7.お姉ちゃんが来た
第7話
下校中。ゆうきは、拾ってきた木の枝を家の柵に引っかけて、カンカンと音を立てながら歩いていました。
「ゆうきさーん!!」
後ろを振り向きました。
「うわあ!!」
ゆうきは、石田君に運ばれて、連れて行かれました。
石田君のモデルハウスのようにりっぱな家に着きました。二人は居間に来ました。
「な、なになに!?」
あわてているゆうき。
「こうでもしないと、来ないかなと思って……」
苦笑いを浮かべる石田君。
「どういうつもりだよ! まさか、俺に変なことでもするんじゃないだろうな?」
にらみました。
「ち、違います! 今日はちょっと別件でして……。ていうか、ゆうきさん変なことを期待しているんですか?」
ニヤリとしました。
「え? な、なわけ……」
「いいですよ? 僕はいつだって、ゆうきさんにすべてを捧げるつもりでいるので!」
「いや、だからね?」
「んー……」
キスをしようと顔を近づけてくる石田君。
「やっぱそういうつもりじゃねえかよ!」
怒鳴った時。インターホンが鳴りました。
「たっだいまー! よ、なー君。元気にしてたか?」
茶髪のロングヘアをした、小柄な女の子がやってきました。
「で、出たあ……」
げんなりする石田君。
「え? だ、誰?」
「そういう君は誰だよ? あたいはなー君の世界で一人のお姉ちゃんだぞ?」
ゆうきにググッと迫ってきました。
「な、なんだなんだ! だったら世界で一人なんて当たり前だろうが!」
「ああもう、お姉ちゃん! この人はなにも悪い人じゃありません!」
ゆうきの腕にしがみつきました。女の子は、目を丸くしました。
三人は、石田君に入れてもらったお茶を囲んで、話をすることにしました。
「改めて。あたい、なー君の姉でーす。なおみって言いまーす!」
「手を挙げて宣誓するみたいに言わなくていいの……」
呆れる石田君。
「ていうか、石田。お前なー君なんて呼ばれてるの?」
「そうですよ。僕の名前は石田なおとって言うんですからね」
と言って、お茶をすすりました。
「初めて知った……」
「ねねっ。君は誰? なー君に腕掴まれてたけどさ、もしかして、君もそうなの?」
ゆうきにグンッと近づくなおみ。ゆうきは少し顔を赤らめました。
「い、いや……。お、俺はゆうきって言います。な、なんか姉が知り合いなんで、こいつとかかわってるだけですよ」
「違う! ゆうきさんは、僕と付き合っているんですよ?」
「えー!?」
驚くなおみ。
「な、なわけねえだろ! なんでそういう設定になんだよ!」
「てことは、君は男の子かあ……。あたい、てっきり女の子だと思ってたなあ」
と言って、足を組みました。
「え、なに? 俺女だと思われてたの?」
「ゆうきさん、童顔だから、僕もたまに女の子に見える時があるんです……」
ゆうきにあごクイをして、その手を振り払われました。
「ていうかお姉ちゃん。タイに行ってきたのに、見た目が全然変わってない気がするんだけど?」
「うんそうだよ。お金がなくてさ。手術できなかったよね」
「し、手術?」
と、ゆうき。
「まあ、ゆうき君がなー君と知り合いなら、もう教えてあげちゃってもいいかな……。あたいもね、なー君と同じなのよ」
「え? てことは!」
目を丸くするゆうき。
「いやいや、女。女の子なんだけど、女の子が好きっていうか……。タイに行って、胸摘出と声帯を変える手術をしようと思ったんだけど……」
「……」
呆然としているゆうき。
「タイでお土産とか、グルメとか観光を満喫してたら、お財布が空っ穴になっちゃって!」
ソファからひっくり返るゆうきと石田君。
「結局、女の子のままなんだ。どう? あたいバカでしょ?」
胸を張りました。
「も、もう! お姉ちゃん、タイに行く時のお金は誰が出してくれたの?」
「バイトして貯めた」
「それもそうだけど、ほとんどお母さんが出してくれたでしょ!」
「ああ、そっか」
「お、お姉さんバイトできる歳なのー?」
ゆうきは、ソファにつかまりながら、ゆっくりと起き上がりました。
なおみは、台所に立って、泡立て器で材料を混ぜていました。
「お姉ちゃん。久しぶりに帰国したんだから、ゆっくりしなよ?」
と、石田君。
「んー? ホットケーキ作ったげるから、あんたは愛しの彼とラブラブしてな?」
「もう〜。お姉ちゃんは人の言うことを聞かないんだから!」
石田君は、フライパンを熱して、バターを溶かす準備をしました。
「ねねえ。抹茶パウダーない? 抹茶味のホットケーキ作ろうと思って」
「さあ? 探してみれば?」
「ケチ」
なおみは、台所の棚をあさって、探してみました。
一方ゆうきは、居間のソファに座って、石田君が部屋から持ってきてくれた、鉄道雑誌を見ていました。
外はすっかり日が暮れました。
「ホットケーキおいしかったです。じゃあ俺ここで失礼するんで」
帰ろうとするゆうきの手を、なおみが止めました。
「え?」
「今日泊まってきなよ」
「え、ええ!?」
「お姉ちゃん! そんなのゆうきさんのご家族に迷惑じゃん!」
「なんで? あんたの好きな人なんでしょ? ここで射止めてやらなくちゃ」
「そ、それもそうだけど……」
「それもそうだけど……じゃねえよ!」
ツッコむゆうき。
「なー君はさ、昔からしっかりしてるのはいいけど、遠慮しすぎなところが玉にキズだよ? あたいたちって、その遠慮が一番体に毒なんだよ」
「でも……」
「そうそう。俺、家帰らなきゃいけないし」
「なー君私立だから、この子が来年来るなんて確証ないでしょ? この子が頭が良ければ別だけどさ」
「いや、地味に頭悪い子認定してません? 実際そうだからなんとも言えない……」
「ねえ、なー君。我慢したら、いい方向に行くと思う? 思い切ったらいい方向に行くと思う?」
石田君は考えて、決心しました。
「ゆうきさん……。今夜は泊まりましょう!」
「いやに決まってんだろ……」
「うわーん!! 思い切ってもバットエンドだったあ〜!」
泣き出す石田君。
「いや、普通に無理だよ! 前にも泊まったことあるけど、正直ろくなことないから帰ります!」
「もしもし。金山さんとこのお宅ですか?」
イケボでなおみが、電話をかけていました。
「石田の母です。はい、今夜はお宅の息子さんを泊めてあげようと思いまして……。はい、うちの息子と仲良しなもんですから、親交を深めたいなと……。はい、はい……。ありがとうございます」
電話を切りました。
「どうよ? あたいのイケボでお母さん大作戦は!」
石田君は拍手しました。
「俺は母さんを絶対に許さない……」
なんだかんだで、お泊まり会が始まりました。
夕飯。鍋が煮えていました。
「さあ! 今夜は鍋だ!」
「あれ? 具が入ってないよ?」
石田君とゆうきは、鍋の中を覗きました。
すると、家中の電気が消え、暗くなりました。
「ふっふっふ……。鍋パといったら、ゲテモノでしょー?」
「またお姉ちゃんは……」
呆れる石田君。
「てことで! 今からあたいが適当に入れた具材を、みんなで当てながら、今夜は食事をしたいと思います!」
「あんたが用意したものを食べるのかよ!」
ゆうきがツッコミました。
「火を止めて……。こうドバーッと!」
コンロの火を止めてから、材料を流し込みました。
「さあさあ! あたいも君たちもなにが入っているかわかりません! じゃあまずあたいからね」
「なんかずるいなあ」
「真っ暗でなにも見えない……」
石田君もぼやきました。
ぼやくゆうき。
「ううん……。うえっ!」
なおみが吐きました。
「え、なになに!?」
あわてる石田君。
「おい次石田だぞ石田! じゃなくてなおと!」
「その名前で呼ばないで!」
石田君は、おそるおそる箸で鍋の中をあさりました。
「こ、これなんだろ? なんだか大きい……」
暗闇でよくは見えないが、リング状の太いなにかを掴んでいる。石田君はおそるおそる箸で掴んでいるゲテモノを口に入れました。
「ん! あ、甘い……。これドーナツだ!」
「え……」
唖然とするゆうき。
「ほら、次はゆうきさんの番ですよ。あ、僕があーんしてあげましょうか?」
「俺が自分で取る!」
「へえー。二人はもうそこまでやる仲なんだ……」
と、ほくそ笑んでいるなおみ。
「なわけねえだろが!」
ゆうきは、おそるおそる鍋の中を箸で突きました。
「へ、変なの取りませんように!」
パッと取り上げました。
「な、なんか固いな? そして、重い?」
おそるおそる、口に運びました。
「ぶっ!」
吐き出しました。
「大丈夫ですかゆうきさん!」
「これイセエビだ!」
暗かった家中に、明かりが付きました。
「もうやめよっか」
鍋の中に入っていたのは、イセエビ、ドーナツ、クッキー、ナスまるごと、せんべい、揚げパン、とんかつ、大根まるごと、干し柿でした。
「僕ドーナツ取りました」
「俺イセエビ」
「お姉ちゃんは?」
「多分ナスかな? ナスきらいなんだよね」
「だから吐いたのか……」
納得するゆうき。
夕飯後。
「お風呂沸いたよ。誰から入る?」
なおみが聞きました。
「僕とゆうきさん」
「いや、なんで俺とお前がいっしょに入る感じになってんの……」
「あ、そうだ! 三人で入ろうよ」
なおみが提案。
「え!?」
驚くゆうき。
「なー君も、お姉ちゃんとお風呂久しぶりに入りたいでしょ?」
「えー? でも、三人じゃとてもきついでしょうちじゃ……」
「交代交代でシャワー浴びれば平気だよ」
「そうだね」
「じゃ、入ろっか!」
なおみと石田君がお風呂場へ向かおうとした時でした。
「いやちょっと待てー!!」
ゆうきが阻止しました。
「いや、俺は最後に入るんで、あんたら二人先に入ってよ」
「えーでも僕ゆうきさんと入りたい!」
「俺はいやだよ!」
拒否しました。
「そ、それに……。俺はちゃんと男なんで、なんというか……」
「あー」
まじまじと見つめてくるゆうきに、察しがついたなおみ。
「大丈夫! あたい、心は男なんで!」
ウインクしました。
「そういう意味じゃない!」
「なによ〜? いっちょ前に成長してんのか?」
ゆうきに抱き着いてくるなおみ。
「ちょ! な、なにするんですか……」
顔を赤らめました。
「大丈夫ですよ? ゆうきさんの成長した"ソレ"は、僕が清めてあげますから……」
モジモジする石田君。
「ああもうこの家二度と宿泊しなーい!!」
ゆうきの大声が外までこだましました。
結局お風呂は、石田君となおみの二人だけになりました。
「ゆうき君も紳士だなあ」
「ほんとはゆうきさんと入りたかったのに……。お姉ちゃんが強引に誘うから!」
体を洗いながら文句を言いました。
「えーだってさ。あんたの
「うん……」
「将来のこととか、本気で考えてる? いいなあ! あたいもさ、すてきな人見つけられたなって思ってるよ」
「でも……。多分叶わないよ。ゆうきさん、女の人が好きだから……」
「……」
なおみは言いました。
「じゃあさ。女の子になればいいんじゃない?」
「へ?」
「手術はもうちょっと大人になってからじゃないと無理だけど。なー君はあたいと違ってしっかりしてるから、貯金もしっかりやって、完璧にこなせちゃうって!」
左手で、グッドサインを見せました。
石田君はほほ笑みました。
「もう二度とないチャンスだったのに。お姉ちゃんはもったいないことしたよなあ」
「あはは〜」
笑いました。
「でもね。同じ手術を受けに来た子と仲良くなったんだ。その子は手術が無事成功して、男の子になったんだけど、今でもメールでやり取りしてるよ? 今度、手紙送ってみようかな!」
ほほ笑みました。石田君もほほ笑みました。
就寝時。
「わあ。あたいの部屋見事に片付いてるわ」
「ゴミとかほったらかされていたり、散漫したお部屋だったので、お母さんと掃除したの」
「ありがてえ」
「お姉ちゃんは掃除に横着すぎるの! 僕みたいに、そろえるものはきちんとそろえて、散らかさないことを意識して!」
「ヘイヘーイ」
「もう!」
「おやすみ。彼君といい夢をね」
ウインクしました。
ゆうきは、石田君の部屋にいました。
「また俺と石田と寝るのか……」
「ゆうきさん」
「戻ってきた」
「ていうか、俺の布団は? まさか、ここに敷かれているの一枚で使うとかじゃねえだろうな?」
石田君はほほ笑んで、うなずきました。
「前みたいにもう一枚使えばいいだろ!」
「あれは、お姉ちゃんのなので、使えません」
「他は!」
「うち、僕とお姉ちゃんとお母さんの三人暮らしなので、ありません」
「……」
がく然とするゆうき。
「もういい! 床で寝るよ俺」
「そんなの風邪引いちゃいますよ?」
「男同士で密着して寝るなんていやだね」
床に寝転びました。
「そっか。やっぱりゆうきさんは、女の人が好きなんだ……」
「え?」
「おやすみなさい……」
部屋の明かりを消した石田君は、ゆうきに背を向けて、布団に入りました。
「……」
しんと静まり返る暗い部屋。
「あ、あの……。石田君?」
「……」
「う〜ん……。わ、わかったよ。いっしょに寝ればいいんだろ?」
石田君は、バッと布団をはだいて、ゆうきが入れるようにしました。
「なにやってんだ俺……」
涙を流すゆうき。
一枚の布団を二人で使用するゆうきと石田君。
「ああ♡」
石田君が喘ぎました。
「せ、狭い! も、もう絶対に泊まりたくねえ〜っ!」
二人の様子を、部屋のドアからこっそり、なおみが覗いていました。小さく、「ファイト」と、拳でサインしました。
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