8.幼馴染みは優等生

第8話

「待てーっ!」

 二人の巡査が、誰かを追いかけていました。

「待てと言われて待つやつがあるか!」

 魔法使いである石丸月菜いしまるつきなが、二人の巡査から逃げていました。

「この万引き犯め! 待てーっ!」

「もうめんどくさいな。魔法使っちゃうか……」

 月菜は立ち止まり、二人の巡査の前に立ちはだかりました。

「残念ね……。私が普通ただの人間じゃないってこと、教えてあ・げ・る」

 右袖から、魔法の杖をスッと出しました。

「そこまでだ!」

 誰かが後ろから、魔法の杖を持つ月菜の腕を掴みました。

「へ?」

 振り向きました。

陽菜ひな

 幼馴染みの陽菜でした。

「月ちゃ〜ん? またなんか悪いことしたの?」

「まあね」

「まあね……じゃないよ! なんでもいいから謝って!」

「もう……。しょうがないなあ〜」

「なんでニヤニヤするの! おまわりさんがいるんだよっ? もう月菜も中学三年生なんだから、社会的に悪いことはやめて!」

「わかったわかった」

 月菜は、セーラー服のスカートのポッケから、万引きした十円ガムを、巡査二人に向けて投げました。巡査二人は、あわててキャッチしました。

「はい。これでもういいでしょ? じゃあねえ」

「な、なんで十円ガムなんて……」

 陽菜は途方に暮れました。

 月菜は、付近を歩いている男子小学生を見つけました。

「ふふふ……」

 魔法の杖を一振りして、エロ本を出しました。

「一冊千円でも、どうせ小学生の男児にゃ、のどから手が出るほどほしい代物でしょうに……」

 小さく笑いました。

「ダメーっ!」

 陽菜が、エロ本を取り上げました。

「ひゃあああ!」

 エロ本を見て、目を回しました。

「耐性がないなあ」

 月菜はエロ本を取り上げて、男子小学生を追いかけました。

「ダメダメ〜!」

 陽菜も追いかけました。


 夕方になりました。月菜と陽菜の二人は、公園に来ていました。

「あーあ。売りそびれちゃった」

 魔法で出したエロ本を、杖を一振りして消しました。

「どうして十円ガムなんか盗んだの?」

「ええ?」

 月菜は言いました。

「だっておもしろいでしょ? 十円ガムごときを万引きするなんてさ! あっはっはっは!」

 笑いました。

「おかしくないよ! もう、月菜最近、こういうことばっかり!」

「魔法使いだからね」

「魔法使いだから、なにしたっていいの? 違うよね!」

 月菜は背を向けて言いました。

「万引きは魔法なんかでしてないよ? 魔法なんかよりうんとおもしろいから、してるの……」

 顔を陽菜に向けて、ウインクしました。陽菜は、呆然としました。

「魔法は、いざって時の切り札にしてるからさ。じゃあ、また明日ね」

 手を振って、去りました。

「月菜のバカ……」

 やんわりとした風が、陽菜の前髪をなびかせました。


 生徒会のお仕事を任されていたまいは、足早に家に向かっていました。

「早く帰って宿題をしなくちゃ」

 ふと、通りかかった公園を見かけました。

「きゃあああ!!」

 ベンチで人魂を浮かべて座っている女子中学生がいました。

「って、人かあ……。私ってばなにをそんなに驚いているのよ〜!」

 自分で笑いました。

「ひいいい!!」

 人魂を浮かべた女子中学生が、まいの目の前にヌッと現れました。

「ご、ごめんね? あたし今いろいろ落ち込んでて……」

 女子中学生、陽菜は、まいをベンチの隣に座らせました。

「あれ? あなたセーラー服ってことは、隣の中学校の子?」

「そうよ。陽菜っていうの。今三年生」

「三年生ですか! 私は隣の私立の一年生、まいっていいます」

「へえー。頭いいんだね」

「そ、そんなことないですよ。友達がもっと頭いいですから!」

「謙遜しないで」

 陽菜はほほ笑みました。

「なにをそんなに落ち込んでいたんですか?」

「うん。幼馴染みのことで悩んでいてさ……」

「もしかして、学年最後のコンサートに来てくれないとか?」

「へ?」

「あ、いや! わ、私の弟の幼馴染みにそんな子がいたもので!」

 あわてて顔を反らしました。

(いかんいかん! なに自分とこの連中を例に上げてんのよ!)

「変なこと言ってもいい? ああ、笑ってもいいんだよ」

「そんな……。私人の悩みなんかで笑いません!」

「そう? じゃあ言うね。その幼馴染みはね、魔法が使えるの」

「……」

「小学生の頃からの付き合いなんだけど……」

 陽菜は、昔話を始めました。


 小学生の頃。月菜がジャングルジムの上に立っていました。

「ひっな〜! 今からここから飛び降りるよー?」

「ダメだよ月ちゃん! そんなとこから落ちたらケガしちゃうよ!」

「いっくよ〜! とう!」

「きゃあ!」

 両手で顔を覆う小学生の陽菜。

「シュタッ!」

 しかし、小学生の月菜は、くるっと一回転をして、無事に着地しました。

「ひ〜な!」

 目を閉じている小学生の陽菜は、そーっと目を開けました。

 目の前には、ほほ笑んでいる小学生の月菜がいました。

「あれ? なんで?」

「じゃじゃーん! これのおかげなんだあ!」

 先端に星の付いた、白く細い魔法の杖を、見せました。


「目を閉じていたから、最初は魔法使いだなんて信じてあげられなくて……。でも、ある日の下校中、月ちゃんは電柱を大蛇に変えたの!」

「だ、大蛇……」

「そう! その時に、あの子が魔法使いだってことを、信じるようになったんだ。って、これ二人だけの内緒だったんだあ!」

 呆然としているまい。

「ああ、気にしないでね! 今の話は、悩みすぎて頭おかしくなった女子中学生の末路だと思えばいいから……」

「いや、実はその……。私もその魔法使いの石丸月菜さんに、会ってるの……」

「え?」

 まいは、コクリとうなずきました。

「え、マジウソ! え〜!?」

 まいの肩に掴みかかってきました。

「あ、マジです〜!!」

 あわてるまい。

 まいは、前にゆうきと出会って時、魔法の杖をもらい、さんざんな目に遭った話をしました。

「そっか……。じゃあ、月菜がどういう人柄かは、わかるね?」

「もちろんですとも! あなたとは比べ物にならないくらい、不良タイプって感じの人ですね」

「悪気はないんだけど、なんかこう月菜のやることってそう見えるっていうか、そのことで落ち込んでたの……」

「その……。へ、変な本売ったりとか、ですか?」

「それもあるけど、今日なんて万引きしてさ」

「万引き!? え、それ社会的にアウトじゃん!」

「うん……。十円ガム一個を、どうして……」

 まいはひっくり返りました。

「月菜は、中学三年生になってから、ずっと非行をくり返してるの。理由を聞くと、魔法使いだから、魔法を使わなくても自分の力だけでなんでもできるところ証明したい的なこと言ってたけど、それと非行がどう繋がるの? あたしにはわかんないよ!」

「陽菜さん……」

「いろいろ考えてみた……。あたしが月菜ともっと仲良くしないといけないのかなとか、家庭環境がよくないのかなとか……」

「いや、陽菜さんは悪くないわよ。だって、考えてくれてますもん。そんないい友達がいて、どうして荒むの?」

 まいはほほ笑みました。

「問題は、月ちゃんが、非行を起こすことよ。月ちゃんは、もしかしたら非行を起こすことが、快感になってるのかも……。唯一無二の楽しみになってるのよ!」

「楽しみ……」

「だから月ちゃんには、非行以外の楽しみに触れる機会を与えてあげるといいかもしれません」

 陽菜は、パッと顔を明るくしました。

「そうだよ……。そうだよねまいちゃん!」

 ベンチから立ち上がりました。

「よーし! 月菜、あんたに非行よりも楽しいこと、教えてあげるからね?」

 まいに体を向けました。

「ありがとまいちゃん。あ、そうだ。月菜のこと月ちゃんって呼ぶならさ、あたしのことも陽菜ちゃんとか、呼び捨てしていいよ」

「ええ? いや、でもあの人はなんか敬語で話しづらいというか、なんか年上にはきちんと敬意を持って……」

 おどおどするまい。

「ふふっ! じゃあねまいちゃん、また会いましょ?」

 手を振って、去っていきました。

「うん!」

 まいもほほ笑んで、手を振りました。


 その翌日。下校時に、まいと陽菜は公園で会いました。

「でさ、今度の日曜日、駅前で待ち合わせして、お出かけしようと思うの」

「なるほど……」

「うん。そこでさ、いろいろなお店巡って、楽しいところ見せてあげられたらなってね!」

「いいじゃないですか!」

「ね? 二人だけだとなんだから、まいちゃんのお友達とかも連れてきてもらえるかな?」

「私の?」

「そう。あたし一人だと、月菜がなにしでかすかわかんないし……」

 まいは、「いいよ」と、うなずきました。


 そして日曜日になりました。

 赤いチェックのシャツに、黒のチノパンと黒いスニーカーを履いた陽菜は、駅前で立っていました。

「月菜とお出かけなんて久しぶりだな。ちょっと恥ずかしいな……」

 久しぶりにおしゃれをしたので、緊張しました。

「月菜って、私服はどんなだろ?」

「おまたせ〜!」

 まい、まなみ、あかね、石田君の四人が来ました。

「連れてきたわよ」

 連れてきたメンバーを示すまい。

「私立中学一年一組、お色気担当、新城ま・な・み♡」

 色っぽくあいさつしました。

「好きな食べ物はケーキのいちご。生まれて十一年、西野あかねでございます!」

 演歌の紹介ぽくあいさつしました。

「愛しのあの子に恋するヒロイン! 石田なおとでーす!」

 かわいくあいさつしました。

「こ、個性的な友達ね……」

 唖然とする陽菜。

「みんなまともにやりなさいよ!!」

 まいは怒りました。

「けっ。ゆうきさんのいないお出かけなんて……。揚げの入っていないきつねうどんといっしょですよ?」

 にらんでくる石田君。

「いや、それただのうどんだろ!」

 ツッコむまい。

「まなみも今日は録画した午後のサスペンス六本観る予定だったのに〜!」

「あたしだって、題名のない音楽会六本録画したの観る予定だったのよ?」

 あかねも怒りました。

「あんたらはどうして二人とも六本録画してんのよ!」

 まいはツッコミを入れました。

「あっそ。石田君、あんたはこれがいらないのね?」

 写真を見せました。それは、ゆうきの五歳頃の、入浴中の写真です。石田君は、目をギョロつかせました。

「まなみも。これいらないのね?」

 手でぶら下げたのは、前に母のさくらが当てた喫茶店のパフェ食べ放題券でした。まなみは、目をギョロつかせました。

「あかねちゃんも、これいらないの?」

 有名バイオリニストのチケットでした。あかねは目をギョロつかせました。

「要は、まなみたち月ちゃんに楽しいお出かけさせてやればいいんでしょ?」

「お安い御用さ!」

 と、石田君。

「任せなさい!」

 胸を張るあかね。

「もしかしてみんな、行きたくなかったのかな?」

 と、陽菜。

「そ、そんなことないわよ! ね、みんな!ね、ね!」

「それにしても月菜はまだかしら? もう約束の時間だけど……」

 と、そこへ。

「おまたせ〜!」

 月菜の声がしました。みんな目を丸くしました。

「待った〜?」

 月菜の格好は、白のパーカーに、下は、太ももがほとんど見えてしまうミニスカートでした。

「いやちょっとさ。準備に手間取っちゃって……」

「あ、えっと……」

「え、なに陽菜?」

「あ、いや別に……。す、すごいおしゃれだね!」

「そ? ありがと!」

 と、まいたちに顔を向けました。

「あら? 四人のゲストも? てか、まいちゃんなんで、私立の制服着てんの? 今日日曜日だよ?」

「そんなことよりあんたの身なりよあんたの!」

 六人は、お出かけを始めました。

「お出かけしてなにが楽しいのかしら?」

 ぼやく月菜。

「で、まいちゃん。ここからどうするの?」

 陽菜がまいに耳打ちしました。

「えっとね……。まなみ!」

「え? あ、そっか。えーっと……」

 まなみは、月菜の肩に触れました。

「今からまなみが、楽しいところ連れてってあげるね」

「まあ、ほんと? とろ子ちゃん」

「とろ子?」

「なんかとろくさそうに見えるから、とろ子ちゃん!」

 まなみは、むうっとほおをふくらませました。

「ど、どんなところかな、まなみちゃん!」

 陽菜があわてて聞きました。

 六人は、マンションに来ました。

「あれ? ここって、まなみとあかねちゃんの住んでるマンションじゃ……」

「さあ! 今からみんなでまなみの録り溜めた午後のサスペンスを観ます。異論はないですね? さあ行こう!」

「いや、それあんたが観たいだけでしょ!?」

 まいのツッコミは無視して、マンションに向かっていくまなみ。

「なんかとろ子ちゃん帰っちゃったね」

 と、月菜。

「あんたがそんな変なあだ名で呼ぶからあ!」

 陽菜がツッコミました。

「じゃあ、今度はあたしが」

 と、あかね。

「みんなで題名のない音楽会六本視聴しよう! 午後のサスペンスがいやなら、題名のない音楽会にしよう!」

 あかねも、マンションに向かっていました。

「いや、だからそれただ観たいだけでしょ!」

「で、でも月ちゃんがいいなら……」

 まいは、月菜に顔を向けました。月菜は、顔と手を横に振りました。

「石田く〜ん! 頼むから、あんたは家に帰るとか言わないでよ?」

 石田君に泣きつくまい。

「わかってますよ。僕の場合、家には帰りませんので」

「そ、そうよね。石田君はまじめだし、しっかりしてるから、ちゃんと楽しいとこ連れてってくれるわよね」

「もちろんです!」

 しかしやってきたのは、金山宅でした。

「ゆうきさーん♡」

 家に上がり、ゆうきのいる部屋までスキップしていきました。

「うわ、なんで石田がいるんだ!!」

 ゆうきは、石田君に飛びつかれてしまいました。

「もう行こっか」

 月菜は、金山宅を離れていきました。

「ま、待って〜!」

 陽菜が追いかけました。

「は、はは……。こいつら〜!」

 まいは、怒りで震えました。


 月菜と陽菜は、街に戻りました。

(もしかしたら! 月菜はファッションに興味があるのかもしれない……。だって、今日こんなにおしゃれしてるんだから!)

 陽菜は、思い切って誘いました。

「ね、ねえ! ファッションセンターに行かない?」

「ええ?」

「ほら。いろんな服があるし、楽しいよ?」

 月菜は少し考えてから、

「いいよ。行こっか」

 うなずきました。

 ファッションセンターに来ました。

「うわあ! これかわいくない?」

 陽菜は、シルクハットを手に取りました。

「それさっきハゲたおじいさんがかぶってたよ?」

 陽菜は、サッとシルクハットを戻しました。

「ねえねえ! これかわいくない?」

 今度は赤い靴を手に取りました。

「あ、それさっき足のくっさそうなおばさんが履いてたよ?」

 陽菜は、赤い靴を戻しました。

「これかわいい!」

 黄色いハンカチを手に取りました。

「ねえ見て」

 陽菜は、月菜に顔を向けました。

「きゃあああ!!」

 月菜は、般若のお面をかぶっていました。

「あははは!」

「な、なにするのよ〜!」

 陽菜は怒りました。

(でもなんか楽しそう……。あたしも楽しくなってきた!)

 そのあと、ファッションセンターを出てすぐそばのゲームセンターに行き、二人でユーフォーキャッチャーをしました。


 帰り道。

「はあ! 楽しかったねえ」

 と、陽菜。

「……」

「また今度こうして出かけようよ? あ、そうだ! 明日より道しない? そうだなあ……。ショッピングセンターとか!」

「いや、楽しくないよ」

「え?」

「なーんてね! あっかんべ〜!」

 月菜は、あかんべーをして、その場を立ち去ろうとしました。

「なんで……」

「ん?」

 振り向きました。

「なんでそういうこと言うの? ねえ、なんで!?」

 陽菜は、泣いていました。

「あたしは月菜が毎日万引きや変な本売ったりして、警察につかまるところ見てるのいやなの! だから、今日はまいちゃんたちにも協力してもらって、月菜と楽しくお出かけしようと考えたのに……。もういい! あんたとなんて、金輪際かかわらないから!」

 走り去ろうとしました。

「きゃっ!」

 突然落とし穴ができて、落ちました。

「いてて……」

 月菜が覗き込んできました。

「わかったよ。ほんとはさ、すんごい楽しかったよ?」

 穴を覗く月菜は、ほほ笑んでいました。

「月菜……」

「ごめんごめん。これからは、陽菜の言うこと聞くから。だからほら、出ておいで?」

 手を差し伸べました。陽菜はしばらく月菜を見つめたあと、差し伸べてくれた手を握りました。

 しかし、その握った手は、ガイコツの手でした。

「きゃあああ!!」

 陽菜は、気絶しました。

「きゃははは!!」

 月菜は、隠し持っている魔法の杖で、手をガイコツにしていたのでした。

「あれー? 陽菜? 陽菜ー!」

 心配して様子を見に来たまいたち。

「月ちゃんは、元の性格がひどいから、どうにもしなくていいのよ……」

 なんて、呆れてつぶやくまいと、肩をすくめるまなみ、あかね、石田君でした。

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