4.化学の娘るか参上

第4話

街の中にあるごくありふれた一軒家。その前に、ミニジープが置いてありました。

「完成した! 50ccの原動機エンジンを搭載したミニカーが!」

 と、歓喜の声を上げるのは、りか。自称科学の娘。ごくありふれた一軒家の地下に実験室を構えており、そこで企業から託された家電等の開発をしたり、オリジナルの発明品を開発しています。

「説明しよう! このミニジープ君は、原動機付自転車と同じエンジンが搭載された車で、小さいので、ミニカーとも呼ばれている。排気量が50ccしかないので、法規上どうなのって方も見えると思うが、車とも言えるし、原付とも言える車である! 必要な免許は普通免許、ヘルメット不要!」

 ポカーンとしているまい、ゆうき、まなみ、あかね。

「乗りたいでしょ? 乗りたいよね。じゃあ、じゃんけんして」

「姉ちゃん乗れよ」

「はあ? あんた乗りなさいよ」

「まいちゃんが絶対乗るに等しいよ」

「なんで私が乗るに等しいのよまなみ!」

「まいちゃんが乗るのがいいよね」

「あかねちゃんまで! もう、みんなして私をあてにするなよ!」

 なぜかまいにゆずる三人。

「はっはっは! そんなにしてまで私の車に乗りたいのねみんな……。でも、このミニジープ君は、二人までしか乗れないの!」

「あっそ。じゃあ一人でたんのうしろよ」

 まいたちはそそくさと去っていきました。

「いやちょーっと待たれよ!」

 引き止めました。

「ひょっとして……。みんな乗りたくないの?」

「当たり前だ! あんたの発明品でろくなことなかったの、忘れてないだろうな?」

 ゆうきがにらみました。以前、モーターシューズ(1巻参照)を履いたゆうきが数ヶ月間浮浪したことがありました。

「あのあと、無理やり履かされた私は、海に飛び込んで間一髪で脱ぎ捨てることができたのよ?」

「知らないわよあんたのことは! とにかく、私たちもうりかさんの発明品には触れないことにしているので」

 きっぱり断るまい。

「ふーん……」

「さ、みんな。帰るわよ」

 指示すると。

「どうしても……ダ〜メ〜?」

 りかが横座りして、胸元を少しはだきました。

「お姉さん脱いじゃうぞ〜?」

 唖然とするまいたち。

「脱ぐなら部屋の中がいいよ?」

 と、まなみ。

「いや! 君たちがミニジープ君に乗ってくれなきゃ、脱いじゃうから!」

「いっそ脱がしちゃうか!」

 と、言うゆうきをげんこつするまい。

「わかったわよわかった! 私が乗りますよ……」

 しぶしぶ手を挙げるまい。目を輝かせたりか。

「女神! 天使! MGTN!」

 抱きついてきました。

「わかったからはよ乗せろ……」

 りかの開発したミニカー、ミニジープ君が起動しました。

「この車は制限六十になってるし、私普通免許あるから、大丈夫だよ」

「命だけは守ってよね?」

「それでは! しゅっぱーつ、進行!」

 ギアをドライブに切り替えた時でした。

「うわああああ!!」

 急発進しました。残った三人は、額に手を当てて、呆れました。

「うわあああ!!」

 二人を乗せたミニジープ君は、街の中を超特急でかけ抜けていきました。

「これ六十なのおおお!?」

 叫ぶまい。

「なんか間違えたかもおおお!!」

 叫ぶりか。

 赤信号でもなんなくすり抜けていくミニジープ君。

「ブレーキがあああ!! 聞かないいいい!!」

 りかは、フットブレーキとサイドブレーキをなんとか踏んでみましたが、ビクともしません。

 そのうち、アスファルトにできた大きなひび割れに前輪がつまずきました。

「あれえええ!!」

 まいとりかは、遠くに飛んでいってしまいました。


 街から外れた、田んぼが広がる場所にある、丸太小屋。

「ふふーん♪」

 白衣を着た黒髪の女の子が、植木の花に水をあげていました。

「るかが作った特製の肥料よ? 毎日あげるから、大きくなってね!」

 と、上からなにか聞こえてきました。

「ん?」

 見上げました。

「あ〜れ〜!!」

 まいとりかが落ちてきました。

「あたた……」

 お尻をさすりながら起き上がるまいとりか。

「ここどこ?」

 のどかな景色と、散漫した植木鉢を見渡すまい。

「さあ? なんかどっかで見たことある景色だなあ……」

 あたりを見渡すりか。

「あれ? り、りかさん人! 人踏んでる!」

「え?」

 りかは、自分のお尻の下に目線を向けました。

 女の子が下敷きになっていました。

「あ、ごめんなさい」

 離れました。

「あんたたち……」

 下敷きになっていた女の子がわなわなと起き上がる。

「植木の花どうしてくれんのよーっ!!」

 雷を落としました。

「ひい〜!!」

 三人は、丸太小屋の中に上がりました。

「ええ!? い、妹さん?」

 驚くまい。

「そうよ。どっかで見たことある景色だと思ったら、るかの家だったか」

「ふん!」

 まいに湯飲みのお茶を渡すと、そっぽを向くるか。

「るかはね、私の一つ下なんだ」

「へえー」

 と言って、お茶を一口飲みました。

「で、お姉ちゃんの分は?」

「なんでるかがお姉ちゃんの分なんて入れなくちゃいけないの?」

「一応お客様だし……」

「はあ? 姉妹なのにお客様扱いする理由がわかんないですけど! 飲みたきゃ勝手に冷蔵庫漁ればいいじゃないのよ」

「ていうか十八歳なんですか!」

 驚くまい。

「どうした?」 

 と、りか。

「いや、なんかその……。るかさん、てっきり、高校生とか中学生くらいかと……」

「あははは!」

 赤面するるか。りかが笑いました。

「この子背小さいでしょ? だから、よく十八歳で高校出て、今発明家なんて言っても首を傾げられることもしばしばで……」

 るかはりかをげんこつしました。

「いい?」

 まいの前にグンと近づくるか。

「は、はい……」

「今日は特別……。あなたにるかの実験室を見せてあげる」

「実験室?」

「いいから来なさい!」

「は、はい!」

 あわてて席を立ちました。


 るかの言う実験室は、地下にありました。

「姉妹そろって地下に設けているのね……」

 唖然とするまい。

「ん? なにこのツンとする臭い……」

 実験室に来ました。実験室の中は、フラスコやビーカー、その他機材がありました。

「るかはね、薬の開発をしているの」

 と、るか。

「自称、化学の娘!」

 と、りか。

「お姉ちゃんといっしょにするな……」

 ムッとしました。

「つまり、るかさんは化学の分野で活躍してるんですね?」

 るかはうなずきました。

「薬は病気も治せる、ケガも治せる。美容効果とか、ダイエットだってできる。人間は薬があるから生きていける……。るかは、生きるために必要な薬を作る発明家になるの」

「もうなってるけどね」

 と、りか。

「るか自身がオリジナルの発明品を作って、世に渡るまでは、なれない……」

「二人とも、ジャンルは違えど、求めてる方向性は同じというか、やっぱ発明家としてオリジナルにはこだわるのね」

 まいが言うと。

「お姉ちゃんとるかは違う!」

 カッとなりました。

「お姉ちゃんは科学! 電気代を無駄にしてまでガラクタを作る時間はいらないでしょ?」

「いやいや。そういう君だって、材料費バカにならないでしょ?」

「薬はその辺に生えてる野草とか、虫とか、食材を使うもん! お姉ちゃんは、鉄とか半導体とかよくわかんないけど、お金かかるものばーっかり使ってるでしょ!」

「んまあ、でも稼いでるし〜」

 口笛を吹くりか。

「るかは薬局勤務してるから、稼げないんだよ。あんたもさ、請け負いでいろいろ出回ってみな? いろいろなところで評価を受けて、稼げるよ〜!」

 るかの頭をなでるりか。パンッと手をはじくるか。

「まいちゃん。これるかが作った青汁。さっき抹茶飲んでたから飲めるでしょ? ぜひ飲んでみて」

 渡しました。

「あ、青汁作ったんですか!?」

「るかは認めない! 科学なんて!」

「ふーん、そう……」

 まいは当惑しました。

「な、なんか変に意地張ってますけど二人……」

 まいは思いきって声をかけました。

「あ、あの! お、お取り込み中悪いんですけど、私帰ってもよろしいですか? 青汁いただきます……」

「そうだ、まいちゃん。あのさ、どっちが発明家として名高いか、確かめさせてよ」

「え?」

「うん。るかたちを試してみて」

「え、え?」

「どうやら、るかちゃんが科学の娘りか様のこと憎いみたいだからさ」

「お姉ちゃん、るかが憎いみたいだからさ」

 姉妹同時に、

「決着を付けさせてほしいの!」

 宣言しました。まいは困り果てました。しかし、断ろうにも断れる雰囲気ではありません。

「な、なにをしたらいいの?」

「え? あ、えーっと……」

 考えるりか。

「実はね。るか、自分で作った発明品があるの」

「おい! お姉ちゃんまだなにも決めてないぞー?」

「ふん! まいちゃん、これ」

 小瓶を渡しました。

「な、なんですかこのピンクいの?」

「ホレ薬……。これを自分でも相手でもいいから、香水みたいにかけると、香りでたちまち相手に好意を持ったり、好意を持たれたりするの。まだ試作段階なので、持続時間は三日間ね……」

「え、あ、はい……」

 まいは、ホレ薬を受け取りました。

「じゃ、三日後に会いましょ?」

「ちょ、待て待て! 私の発明品を渡してないぞ!」

 るかに手を振られて、まいは、帰ろうとしました。

「まいちゃん、るかちゃんも! 私の発明品のこと忘れてないかい?」

 まいは一度立ち止まり、言いました。

「りかさんのはもうあまりにも危険極まりないものだってわかってるので、試す必要がありません……」

 にらまれました。

「え……」

 まいは、実験室をあとにしました。隣でるかが、ほくそ笑みました。


 帰宅後、まいは洗面所でホレ薬を見つめていました。

「はあ……。なぜ私の知り合いには、こうも非現実的なものを発明する人がいるのか……」

 ため息をつきました。

「なんか好意を持つか持たれたりとか言ってたけど。どんな香りなのかしら?」

 小瓶のキャップを開けました。

「ピンク色してんなら、桃の香りかいちごの香りよね」

 まいは、自分の体に付けてみました。

「あ、付けちゃった……」

 匂いを嗅ぎました。

「まあでも。動物じゃあるまいし、これも単なる香水……」

 ふと鏡に映る自分を見つめた時でした。胸がトクンとする感じがしました。全身から力が抜けて、ホレ薬の入った小瓶を落としました。

「わ……私って……。こんなにもかわいいの〜!?」

 鏡に映る自分をベタぼめしました。

 夕飯時。

「……」

 ぼーっとしているまい。

「まいどうしたの? 顔が赤いわよ?」

 心配するさくら。

「ごめんなさい……。食欲がないみたい……」

「あら、大丈夫?」

 まいは、部屋に戻りました。

「自分でも変だとわかってる……。わかってるけど! 香水を付けた瞬間に、自分に対してこんなにもドキドキしちゃうなんて……。もうダメ、どうにかなっちゃいそう!」

 どうしようもない胸のときめきに心を揺さぶられていました。

 お風呂に入る時でした。

「ぬ、脱ぐのね? な、なんで? いつも脱いでるじゃない……。なのにどうして……。どうして〜!」

 わなわなと震えて、

「興奮してんのよーっ!!」

 行き場のない興奮に心を揺さぶられていました。

 居間でゲームをしているゆうき。

「ゆうき……。お風呂どうぞ……」

「はーい。うわ!」

 湯上がりで鼻血を出しているまい。

「な、なんか風呂長いなあって思ったら、そんなになるまで入ってたの?」

「気にしないで……」

 呆然とするゆうきでした。


 翌朝。

「うふふ! 私ってばかわいい……。私ってばきれい……。私ってばかわいい子……」

 手鏡を見ながら、玄関に向かうまい。

「いってきまーす!」

 外へ出ました。

「いってらっしゃい……」

 唖然としているさくら。

「な、なあ姉ちゃん? どうしたんだよ昨日から」

「私かわいいね! 私かわいいね!」

 手鏡にナンパするまい。

「……」

 唖然とするゆうき。

「今日の私のパンツは……。何色かなあ?」

 スカートをめくろうとするまい。

「おお!」

 鼻息を荒くするゆうき。

「あ?」

 にらむまい。

「なに見てんだよ私は私とラブラブ中なんだよ〜!」

 ゆうきをアッパーで、空の彼方に飛ばしました。

 朝ラッシュの街は、車が多く飛び交い、サラリーマンや学生で歩行者天国になっていました。

「わ、私との愛の楽園を踏みにじる者がたくさん……。なんとかしなければ!」

 目を光らせました。

「オラオラオラーっ!!」

 まいは、道を歩くサラリーマンの大群を、ドミノ倒しにしてやりました。

「オラオラーっ!」

 今度は、学生の大群を、エアホッケーのように、道に吹き飛ばしました。

「オラオラーっ!」

 風呂敷を背負うおばあさんを持ち上げました。

「な、なにするの!?」

「タクシーに乗せてあげます」

 タクシーを拾って、乗せてあげました。

「ありがとう!」

「オラオラーっ!!」

 まいは、恋をした自分との楽園を作るために、街中で暴れました。


 下校時に、ゆうき、まなみ、あかね、石田いしだ君の四人は、りかの家に来ていました。

「絶対りかのせいだろ! なんか姉ちゃんおかしいんだよ!」

「確かに。今日学校来てませんでしたもんね」

 と、石田君。

「またなんか変な発明品試したんじゃないの?」

 あかねが呆れました。

「いや、これから渡すのだよ私からは……」

 と言って、光線銃のようなものを見せました。

「まいちゃんはね、今妹が作成した薬でおかしくなってるの。そこで、この光線銃を撃てば、刺激で目を覚ますようになるってわけ!」

「やだこの人……。薬作れたんだ……」

「しかも、あぶないやつね……」

 まなみとあかねがひそひそ話しました。

「るかが作ったのよ」

 るかが現れました。

「まいちゃんの姿を見てないからわかんないけど、今日一日学校に来てないんだから、相当やばいとこ来てるよね」

「おいおい……。マジで妹がいたのかよ……」

「姉妹そろって、発明家なんですね……」

 呆然とするゆうきと石田君。

「こんなこともあろうかと、まいちゃんの制服のボタンに発信機を付けておいたの。今いる場所は、港よ」

 さっそく、るかについていくことにしました。


 港から出港する漁船と夕日を見つめているまい。

「ねえ私? どうしてこんなにも私に恋しちゃってるの?」

 答えは帰ってこない。

「いいわよねもう。好きなんだもん!」

 胸に手を添えて、潮風を感じました。

「まいちゃんごめん!」

 後ろから、りかは光線銃を放ちました。

「ぎょへえええ!!」

 まいはしびれて、気絶しました。

「ど、どうなったんです?」

 ゆうきの後ろに隠れて、おどおどする石田君。

「軽い電気ショックを与えて気絶しただけだから、明日には元に戻ってるはずだけどね」

「ごめんなさいみんな……。るかの発明品のせいで、心配かけてしまって……」

「いいんだよ別に」

 と、ゆうき。

「うんうん。発明は失敗してこそだからね」

 と、まなみ。

「ありがとう……」

 照れ笑いを浮かべるるか。

「あれ? なんか私よりやさしくないみなさん……」

 首を傾げるりか。翌朝、まいは元に戻りました。ホレ薬を体にかけてからは、記憶があいまいだそうです。

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