9.漆黒の転校生
第9話
ゆうきとあかねの通う、小学校。
「みなさんおはようございます! さて、今日からですね、一組に転校生が来ますよー!」
まどか先生の言葉に、一組のみんなは騒然としました。
「どんな子かなあ? かわいい子だといいなあ」
期待するゆうき。
「かっこいい子がいいわあ」
期待するあかね。
「かっこいい子なら、もう隣に……」
ゆうきがかっこつけました。
「あ、転校生入ってくるみたいよ」
黒く長い髪、雪のように白い肌、ゴスロリファッション……。一組のみんなは、黙然としました。
「じゃあ、自己紹介をお願いします!」
まどか先生が言いました。
「
おじぎしました。
「ちなみに、東武は、東部じゃなくて、頭部でもなくて、豆腐でもないからね?」
「……」
「じ、じゃあ席はね。向こうでいいかしら?」
あやめは、まどか先生をチラッと見つめました。
「ど、どうしたの?」
「あなたどうせ今、よくわかんねえやつだなこのガキとか、思ってるでしょ」
まどか先生は、当惑しました。
「ど、どうしてそう思うの?」
「あなた見てると、そう見えるの。そのやさしい姿は上っ面で、ほんとはドス黒いものがぐつぐつと煮えてるっていうかさ……。ま、小学生の前で、悪態つけないわよね?」
と言って、指示された席へ向かいました。
一組のクラスメイトの中では、あやめに対して、ひそひそとしゃべっている人がたくさんいました。
「はいみんな静かに!」
まどか先生が手をパンと叩くと静かになる教室。
「自己紹介がおわったので、授業を始めますよ?」
休み時間になりました。
「ねえねえ、あやめちゃんって、前はどこに住んでたの?」
「向こうよ」
左ななめを指さしました。
「え、どこ?」
「いや、だから向こう」
「……」
あやめは、唖然とした女子たちなど気にせず、読書を続けました。
「す、好きなものは? 女子たちの間では、今おしゃれが流行ってるんだよね」
その子は雑誌を見せました。
「そうそう! あやめちゃん、その格好なに? アニメキャラの真似?」
あやめは本から目を離し、言いました。
「悪いけど、社交辞令で話しかけてんなら、なにも返さないから。あからさまに声かけてこないで?」
女子たちはカッカしました。
「なによこいつ〜!」
みんなあやめから去っていきました。
「うわ……。あれが社会のまがい物ってやつか……」
陰でゆうきがつぶやきました。
「あんたそんな言葉どこで覚えたの?」
あかねがツッコミました。
あやめは、クラスで孤立していきました。なのにいつもゴスロリを着ているため、学校で一番目立っていました。
ある日、まどか先生は、あやめを職員室に呼びました。
「あやめさん。その、服装を普通にしてくれないかしら?」
「普通?」
「そう。あのね、みんなを見てると、Tシャツだったり、ジーパンだったりでしょ? あなたは一人だけドレスだから、その、まあもう少し普通の格好をしてきてほしいなってさ」
「え、これあたしの普通なんですけど? 先生なのに、なんでわからないの?」
「え? え、なんで?」
当惑するまどか先生。
「男の人が男の人好きになるのもその人にとっては普通であって、髪が元々赤いのもその人にとっては普通であって、じゃあ、あたしにとってはこの格好は普通である……。先生は今、一人の女子児童の普通を、侮辱しているんですよ!」
「……」
「先生向いてないんじゃないんの?」
立ち去ろうとしました。
まどか先生はため息をつき、
「来年中学生になっても、同じことが言えますか?」
聞きました。
「いや、中学生は制服着るのが決まりだし……」
まどか先生は、ムッとしました。あやめは職員室を出ました。
「なにあのクソガキ〜! 教師なめんなよ〜!」
机に置いてある書類をくしゃくしゃにするほど怒りました。
ある日、算数のテストが返却された日。
「はーい! 今回、三十点以下の人は、本日居残りさせていただきまーす!」
まどか先生の指示で騒然とする一組のみんな。
「そんな人いるわけないわよね! ね、ゆうき」
ゆうきは、全身を青ざめていました。
「ゆうき?」
テストを覗き込んでみました。
「え……」
目を丸くしました。ゆうきのテストは、三十点でした。
ほおづえをついているあやめの答案は、〇点でした。
居残りが始まりました。
「よ、よかったあ……。あ、あやめ……さんがいてくれて!」
安堵するゆうき。
「なんで?」
「い、いやここだけの話な? まどか先生って……」
まどか先生がやってきました。
「はーい! 居残り者は……」
二人をじっと見つめました。
「え、なんであんたらなの?」
「なにその反応!? 怖いんですけど!」
ビビるゆうき。
「やっぱあんたって、本性それなんだね」
ど、あやめ。
「だてに教師なんてやってないんだよ」
と、まどか先生。
「二人ともどういう会話だよそれ!」
「あーもういいや。ゆうき君は……」
「ひい!」
ゆうきのテストを覗き込んでくるまどか先生。
「三十点ね。そういえば、あんた算数だけボロボロによくないもんね」
「ま、まあ……。頭のいい姉がいながら。未だにお使いも一人で行けないんですよ〜」
「行けやあああ!!」
まどか先生とあやめは二人で怒鳴りました。
「すいませんーっ!!」
「あやめさん? あんたのは衝撃的なんだけど?」
まどか先生は、あやめのテストをつまみ上げました。
「名前すらない、この真っ白な答案はなんですか? こんなの、どこ行っても通用しませんよ? もう六年生なんだからね?」
「裏表の激しいやつに言われたくねえよ」
あやめの一言にムッとするまどか先生。
「あのねえ! 私のが人生長く生きてんのよ? ガキのくせに自分が一番えらいみたいに振る舞ってんじゃないわよ毎日!」
あやめにグッと近づいて怒りました。
「あーもういいです。あたし帰ります」
ランドセルを背負って、帰ろうとする。
「あ、こら! 先生として、居残りは受けさせなきゃいけないんだよ!」
「だからって、給料に反映されるわけじゃないでしょ?」
と言って、教室を抜け出しました。
「まあ、確かに……」
納得するまどか先生。
「あ、じゃあ俺も帰っていいですか?」
と、ゆうき。
「てめえは帰んじゃねえええ!!」
「すいませんーっ!!」
ゆうきの居残りは、あと三十分続きました。
翌日。ゆうきが教室へ来ると……。
「来たぞ!」
男子たちがそろって、ゆうきの背中を押しました。
「な、なになに!?」
「ヒューヒュー!」
黒板の前に立たされました。前に、あやめがいました。
「お前ら昨日居残りしてたんだろ? 付き合ってんじゃんよ〜!」
「はあ!? な、なわけねえだろ!」
しかし、男子たちからの煽りは止まりません。
「いやだからちげえって!」
黒板を見ました。相合い傘の絵の下に、ゆうきとあやめの名前が書いてありました。
「ゆうきとあやめは夫婦〜!」
男子たちの煽りは止まりません。
「おめえら! ちげえって! ちーがーう!!」
群がる男子たちを振り切って、自分の席へ向かいました。
「あ、あかね! なんとか言ってくれよ〜、あいつらにさ!」
あかねはにらんで、
「あんた最低……。どうせあやめちゃんがかわいいから、手出したんでしょ?」
「……」
呆然としました。
それからしばらく、ゆうきとあやめは、勝手に恋人関係としてうわさされてしまいました。
あやめが消しゴムを落とし、ゆうきが拾いました。
「あやめ」
声をかけると、
「ヒューヒュー!」
煽られました。
また、次が体育の時間とあれば、わざとゆうきとあやめが同じところで着替えさせようとしたりしました。そんなことが、ほぼ毎日続きました。
ある日、次が音楽の時間のため、音楽室へ移動をしている時。
「あ、あやめ!」
誰もいない階段の踊り場で、あやめを見かけ、声をかけるゆうき。
「お、お前さ。恥ずかしくないのかよ! な、なんかここ数週間変なうわさ立てられてさ、俺なんか、気が気でないんだよ! こ、これまでさんざんアホなことしてきたのに、もうなんかできなくなってきた気がしてきて……。お、お前はさ、どうなんだよ? 我慢してない?」
「……」
「その、まあなんだろ? 変なこと言うけど、俺でよければ相談してよ。どうしてもだったら、俺、あいつらなぐることだって……」
「なにかっこつけてんの? 別にほんとのことじゃないから気にすることないじゃん。まるで、悲劇のヒロインみたいに、あたしのこと見ないで? ほんとさ、あんた人を見る目ないよね」
呆然とするゆうき。
「それとも……。あたしのこと気になってるの?」
ゆうきに近づくあやめ。ゆうきは顔を赤らめました。
「あんた顔いいから、チューくらいならしてあげてもいいよ」
と言って、音楽室へ向かいました。
「え……」
ゆうきは顔を赤らめたまま、その場に佇んでいました。
あれから一週間経ちました。ゆうきとあやめのうわさは、出なくなりました。あやめが全く反応を示さないからでしょう。ゆうきは大げさに反応していたけれど。
あやめは相変わらず孤立していました。班行動や体育の時間のペア組みでは、無視をされました。まどか先生も彼女のことがよくわからなくなり、一目置いていました。
しかし、ゆうきは、そんな彼女がかわいそうに思えてきました。不思議と、悪い人には思えないのです。
放課後。
「な、なああかね。」
「なに?」
「次の日曜さ、お出かけしないか?」
「え? 急にどうしたの?」
「いや、なんかさ。突然そういう気分になることなくない?」
「は、はあ……」
「行くよな? 行かないと、姉ちゃんに言いつけるぞ!」
「いや、あんたいくつよ? そんなの通用する歳じゃないでしょあたしら……」
呆れるあかね。
「まあ、いいわよ。バイオリンのお稽古もないし、何時にどこ来ればいいの?」
「えっとね……。とりあえず、お前んちすぐの公園で!」
「いつものね。オッケー」
と言って、あかねはランドセルを背負って、教室を出ました。
「あとは、あやめか……」
あかねがいなくなったのをねらい、まだ席に着いているあやめに近寄るゆうき。
「あやめ! あ、あのさ! 次の日曜、暇……かな?」
あやめは、顔を向けてきました。
「まあね」
「じゃあ、俺と出かけないか? その、まあ。親交を深める感じ……でさ!」
「なにそんなしどろもどろしてんのよ?」
呆れるあやめ。
「いいわよ」
ランドセルを背負い、立ち上がりました。
「何時にどこ来るの?」
そして日曜日。
「おまたせ〜」
あかねが来ました。
「よう、あかね! 実はさ、まだいるんだよねゲストが」
「え、ほんと? まあ、二人だけじゃ味気ないしね」
「そうそう! あ、来た来た!」
あかねは、顔をしかめました。
あやめは、ゴスロリに、黒い傘をさして、やってきました。
「で、どこ行くの?」
来て早々の第一声。
「ゆうき……。あたし、ちょっとバイオリンのお稽古あったかも……」
帰ろうとするあかね。
「いやいやいや! さ、三人でお出かけしようぜ! な、な?」
あかねを引き止めました。
「あれ? この子誰? もしかして恋人?」
クスッと笑うあやめ。
「お、幼馴染み……」
あわてて答えようとするゆうき。
「そうよ! ゆうきはね、あたしのダーリンなのよ!」
「ええ!? あ、あかね?」
当惑するゆうき。
「あんたなんか、途中で帰りたくなるくらい、ラブラブなんだから! あ、あたしたちは!」
「いやあかね? 俺たちそんな仲じゃ……」
あかねはゆうきをにらみました。ゆうきはなにも答えられませんでした。
「それよりも、どこ行くの?」
と、あやめ。
「そ、そうだ! さあこのゆうき様が、お姫様たちをご案内致しましょう! カモーン!」
ゆうきが合図する間もなく、二人はそそくさと先を急ぎました。
街へ来ました。
「あやめさん、紹介するわ。ここはあたしが行きつけの楽器店よ? ここでバイオリンのメンテしてもらってるの」
「あかねさん、バイオリンやってるの?」
「そうよ。あたしね、バイオリンは幼少期からしてるんだ!」
楽器店に入りました。
「おじさーん!」
レジの前にいる店主がコクリとうなずきました。
「あたしさ、バイオリン以外にもクラシックよく聴くのね? 特にこのヴィヴァルディの四季は大好きでさあ! あ、あとベートーヴェンの運命、トルコ行進曲!」
「トルコ行進曲はバイオリンじゃないじゃない……」
と、あやめ。
「でも名曲よ! あやめさんは、ピアノは好き?」
「いえ……」
「そうか。あたしのママがね、ピアノ得意で、トルコ行進曲を二倍速で弾けるのよ!」
レジの前にいる店主がコクリとうなずきました。
「ふーん、それで? あたし音楽には興味ないの。早く楽しいところに行きましょ」
楽器店から出ました。
「やっぱあたし帰る!」
怒って帰ろうとするあかね。
「た、頼む! 帰らないで!」
ゆうきは、あかねを引き止めました。
続いて、ゆうき行きつけの鉄道模型のお店に来ました。
「あんまりこの本書で公表されてないけど、俺鉄道好きなんだよね。でも母さんが旅行は年に一回しか連れてってくれなくてさ、ここに来て、日本中の鉄道に乗った気になってるんだよねえ」
レールの上を走っている鉄道模型を見つめるゆうき。
「あれは日本で初めて走った新幹線0系、あれは最近引退した国鉄型の特急、185系。あれは……」
「鉄道なんて興味ないんだけど?」
あやめは、お店を出ました。
「やば、俺も帰ろうかな?」
「あんたでしょ誘ったのは……」
あかねが呆れました。
三人は、特に話すことなく、街を歩きました。
「あ、そうだ。二人とも、お腹空いてない?」
「え? どこかで食べるの?」
「まあな」
「お金なんてないわよ」
と、あやめ。
「大丈夫! 俺今日のために、弁当を持ってきたからさ!」
と言って、先頭を歩きました。
「ついてきて!」
二人は、ゆうきについていきました。
三人は、最低山が見える場所に来ました。
「どこに向かっているの? もうかなり歩いたみたいだけど……」
「あやめさん疲れてきたの? まあ、あたしたち来たことあるから、平気だけど……」
「はあ? 健全な小学六年生なので、平気ですけど」
三人は、最低山を登りました。
「こんなとこになにかあるのかしら?」
あやめは、汗をかいていました。
「あと二十分歩くけど大丈夫?」
「え……」
呆然とするあやめ。
「無理なんじゃない? 年中ゴスロリ着てる人に、二十分山登りなんてさ!」
あかねの一言にムッときたあやめ。
「だ〜か〜ら! 健全な小学六年生だって言ったでしょ!」
さしていた黒い傘を置き去りにして、走り出しました。
「意外とプライド高いのかな?」
と、ゆうき。
あやめは、走って走って走りました。そして、頂上までたどり着きました。
「はあはあはあ……」
息を切らしました。今までこんなに走ったことはありませんでした。
「なにがあるってのよ……。こんなところに!」
顔を上げました。頂上から見渡した景色は、街の景色でした。眺めがよく、思わず見惚れてしまいました。
「あやめーっ!」
ゆうきとあかねが来ました。
「さあ二人とも。お昼にするぞ?」
お弁当を広げました。中には、おにぎりとウインナー、ハンバーグ、ミニトマトといった、定番のメニューが入っていました。
「俺、がんばって詰めたんだ」
「あ、詰めたんだ」
と、あかね。
「そう、詰めたの」
「作ったのは、まいちゃんでしょ?」
「こんなの俺に作れるわけがない」
「……」
「あやめさん!」
あかねに声をかけられ、顔を向けました。
「食べなよ。まいちゃんの手作り料理はおいしいよ?」
あかねが、おにぎりを渡しました。あやめはおにぎりをまじまじと見つめたあと、一口食べました。
「どう? まずかったらまずいでいいぜ?」
「いいえ。とてもおいしい……」
おにぎりを食べ進めました。
「ここはさ、ずっと来てた場所で、いやなことがあった時も、ここに来れば忘れられるんだ。だからさ、あやめも来たらいいよ。ちょっと歩いてかかるけどね」
「ふーん……」
あやめは、一口かじったおにぎりを持ったまま、ゆうきとあかねを見つめました。
「二人とは、長く付き合えそう……」
フッとほほ笑みました。
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