1.いたずらは大好きの裏返し?前編

第1話

平凡な住宅街の中に、一軒だけ古いブリキでできた平屋建てがありました。中では、居間でお茶をしながら、読書をしている女の子が一人。黒い髪は一つに縛って赤いリボンで止めており、紺のブレザーの制服を身にまとった、背が低めな女の子。彼女の名は、金山かなやままいといいます。

 私立中学校一年生、十二歳。頭がいい学校に通っています。成績は学年で第二位。好きなことは居間の窓を全開にして、外の心地よい風を浴び、鳥のさえずりを聞きながら読書をすることです。それと、勉強。勉強が好きでなくては、私立中学校なんか入りません。

「姉ちゃん」

 まいは呼ばれて、湯飲みに口を付けたまま、前を向きました。

「ブーッ!」

 お茶を吹きました。なぜなら、目の前には、うんこと書かれた貼り紙を顔に付けた、弟がいたからです。

「うわあ……」

 弟の顔から、貼り紙が剥がれ落ちました。

「姉ちゃんこんなんで笑うのかよー。小学校低学年じゃないんだからさ!」

 弟は、ほくそ笑みました。

「ねね、もっかい吹いてよ。写真に収め……ん?」

 カメラを持ったまま首を傾げる弟。

「だ~れが撮らせるかあ!!」

 頭に来たまいは、弟の頭に、げんこつをしてやりました。

 まいにお茶を吹かせた弟の名前は、金山かなやまゆうき。普通の小学校に通う六年生、十一歳。黒のショートヘアで、まいに似てかわいい顔をしているのに、いたずらっ子で、お茶を吹かすこと以外にも、さんざんやらかしてきました。まいは、ゆうきのいたずら好きには、呆れ返っていました。

「ったく。本にかかったらどうすんのよ! これ学校のなのよ?」

「なんでいつも本なんか読んでんの?」

「はあ? 趣味だからに決まってんでしょ」

「おばさん……」

 ゆうきがニヤリ。まいはイラっとしました。

「悪かったわねおばさんで~!」

 と、まいはゆうきの頭を拳ではさんで、グリグリしました。ゆうきは、とても痛がりました。

「もっ。私部屋で読む!」

 本を持って、立ち上がるまい。

「えー、いいのー? 部屋にも来るかもよ?思わず笑っちゃうなにかが」

 ニヤニヤするゆうき。

「ふーん」

「なんだよ?」

「そん時はこうするまでよ!」

 まいは、ゆうきにストレートパンチを当てました。

 部屋に来たまいは、ドアを閉めると、ため息をつきました。そして、自分の勉強机に着くと、本の続きを読み始めました。

「姉ちゃーん! 姉ちゃーん!」

 玄関先から、ゆうきの呼ぶ声が聞こえてきました。

「ふん。どうせまたくだらないことで私をからかおうって魂胆よ」

 と、思ったので、読書をつづけました。

 ニ十分、三十分……。刻々と時間が進みました。静かです。ゆうきはなにもしてきません。

(ゆうき……。なにかあったのかしら?)

 少し心配するまい。その心に、天使のまいが話しかけてきました。

「まい、行っておいで。もしもゆうきが倒れていたらどうするの?」

 まいはハッとしました。

「だとしたらゆうきだとしても一大事ね。よし!」

 本を閉じました。しかしそこへ。

「結構結構。あいつのことよ、昼寝でもしてんだわ」

 悪魔のまいが横から割ってきました。

「まだ続くでしょ、本。じゃあーあ、本が最優先事項でしょ!」

 まいは悪魔のまいの意見も一理あると思いました。

「そ、そうね。あいつのことだし……」

 そこへ天使のまい。

「ダメよ! まい、行っておいで」

 悪魔のまいが。

「行くな行くなまい!」

「行って!」

「行くな!」

「行って!」

「行くな!」

「行って!」

「行くな!」

 まいの心の中で、天使と悪魔が言い争いをしました。イライラしたまいは、本を強く机に叩き付けると、立ちました。

「ああもう! 行きゃあいいんでしょ行きゃあ」

 しぶしぶゆうきの元へ、向かいました。

 声がした玄関まで来ました。

「ったく私ってば、なにいらん心配して……」

 と、下を見ると、背筋が凍ってしまいました。

 ゆうきが血を流して、倒れているじゃありませんか。横腹を押さえて、息をフーフー言わせていました。

「え、ちょっ……ええっ!?」

 腰が抜けました。

「なんて抜けてる場合じゃないわよ! ゆうき! ゆうき!」

 すぐにゆうきに近づきました。

「ゆうきしっかりしなさい! ゆうき!」

 体を揺すりました。ゆうきはかたく目を閉じて、苦しそうにしたままでした。まいは、だんだんあせってきました。

「ゆうきーっ!!」

 と、ゆうきの手が、まいの胸を揉みました。

「きゃあっ!!」

 まいはびっくりして、バッと離れました。

「ふっふっふ……」

 笑いながら、ゆうきは体を起こしました。

「ドッキリ大成功!」

「は、はあ?」

「姉ちゃんこれケチャップだよ。実は姉ちゃんの胸のサイズ知りたくてさ、とっさに思いついたわけ。だって、タダじゃ触れせてくんないでしょ?」

 まいは小学校六年生から、クラスメイトに胸がでかいと言われたことがありますが、自分ではよくわかっていません。

「結果はDだよ。でっかいねえ。生で見せても……」

 ムッとするまい。

「見せるかあああっ!!」

 ゆうきにストレートキックをお見舞いしました。


 夜になりました。星がキラキラと瞬いていました。

「ふふーん♪」

 まいは脱衣所で、服を脱いでいました。勉強あとの、一風呂です。勉強がおわったあとのお風呂の時間が、大好きでした。

 反対に、ゆうきはテレビとゲーム、マンガばかり見ていて、宿題さえ一向に手を付けませんでした。宿題というものが未知なる存在だと思っているくらい、宿題忘れの常習犯でした。本も読まないし、開いたとしても、挿絵を覗く程度です。まいはテレビどころか、マンガとゲームをまったく見ないので、ゆうきの楽しみはよくわからないし、ゆうきだって、まいの好きなものがおばさんっぽいと思うのも、無理はありません。この姉弟しまいは、好きなものや性格が、対照的でした。

 ハミングをしながら、まいは浴室に入りました。ハミングをしながら、お風呂のフタを開けました。

 ザバーン!

 中から、ゆうきが出てきました。

「なっ! ゆ、ゆうき!?」

 はだかんぼのゆうきはゼーゼー息を切らしながら、言いました。

「あ、あなたの落とした玉は……」

 と、下に指をさして。

「この、"金の玉"ですか?」

 ほほ笑みました。

 夜空に、その金の玉をぶつけたような音が、鳴り響きました。


 寝る前に、部屋でまいはゆうきに説教しました。まいとゆうきは同室でした。

「もう怒った!」

「便秘が?」

「あんたにだよ!」

 と、ゆうきのほおをつねりました。

「今までさんざんいたずらされてきたけど、今日のは最悪だったわ! 女の子のお風呂に忍び込むなんて、いたずらじゃない、犯罪よ!」

「今までって……。俺姉ちゃんになんかした?」

 首を傾げるゆうき。

「したでしょが! 忘れたなんて言わせないわよ!」

「姉ちゃんはしりが軽いから、からかいがいがあるんだよ」

 まいはイライラで体をふるわせて、

「あんたそれわかって言ってんの?」

 で。

「もう頭に来た! これからあんたなんて赤の他人よ。私とあんたは知らない人同士! こんなのと家族なんて、まっぴらごめんだわ」

「そんな怒んなって。今までしたこと全部忘れてないからさ。ていうか俺たちどうしたって家族なんだよ? いきなり知らない人同士になれるわけないじゃん。頭大丈夫?」

 ゆうきはまいを指さして、笑いました。もうカンカンになったまいは、スマホをかけました。

「誰にかけるの? 彼氏? よーし、そんなやつ俺がこの拳で一発だぜ!」

 ボクシングの真似をするゆうき。

「あ、もしもし警察の方ですか? 助けてください!」

 突然、まいは恐怖に怯える姿を見せました。

「私、私……。今お風呂に忍び込まれまして……。もう、怖くて怖くて!」

 震えるまい。なにがなんだかで当惑するゆうき。

「ね、姉ちゃん? 誰にかけて……」

 ゆうきを無視して、

「エッチまでされそうになったんです! 今も部屋まで襲ってきてるんですうっ!」

 ゆうきは驚いて、まいから離れました。

「はい、はい、落ち着きました。はいわかりました。はい、お願いします……」

 スマホを切りました。

「姉ちゃん、今のって……」

「どっかの誰かさん。今警察が来るので、家宅侵入罪で存分に刑務所ライフを満喫してくださーい」

「ええ!? け、刑務所ライフ~?」

 やっぱり スマホをかけたのは、警察でした。そして、自分のしでかしたお風呂侵入罪で、まもなくつかまってしまうのです。ゆうきは頭の中で想像しました。刑務所に入れられて、毎日冷めたおかゆを食べて、そして出所したら、まわりから冷たい目で見られて……。

「いやああああ!!」

 絶叫しました。

「姉ちゃんごめんなさいごめんなさい! なんでも言うこと聞くから警察だけは呼ばないで!」

 土下座しました。

「いや、もう呼んでるんですけど?」

「そこをなんとかあっ!!」

 頭を何度も床に打ち付けるくらい、土下座をくり返しました。

 まいは思いました。

(まさか、自分が付いたウソで、ここまであわてふためくとは……)

 本当は警察なんか呼んでいません。フリをしただけなのです。やけくそでしただけのことが、まさかここまで的中するとは……。

「いや、あんたちょっとオーバーすぎるわよ? いくらなんでも……」

 しかし。

「姉ちゃ~ん……」

 目をうるうるしながらこちらを見つめている。これは、マジの顔。

(それなら、くだらない姉弟きょうだいゲンカで警察なんて呼んだ、私の方が悪いじゃん!)

 しかし、マジに思い込んでいるようなので、ほっておくわけにもいきません。

「わかった。じゃあ明日六時に起きて、私の代わりに家事手伝いしなさい」

「えー?」

 うるうる顔から一変して、めんどくせーという顔をするゆうき。

「もしもーし」

 スマホをかけるフリをするまい。

「ヨーソロ!」

 敬礼するゆうき。

「でも家事手伝いって、なにすりゃいいのさ?」

「なにって、朝ご飯作って、ゴミ出しして、食器洗い、掃除に洗濯。たったこれだけよ」

「めんどくさ」

「通報するわよ?」

「わかったわかった」

 空返事。もう警察のことは大して気にしていないのかもしれません。

「あ、そうだ!」

 と、まいは手のひらに拳をポンとしました。

「な、なに? まだなにかあんの?」

「明日お弁当なんだよね。ついでにそれも作ってよ」

「はっ? お、俺もだけど……」

「そっ。じゃあよろしくね、おやすみー」

 と言って、まいは消灯し、布団に入りました。

「あっ! お、おい姉ちゃん! 姉ちゃん!」

 まいはわざと寝息を立てて、ゆうきを無視しました。

「くっそー。なんでこんなことに。でも警察につかまりたくないしなあ……」

 ゆうきも、布団に入って、横になりました。


 翌朝六時半。まいは窓からさす朝日を浴びて、目を覚ましました。体を起こすと目をこすりながら、大きなあくびを一つしました。そして、目覚まし時計に目を見やりました。

「もう六時半だ。起きなきゃって……そうだ。今はゆうきと知らない人同士になってて、今朝は家事手伝いしてくれるんだったわね」

「うーん……」

 ゆうきが目を覚ましました。まいは急いで布団に横になり、寝たフリをしました。

「ふわあ~あ。まだ六時半か……」

 目覚まし時計を手に取ってから、もう一度寝ました。

 まいは寝たフリをしながら、手の甲を振り下ろし、おもいっきりゆうきの鼻をぶつけました。両手で鼻を押さえて、キーキーと声を上げながら、ゆうきは痛がりました。

「いててて……。姉ちゃん!」

 まいはスース―寝息を立てていました。寝たフリです。

「なんだ、まだ寝てんのか。めずらしいな」

 ふと、思い出しました。

「あ、そうだ。俺たち今知らない人同士なんだ。今朝は俺が家事手伝いすんだっけ? めんどー」

 ムッとして、

「ふんだ! 姉ちゃんより、うまいもん作ってやるもんねー」

(料理なんて一品もできないくせに)

 心の中で、まいは言いました。

「シメシメ。寝てる寝てる!」

 まいは、薄目を開けました。ゆうきが、手を近づけてきます。

 ゆうきの手が、まいの胸元に触れそうでした。ゆうきは、寝ているまいの胸に、触ろうとしているのです。

 クワッ!

 まいの怒った顔が、ゆうきの目を突きつきました。ゆうきは恐ろしくなって、サッと手を引っ込み、部屋を出ていきました。

 ゆうきは脱衣所に来て顔を洗うと、まず始めの家事手伝いに取りかかりました。

「とりあえず洗濯でもするか」

 まいは、脱衣所の扉から、こっそり覗いていました。家事手伝いというバツを科しといて、一度も洗濯をしたことがないゆうきのことですから、心配で野放してはおけないのです。

「洗濯ってどうやればいいんだろ?」

 ほらやっぱり。まいは、呆れてしまいました。

「いいやもう時間ないし。適当に入れちゃえ!」

 洗剤を箱から一気にドバドバ入れてしまいました。まいはコケました。

「せ、洗剤は目盛りで計って入れるのよ……」

 しかし、今は他人同士。教えることは、できません。

 続いて、台所に来ました。朝ご飯とお弁当を作るようです。

「さてと。まずは米を炊くか。米炊きは簡単だな」

 米を計量カップいっぱいに入れて、それを内窯に入れる。そして、洗う。洗って出てきた水を流す。

 ジャー!

 ゆうきは、お米ごと流し台に流してしまいました。

「やれやれ」

 まいは台所でコソコソとしながら、呆れました。

 次は、野菜を切ることにしました。まいは心配しました。なぜならゆうきは、包丁を一回も使ったことがないからです。

「もしケガでもしたらどうしよう……」

 そんな心配をよそに、ゆうきは楽しそうにして、

「包丁を持たない手は、猫の手だよね。ニャー!」

 猫のポーズをしました。

 ザクッ!

 きゅうりを切る時に、指を切りました。

「あ~っ!!」

 切った指から血を噴射させて、もん絶しました。

「言わんこっちゃない!」

 まいがツッコミました。

「ウインナーは楽だな。油なしで焼けるし」

 切れた指に包帯をして、フライパンを用意しました。

「あれ? コンロが付かねえな」

 コンロの火を付けようとするも、なかなか付かない。

「あ、そうだ。そういう時は、着火マン使えばいいんだっけ。母さんがやってたぞ」

 そう言って、着火マンを探しにいきました。

「やれやれ。元栓が閉まってんのよ」

 まいは、元栓を開けました。

「そういえばもう何時……」

 時計を見て、ギョッとしました。

「げっ! もう八時じゃない! 遅刻しちゃう!」

 まいは、急いで着替えにいきました。制服に変えると、洗面台で髪を整えて、ダッシュで居間に来ました。

「ゆうき! 朝ご飯できた? お弁当は? もうのんきになんかしてられないわよ!」

「へ?」

 首をかしげるゆうき。開いた元栓に火の付いた着火マンを近づけていました。

「ちょっ、やめ!」

 ドカーン!

 台所が爆発しました。

 割れた食器類が散乱して、壁や床がすすだらけになってしまいました。

「けほっ」

 まいが、咳しました。

「どど、どうしてこうなった……」

 ゆうきが呆然としていました。

「おのれのせいじゃろがーい!!」

 まいはブチギレて、ゆうきに怒鳴り声を浴びせました。

「あんたねえ! これどうしてくれるのよ! 片付けるっての? 業者呼ぶっての?」

「き、今日は学校休んで片付ける?」

「そんなの無理に決まってるでしょ! 私は大、大、大事なテストがあるのよ! 中学生はテストの点が命なんだよわかったかこの能天気小学生がっ!」

 まいのカンカンぶりに、ゆうきは当惑。

「あんたにとっちゃ、こんなのもいたずらの範囲内なんでしょうね!」

「えっ? いやこれはさすがに……」

 ゆうきの話も聞かず、

「家族だからとかの問題じゃないのよ! 爆発よ? 命にかかわることなのよ! これだけで済んだのは幸運よ!」

「待ってよ姉ちゃん。俺はいたずらでこんなことは……」

「あーもう聞きたくない聞きたくない! 言い訳なんて聞きたくなーい! とにかく母さんに言って、業者呼んでもらうから! あーもうこんなに制服も髪も汚れちゃったじゃないのよ!」

 と、ゆうきを押し倒して、部屋へ向かいました。ゆうきは落ち込んだ様子をしていました。

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