5.大人になったゆうき 子どもになったゆり

第5話

ゆうきとあかねのクラス、六年一組で、朝の会が行われていました。

「ゆうき君! 宿題未提出も二ヶ月目ですよ? いい加減きちんとやってきてください!」

 まどか先生は、ゆうきを教卓の前に連れて、注意していました。

「え、でも宿題を忘れたことによって、今後社会っていうの? まあそういうのに響くんですかね?」

「ええ!?」

 目を丸くするまどか先生。

「バカじゃないの?」

 呆れているあかね。

「大人になっても、提出期限が決まっていて、出さなくちゃいけないものがたくさんあります。ゆうき君は、大人になっても、忘れん坊のままなんですか?」

「そんなことよりも……。この六年間のかけがえのない思い出を忘れないようにしたいです……」

 しんみりとするが、

「……」

 まどか先生には唖然とさせられました。

(なんなのこのガキ! こっちだってノルマちゅうもんがあんだよ! 思い出なんていいから、宿題忘れんじゃねー!)

 心の中にいる悪魔のまどか先生が、叫びました。

「と、とにかく! 明日からは宿題をきちんと出してもらいますからね? 出さないと、居残りさせますよ?」

「おいみんな聞いたかっ? 俺、この美人先生と二人きりで居残りだってよ!」

 ゆうきのかけ声に、男子たち全員が「ヒューヒュー!」とコールしてきました。

「ははは……。あんたとは金輪際、仲良くしない……」

 全身から力が抜けたように、机に体を伏せているあかねでした。


 放課後。帰ろうと、ゆうきが職員室のそばを通りかかった時でした。

『あーあ! 小学校の教員ってちょろいと思ってたけど、そうでもないわねえ』

 悪態をついた女の声がしたので、こっそり覗いてみました。

「男子はむちゃくちゃ手かかるよ? 六年生は性に目覚めてくる頃合いだから、授業中胸ばっか見てくるし……。まあでも、そこをうまく利用すれば、どんなクソガキでも、顔色変えちゃうけどね」

「あ……」

 ゆうきはがく然として、腰を抜かしました。

「ま、まどか先生……」

 と、隣の男性教師。

「くれぐれもその……」

「あーわかってますよ〜。ガキどもの前では、やさしい先生やってますから。一応プロなんで!」

 ウインクしました。

 ゆうきは、普段やさしい笑顔しか見せることがなかった担任の真の姿に失望しました。

「はっ! し、宿題忘れたら二人きりで居残り……」

 その場から走って逃げました。


 家に帰って、ゆうきは宿題に取りかかりました。

「ただいまー。って、ゆうき!? どうしたの、宿題なんかして……」

「姉ちゃん……」

 驚くまいに、顔を向けるゆうき。

「うわーん!!」

 飛びつこうとして、避けられました。

「痛いじゃないか!」

「なんで飛びつこうとした?」

「聞いてくれ! 俺、担任に殺されるかもしれないんだ……」

「はあ? あんたの担任って、あのすごいやさしそうな、まどか先生じゃなかったっけ?」

 全力でうなずくゆうき。

「なんで?」

「いやなんか帰りにさ、職員室の前通りかかったら、まどか先生がしゃべってるの聞こえて……。なんと! なんとね? なんかむっちゃ悪い女みたいな感じだったんだよ〜!」

 泣いているゆうきを後目に、まいは宿題をする準備を始めました。

「宿題やるなら静かにやってよ?」

「姉ちゃん! どうしたら俺殺されずに済む? 宿題忘れたら、居残りで二人きりにさせられるんだよ! 殺されるんだよ〜!」

 まいは、ノートにシャーペンの芯を押し込んで、ゆうきに振り向きました。

「宿題やればいいでしょ!! 静かにしなさいこのバカ!!」

 静かになりました。


 ゆうきは、外に出て、歩きに行きました。

「姉ちゃんに相談したのが悪かった。父さんと母さんに相談すべきだな。でも、父さんも母さんも二人とも残業でいないし、もう相談する相手は誰もいねえ……」

 途方に暮れました。

「大人になりたい……。宿題なんてやらなくていい大人になりたーい!」

「子どもになりたーい!」

「え?」

 同時に顔を向けるゆうきと、もう一人。

「ゆ、ゆりさん!」

「そういう君は、ゆうき君?」


 ゆうきは、ゆりが経営する喫茶店に来ました。

「いいの? まだ営業時間だろ?」

「いいのいいの。まだ四時でしょ? 増えるのは、七時くらいだし」

 ゆうきに、メロンジュースを提供しました。

「お代はいらないよ」

「で、あれから経営はどうなの?」

「まあまあかな……」

 小坂ゆりは、十九歳の喫茶店オーナー。

「一巻に、私とゆうき君たちと出会ったエピソードがあるので、読んでね〜!」

 しっかり宣伝をするゆり。

「やっぱ住宅街の中にある喫茶店だからか、客層はお年寄りや、子連れの主婦層が多いかな」

「メニューもオムライスとか、コーヒーが増えたんだ!」

 メニュー表を見て感心するゆうき。

「営業時間はいつなの?」

「月曜から金曜の十時から十九時。十三時から十四時は昼休憩して、土日は休みだよ」

「え? 喫茶店なのに土日休みなん?」

「え、だって土日休みのほうがいいじゃん」

「いやでも喫茶店なんだから、年中無休で営業してたほうがよくない?」

「でも土日休みのほうがいいじゃん」

「いやでも……。土日休みこそ、コーヒーをたしなんだり、普段とは違うモーニングやランチを食べたり……」

「でも土日休みのほうがいいじゃん」

 ゆうきは、ひっくり返りました。

「喫茶店って、土日休みじゃないほうがいいのかな?」

 ため息をつくゆり。

「な、なんで土日休みにこだわる!」

 テーブルに手を触れながら起き上がるゆうき。

「だって……。高校出るまでは土日休みだったし……。メイドや執事にも、シフト制にしたほうがいいよって言われたけど、平日休みなんて考えられないもん」

「へ、へえ……」

「子どもになりたい……」

「は?」

「私、子どもになって、土日休みの生活がしたいよ! 大人になって、土日も働かされる人生なんて、耐えられない!」

 ゆうきは言いました。

「お、俺も大人になりたい……」

「え?」

「宿題なんてものやりたくないのにやれやれって強いられる子どもなんてたくさんだ!」

 立ち上がって、

「俺は……。大人になる!」

 宣言しました。

「私たち、気持ちはいっしょだね……」

「ゆりさん……」

 二人の美しい友情が、店内を光り輝かせました。

 外で、カラスが電線に止まり、感電しました。感電した時に流れた電流が、喫茶店に流入してきました。

「あわわわ!!」

 ゆりとゆうきに電流が直撃しました。二人は気絶して、倒れました。


 十八時。まいが、喫茶店に来ました。

「ちょ、ゆうき!? ゆりさんも大丈夫っ?」

 誰もいない明かりの付いた店内で、倒れている二人を目撃。

「うーん……」

「あれ? もう何時?」

 と、ゆうき。

「もう十八時よ? さ、帰りましょ。お父さん心配してるわ」

「あ、姉ちゃん……」

 と、ゆり。

「は?」

「あ、いっけなーい! あと一時間お仕事がんばらなくちゃ!」

 ゆうきが厨房へ向かいました。

「ちょいちょいちょい!」

 まいが引き止めました。

「な、なによ! ま、まいちゃん?」

「いや、あんた何様?」

「姉ちゃん? そいつ誰? 俺にそっく……り?」

 ゆりが言葉を詰まらせました。

「そういうあなたこそ私にそっく……」

 ゆうきとゆりは、お互いをまじまじと見つめました。

 そして、トイレに向かい、鏡を見ました。

「うわあああ!!」

 悲鳴が聞こえました。


 夕飯時。

 ゆうき(ゆり)は、ご飯にみそ汁、焼き鮭が並んだ食卓をまじまじと見つめていました。

「どうしたゆうき? 鮭はダメか?」

「あ、いや全然?」

 ゆうき(ゆり)は、鮭を箸で切って、食べました。

「美味!!」

 とろけるような表情。たけしは、普段魚を目前にして、こんなに喜ばないので、呆然としていました。

「い、いつの間にゆうきは鮭が好きになったのかしら? ねえ、お父さん!」

 まいがあわてる。

「お、おう……」

 夕飯をおえ、入浴を始めようとするゆうき(ゆり)。

「わあ!」

 初めて見る男の子のソレに驚がくしました。

 就寝時。

「ねえまいちゃん」

「な、なに? 中身がゆりさんだとしても、外身がゆうきだから、変に思うわその呼び方……」

「私、子どもに戻ったのね……」

「はあ? ま、まあ……」

 ゆうき(ゆり)は、ほほ笑みながら、布団に横になって見える天井を見つめていました。


 そして翌朝。

「いってきまーす」

 まいとゆうき(ゆり)は、学校へ向かいました。

「へえー。まいちゃんのところは、パパが工場の正社員で、ママがタクシーの運転手なの」

「そうよ。お母さん昨日、深夜まで働いてたみたい」

「あ、そうだ」

 と、ゆうき(ゆり)。

「小学生っていったら、石蹴りよね!」

 その辺に転がっていた石を蹴りました。まいは唖然としました。

「あ、そうだ。喫茶店はどうなってるのかしら?」

 喫茶店に向かいました。

「ゆうきー!」

 まいが呼びました。

「まあ!」

 まいとゆうき(ゆり)、二人で驚きました。お客さんが使うテーブル一台一台に、ゴミが置いてあったからです。それも、あるところはピザの容器、あるところはうどんの器、あるところはすしの容器、あるところは、ケーキの箱でした。

「ゆうき!」

 まいは、厨房へ向かいました。

「うーん……」

 ゆり(ゆうき)が、スタッフルームから出てきました。

「あ、おはよう」

 ゆうき(ゆり)があいさつしました。

「おう……」

「なにあのゴミは?」

「ああ。あれさ、大人になって、お金いっぱいあったから、出前頼みまくったの」

「ええ?」

「レジの中身すっからかんになっちゃったけど、ごめんね?」

 まいとゆうき(ゆり)は呆然としました。

「大人って、金があるからやりたい放題だな!」

「なわけないでしょ!」

 まいは、げんこうしようとしましたが、相手はゆりの体です。むやみに傷つけるわけにはいきません。

「ゴ、ゴミは片付けておいてね? 一応今日は喫茶店やる日だし……」

 と、ゆうき(ゆり)。

「おいーっす……」

 ゆり(ゆうき)は、ダラダラと着替えに向かいました。

「あ、ゆりさんゆりさん」

 と、ゆり(ゆうき)。

「意外とおっぱいでかいんですね!」

 と言って、スタッフルームに向かいました。

「なんか、元に戻ったほうがいいかな?」

 心配するゆうき(ゆり)。

「どうせあいつのこと。小学生だから、それ以上のことは踏み入れないと思うけれど……」

 まいは、彼の肩に手を置いて、フォローを入れました。


 小学校。

「はいみなさーん! 宿題を提出してくださーい!」

 ほほ笑み、指示するまどか先生。

(忘れたやつはどうなるかわかってるだろうな?)

 心の中では悪魔のほほ笑み。

「はい!」

 宿題を出す児童。

「はい?」

 まどか先生は、キョトンとしました。目の前にいたのは、宿題忘れの常習犯、ゆうきだったからです。

「ん? 先生?」

 首を傾げるゆうき(ゆり)。

(し、宿題出してきたー!!)

 これまで、宿題を出してこなかった問題児が、いつにも増して、まぶしく見えました。

(ああ、教師生活始めてまだ数ヶ月しか経ってないけど……。こんなにうれしい日はない……かも!)

 悪魔のほほ笑みをしていたはずが、今は心の中も外身も天使になるまどか先生。

(なんか泣いてる……。はっ! ここでギャグかませば、ウケる!)

 と、確信したゆうき(ゆり)。

「私先生のために、世界一きれいになれる方法をまとめてきました!」

「へ?」

「ビシッ!」

 敬礼しました。

「……」

 呆然とするまどか先生。クラス全員が呆然としました。

(あれ? これ、しらけた?)


 一方、ゆり(ゆうき)は。

「仕事なんてめんどくさい。そんなのほったらかして、ゆりさんのキャッシュカードたるもので、お金おろして、やりたいこと存分にしてやるぜ!」

 銀行に行きました。

「え? 暗証番号入力? 語呂で"よろしく"とかかな?」

 打ち込みました。違いました。

「え、じゃあこう?」

 違いました。

「え、じゃあこう?」

 違いました。

「え、じゃあこう?」

 違いました。

「え、じゃあこう?」

 違いました。

「え、じゃあこう?」

 違いました。

 ピピーッ! ついに、エラーが発生しました。

「むむむ〜っ! なんでお金おろせないんだよくそっ!」

 キャッシュカードを投げ捨てました。

「もういい知らねえ。レジの中身全部ないし、こうなったら、稼ぎに行くしかねえな」

 ゆり(ゆうき)は、街へくり出しました。遊郭がそろっているところへ来ました。

「結構いい体してるから、案外いけちゃうかも!」

 さっそく、雇われに向かいました。

「あれ? あれれ〜?」

 しかし、どこのお店も閉まっていました。営業時間外だったのです。

「ウソやろ……」

 撃沈しました。

「大人なんて全然自由じゃない! 働かないとお金もらえなくて、さらに遊ぶのにもお金がいるようになるなんて、そんな大人になんてなりたくなーい!!」

 ウエイトレスの格好で一人叫んでいる少女を、まわりは気味悪がり、離れていきました。


 一方、小学校では。

「布団がふっとんだー!」

 しらけるクラスメイトたち。

「コーディネートはこーでねーと!」

 しらけるクラスメイトたち。

「じ、じゃあこのギャグはどうだ!」

 ゆうき(ゆり)は、渾身の一撃をかます!

「教頭先生!」

 木でできたしゃもじを頭に添えて、ハゲている教頭先生を表しました。

「ゆうき、ちょっと……」

 あかねが肩を突いてきました。

「あんたうざがられてるわよ? 今時、ダジャレで笑う小学生なんていないわよ」

「ガーン!」

 ゆうき(ゆり)は、ショックを受けました。

 結局、小学生になったところで、勉強して家に帰ったら宿題をして、学校に来たら勉強して家に帰ったら宿題をして、学校に来たら勉強して……をくり返すだけなのです。

「もういや……。大人に戻る!」

 ゆうき(ゆり)とゆり(ゆうき)は、自称科学の娘こと、りかの家に来ました。

「プププー! そんな非科学的なことがこの世に起きるわけ……」

 バカにしましたが、

「ほんとなんだよ!」

 にらまれました。

「あ、じゃあ電気ショックを与えてみようか……」

 実験室に呼ばれ、二人は手錠のような形の専用の器具を、お互いの手首に片方づつ取り付けられ、電流を与えられました。

「説明しよう! これは電気ショッ君。AEDの仕組みを応用したもので、手錠の形にしてあるのは、おしおきのためにも使えるようにってことだったんだけど。ほんとに入れ替わったの二人?」

 電流が収まりました。

「どう?」

「うーん……。あ、元に戻ってる!」

 ゆりは喜びました。

「やったー! ありがとう! これもあなたのおかげね?」

 りかの手を握り、振るいました。

「ゆうき君はどう?」

「あれ? なんで私こんなとこにいるのかしら?」

 ゆうきがぼやいた。そこへ。  

 誰かが実験室にやってきました。

「ま、まさか……」

 入り口の前には、まいがいました。

「ま、まさか!」

 ハッとするりかとゆり。

「あれ? なんで私がもう一人……」

 と、ゆうき。

「今度は姉ちゃんになってる〜!!」

 今度は、まいがゆうきでゆうきがまいになりました。

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