3.まなみ、社長になる
第3話
下校中、まいとまなみは、いつもより道していく公園に来ました。そこで二人はいつも、ベンチに腰を下ろして、話をしていました。
「ねえ、まいちゃん」
「なあに、まなみ?」
「まなみね、今日から社長になるんだ!」
「ふーん」
まいは、読書をしながら、空返事しました。
「いや、だから社長になるって……」
「ふーん」
「いやだから……」
「ふーん」
ムムッとするまなみ。
「人の話を聞く時くらい本から目を離せよクソババア!!」
まなみが怒鳴ってきました。
「なによ突然!? びっくりするじゃないの〜!」
当然、驚くまい。
「社長になるって……。あんたねえ、変な冗談で私の読書を邪魔しないでよ!」
「ほんとにまなみ、社長になるんだもーん」
口笛を吹くまなみ。
「あっそ。どこの社長しゃ……どこの社長さんかしら?」
「まいちゃん今噛んだでしょ?」
「どこの社長かしら?」
「まいちゃん今噛んだ〜!」
「どこの社長かしら?」
「噛んだ噛んだ〜!」
バカにしてくるまなみ。
「どこのかって聞いてんだろ!!」
まなみの耳を引っ張るまい。
「これこれ!」
スマホを見せました。
「はあ? マーチューブ?」
動画共有サイトのマーチューブを見せました。
「これ、まなみのチャンネルだよ。まなみね、マーチューバーになったんだ!」
「へえー」
まいは、まなみのチャンネルをまじまじと見つめました。
「すごいわねあんた。私もスマホは持ってるけど、普段本読むか勉強しかしないから、マーチューブなんて観ないのよ」
「でさ、まいちゃんにはまなみの秘書になてほしいの」
「いや……。流れ的にそれ言う? てかなに秘書って?」
当惑するまい。
「まなみといっしょにマーチューバーになってほしいの」
「え、いや……。無理よ! だってそれカメラに映るんでしょ? いやよ!」
「お願いよ〜。まなみね、始めてから登録者が〇人なんだよ? でもまいちゃんが秘書になってくれたら、おもしろくなりそうだなって思ってさ」
「どこからその根拠が生まれてくるのよ!」
ムッとしたまいでしたが、とりあえずまなみの家に向かいました。
「で、そのマーチューブでは、どんなことしてるの?」
まいが聞く。
「えーっとね……」
まなみは、マーチューブにある自身のチャンネルから、動画を選んで、見せました。
まなみが投稿した一作目の動画は、これまで撮り溜めてきたカメラの写真をただスライドするだけのものでした。まなみが愛用のレフで撮影してきた写真は、どれもみすぼらしいものばかりです。道端に落ちている空き缶、ペットボトル、プロテインの空のゴミ、ボロボロになって転げ落ちた少年雑誌、食べかけのコンビニ弁当……。
「なに……これ……」
まいは、顔をしかめていました。
「まなみのコレクションたちだよ?」
「しかも一時間あんのこれ!?」
「うーん……。なんか、今まで撮り溜めてきたきた写真をスライドショーみたく見せるために動画編集したら、こんなに長くなっちゃって。アップされたのが、翌朝だったよ!」
「こ、こんなのに一時間……」
まいは、ワナワナと震えました。
「どうかな? なんで登録者増えないと思う?」
「当たり前でしょ! こんなのに一時間費やすのは、カラスかゴキブリかハエくらいだろうが!」
怒鳴られて、まなみは、涙で目をうるうるさせました。
「ひどいよまいちゃん……」
「あ、いや、その……。で、でもなかなか人がやらないようなこと考え付いたまなみも、すごいよ? ね、ね!」
あわててなぐさめました。
「ご、ごめんごめん! 私もついツッコんじゃった。でも、音楽もなしに一時間以上その辺に落ちてるもののスライドショー見せられてもさあって……」
唖然としながらなぐさめました。
「そっか……。そうかわかった!」
なにかひらめいたまなみ。
「まなみね、わかっちゃったよ。ただ見せるだけの動画は観てくれないってことだね?」
「え? や、まあそうじゃない? 知らんけど……」
「やっぱりまいちゃんを呼んで正解だったよ! どんな動画が楽しんでもらえるか、いっしょに考えようよ」
「は、はあ……」
当惑するまい。自分は動画を普段観ないので、アドバイスしようがありませんでした。
「まず、チャンネルのプロフィールっての? 見せてもらえるかしら?」
「うん」
見せてもらいました。
「へえ?」
呆然としました。チャンネル名は"まなみ"、プロフィールの内容はこんな感じでした。
"ジャジャジャーン!
日本一世界一宇宙一プリティで美しい科学の娘こと、りか様参上な〜り〜!
当チャンネルでは、君が心の奥底で求めているあんな発明、こんな発明を、お届けしちゃうわ♡
よかったら、チャンネル登録、高評価、えーっとあとは……応援の程よろしくねー!パースピースプースペースポウウウウス!!"
まいは、悪寒を感じました。
「あのね、これ科学の娘のりかさんがマーチューブやってるの見つけて、真似したの」
「真似するな!!」
思いっきりツッコミました。
「人の真似ごとしたって、意味ないわ。ていうかそれがプロフィールでしょうが!」
「ていうか、りかさんってマーチューブやってたんだよ? チャンネル観てみる?」
「ええ?」
観てみました。これまで作ってきたオリジナルの発明品の紹介動画ばかりアップされていました。意外にも好評なようで、登録者数が、二万人いました。
「すごいねえ」
「まあ、めったにお目にかかれない発明品を見せつけてるわけだから、そういうのに目がない人からすれば、登録もしたくなるわよね……」
ある意味感心させられました。
「で、まなみ。あんたはあんたでプロフィールを書いたほうがいいわ」
「えーでもどうしたらいいんだろ?」
「ったく。学年で上位三位の成績のあんたが、プロフィールごときで悩むなんて……」
「こんなのに勝るプロフィールなんて書けないよ……」
丸写ししたりかのプロフィールを見て困惑するまなみ。まいは呆れて、額に手を当てました。
「まあプロフィールはまたあとでいいから、動画の内容を決めましょうよ」
「内容?」
「そうよ。マーチューブってのがよくわからないんだけど、こないだテレビで観たけど、商品のレビュー動画が流行ってるらしいじゃない?」
「ああ」
「んじゃあさ、そのレフカメラについて紹介したら? これはなんでもきれいに撮れちゃう優れものですよーみたいなさ」
「そんなありきたりな動画、ウケると思う?」
「そうねえ……」
と、うなずいてから、
「ええ!?」
驚きました。
「まなみはね、他の人がやらないようなことがしたいの。カメラを撮影する時だって意識してきた……。マーチューブだって、他の人がやらないことに取り組んでみせる!」
燃え上がるまなみ。
「な、なんか急に熱くなってんじゃないのよ……。ま、まあそのいきがあるなら、自分で考えれば? 私宿題もあるから帰るわね」
と言って、立ち去ろうとしましたが。
「アイドルだ……。まいちゃんアイドルになってよ!」
「やだ……」
即答しました。
翌日も、まいとまなみはより道する公園に来ました。
「はいまいちゃん撮るよー。せーの、はい!」
スマホのビデオカメラが作動しました。
「あ、えっと……。ま、まい……です……。し、趣味は……。読書……かな?」
風が吹きました。
「きゃっ!」
スカートが吹かれました。その瞬間を、まなみはズームしました。
「チェッ。パンチラしないのか……」
「よ、よかったらチャンネル登録と高評価よろしくお願いしまーす……。あはは……」
撮影がおわりました。
「まいちゃん。もうちょっとアイドルらしくしてよ〜」
「無理よ! アイドルらしくってなに! カメラに映るのだけでも緊張するんだからなにも要求するな!」
まなみのスマホを取り上げて。
「ちょっとどう撮影されたか見せなさい!」
「あ、ごめん。もう投稿しちゃった」
「え……」
まいを撮影した動画は、"中学生アイドル爆誕!"というタイトルで、アップされていました。
「……」
撮影された映像を観て、呆然としました。
「なかなか撮れてるでしょ? まいちゃんかわいいんだから、自信持ちなよー」
まいの肩を叩くまなみ。
「でもさ。なんか物足りなくない?」
「はあ?」
「そうだ! まいにゃんって名前でさ、猫耳付けて、まいにゃんだにゃんって!」
まいは唖然として、
「冗談じゃないわよ! 今すぐ消しなさい!!」
怒鳴り声を、公園中に響かせました。
その日の夜。まいはもう一度スマホでマーチューブを開き、まなみのチャンネルから、アップされた自身の動画を確認しました。
「消してないじゃないのよ! ったく〜!」
まいは、まなみに通話をかけました。
「むむむ〜! かからん!」
スマホを勉強机に投げつけました。
「姉ちゃん、風呂沸いたって。なに怒ってんの?」
「ああ?」
にらんできました。
「相当怒ってんなこれ……」
まなみがマーチューブについて話しました。
「へえー! まなみ始めたんだ」
「そうなのよ。あの子、社長になるとか言い出してさ」
「そりゃまあ、マーチューブって自分でチャンネル設立するもんだからね」
「んで、私まで秘書にするとか言ってくるのよ?」
「……」
白い目で見てくるゆうき。
「なによそのおかしなこと言ったからって向けてくる視線は!」
ムッとしました。
「ほんとなんだから! あんたさ、まなみにマーチューブでどんなことしたらいいか提案してよ」
「ええ? まなみって、カメラが好きだろ? じゃあ今まで撮ってきたのスライドするとか?」
「あの子の撮影したもの、見たことあるでしょ? あれじゃ案の定の結果よ。私はカメラの商品レビューしたらってアドバイスしたんだけど、あの子は他の人がやらないようなことをしたいって言っててさ……」
「なんか前にも似たようなことがあったな……」
ゆうきは考えました。
「あ、そうだ! マーチューブって、鉄道旅行の動画を上げてる人いっぱいいるんだぜ?」
「そうか! まなみのカメラで、鉄道を撮影すれば、登録者数が増えること間違いなし!」
「いやいや、それだけじゃおもしろくないって言うだろうなあいつは」
「へ? じゃあどんなのがいいのよ?」
ゆうきは腕を組み、キザな笑みを浮かべて言いました。
「チカンだよ。電車ってチカンが絶えない……。そこで、まなみにチカン撃退系マーチューバーになってもらうんだ!」
「明日あかねちゃんに会えないかな……」
まいは、寝間着を持って、お風呂に向かいました。
「あ、なんならチカンに遭うとか……」
と言いかけて、閉まるふすまに指を挟まれるゆうきでした。
翌朝。登校中に、あかねを見つけたまい。
「おはようあかねちゃん」
「おはようまいちゃん」
「あのさ、一つ聞きたいんだけど」
「なあに? あたしにだったら、なんでも聞いてよ!」
「まなみが、マーチューブ始めて、登録者数が増えないことで悩んでるみたいなの。そこで、あかねちゃんにどんな動画にしたらいいか、提案してほしいんだ」
「え? まなみちゃんの昨日の動画観たけどさ、まいちゃんがアイドルになって歌や踊りを披露するんじゃないの?」
「え?」
「まなみちゃんがマーチューブ始めたの知ってるよ。前にアリスと家に遊びに行った時さ、教えてくれたの。初めは始めるって言ってただけだったけど、昨日、チャンネル見てみたら、プロフィールに、まいちゃんの写真が貼られてて、紹介文にも、"私は彼女のプロデューサー"だっていう旨が記載されてたし……」
がく然としているまい。
「まいちゃん、中学生アイドルになるの? 応援してるね。あたしも、中学生バイオリニストとして、名を馳せるんだから!」
「あ〜い〜つ〜!!」
怒り心頭のまい。メラメラと燃え上がっていました。
「ひい!」
あかねは悲鳴を上げました。
お昼休み。
「うがあー!!」
中庭で、まいはまなみを説教しました。
「そういうところもまた、アイドルらしいのに……」
「うがあー!!」
怒りました。
「弱ったなあ……。まいちゃんがアイドルになってくれなくちゃ、まなみ社長になれないよ……」
指を突き合いながらすねました。
「まなみはさ、なんのためにマーチューブなんてやるの?」
「え?」
「なんとなくね、マーチューブやってる人たちって、誰かにこんなこと発信したいなって考えを持って投稿してると思うんだ。まなみはさ、その気持ちはあるの?」
「ない」
「即答!」
拍子抜けて、ひっくり返りました。
「マ、マーチューブで社長になりたいってことは、お金がほしいんでしょ?」
ゆっくりと立ち上がるまい。
「え? や、まあ他のマーチューバー見てるとお仕事してる雰囲気だから、社長になろうって……」
照れて、頭をかくまなみ。
「じゃあさ、お仕事しなくちゃ!」
と言って、まなみの頭を横から突きました。
「まいちゃんのアイドルプロに……」
「あんたが仕事すんのよあんたが!」
ツッコミました。
数日が経ちました。
「おい姉ちゃん! 最近流行ってるアイドル系マーチューバーがいるんだけど、それにさ、まなみがトレンド入りしてんだよ」
「はあ?」
勉強中に部屋に飛び入りゆうき。さっそく彼のスマホで、マーチューバーにアクセスしました。
「まあ!」
まいは声を上げました。まなみは、アイドル系マーチューバーに変わっていました。アイコンは着物を着てマイクを持ち、ウインクした彼女の姿で、バックの背景は、自身のレフにある、横たわった空き缶の写真が貼付されていました。チャンネル名は、"アイドルまなみ"。
「一体どんな動画なのかしら?」
「観てみようか……」
一本目の動画を開きました。
『はーいみんなこんにちは〜! アイドル系マーチューバーのまなみで〜す! まなみね、社長になりたくて、マーチューバーで流行りの歌ってみたでがんばりたいと思いまーす! みんな応援しってね〜!』
『してね〜!』
隣で、母親の
「え、まなみのお母さん?」
首を傾げるまい。
『それじゃあ。今から第一回記念として、歌やっちゃうよ? みんな、ペンライトとタンバリンとマラカスとシンバル持って楽しんでねー!』
「いや、そんなに持ってどう楽しむのよ!」
ツッコむまい。さて、歌どんな風にできあがったのでしょうか?
♪世の中は腐った生卵
学校なんてこの世から ドンガラガッシャーン!
会社なんてこの世から ドンガラガッシャーン!
ストレスでハゲになる ストレスでぬいぐるみをぶち破る
そんな時代はおわりだ イエーイ!!
腐った世の中生卵は 捨てちまえ
腐った世の中生卵は 捨てちまえ
腐った世の中生卵は 捨てちまえ
腐った世の中生卵は 捨てちまえ
まなみがロッケンロールで激しくうたい、雨音が「フーフー!」とかけ声を上げていました。
『よかったらチャンネル登録と高評価お願いしまーす!』
動画がおわりました。
「姉ちゃん、する?」
「誰がするか」
即答しました。
意外にも歌は高評価を押してくれる人が三人見えましたが、結局登録者数は三人しか増えず、三日足らずでやめてしまったそうです。
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