6.アリスのダイエット

第6話

まなみのいとこである、童話オタクのアリスには、寝る前に自ら作った衣装で、コスプレをするという日課がありました。それは、一番仲のいいまなみにさえも内緒にしていることです。学校以外では、どこでも不思議の国のアリスの格好をしているのに、寝る前の日課だけは、内緒にしていました。

「堕天……」

 ゴスロリを着ました。

「誓います!」

 ウェディングドレスを着ました。

「敬礼!」

 海上自衛隊の制服を着ました。

「やっぱりこれよね!」

 不思議の国のアリスが着る、水色のドレスを着ました。

 ベリッ! その瞬間、横腹の部分が破れました。

「……」

 がく然とするアリス。


 翌朝。

「アリスおは……よう?」

 首を傾げるまなみ。アリスの表情が、いつも以上に曇っていました。

「アリス、どうしたの? なんか元気ないよ?」

「あ、まっちゃん……」

 と、か細い声を上げるアリス。

「人って、なんで太るのかな……」

「え? 太る?」

「ははは……。まあどうせあたしなんて? 学校に行く時以外食っちゃ寝食っちゃ寝の生活してる小学六年生だもんね……」

「アリスー?」

 首を傾げるまなみ。

「まなみは太らないよ?」

「え……」

「だってまなみ。昔から食べても食べても太らない体質だったから!」

 ほほ笑みまなみ。

 アリスは、深く落ち込み、暗いオーラを放ちながら、学校へ向かいました。

「アリス? ほんとに大丈夫かなあ? なんか、熱でも出しちゃったのかなあ?」

 心配するまなみ。

「よっ、まなみ。って、なにあの暗いオーラむちゃくちゃ放ってる人?」

 まいが来ました。

「アリス。なんか、今朝はあんな感じなの」

「どうして?」

「わかんない。でもなんか、まなみが食べても食べても太らない体質だって言ったら、あんなふうに……」

 まいは少し考えてから、

「そういうことか!」

 アリスの元へかけていきました。

「アリス! あんた体型のことで気にしてるでしょ!」

 パッと振り返るアリス。

「結婚前なのにウェディングを着せられたシンデレラ……。あんたならあたしの苦しみをわかってくれると思ってたあ……」

 泣きました。

「もういい加減、私をシンデレラって呼ぶのやめて……」

 額に手を当てて呆れました。

 学校に向かいながら、アリスは昨夜、衣装が破れた話をしました。

「ふーん」

 と、まい。

「ふーん……じゃないわよ! あたしがこれまでずーっと着てきた衣装が破れたのよ? 大切なものなのよ?」

「わかったわかった」

「アリス、普段なに食べて生きてるの?」

 と、まなみ。

「まっちゃん、聞き方ってのがあるでしょ……」

 呆れました。

「アリスのことよ。どうせ甘いお菓子ばかり食べてるんでしょ?」

 と、まい。

「失礼な! あんたが思うほど食べてないわよ!」

 ムッとするアリス。

「朝ご飯のあとにプリンと、十時のアイス、お昼ご飯のあとのクッキー、ポテチと、夕方小腹が空いた時のキャラメル一箱と、夜ご飯のあと物足りないなーと思って、アイス一個……」

「むちゃくちゃ食ってんじゃねえかよ!!」

 ツッコミを入れるまいとまなみ。

「そんなにお菓子食べてたら、太る以前に、不健康になるでしょ?」

「だ、だって〜」

「まなみもそう思う……」

「で、でも〜」

 モジモジするアリス。

「まあでも、まいちゃん。学校ではお菓子食べないからいいんじゃない?」

「ダメよ。学校にいてもたくさん食べてたら、結果は同じ」

「じ、実はさ。学校でも食べてたりするんだけど……」

「え?」

 アリスは、学校指定のリュックから、ソフトキャンディとチョコレートを出しました。

「が、学校って疲れちゃうから。でもバレると取り上げられちゃうから、トイレでコソッと食べてるの……」

 まいとまなみは、ひっくり返りました。

「バレてもバレなくても痛い目見るんだから! 今すぐ持ち帰ってきなさい!」

 お菓子を取り上げようとするまい。

「そんなことしたら学校遅刻しちゃうでしょ!」

 取り上げられないようにするアリス。

「そうだ! 運動すればいいんだ」

 と、まなみ。お菓子の取り合いをやめるまいとアリス。

「アリスさ、インドアでしょ? だから、体を動かせば、どれだけ食べても太らなくなるんだよ!」

「ほんと?」

 と、アリス。

「さあね?」

 肩をすくめるまい。

「さっそく今日の帰りに、三人で集まろう! 放課後までに、まなみが運動メニューを考えてあげるから!」

 ウインクして、学校へ向かいました。アリスとまいは、顔を見合わせました。


 放課後になりました。

「はいてことで! いつもの公園にお集まりいただき、感謝感謝でーす!」

 はりきっているまなみ。

「あんたどうしたのそんなにはりきって……」

 呆れるまい。

「アリスの運動メニュー、考えたよ」

「どんなの?」

 アリスが聞く。

「ケンカだよ!」

「は?」

 顔をしかめるアリス。

「アリスはたくさんの童話絵本を読んできたと思う。きっとその多大な作品の中で、ケンカのシーンってたくさん見られてんじゃないかな? だからね、これから毎日公園にやってくる小学生にケンカを売って、なぐり合いするんだよ!」

「悪いけど、それはないわ……」

 まいとアリスは二人で手を横に振りました。

「ガーン」

 と、まなみ。

「名案だと思ったのになあ」

「どこがよ! 今時ケンカなんて流行んないわよ!」

「えーでも、小学生って言ったらケンカでしょ? なんたらはっちゃくとかさ!」

「いつの時代よ!」

 まいとまなみのやりとりに、首を傾げているアリス。

「別にあたしは運動得意じゃないから、もういいよ」

「でも衣装着られなくていいの?」

 まいが引き止めました。

「運動しないなら、お菓子をやめる手段もあるんだけどな」

 まなみが言うと、アリスは手と首を横に振りました。

「じゃあ、キャッチボールしましょ!」

 まいの提案で、三人は広めに円になって向かい合い、キャッチボールを開始しました。

「正直、キャッチボールって初めてなのよね」

 まいがボールを投げました。

「まなみも」

「あたしも」

 まいの投げたボールは、どちらにも来ることなく、円の真ん中に落ちました。

「ふふーん?」

 ニヤリとするまなみとアリス。

「は、初めてなんだからこんなもんでしょ!」

 照れるまい。

「はい金山さーん! たったの十センチ。これじゃ体力テスト不合格だよ?」

 と、体育教師の真似をするまなみ。

「そんなんじゃナイスボディになれないよ?」

 と、体育教師の真似をするアリス。

「なんで私が体力テスト受けるハメになってんの!」

「あーあ。二人がこんなんじゃ、ダイエットにならないよ」

 アリスは、ベンチに座り込みました。

「なによこいつ……。態度のでかさは天下一品ね!」

 ムッとするまい。

「まあまあ。キャッチボールもケンカもアリスの性に合わないんだよ」

 と言って、

「ていうか、なんでまいちゃんキャッチボールなんかにしたの?」

 聞きました。

「え? や、まあキャッチボールって、よくマンガや本とかで友情を深める一つのきっかけ作りみたいに書かれてたから……」

「まいちゃんもまなみみたく、なんかしら影響されてんじゃん……」

 ジトーっと見つめられました。

「う、うるさい! 世の中の人間はね、大半が影響されて生きてるのよ?」

「ふーん……」

「ああもう! なにがいいってのよーっ!」

 二人が言い合っているのを横目に、カバンからチョコレートを取り出すアリス。

「ダメーっ!!」

 まいは、あわててチョコレートを取り上げました。

「あたしのチョコレートよ! 返しなさいよ!」

「そうだよ!」

「今お菓子なんて食べたら、ダイエットにならないでしょ? ていうかまなみ、なんでダイエットに付き合ってあげてるあんたまでアリスのカタについてんのよ?」

「なにやってんのみんなで?」

 ゆうきとあかねが来ました。

「ねえ、これ落ちてたけど、ボール遊び? まいちゃんとまなみとアリスが? なんか意外〜!」

 あかねは、ボールを高く投げて、そのままキャッチしました。


 五人は、ショッピングセンターに来ました。

「アリスはインドア派でしょ? 元々インドア派な人に外での運動を勧めても気が進まないでしょ」

 あかねは、ゲームコーナーに置いてある、"ダンスミュージック"というゲームを案内しました。

「な、なにこれ?」

 と、アリス。

「ダンスして、点を稼ぐの。ほら、ここに立って。あ、そうだ。最大四人でプレイできるから、まいちゃん、まなみもおいでよ」

 まい、まなみ、アリスの三人は、あかねといっしょに、ダンスミュージックをプレイすることになりました。

「お、俺は?」

 と、ゆうき。

「あんたはそこでじっと見てなさい」

「ア、アリスちゃんだ……」

 ゆうきは、久しぶりに見る金髪のハーフ少女に、胸をドキドキさせていました。

「それじゃいくわよー!」

「あ、あかねちゃん? 私たちダンスなんて初めてやるんだけど……」

 まいの一言も儚く、ゲームが始まりました。

 あかねは、エレクトロダンスミュージックに合わせ、画面に流れてくる矢印に合わせて、軽快なステップを見せますが、他三人は、なにがなにやらの様子で、あたふたしていました。

「アリスちゃん……」

 ゆうきは、ずーっとあたふたしているアリスを眺めていました。

「はあはあ……」

 アリス、まい、まなみの三人は、ゼーハーゼーハー息を切らしていました。

「三人ともお疲れ様!」

 あかねは、シャンと立っていました。

「どう? ダイエットになるでしょ?」

「こ、こんなの無理……。あたしにはできな〜い……」

 アリスは、床に横たわってしまいました。

「ちょっと行儀悪い……」

 ツッコむまい。

「まあ、あたしみたいな、音楽に恵まれた人間じゃないと敵わないゲームか……」

 あかねは、後ろ頭をポリポリとかきました。

「お、俺に任せろ!」

 と、ゆうき。

「アリスちゃんに向けた、とっておきのダイエット方法があるんだ!」


 土曜日になりました。

「ダイエットといったらプールでしょ!」

 海パンいっちょのゆうきが声を上げました。

「市民プールなんて久しぶり」

 まなみは、フリルの付いたワンピースタイプの水着を着ていました。

「とかなんとか言って、あんたはただ水着を見たかっただけじゃないの?」

 あかねはスクール水着を着ていました。

「別に。俺の母さんが週一で通ってるから思いついただけだい!」

「おまたせ……」

 アリスが来ました。

「なんか、恥ずかしいな……」

 アリスは髪をお団子にまとめて、まなみと似た系統の水着を着ていました。

「ロ、ロックンロール!!」

 ゆうきは鼻血を出して、倒れてしまいました。

「早えよ……」

 あかねが呆れました。

「まいちゃんは?」

 と、まなみが聞く。

「え? ああ、多分もうすぐ来ると思うけど……」

「まいちゃんって、どんな水着かなあ? まあ、あたしと同じスクール水着か」

「いやいや。案外、きわどいのかもしれないよー?」

「みんなおまたせ……」

 声がして、三人とも顔を向けました。

 まいがいました。真っ白なビキニをまとったまいが……。

「……」

 三人は全身真っ白になりました。

「え、姉ちゃん……。さすがに決め込みすぎじゃ……」

「うるさーい!! お母さんがこれ着てきなさいの一点張りだったのよーっ!!」

 ゆうきをの頭を百回以上げんこつしました。

 なんだかんだありましたが、ラジオ体操をしたら、水泳ダイエットの始まりです。まなみとあかねは、プールに入りました。

「アリスもおいで? まずは、水中歩行しよ」

 と、まなみが手を差し出しました。

「あ、あたし泳げないのよ……。プールなんて入りたくない!」

 アリスは拒みました。

「じゃあ、俺が支えてやっからよ……。来なよ?」

 かっこつけて、両手を広げるゆうき。

「私も水が怖いの……。あかねちゃんとまなみはアリスに付きっきりだから、ゆうき、あんた私の手握ってて!」

「え?」

 アリスは、あかねとまなみに手を片方ずつ握ってもらいながら、プールに入りました。

「ひい〜! 水深なんメートル? なんメートル!?」

 ガチガチに震えているアリスに苦笑いを浮かべるまなみとあかねでした。

 続いて、泳ぎの練習をすることにしました。

「水中歩行は完璧だったから、今度はクロールしようよ」

 と、まなみが提案。

「あ、あたし水に顔つけるの怖いのよ!」

 怖がるアリス。

「知ってるか? 水中に顔をつけるのって、キスする感覚といっしょなんだぜ? 俺が教えてやっからよ、ほら……」

 キス顔をするゆうき。

 そこへ、石田君が口づけしてきました。

「うわあああ!!」

 驚くゆうき。

「ゆうきさん……。そんなロマンチックな方法で僕に水泳指導をなさっていただけるんですか? 恐縮です……。何時間でも受けて立ちます!」

 うっとりしている石田君。

「おおお、お前いつからそこにいたんだよ!」

「あ、ゆうき。ちょうど石田君に会ってさ、相手してあげなさいよ」

 まいは言うと、アリスたちのいるところへ向かいました。

「おいちょっと待てよ!」

「ゆうきさん……」

 ぴったりと張り付いてくる石田君。

「ア、アリスちゃん……」

 嘆いているゆうきをよそに、女子たちの間では、和やかな水泳指導が開かれていました。

「ひい〜! 顔……顔つけたら死ぬ〜!」

 嘆くアリス。

「もう、死なないってば。あたしちゃんと手繋いでるって」

 フォローを入れるあかね。

「まなみも足ちゃんと持ってあげるから」

「いや、まなみ? 足なんて持ったらそれ泳ぎの練習になるの?」

 唖然とするあかね。

「やれやれ……」

 まいは、プールサイドに座って、退屈していました。

「よりによって、どうしてこんな水着なんかで……」

「まいちゃーん!」

 まなみが呼んできました。

「まいちゃんも泳がないの?」

「わ、私も泳ぐの好きじゃないからいいわ。ていうか、私はもう出ようかな?」

 その場を立ち去ろうとしました。

「なーんだ。まいちゃんてっきりそこでじっとして、ナンパされるの待ってるのかと思った」

「は?」

「だって今日の水着さ、真っ白なビキニだもん。谷間も出しちゃって……。どんな人に声をかけられたいのかなー?」

 ニヤリとするまなみ。まいは、怒りに震えていました。

「まあでも。市民プールでナンパする人って、そうそういないと思うけど……」

「入るわよ入ればいいんでしょ!」

 カッとなったまいは、まなみの元に飛び込んできました。

「いやあああ!! おぼれる〜!!」

 足が付いているはずなのに、一人で発狂するまい。

「まいちゃん、大丈夫だよ? 水深は、まなみたちの足が付く程度だから」

「俺はアリスちゃんの指導をするんだ!」

「いやーん!」

 逃げようとするゆうきを引き止める石田君。

「あかねあかねあっかねーっ!!」

 プールが怖すぎて、あかねに抱き着くアリス。

「もう! ダイエットにも練習にもならないじゃないのよーっ!」

 あかねの叫び声が、プール内にこだましました。


 夕方。六人はクタクタで帰路を歩いていました。

「全然楽しくなかったわね……」

 と、ぼやくまい。

「そうですか? 僕は楽しかったですよ。ねえ、ゆうきさん!」

 ゆうきは、全身真っ白になって、無心になっていました。

「でもあたし、なんか今日すごく疲れてる気がする……」

 アリスは、パッと思いつきました。

「怖がればダイエットになるわよ! みんな、今度はお化け屋敷とか、肝試しに行きましょうね!」

 と言って、アリスは走りました。

 まい、まなみ、あかね、ゆうきの四人は背中を合わせて、ぐったりと座り込みました。

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