはずがなく、結局ギリギリまで追いかけ回して、二人仲良く、遅刻しました。

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