10.文化祭ロックンロール

第10話

私立中学校、一年一組では、文化祭についての話し合いが行われていました。

「今年、文化祭でやりたいことがある人は挙手をしてください」

 石田君が指示しました。彼は、クラスの学級委員を務めていました。

「はい!」

 女子生徒が一人、手を挙げました。

「雑貨を販売したいです」

「わかりました。他には?」

「はい!」

 男子生徒が一人、手を挙げました。

「僕は学級展示がしたいです」

「わかりました。他には?」

 その他、クレープ屋、たこ焼き、鉄道模型、発表会などが挙がりました。

「うーん……。先生、文化祭って、どんなのなんですか?」

 石田君は、吉田先生に聞きました。

「文化祭っていうのはね……」

 吉田先生は、席から立って言いました。

「文化祭とはあ! 学生時代にのみ開催する一大イベントであーる! 日頃教科書と黒板、テスト用紙とにらめっこしている君たちを! 最高の時間へといざなってくれる……それこそが文化祭いいいっ! 普段見ることのできないあの子の意外な一面も見れちゃったりしてえええ!?」

「先生、映画の予告風にかっこつけてしゃべらなくて結構です……」

 石田君はツッコミました。

「まあ、気楽に考えなよ。一年生なんだから、小学生時代にやった、発表会とか、展示会みたいのでいいよ? 実際、上級生たちも教室でそれぞれなにかやるわけだし、壮大にやろうと思わなくても大丈夫!」

 あっさりとした答えを出す吉田先生。

「文化祭かあ……。いよいよ始まるのね」

 まいがつぶやきました。

「まいちゃんはなにしたい?」

 と、まなみ。

「私は別に。元々学習発表会みたいなのも好きじゃなかったから……」

「まいちゃんとまなみで漫才やる?」

「漫才?」

 まなみが想像する漫才とは。


 一組、漫才会場。

「はいどうもどうも!」

 コンビのまいとまなみが登場。

「金山まいと!」

「まなみんでーす!」

「って……。私だけ本名かーい!」

 観客の笑い声が響く。

「今日は文化祭ということでね! まなみ、ちょっとはりきっちゃった……」

「え、なになに? いつもより髪の毛しっかりセットしてきたとか?」

「納豆かけご飯二杯、おかわりしちゃった!」

「いや朝ご飯をたくさん食べることはその日一日を元気に過ごせる大切なことだわ!」

 観客の笑い声が響く。

「まなみ? 私だって、はりきってきたんだから!」

「なになに?」

「今日ね、おニューのヘアピン付けてきたんだ!」

「ふーん……」

「いやもうちょっと反応してえ!」

 観客の笑い声が響く。

「どうも、ありがとうございました!」

 観客の拍手が響く。


「完璧じゃん!」

 まなみは、さわやかな笑顔で、まいにグッドサインを見せました。

「やらないからね?」

「そこ二人!」

 石田君が、ビシッと指さしてきました。まいとまなみは、びっくりしました。

「なにか話し合いをしていたみたいですが、意見があるなら、きちんと挙手してください!」

「あ、ご、ごめん……」

「はい! まなみ、いいこと思いつきました」

 まなみは挙手しました。

「なになに?」

 興味津々で聞く石田君。

「ちょ、まなみ!」

 ためらうまい。

「それは、まいちゃんとまなみで……」

 キーンコーンカーンコーン。言おうとした同時に、チャイムが鳴りました。

「文化祭でやりたいこと、この中から、お昼休みに多数決取りたいと思います。いいですか?」

 クラスのみんなは返事をして、賛成しました。

「はーいじゃあ授業終了! 次の時間遅れないようにね」

 吉田先生が号令しました。


 お昼休みになりました。多数決で、発表会に決まりました。なにを発表するかは、次の授業で決めるそうです。

 その決まった直後でした。

「一年生でバンドやりたい人いる?」

 メガネをかけた、背の高い女子生徒がやってきました。

「あたし三年生のももこ。文化祭でバンドやるんだけど、誰か出てくれない?」

 一組はしんと静まりました。

「なんで? 歌うだけだよ? 楽器なんてドラムとシンセだけだよ? 来月の文化祭だけだよ?」

(いや、一年生に全校生徒の前で歌とかやらせないでよ……)

 唖然とするまい。

「もういい! この中から、ビビッときた子強引に連れてく」

 ももこは、一組の生徒たちを見渡しました。一組の生徒たちは、凍り付いたようにビクともしません。

 グルグルとあたりを見渡すももこ。そして、ある子に目が止まりました。

「そこの君たち!」

 ももこは、教室にズカズカと入ってきました。

「へ?」

 まいとまなみの前に来ました。

「放課後、よろしくね」

 手を差し出してきました。呆然とするまいとまなみでした。


 放課後。ももこは、音楽室で腕を組み、扉の前で仁王立ちしていました。

「いいから! 行くだけ行きましょう!」

「い、いやよ私は!」

「ま、まなみも歌うの?」

 音楽室の外で、三人の生徒の声が聞こえてきました。

「ほら!」

 石田君が、まいとまなみを無理やり音楽室に連れ込みました。

「君たち! 来てくれたんだね!」

 ももこは、無理やり音楽室に押し込まれうつ伏せているまいとまなみの元へかけ寄りました。

「さあ、立って。今から具体的なことを説明するから」

 まい、まなみ、石田君の三人は、イスに並んで座りました。

「え? あ、あの僕も?」

 当惑する石田君。

「おほん! えー君たちには、このスクリーンを観てもらいたい」

 ももこは、スクリーンに映写しました。

「あたしももこは、一年生から吹奏楽部で唯一軽音楽に打ち込んでいて、そのうち四人でバンドメンバーを組み、全国大会に出場したことがあるの。まあ結果はいいもんじゃなかったけどね」

 続けて。

「はい、今スクリーンに映写してるのが、あたし含めたバンドメンバー。ちなみに、真ん中にいるのがボーカルの子」

「そういえば、入院してるとか言ってましたね?」

 と、まい。

「そうなの。先週足を骨折してね、全治三ヶ月らしいの。文化祭には間に合わないわ……。ああ、あの子の歌声がなきゃ、うちのバンドは完璧にならないよ〜」

 手を額に押さえました。

「で、他のメンバーは?」

 石田君が聞きました。

「そうなの……。実はさ、そこもかなり重要なところでして! スクリーン観て? ドラムの子は、来年留学するから、今は文化祭より勉強に集中しないといけないらしくて、シンセの子は、親戚に不幸があったみたいで……」

「で、文化祭でバンドをするために、人集めをしていたと」

 と、まなみ。

「うん。でも案の定、うちの学年そういうの苦手な人多くて……。二年生も一年生もみーんな、バンドなんてやりたがらない人が多くてさ……」

 ももこは、映写機を切って、スクリーンの片付けに入りました。

「君たちも、バンドなんてやりたくないでしょ。わかってるんだよ。無理にとは言わないよ」

「……」

「せっかくがんばって受けた中学校だし、最後に最高の思い出を作りたかったんだけどさ!」

 ほほ笑みました。三人は、なんとも言えない気持ちでした。

「なんで私たちを選んだんですか?」

 まいが聞きました。

「うーん……。なんかビビッと来たからかな? 特に深い理由は……」

「バンドなんてよくわかんないし、歌もよくわかんないけど……。先輩のお話を聞いて、少しでも力になれればと思いました! 私でよければ、できることなんでもやらせてください!」 

 まいは、深くおじぎをしました。

「ま、まなみも!」

 まなみも深くおじぎをしました。

「ぼ、僕も二人を連れてきただけだけど!」

 深くおじぎをしました。

 ももこは三人を見つめると、クスッと笑い答えました。

「ドラムとシンセ、ボーカルの係をやってもらうよ?」

「は、はい!」

 顔を上げ、返事をしました。


 夜。まいはお風呂に入っていました。

「ドー……」

 "ド"の音を声に出してみました。

「ドーレーミーファー!」

 なるべく音程を意識してみました。少し恥ずかしくて、途中で切りました。

「やっぱ歌なんて無理!」

 湯船に口を沈めて、ブクブクさせました。


 次の土曜日。まい、まなみ、石田君の三人は学校の中庭に呼ばれました。

「土曜日に学校なんてめずらしいですね」

 と、石田君。

「まなみ、部活入ってないから初めての感覚かも……」

「確かにね」

「え、まいさんとまなみさんは、部活動やってないんですか?」

「そうだけど……。そういう石田君は、確か文化系の部活に入ってたんだっけね」

「はい! 手芸部です」

「三人ともおまたせー!」

 ももこは、台車を引いてやってきました。ドラムとシンセ、ギターを引っ張ってきました。

「それ、自分で持ってきたんですか?」

 と、まい。

「そうだよ」

 四人でドラムとシンセ、ギターを下ろしました。

「じゃあさ。ドラムは石田君やってもらえる?」

「え? ドラムですか?」

「そうそう」

 石田君は、ドラムスティックを持って、演奏する姿勢になりました。

「でもドラムなんて、叩くだけだから、楽ですよね!」

 ドラムスティックをカチカチと鳴らす石田君。

「いや、リズム取るのがむずいよ」

 と、ももこ。

「へ?」

「まなみちゃん。君はシンセね」

「え、でもまなみピアノ弾けない……」

「大丈夫! シンセは慣れだよ」

 ももこはほほ笑みました。

「まあでも今回は、お三方初めてバンドやるということで、なるべく簡単な曲にしてみましたよ」

「カエルの合唱とか?」

 と、まなみ。

「なんで中学生のバンドでカエルの合唱やるの?」

「僕、ピアノで"チラリ〜鼻から"のやつ弾けます!」

「ごめん。今回はそういうのなしで……」

「あの……」

「おっ。まいちゃんはね」

「はは〜。言われなくてもわかりますよ〜」

 苦笑いをするまい。

「ボーカル。よかったね、一番楽な係だよ!」

「いやどこがですか!」

「楽器覚えなくていいじゃん……」

 と、まなみ。

「確かに……」

 と、石田君。

「いやそういうことじゃなくてさ!」

 まいは言いました。

「た、ただでさえ人前で歌ったことなんてないのに、どうして私にボーカルなんて……。先輩がやればいいじゃないですか!」

 ふくてくされるまいに、ももこはギターを見せました。

「ギターが好きでさ、集中しすぎて、弾きながら歌えないんだよね」

 笑いました。

「ま、まなみ? あんた歌好きでしょ?」

「まなみが歌うと、オンチすぎて学校壊れるかも……」

「石田君いい声してるしさ!」

「僕はドラムという役割がありますし……」

「先輩! 私にギターを教えてください!」

「うーん……。ギターは短期間ではなかなか覚えらんないよ?」

 まいは、呆然としました。空を見上げ、叫びました。

「どうしてこうなったあああ!!」

 三人ともバンドが初めてで、ドラムのリズムを刻むことができなかったり、シンセの鍵盤がわからなかったり、偶然通りかかる生徒に見られるのが恥ずかしくて歌えなかったり、雨が降ると、中庭が使えず、廊下で細々と練習したり、四苦八苦する時もありました。たまに、校内二十周ランニングや筋トレも行われたため、運動能力皆無な三人には、ハードルの高い修練が続きました。

 でも、ももこは楽しそうにしていました。その姿を見て、三人は、苦しい時もあるけれど、最後の中学校生活の思い出を作ってあげなければという使命が働き、乗り越えることができました。


 そして、文化祭当日になりました。

 一年一組のクラスでは、恐竜についての発表会が行われていました。

「まいちゃん。これがおわったら、いよいよまなみたちの出番だね」

 まなみが隣から、ひじで突いてきました。

「そ、そうね……」

「緊張しますね。ていうか、まだ誰にも言ってませんから、みなさん驚くでしょうね」

 石田君が言いました。

「ま、練習どおりやれば大丈夫よ」

 まいがフォローの言葉をかけました。内心は、とても緊張していました。


 お昼休みがおわり、全校生徒が体育館に集まりました。いよいよ、バンド開始です。

「まず最初は、吹奏楽部より、バンド演奏です」

 生徒会が司会すると、全校生徒が拍手しました。

「ま、まずい……。私歌詞忘れたかも……」

 ステージの幕の裏。まいは、マイクを持ったまま、全身を硬直させていました。

「え!?」

 驚くまなみと石田君。

「ごめんなさい……。今頭の中真っ白なの……」

 涙がこぼれ落ちそうになりました。

 その時、隣でももこが肩を組んできました。

「好きなように歌って?」

 ほほ笑みました。まいは涙を拭き、決心したようにうなずきました。

 ステージの幕が開きました。


♪青春はいつもひとつ!


何気ない会話に笑ったり 時にムカついたり


部活動の大会で優勝したり 時に負けたり


好きな子ができたり フラれたり


いろいろあります 青春はひとつ


 文化祭がおわりました。

「ねえまいすごいじゃない! ソロであれだけ上手に歌えるなんて!」

「まなみちゃんもシンセうまかったよ!」

「石田、お前ドラムかっこよかったぜ!」

 照れるまい、まなみ、石田君。このお三方は、しばらく学年一のスターになりました。

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